俺の王都生活はどこか間違っている。 2
五百万サリーという大金が手に入って一週間。
俺は毎日エドラム王立図書館へ通っていた。
理由はもちろん、知識を得る為だ。
決して文学美少女と運命的な出会いを期待していたとかそんなんじゃあない。
決して司書のお姉さんと仲良くなりたかったからとかそんなんじゃあない。
『スキル全集』という本を読むことで、スキルについて分かった事がある。
それは、特定の行動を繰り返し行っていればそのスキルを習得する可能性が高くなるということだ。
アリアが『言語の加護』に関係のない家事スキルを習得出来たのは、毎日掃除洗濯料理をしていたからだろう。
俺は日本にいた時、リレーの練習やらマラソン大会の練習やらサッカー部の練習やらで走力を上げる努力をしていたから加速スキルを習得できていたのだろう。
バルカンが俺のスキルを時間魔法と勘違いしたのは『アクセル』なんてスキルを取ってる奴がほとんどいないからだった。
異世界において走る練習をする奴なんていないのはトウカのようにスキルを使えばある程度速くなるからだ。
情報の少ない『アクセル』というスキルについて『スキル全集』にはこう書かれている。
―― 速くなる。
『全集』なんて大層な名前の割に全く詳しく載っていない。
情報提供してもいいが、勘違いで美味しい思いが出来たという事実があったので俺は隠しておくことにした。
そんなわけで、俺の『アクセル』は完全な初見殺しスキルとなっているわけである。
ちなみに『アクセル』の上位互換のようなスキルはいくつかあった。
分かりやすいので言えば、時間停止だ。
『時間の加護』を持つモノにしか使えない魔法なのだが、数百年前の大魔導士チックタックという人物以来その加護を持つモノは現れていないらしい。
「あの」
「……」
俺にもこんなスキルがあればなあと『スキル全集』をペラペラめくっていると、テーブルを挟んだ向かい側から声がした。
明らかに俺にかけられた声だが反応はしない。
ここは図書館。静かな場所だ。厳正なる空間だ。そんな場所で声は出さない。
俺は今、本を無心で読み更けるクールガイなのだ。
「さっきから視線が……その、気になるんですけど」
「……」
反応してはいけない。
反応してしまえば見てましたと白状するようなもんだ。絶対に認めてはいけない。チラチラ見てただけだから。凝視はしてないから。…… ってか、俺は悪くないと思う。谷間を強調する服を着ている君の方が悪いと思う。
そんなことより、まずいな。とりあえずこの子の勘違いで済まさなければ、司書のお姉さんや真横に座る文学美少女に危ない目で見られてしまうかもしれない。
だんまりを決め込んで、本を無心で読むフリをしていると、女の子はその場を立ち去った。心なしか隣に座る文学美少女のイスが俺から離れた気がするが、まあ気のせいだろう。
何だか気まずい雰囲気になったので席を立つことにした。
「あらカケルさん。今日はもうお帰りですか?」
図書館を出ようとしたところで、受付カウンターにいる綺麗なお姉さんから話しかけられた。
俺は出来るだけ爽やかな笑顔で、
「はい、この後予定があるので」
「それは珍しいですね」
「……」
おっと。それはどういう意味でしょう。
まるで俺がいつも暇つぶしの為に図書館に来ているかのような言い草じゃないですか。
「またのお越しをお待ちしてますね」
「はい」
受付のお姉さんと会話が出来たのは収穫だろう。
俺は満足感を得て、エドラム王立図書館を後にした。
*
図書館を出て向かった先はアリアと待ち合わせをしているとある店だ。
アリアの言っていた看板と、店の前でソワソワしている金髪が見えてきた。
「よう」
「もう! 遅いです! 限定品が無くなったらどうしてくれるんですか!」
「悪い悪い。はやく入ろうぜ」
俺は頬を膨らませているアリアを連れて、店の中に入った。
入店と同時に鈴の音色が店内に響き渡り、愛想のいいお姉さんが、
「いらっしゃいませ。空いてるお席へどうぞ」
と、声をかけてくれる。
俺は適当なテーブルに腰を落とし、
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「チョコアイスパフェを一つください。アリアは?」
「ふふん! 決まってます! 今日の限定品である神チョコパフェで!」
「すみませんお客様。本日の限定品はもう売り切れでして……」
「「……」」
「お客様?」
「…… 仕方ありませんね。一日三食限定らしいですし。私もチョコアイスパフェでお願いします」
「かしこまりました」
丁寧なお辞儀をしてから去っていくお姉さんを見送って、
「むううううう」
「ごめん」
ほっぺたを最大限に膨らませるアリアに謝罪した。
「お待たせしました。チョコアイスパフェでございます」
「「おぉ~」」
俺とアリアの目の前に、チョコレート三昧なパフェが置かれた。
アイスクリン、クリーム、スポンジケーキ。
その全てがチョコレート味のスイーツタワーである。
「それではごゆっくりどうぞ」
「「ありがとうございます」」
俺とアリアは店員のお姉さんにお礼を言って、スプーンを手に持つ。
ついさっきまで不満気な顔をしていたロリっ子はもういない。
目の前にいるのは瞳を輝かせて、パフェのどこから手を付けようか迷っているただの女の子だ。
俺はスプーンでクリームを一掬いして、口に運ぶ。
ふわふわでひんやりとした苦みが口の中一杯に広がって、
「最高だな」
「ですねですね!」
神チョコパフェとやらが食べられなかった事はすっかり忘れているようだ。
俺とアリアは甘く冷たいスイーツを堪能した。
空っぽになったグラスにスプーンを落とすと、清涼な音を奏でる。
アリアが満足そうな顔をしたまま口を開いた。
「お菓子屋さん行きたいです」
「またかよ」
「だってだって。私の一番欲しいマルメドリがまだ出てないんです」
あの卵型チョコレート。
あれは一個千二百サリーもする高級品だ。
チョコを卵型に加工するから高いのかと思っていたが、高価格の正体は中にあるおもちゃだった。
お菓子屋のおばちゃんの話では、この世界のチョコレートはペルメリアという国のカカオ豆から作られているらしい。俺の思ってたようなモンスターのうんちから作られたのではないという事実に安堵したが、どうにもこの世界は俺の世界のモノが多いような気がする。
「お前ほんとマルメドリ好きだな」
「可愛いじゃないですか。食べてもおいしいですし」
「……」
この子自分で恐ろしい事を口にしている自覚はあるんだろうか。
「何です?」
「いや、何でもない。…… じゃあ行くか」
俺はお会計を済ませて、アリアと共にお菓子屋に向かった。
ちなみに、チョコアイスパフェは一個八百サリーだった。
安いのか、高いのか。
男の俺にはよく分からない。