俺の新居はどこか間違っている。
―― 家が欲しい。
本来ならば冒険者って職についている奴にそんなもん必要ない。
魔王を討伐するという高尚な目的を持ち、世界を旅して周る職業だからだ。
何を隠そう、俺も異世界に来た当初はそんな夢物語を描いていた。異世界でハーレムを築き、俺また何かやっちゃいました的な感じで魔王倒しちゃうんだろうなとか思ってた。
だが現実は違う。
シリウスのようなチート能力持ち以外の冒険者はその日暮らしをするだけで必死な連中ばかりだ。魔王討伐なんて早々に諦めて人生を謳歌する能天気な連中ばかりだ。
俺は運よくヒナの選別バイトやコモモドラゴン、賞金首の捕縛なんかで一度に大金を稼ぐ事が出来たが、他の連中は毎日毎日クエストを受注しては達成し、報酬を得る。時には失敗し、命を落とす事もあるだろう。
そんな危険と隣り合わせの職業が冒険者ってやつだ。
冒険者の悩みの種は数える程あるが、一番大きな悩みは寝床の確保だろう。
言うまでもなく宿屋で寝泊まりするには金がいる。王都の相場は一人当たり一万二千サリーだ。俺のパーティは四人の為、一日経つ毎に約五万サリーも飛んでいく。
こんなバカげた話があるだろうか。
「いや無いっ!!」
「っ!?」
アリアは身体を跳ねさせて、不満気な視線をぶつけてくる。
ステラが読んでいた本を閉じ、読了済みの本の山に積み重ねて、
「して、何が無いのじゃ? 妾たちに足りぬモノなどないであろう」
「ですねですね。私たちは完璧なパーティです」
「家だよ」
「「え?」」
「…… 家が欲しいんだよ」
「なぜです? 私たちは冒険者。家なんて必要ないでしょう」
「ならお前はあそこに山積みになってるおもちゃを毎度毎度持ち運ぶってことだな。了解だ。頑張ってくれ」
「よくよく考えてみると冒険者にも活動拠点的なモノは必要かもしれませんね。えぇ、必要かもしれません」
「くはは! 妾の目的を忘れたわけではなかろうな。魔王七柱――」
「お前は本屋さんでも始めるつもりなんだろ? 頑張ってくれ」
「妾は書斎があればよい」
俺が家、というか倉庫的な役割を持つ物件を欲する理由は金銭面だけじゃあない。
ここ二週間程で購入した物が多すぎるのだ。
アリアと共に毎日買っている卵型チョコレートのおまけ。毎日五冊ずつ積み上げられていく本の山。その他生活用品とガラクタの数々。
用も無いのに俺の部屋に来てるって事はこいつらの部屋はすでに物で埋め尽くされているんだろう。俺の部屋も最初は余裕があったのだが、今では物で溢れている。
これでは落ち着かないし、何より次の街に行く時処理に困る。こういう時に収納魔法を使えると良いのだが、あいにくそのようなチート魔法持ち合わせていない。
俺は隅っこで刀の手入れをしているトウカに視線を移し、
「トウカはどう思う?」
「私は別に構わないぞ。庭があるようなら嬉しいが贅沢は言わない」
あれ。今日はやけに素直ってか大人しいな。
*
「な、なぜ妾が……」
「仕方ねえだろ。アリアは洗濯と各部屋の掃除、トウカは刀の手入れで暇なのお前しかいなかったんだから」
俺は不満気なステラを連れて、不動産を扱っている店の前まで来ていた。
店はガラス張りで、取り扱っている物件のチラシが貼りだされている。
予算は約四百万。物件を買う頭金としては十分だろうと考えていたのだが、
「やっぱ400万じゃあ家は無理か」
「当たり前であろう」
「足りない分は借金とか――」
「冒険者という不安定な職の男に金を貸す奴なぞおらぬ」
「…… ですよね」
ローンを組んで、なんて甘い事は許されなかった。
この世界でも信用ってのは大事らしい。信用社会ってのはこの事か。
「そもそも王都で家を買おうというのが間違いじゃ」
「いや、俺は別に王都じゃなくてもいいんだけどな。お前らが持ってくる物の保管場所さえあればそれでいい」
チラシの物件は全て四千万サリー以上の値が付けられている。
土地とか建物とかはこの世界でも高いらしい。
「もう気は済んだであろう? 妾は早く帰り読書の続きをしたいのじゃが」
「ステラってそんなに読書好きだったっけ」
「妾をこんな体にしたのはカケルではないか」
「お前は何を言ってんだ。ふざけてないで店入るぞ」
「それは――」
「いいから早く」
天体魔法がどうのこうの言っているステラを連れて、俺は不動産屋さんに入った。
*
入店した俺たちは優しそうなお兄さんに別室へ案内され、ソファに腰を下ろしていた。
目の前のテーブルには物件カタログのような物が二種類と紅茶が注がれたカップが二つ。
俺は紅茶に口をつけ、店員さんが来るのを優雅に待っている。
「これは中々良い茶葉だな」
「…… じゃな」
紅茶が半分ほど無くなったところで、店員さんが入室してきた。
「すみません。お待たせいたしました。本日はどのような物件をお探しでしょうか?」
俺は探している物件と予算を伝えた。
店員のお兄さんは少し困ったような表情をして、
「申し訳ございません。王都内にそのような物件は……。王都の外にある物件でしたら紹介できるのですが」
「「え」」
―― あるの? 400万で買える家あるの?
予想外の言葉に俺とステラの声は重なった。
お兄さんは微笑んで、
「実はジャポンティ出身の方に紹介できる屋敷が一軒だけあるんです」
「本当ですか!?」
「ええ、本当です。ただ…… 一点だけお伝えしないといけない事がありまして」
「何ですか?」
「その屋敷には出るらしいんです」
―― なるほどな。事故物件ってやつか。そりゃあ400万でも買えてもおかしくねえ。
俺が一人で納得し、断ろうとすると、
「して、何が出るのじゃ?」
「おい何聞いてんだお前は。出るって言ったらアレに決まってんだろ」
「はて。決まってはおらぬと思うが」
「ちょっとこっちこい。…… すみません少し待っててください」
俺はステラを部屋の外に連れ出した。
「いきなりどうしたと――」
「お前は事故物件って言葉を知らねえのか? 王都の外とはいえ400万で買えるような家…… じゃなくて屋敷だぞ?」
「確かに安すぎるとは思うが、事故物件とは?」
「事故物件ってのは過去に殺人とか自殺があったような物件の事だよ。んで、出るっていやあ決まってるだろ?」
「カケルはゴースト系モンスター、幽霊が怖い――」
「俺は全然怖くない。ただもしだ、もしそんなもんが出てきたらアリアは泣き喚くだろ? 俺は別に怖くないけどな? アリアが可哀そうだろ? アリアが」
「……」
「何だよ」
「話だけでも聞いておいて損はないであろう? もし幽霊とやらが存在していたとしてもカケルのスキルで特定して討伐してしまえば安価で屋敷が手に入るのじゃぞ」
「…… なるほど」
―― 何だよ。やっぱステラちゃん使えるじゃん。
部屋に戻ると、ニコニコしながらお兄さんが口を開いた。
紹介してくれるという屋敷に出るモノの正体は、
「妖精さん?」
という事らしい。
「えぇ、噂程度でしか無いんですけどね。一応購入検討者には伝えないといけない決まりでして」
妖精ってフェアリーの事だよな?
この世界では幽霊の事を妖精と呼ぶなんてオチじゃないだろうな。
「カケルの推測は外れたようで何よりじゃ。良かったではないか」
「俺は怖くない」
「妾はそんなこと言っておらんが。…… じゃが妖精ということであれば値段が安い理由にはならぬであろう?」
「えぇその通りです。まあ理由は一つしかないんですけどね。…… 街の外に住む人がいると思いますか? 戦闘行為が出来る騎士や衛兵は騎士団宿舎で生活してますし、冒険者の皆さんは一所に身を置かないでしょう?」
「「なるほど」」