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俺の新居はどこか間違っている。 完


 毛布を頭から被り、外界から遮断を図る。

 それでも音はやってきた。


 「カケルには夢ってあるか?」

 「…… 特にねえ」

 「男ってのはよ、夢を胸に抱いて生きるもんだ。夢を叶える為に人間は前向いて生きるってもんだ。ソレが例え他人に蔑まれ、嘲笑われるような低俗なモンでも、諦めちゃあいけねえ大事なモンだ」

 「遠回しに見下してない? 気のせい?」

 「オレはその夢を持つことすら許されねえ存在だ。気付いたらココにいて、気付いたらもうすぐ消えると悟る。オレもさ、本当は夢ってのを思い描いて、どうせなら叶えてみたかったもんさ」

 「……」


 ジョニーである。

 部屋に戻ってきてからというもの、俺はジョニーにひたすら絡まれ続けている。


 「カケルは何年生きた?」

 「…… 15」

 「へへ、まだまだガキなんだな」

 「……」


 こっちに来てガキ扱いされたの初めてだな。バルカンでさえ同じ冒険者として扱ってくれたし。敷神っていうぐらいだから結構ココにいたのかな。


 「時間ってヤツは止まっちゃくれねえ。いくら神に祈ったところで時間にゃあ逆らえねえ。オレがこの屋敷で生まれてからもう2年――」

 「2歳じゃあねえか!」

 「オレと青春しないか?」

 「うるせええええええ!!」


 ジョニーは滅茶苦茶である。

 唐突に「青春しないか?」と言ってくる。

 今日ジョニーの口からそのセリフを聞いたのはコレで七回目だ。


 「約束してんだ。悔いの残らない敷神生を送るってな」

 「誰とだよ。敷神生ってなんだよ」

 「へへっ…… 誰と、だって? 決まってんじゃあねえか。…… オレ自身さ」


 なんだこいつ。


 「…… そもそも青春ってなんだよ」

 「へえ、中々やるじゃあねえか」

 「何が!?」

 「カケルはよぉ。オレと違ってこれから先、何十年と前を向いて生きていく。だがな、人生ってのは前ばっかり向いて歩けるような甘っちょろいモンじゃねえ。たまには後ろを振り返ることだってある。逃げ出したい時だってある。そういう時に思い出してよぉ、勇気と希望を与えてくれる、そんな時代が青春ってやつなんじゃあねえか」

 「ジョニー……」


 あれ。何かちょっと……、あれ?


 「オレと青春しないか?」

 「…… 分かったよ。やりゃあいいんだろ青春ってやつを! 何すればいいのかなんて知らねえけどなぁ!!」


 俺は折れた。

 ここで断り続けても、ジョニーは消えるまでずっとこうして語り続けてくる気がしたからである。

 つまり、根負けってやつだ。


 「腰の重てえ野郎だ」

 「うるさい。…… で、具体的には何するんだ?」

 「決まってるだろ? 青春って聞いて思い浮かぶモンは一つしかねえ」



 俺はジョニーの後に続いて、屋敷の裏手に回ってきた。

 茂みのような場所で体勢を低くして、ジョニーが指差す方を見ると、五メートルぐらい先の窓から湯煙が上がっているのが見えた。


 「おいまさか」

 「覗きだ」

 「ジョニー!? これは違えだろ! さすがにまずいだろ!!」

 「こんな所まで来て今更何を言ってんだカケル。夢が詰まってんじゃあねえか。覗いてみろ、そこに夢がある」

 「違うから! 確かに夢はあるけど違うから!」


 窓の向こう側は大浴場。

 現在の大浴場は朝練を終えたトウカさんが入浴する時間帯のはずだ。


 「男の夢が壁一枚挟んだ向こう側にある。オレはソレを瞼の裏に焼き付けてからイきたい」

 「イきたいってどこにだよ!? 青春って聞いて思い浮かぶモンが覗きって、ただの変態じゃあねえかお前!」

 「男はどんだけ生きようが、どんだけ経験を積もうが本質は何も変わらねえ。本能には抗えねえ。それが男って生き物だ」

 「一緒にするな! ジョニーは消えるから関係ねえけど、あいつは俺の仲間だからな!? もしバレでもしたら……」


 いや、待てよ。

 わざわざ屋敷の裏手に回ってくるような奴はいない、か? いないよな。

 それに、ちょっと裸見たぐらいじゃ怒られないのでは?

 つまりこれって…… チャンスか?


 「覚悟は決まったようだな」

 「…… あぁ。俺も男だ。手が届く夢を見逃す程愚かじゃねえ。…… にしてもどうやって中を覗くんだ? 目は良い方だけどこの距離はさすがに無理だぞ」


 ジョニーはニヤッとして、


 「敷神ってのはよ、心を読む以外にもう一つ特別な力が使えるんだ」

 「特別な力?」

 「あぁ、ソレはな……」


 ジョニーの掌が輝き始め、


 「家主が現時点で一番欲しいモノを創造する力だ」


 双眼鏡が現れた。

 ジョニーは双眼鏡に視線を落として、


 「…… コレがカケルの覚悟、ってやつか」

 「……」


 あれ、なんだろう。

 すごく恥ずかしいんだけど。


 「恥ずかしがるこ――」

 「心を読むな」


 俺はジョニーの手から双眼鏡を奪い取る。


 ―― もう後には退けねえ。やるしか、やるしかねえんだ。


 双眼鏡を覗き込み、窓を見る。


 「…… くそっ。湯煙のせいで中が見えねえ」

 「我慢ってのも時には必要だぜ」


 双眼鏡を握る両の手に、不思議と力が入る。


 「お、だんだん煙が薄くなってきた」

 「へへ、次、変われよな」

 「……」


 お、おぉ!

 中がもう少しで、もう少しで見え―― 


 「「……」」


 見えると思った所で、窓が閉められた。

 窓は一面真っ白に染まって、いくら双眼鏡であっても白の向こう側までは見ることはできなかった。


 「「ちくしょおおおおおお!!」」


 俺とジョニーは無念を放出した。



 放物線を描いて飛んでくる球体を、俺はグローブで受け止める。

 乾いた音と掌に広がる鈍痛を堪能し、俺は球体をジョニーへ投げ返す。


 「中々イイ球投げるじゃねえか」

 「ジョニーこそ」


 カコン、という鹿威しの風流な音を耳に入れながら、俺とジョニーはキャッチボールをしていた。

 暇だったからである。

 穏やかな昼下がりにキャッチボールをしている二人の男はその様子を縁側からアリアとステラに見られている。


 「…… 楽しいんですか? ソレ」

 「「……」」

 「くはは。男というモノは妾たちには分からぬ」

 「「……」」


 こいつらは羨ましそうに俺たちを見ているのではない。

 ただ、奇怪なモノでも見るような視線を容赦なくぶつけてきている。

 突然、ジョニーが胸を押さえて倒れ込んだ。


 「ジョニー!?」


 俺はジョニーに駆け寄って、


 「急にどうした!? 俺にはまだお前が必要なんだよ!」

 「…… へへっ、嬉しい事言ってくれるじゃあねえか。だが悪いな。そろそろ時間らしい」


 契約魔法の期限が近い。

 苦しそうに胸を抑えるジョニーの体は徐々に、徐々に色素を失っていっている。

 

 「ま、待ってくれ! 俺はまだジョニーにやって欲しい事が――」

 「カケル…… こんなオレにも夢を見させてくれたな」

 「俺は何も見せてやってねえ! まだ行くな!」

 「オレはよぉカケル。一目で良いから見てみたかったんだ。夢の先ってヤツをよぉ」

 「だから、俺はまだ…… なにもっ!」

 「いいや、見せてくれたさ。実感させてくれたさ。それに、だ。オレの存在はこの世界から拒絶されるが、ジョニー・エヴァンスって存在が消えてなくなるわけじゃあねえ」

 「…… 一体、何を言って」

 「オレはテメエの中で生き続けるのさ。カケルの青春の一ページにな」

 「ジョニー……」

 「へへっ、短い間だったがよ、ありがとな。オレの最期にしちゃあ上等す…… ぎ――」

 「ジョニィィィィィー!!」


 武家屋敷の庭の中央で、俺は叫ぶ。

 親友との別れを。便利な魔法が使えるどこぞの猫型ロボットのような存在が消え去る悲しみを。

 数秒前まで確かに腕の中にあったモノは消えてなくなり、俺は空を見上げる。


 ちくしょおおおおお!!


――― 縁側 ―――


 「…… 私たちは何を見せられているんです?」

 「くはは! 理解できぬ! じゃが、面白いではないか」

 「えぇ…… 完全に頭のおかしい人ですよ、アレ」

 「そう言ってやるな。敷神の最期の仕事は新しい家主の夢を叶える手助けをしてやることらしいからな。大方、カケルはまだキャッチボールを続けたかったのであろう」

 「はあ、そういう事ですか。じゃあ私は洗い物してきますね」


 ジョニーが旅立った数十分後。


 頬を赤らめたトウカに無言でビンタされ、その日は頬を腫らしたままの状態で過ごすことになった。

 その時の悲鳴は、ジョニーとの別れよりも大きかったらしい。


 晩ごはんが並ぶテーブルで。


 「最低ですね」

 「最低じゃな」

 「…… くっ!」

 「……」


 ―― 未遂だもん! 見てないもん!


 俺の声が仲間に届くことはなかった。

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