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俺の新居はどこか間違っている。 3


 翌朝。

 慣れない場所のせいか、寝つきの悪かった俺は朝早くに目を覚ました。

 欠伸をして、着替えを入れているクローゼットに手を伸ばす。

 取っ手を掴んだ瞬間、昨夜の幻が脳裏をよぎった。


 ―― いやいやいや。あれは幻だ。疲労困憊の俺が見た幻覚だ。そもそもクローゼットの中に直立不動のおじさんがいるなんてありえない。この屋敷に俺たち以外の魂反応は無かったんだから。


 俺は勢いよくクローゼットを開けた。


 「…… ふぅ」


 中には見慣れた衣服があるだけだった。

 



 風呂に入り、さっぱりした俺はリビングに来た。


 「……」


 朝早い時間帯の為、三人はまだ起きていないらしい。俺はとりあえずテーブルの真横に腕を組んで突っ立っているおじさんから視線を逸らし、リビングに繋がる扉を閉める。


 ―― どうしよう。どうしよおおおおおお! 幻なんかじゃなかった! 幻覚なんかじゃなかった!!


 この屋敷に住んでいるのは俺を含めた四人だけのはず。しかし、五人目が存在していた。ソイツは昨夜見たリーゼントおじさん。


 ―― い、いや待て。もしかしたら妖精さんかもしれない。美少女フェアリーじゃなくておじさんフェアリーなのかもしれない。と、とりあえず魂があるのか無いのかだけ見てみよう。そうしよう。


 俺は再度扉を開き、


 「……」


 ―― いやあああああああああああああああっっ!! こっち見てるううううう! めっちゃこっち見てるうううう!! サングラスくいってしてまで俺の事見てるううう!!


 すぐに閉めた。


 ―― ど、どどどどどうしようううう。あんなんがいるとか聞いてないんですけど。リビングもう入れないんですけど。


 「ふぁあ。…… あれ、カケルですか? 早いですね」


 振り返ると、重たそうな瞼を擦るパジャマ姿のアリアが立っていた。


 ―― こいつのパジャマ姿を久しぶりに見た気が…… って今はそんなほっこりしてる場合じゃなかった。


 俺はリビング側に背を向けて、両手を広げる。


 「……? 何やってるんですか? そろそろトウカが起きるので朝食の支度したいんですけど」

 「行かせられねえ。俺は仲間を死地に追いやるような真似はできねえ」

 「リビングに入るだけですよ?」

 「そうだ」

 「とりあえず通してください。早くしないとトウカの朝練に間に合わないじゃないですか」


 あいつそんな事やってたのか。知らなかった。

 ってそうじゃない。


 「ダメだ。ここは通せねえ。アリアなら尚更な」

 「むっ、私ならってどういう意味ですか。早朝で一人好き勝手できるからって変な事してたんですか?」

 「し、してねえよ」

 「だったら通してください!」

 「ダメだ!」


 俺はアリアとドアノブの所有権を奪い合う。


 「と、通してください!」

 「諦めろ!」

 「嫌です! このっ!」

 「ぜ、絶対にココを通すわけには行かねえ!」

 「むうううう!!」


 アリアは中々諦めない。

 俺はこいつの為を思って通せんぼしているってのに。

 この分からず屋ちゃんが。


 「朝から何をしている?」


 廊下の陰から声が飛んできた。


 「あっ! トウカ! トウカも手伝ってください!」

 「……? 何を手伝うんだ? ただリビング――」

 「カケルが邪魔するんです!」

 「…… なぜ?」

 「理由はカケルに聞いてください!」

 「それは言えねえし、ここを通すわけにもいかねえ!!」

 「ふむ。それは困った。…… よしアリア。私も助太刀しよう」


 ドアノブ争奪戦にゴリラが参戦した。

 だがしかし、負けるわけにはいかない。

 男として。


 「むうううううう」

 「はああああああ」


 二人の暴力的な力に、俺は精一杯抵抗する。


 「うおおおおおお」


 それでもドアノブは回る。


 ―― まずい。まずい。ヤツの存在がバレたらまずい。アリアは発狂するだろうし、トウカは「私が斬る」とかなんとか言って屋敷を破壊しそうだ。何より、幽霊憑き物件を早まって購入してしまった俺が非難を浴びてしまう事になる。そうなりゃ無駄になった金を俺が稼げと、こいつらなら言い出しかねない。それだけは非常に困る。


 結果。

 俺の抵抗なんてトウカからしたら無駄に等しかった。

 隔離したかったリビングはゴリラの加勢により解放され、二人は目的の地へと辿り着く。


 「…… くそっ!」


 アリアが不思議そうに小首を傾げて、


 「何で悔しがってるんですか? 別におかしなモノなんて無いじゃないですか」

 「……?」


 消えたのか?

 俺はリビングの中に視線を移す。


 「いや、いるじゃん」

 「いる?」

 「……」


 まさか、リーゼントおじさんが見えてないのか?


 「あ、あぁ。ジョニーの事ですか」

 「カケルといえどジョニーを知らない事は無いだろう」

 「ですよね」

 「……」


 んんっ!?


 「あれ。あれれぇ。その顔はもしかして、知らないんじゃないですか?」

 「…… 知らない」

 「「えっ!?」」


 わ、わけが分からない。

 何でこいつら驚いてんだ? 誰だよジョニーって。


 「ま、まあカケルに常識が無いというのは分かってましたけど」

 「そうだな。まさか敷神も知らないとは」

 「しきがみ?」

 「ぷぷぷ。無知なカケルに神である私が教えてあげましょう。敷神とはですね――」


 アリアの話は要約するとこうだ。

 敷神は誰も住んでいない屋敷を空き巣やモンスターから守る類の魔法だそうだ。街中にある家には施されないが、この屋敷のように郊外にある家のみに使われる上級魔法らしい。新しい住民が決まってから二十四時間で消えるらしく、こういう魔法は契約魔法とも呼ばれているらしい。

 俺のサーチスキルに引っかからなかったのは魔法で創られた存在だからだろう。


 「ってことは無害なんだな?」

 「…… もしかしてビビってたんですか?」

 「い、いやいやいや。俺がビビるなんてありえねえだろ」

 「「……」」

 「なんだよ」

 「何でも無いです。私は朝食の準備をするのでカケルはゆっくりしててください。トウカの朝練に付き合ってても良いですよ」

 「そういえば朝練って何やるんだ?」

 「ただの稽古だが。一緒にどうだ?」

 「へえ。やめとく」


 トレーニングってのは一人でやるもんだ。


 「そうか」


 刀と飲み物を手にリビングを出ていくトウカの背中は少し寂しそうだった。



 朝食を食べ終えて、俺は自室へと戻ってきていた。

 俺が選んだ部屋は広い。六、七人ぐらいは寝られそうなぐらい広い。

 そんな部屋には今、俺を含めて二人いる。一人は人数に数えて良いのか分からないがとりあえずカタチは人だからこれでいいだろう。


 「……」


 なんでえ? なんでジョニーが俺の部屋にいるのぉ? まったくゆっくりできないんだけどぉ。お腹いっぱいになったからちょっと寝たいんだけどぉ。


 「オレはジョニー・エヴァンス。ジョニーでいいぜ」

 「喋れるのかよ」


 ついツッコんじまったじゃねえか。


 「喋れねえなんて敷神失格だぜ? オレがんなタマに見えるか?」

 「……」


 ついさっきまで一言も喋らず突っ立ってただけだったじゃん。


 「カケル。実は頼みてえことがあるんだ」

 「……?」


 敷神って意志あんの?

 もしかしてめちゃくちゃすごい魔法なんじゃねえのか?


 「オレと青春しないか?」

 「何言ってんだ?」

 「オレの命は持って後数時間。オレはこの世界に存在したって実感が欲しいんだ」

 「……」


 命って、ただ魔法の契約が切れるだけじゃん。

 ジョニー魂持ってないじゃん。空っぽじゃん。


 「おいおい、連れねえこと言うなよ。オレとお前の仲だろ?」

 「何も言ってねえよ。それについさっき存在を知ったばっかだよ」

 「オレはよぉ。人間の心が読めちまうんだ」


 なにそれすごい。


 「オレと青春しないか?」

 「何言ってんだ?」

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