俺の聖剣イベントはどこか間違っている。 3
聖剣の間を破壊した俺たちだが、今日一日は城での滞在が許された。
王様と別れる時、背後から「騎士団に召集を――」やら「聖剣探索の――」やら聞こえてきたが関わらない事にした。
貸し与えられた部屋に戻った俺たちはゴロゴロしている。
ステラが本をめくりながら口を開いた。
「明日からどうするのだ?」
俺はふかふかのソファでくつろぎながら、
「知らねえ」
「なんてやる気のない……」
隣に座るアリアがため息混じりに言った。
「そういえばお前ら何で冒険者になったんだよ」
「私は神ですからね」
「答えになってねえ」
「え!?」
「……」
ポンコツ具合に呆れていると、トウカが刀の手入れを止めて、
「私は言ってなかったか?」
「聞いてねえな。何でだ?」
「ふふ、私の夢は世界一の剣豪になることでな。その為には魔王七柱が一人、剣鬼と呼ばれるヤツを斬る必要が―― あっ」
自分の夢ととんでもない目標を口にした直後、トウカは側に置いていた紅茶の入ったカップを倒した。
「ちゃんと拭いておけよ。それとこれからは勝手に動くな」
「…… くっ」
何を悔しがっているんだろうか。
「妾は――」
「お前は言わなくていい」
「なぜじゃ!?」
「だってこの流れだとステラも魔王七柱の一人、とか言い出すじゃん」
「なっ、カケルに予知の魔法が使えるとは……」
「大体魔王七柱ってなんだよ。聞いたことねえぞ」
俺の些細な疑問に反応したのはクソガキだ。
「ぷぷぷ! そんなことも知らないんですか? ぷぷぷぷ」
「なら教えてくれよアリア様」
「私も知りませんが」
「……」
何なん? 何なんこいつ。
「くはは。本来なら魔王七柱という言葉すら知らないのが普通なんじゃよ。トウカが知っているという事に妾は驚いたぞ」
「ふふ、私は世界一の剣豪を目指す身だからな。その道の障害となる敵の事は―― あっ」
床を拭いていたトウカがまたカップを倒した。
この出来事でトウカのドジっ子が発生するタイミングが掴めた。こいつは良いカッコをしようとすると、ドジるのだ。
「勝手に動くなって言ったろ。丁寧に拭いておけよ」
「…… くっ」
「ステラは知ってるのか?」
「魔王七柱の一柱に妾の故郷出身の者がおるらしいからな」
ふむ。
「つまりステラは故郷を滅ぼしたその魔王を倒すために冒険者になった、と」
「いや違うが」
「違うんかい」
「ぷぷぷぷ! ふっ、つまりステラは故郷を滅ぼした―― いっ!?」
クソガキのほっぺたを引っ掴んで黙らせた。
いや、間違いないと思って発言した俺もアレだが盛ってリピートされるのは腹が立つ。
「なら何だ?」
「魔王七柱の一人に召喚魔法を使う者がおるらしくてな。そやつが召喚したモノを片っ端から消し飛ばしてみたいのだ」
「……」
なんというかまあ。
そんな欲望がありながら普段魔法を使わずにいてくれるだけありがたいと思うべきか。
「逆にカケルは何故冒険者になったのだ?」
「それは私も気になるな。わざわざジャポンティからこの大陸に来てまで冒険者になった理由とはなんだ?」
「私も気になりますね。凡―― いひゃっ!?」
せっかく離してやったのに。
さて、どう答えようか。
少し考えて、俺は口を開いた。
「実は俺…… 神なんだ」
「何バカな事言ってるんですか? 頭おかしいんじゃないですか?」
「おいこらクソガキ。お前にだけは言われたくない。お前みたいな本物のバカにだけは言われたくない。このポンコツが」
「このっ! このっ!」
掴みかかってきそうなアリアを片手で押さえる。
「まあアレだ。真面目な話をするとだな、俺は別の世界から来たんだよ。出身もジャポンティじゃなくて日本ってとこだ。こっちにきた当初は魔王を倒して世界を救おうとか思ってた。けどさ、魔王は七人もいるみたいだし、この世界には俺より強い奴らがたくさんいるから魔王はそいつらに任せようと思ってます」
「「「……」」」
うん。
そりゃそうなる。
いきなり異世界からやってきたとか言われたらそうなる。俺だって本当に異世界があるなんて思ってなかったもの。
今日はもう嘘を吐きたくなかった俺の告白を聞いて、一番に口を開いたのはステラだった。
「魔王が七人? 何を言っておるのじゃカケルは」
「え?」
「魔王七柱とは魔王を支える七つの存在を指す言葉に決まっておるではないか。魔王が複数も存在していたらこの世界はすでに滅んでおるわ」
「確かに」
いや、そんなことよりツッコむ所はそこなのか?
「ぷぷぷ! まあ魔王を倒すのは神である私なんですけど」
「……」
「何です?」
「いや、だって別の世界から来たんだぜ? 俺」
「カケルがどこ出身とかどうでも良くないですか? カケルはカケルじゃないですか。そんなことより大事なのは魔王――」
アリア…… お前……。
俺はロリっ子の頭をポンポンしてやった。
「ちょ、ちょっと! 何の真似ですか!」
「お前に魔王は倒せないけどな」
「このっ! このっ!」
またもや掴みかかってきそうなアリアを押さえていると、
「なるほどな。だから刀を持っていなかったのか」
「あれか? ジャポンティを出る時に刀をもらえるみたいなヤツか?」
「家によって変わるがそんなところだ。まあ、アリアの言う通りカケルはカケルだ。私たちの目的は変わらない」
「くはは! カケルの出自など妾たちには関係のない事であろう」
トウカ…… ステラ……。
「魔王七柱とかいうのを倒すのはナシだけどな」
「なっ!? それでは私の夢が!」
「妾の願望……」
「お前らの夢や願いなんて知った事か! 嫌だぞ俺は! トウカは絶対にドジって俺が危険な目に遭うし、ステラに至っては召喚魔法が使えるヤツを倒したいだ? ふざけんな! お前が魔法を使い終わってから別のモンスターが召喚されたらそいつらは一体誰が倒すんだよ!」
「私はドジではない! ドジったことなど一度も無い!」
「ついさっき早とちりで聖剣ぶっ壊してたろうが! 死刑目前だったんだぞ!? しかもだ! この部屋に戻ってきたからは2回も紅茶をぶちまけてるだろうが!」
「…… あ、あれは! ああああれは――」
しゅんとしたトウカの横で、ステラは神妙な面持ちで何やら考えている。
おいまさか。
「ステラ? まさか一発ぶち込めばそいつが引いてくれるとか思ってなかっただろうな?」
「…… くはは」
この野郎。
俺は小さく息を吐いて、
「そもそも魔王とか魔王七柱がいる場所なんて知らねえだろ。実在してんのかも怪しいとこだ」
「「「……」」」
「…… まあでも、俺は俺って言ってくれたお前たちには感謝してるよ。ありがとな」
俺はパーティーメンバーに感謝の言葉を伝え、まんざらでもなさそうなこいつらの顔を見てイラっとしながらも、安心感に包まれた。
こういう優しい仲間に恵まれたのはありがたいことだ。
…… あ。
「なあ、お前ら魔王七柱を倒したいんだったよな?」
俺の言葉に、ステラとトウカは頷いた。
「私は魔お――」
「お前は黙ってろ。…… なら俺は街にいるから勝手に倒して来――」
「「それはない」」
「ですよね」
*
翌朝。
城を出た、出された俺たちは王都にあるギルドに来ていた。
ちなみに、城を出る時に宿泊代やら食事代やら教会への寄付やらでお金を取られた。聖剣の間の修理費が請求されなくてホッとしたが、教会への寄付という名の治療費にはちょっとイラっとした。
ストレリチアの本部。
ギルドの外観は立派で二回りぐらい大きかったが内装はアルヒのギルドと変わらない。
ただ、
「どうなってんだ」
「ちょっと怖くないですかココ」
明らかに雰囲気がヤバい。強面の荒くれ集団がそれぞれ沈黙していて、騒がしさの欠片も無い。
上級職らしく装備は整っていたり、顔に歴戦のキズが付いていたり、と腕に自信のある連中なのだろうが、そういう連中が笑顔も見せずに黙っていると、それだけで気圧される。
「俺の知ってるギルドじゃないんだけど。場違い感がハンパじゃないんだけど」
「アルヒが特別なのであろう」
アレか。フレッシュマン的なノリなのか、あの街は。
社会の厳しさを知らないから楽しく生きられているのか?
そんなしょーもない事を考えていると、
「ちょっとバルカン! それどういう意味よ!」
「ちっ。うるせえなあ! お前は役に立たねえんだよ!」
静かだったギルド内で大きな声が聞こえて来た。
「なんだ?」
「パーティー内の喧嘩じゃないですか?」
「おいおい一生を共にするパーティーメンバーと喧嘩とかダメだろ」
「くはは! カケルがそれを言うか」
「俺は喧嘩なんかしてねえけど」
「「「……」」」
え?
「上等じゃない! 表に出なさい! どっちが使えないか分からせてあげるわ!」
「だーはっは! おい聞いたかお前ら! 騎士になれねえで冒険者になった女がこの俺様に勝てるってよお!」
どこの世紀末だ、とツッコミたい風貌をした冒険者が周囲を巻き込み始める。
「やめとけってロタ。お前じゃバルカンには勝てねえよ」
「その通りだ」
「やめとけやめとけ」
他の冒険者たちはあの二人の実力差を知っているようで、ロタと呼ばれた少女を引き留める。
しかし、
「ぐっ…… あ、あんた達も見てなさい! あたしの実力を見せてあげるわ!」
ロタは引き下がらず、喧嘩を買った。
いや、売ったのは彼女だから引き下がることができなかったのか。
それにしても、ピンク髪の女騎士…… しかも、恐らくあれはツンデレ属性持ちだろう。
ぜひともお近づきになりたい。