俺の脱出計画はどこか間違っている。 完
バルカンだ。
俺の背後に世紀末おじさん、バルカンがいる。
恐る恐る振り返ると、
「…… は?」
「くくっ。…… 俺様が見えねえか? だろうなあ!!」
声は聞こえるが、姿は見えない。
目の前に存在しているはずなのに、確認できない。
男なら誰もが憧れ、一度は夢見て妄想する魔法。
「透明――」
「これでお得意の時間魔法は使えねえなあ! 俺様が『インビジブル』を使っちまってるからなあ!」
「何を言ってやがる」
「強がってんじゃねえぞ雑魚が! 視界にさえ入らなければ大した魔法じゃねえってことぐらい分かってんだよ!」
「「「……」」」
「なんだあ? 何も言えねえのか? あぁそうか。時間魔法に耐性がある俺様にビビッてやがんのかぁぁ!!」
「「「……」」」
―― 一体この透明人間は何を言っているのだろうか。
見当違いな解釈をするバルカンを、ステラとトウカは笑いを堪えるように体をプルプルさせて見ている。
―― 視界に映ったモノの時間を止めるってか? そんな魔法使ってみたいもんだ。そんな異世界特典があればどれだけ良かったか。時間魔法の耐性? 多少は動けるに決まってるじゃねえか。時間停止とかそんなんじゃあないんだもの。
それにしても、国や騎士団が警戒する能力ってのがまさか透明になる魔法だったとは。確かに脅威だ。脅威って事は間違いない。誰にも見られず好き勝手やれるんだから全能感も半端ないだろう。
俺は小声で、
「どうしよう。大した奴じゃなさそうなんだけど。国が賞金を出すような奴じゃなさそうなんだけど」
「くはは。見えなくなるだけとはな。それに、やはり頭が悪いようじゃ」
「ふふ、言い過ぎだろう。見えなくなるというのはかなり脅威だぞ」
「トウカ、俺の加護のこと忘れてねえか?」
「…… そういうことか」
「くはは、バルカンにとってカケルは最も相性の悪い相手であろうな」
姿が見えない敵の一番怖い点。それはどこから攻撃されるのか分からないって事だ。
俺は魂が見える。
つまり、敵を見失うなんて事はありえない。実際、バルカンが少しずつ右側に移動しているのが見えている。
恐怖心はどこかへ消えた。
「バルカン、俺たちを見逃すってのはナシか?」
「ありえるわけねえだろ。頭が弱えのか?」
「……」
「くくっ、魔眼を発動させてんのに俺様の動きは止まっちゃあいねえぞ?」
「そりゃあすげえや」
「強がってる余裕は――」
「『アクセル』――っ!!」
以前バルカンと対峙した時の事をイメージする。
―― こいつの体格と得物を思い出せ。…… こいつの得物は斧。刀や剣のように前に構える事は無いはずだ。
黒い魂に接近して、
「ゴールデンスマァァァッシュ!!」
「―― にっ!?!?」
足を振り上げた。
魂は心臓部分にある。そして、男の急所は正中線上にある。
その確信さえあれば恐れることは何もない。
魂目掛けて蹴り上げれば、自然と股間にヒットする。
股間を押さえて気を失ったバルカンが姿を現した。
斧は持っていなかったが、代わりにペンチみたいな…… 拷問器具みたいな物を持っていた。何だか見ているだけで鳥肌が立つような、そんな恐ろしいカタチをした道具から目を離す。
「ほう、コレがタマを取るとかいう」
「おいやめろ」
「ゴールデンスマッシュってなんだ? 私は――」
「うるせえ」
*
異世界の犯罪者。
異世界の人々は皆が何かしらの加護を持ち、魔法やスキルの行使ができる。元の世界だと人類全員が銃を持っているようなそんな世界だ。
他の人とは違う特別な加護を持った人間が犯罪を犯すかどうかは周りの環境にも左右されるだろう。アイーシャさんがアリアを保護していたのはこれが理由の一つかもしれない。
アイーシャさんのような人に出会う事が出来なかった、もしくは生まれた時から犯罪組織の中にいた、これが犯罪者になる要因の一つと考えられる。
バルカンの本名はバルカン・サルミエント。こいつは後者のようで犯罪組織の親族かナニカだろう。
ちなみにサルミエント家はこの国に貨幣制度を導入するよう王族に進言したと言われるサルミエント公爵家とバルカンが所属する犯罪組織サルミエントファミリーの二つに別れているらしい。
何故そんな事になっているのかなんて知ったこっちゃあない。
そんな話を聞きながら、俺は小一時間かけて王都に戻り、バルカンを騎士団に引き渡した。
今は賞金を受け取るために、城の待合室のような場所で待機している。
「いくら貰えるんだろうな」
「あの程度の強さでは期待はせぬほうがよいであろうな。それよりトウカにあんな事を言って良かったのか?」
「あの石碑、あれ名前書いてたろ? ありゃあ多分慰霊碑ってヤツだ。そんなもん斬ってみろ。修繕費やら修復費やら国から請求されるし、最悪死刑に決まってるだろ。それならトウカにクエスト選ばせた方が全然良い。モンスターを倒すのはあいつに任せりゃいいんだからな」
「……」
「なんだよ。言っとくが俺は硬いモンスターなんて倒せねえからな。ゴブリンみたいな簡単に刃が刺さるモンスターなら倒せるだろうけど」
「くははははは」
笑う所あった?
「冒険者カケル様ー。カケル様はいらっしゃいますかー?」
何かファストフード店みたい。
呼ばれたようなので、腰を上げて受付に向かった。
「俺がカケルです」
受付のお姉さんが驚いた顔をして、
「あのー、失礼ですがソウルプレートをご確認してもよろしいでしょうか?」
「…… はい」
「くはは」
俺はソウルプレートを出現させて、お姉さんに手渡した。
お姉さんは何やら険しい顔をした後、申し訳なさそうな顔に変わって、
「大変失礼いたしました。まさかあのバルカンを捕まえた冒険者がまだこんな――」
「こんな?」
「あ、いえ。ウィリアム様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「くははは」
受付のお姉さんに案内されて、不殺の騎士様の元へ向かった。
お姉さんの口ぶりからしてバルカンの賞金は期待できるかもしれない。
「くはは! あまり期待は――」
「うるせえ」
こいつ一体なんで付いてきたんだ。まさか笑うためじゃないだろうな。
「カケル君! 無事でよかったです!」
入室すると、イケメンが満面の笑みをぶつけてきた。王様の客人相手じゃなくなったからか様付けじゃなくなってる。
俺とステラはウィリアムの正面のソファに腰を下ろす。
「じゃあ早速今回の報酬を……」
ウィリアムはそう言って、一枚の小切手のようなモノをテーブルの上に置いた。
「これが、500万サリーの小切手です」
ん?
「あの、ちょっと聞こえなかったからもう一回言ってくれない?」
「え、あぁ。報酬は500万サリー分の小切手です」
「「……」」
これは…… 試されている!
俺が金の亡者かどうかのテストをしている!
ここで金の亡者と判断されたならどうなる? …… 俺は正義感の欠片もないただのクソ野郎という事になるのか?
ここで受け取らなかったらどうなる? …… 正義感に溢れた男として周りから色々な面倒事を押し付けられる事になるのか?
ちくしょう! どっちが正解なんだ! どっちを選択すりゃあいいんだよぉおぉ!
…… よし。
「ここに名前書けばいいですか?」
「はい、そうです」
俺は丁寧に小切手を受け取った。