俺の旅立ちはどこか間違っている。 2
太陽が世界に顔を覗かせて、数時間が経過した頃。
馬車という異世界モノで必ず出てくる移動手段に、俺は初めて乗っていた。
でも思ってた馬車じゃない。俺が思ってた理想の旅路はこんな馬車に乗って行うモノじゃない。
そもそも俺の知ってる馬じゃない。馬のような見た目をしているが完全にモンスターだ。だって鱗あるもん。風にたなびくたてがみとか無いもん。つるっつるだもん。
それに、
「おかしくないか? なんでこんな牢屋みたいなとこに詰め込まれて運ばれてるんだよ」
俺たちは鋼鉄製の柵で囲まれた、オリのような物の中に座らされていた。
「まるで誰かに売り飛ばされるよう気分だな。…… くはは」
「おいこらステラ。不吉なことを言うんじゃねえ。ただでさえこんな物に乗せられて気分が悪いってのに」
馬車って乗り物の乗り心地最悪だ。
道に出来た少しの段差さえ、乗り越える時はお尻が痛くなる。
よくこんな乗り物を使って旅なんてしようと思えるよな。かなりスピードが出てるから目的地までは早く着くんだろうけどさ。俺はもっとゆっくりと旅がしたい。こんなオリではなく荷馬車的なヤツに乗りたい。
「こんな物しか用意できず申し訳ありませんカケル様。ただ、普通の馬車では王都まで三日もかかってしまうのです。このハヤトカゲウマなら一日で王都まで辿り着けますから」
「……」
ハヤトカゲウマってなんだよ。ふざけてるだろ。
馬っぽいモンスター、ハヤトカゲウマの手綱を取り、俺たちをこんな状況に追いやった騎士が口を開いた。
他人に『様』を付けて呼ばれるのはちょっと気持ちいいかもしれない。
だが、謝られても納得は出来ない。こんな状況、傍から見れば俺たちは罪人だ。
実際、何も知らない街の連中はオリに閉じ込められ運ばれていく俺たちを哀れな目で送り出した。その中にいたデンバーやアイーシャさん、ギルドの他のお姉さん達まで悔しそうな表情をしていたのは本当に解せない。
「カケルが悪いです」
「おいバカ。俺は悪くないだろ。昨夜の自分の発言を忘れたのか?」
「…… ふふん」
「笑ってんじゃねえ」
こうなった原因は、昨晩ポンコツが余計な事を言ったせいでもある。
――― 時は遡り、昨夜 ―――
俺は話だけなら聞くという条件付きで騎士を部屋に招き入れていた。
騎士はがちゃがちゃと重々しい音を出しながら腰を落とす。そのタイミングで、「つまらないものですが」とかなんとか言ってアリアがお茶を出した。
「お気遣いありがとうございます。その優しさ、女神のようですね」
「…… ふふん。私は神ですから」
「おぉ。そうでしたか。これは失礼いたしました。見目麗しい神よ」
「それでは神である私は洗い物がありますので」
「家事もこなせるとは…… 美しいだけでなく人民の生活をも熟知しておられるようで」
「ふふん」
何やってんだこいつら。
俺は小さく息を吐いて、
「王様が俺に会いたいって言ってましたけど…… どういうことですか?」
本題を切り出した。
「あぁ、そうでした。その前にまずは自己紹介を」
騎士は片膝を立て、頭を垂らし、仰々しく名乗りを上げた。
「僕の名前はウィリアム・マグ。エドラム騎士団の副長を務めている者です」
「俺はカケルです」
俺に続くようにステラ、トウカが自己紹介をした。
「で、あそこでバカみたいに浮かれてるのがアリアです」
俺は鼻歌混じりに洗い物をするアリアを指差す。
「神に向かってバカとは失礼ではありませんか? ねえウィル?」
「そうですよ。アリア様は神なのですから敬わなければなりません」
「……」
いや、なんでウィルとか馴れ馴れしく呼んでるんだあのバカは。
この騎士様もあいつの妄言に騙されるとか冗談でも笑えねえぞ。
「僕がここに来たのは先ほどもお伝えした通り、王がカケル様たちとお会いになりたいとおっしゃったからに他なりません」
「他なりますよ。なんで王様が俺たちみたいな駆け出し冒険者と会いたいんですか」
「僕も理由までは聞いておらず…… とりあえずドラゴンハンターと呼ばれている冒険者を城にお招きしろ、としか」
「だから俺たちはドラゴンハンターなんて呼ばれてませんって」
「だがしかし! 街の――」
「だがしかしじゃないです。そもそもまだ冒険者になって半年も経ってない俺たちがドラゴンハンターなんておかしいと思わなかったんですか?」
「…… それは、確かにそうですが」
よし。このまま追い返そう。
ドラゴンハンターを探してるとか絶対面倒ごとが押し付けられる展開だろう。
「分かったなら他を当たってください。俺たちは明日もガルウルフを倒しにいかないといけな――」
「カケルってドラゴンハンターって呼ばれてませんでしたっけ? そう呼ばれたって喜んでましたよね? ねえステラ?」
このクソバカがあああああ。
きょとんとした顔でとんでもない事を言い放ったポンコツ。ステラは肩を震わせながら顔を背けている。
「ほら! 神様もそう言っておられるのですから」
「い、嫌だなあ。今のはアリアの冗談ですよ、冗談」
「冗談なんかじゃないですよ? 神は冗談とか言いませんから」
こいつう。
いや、待て。まだ手はある。招待されたんだから所用があるといって断る権利ぐらいはあるはずだ。
「ちなみに、断ることはできるんですか? できますよね?」
「何を言っておられるのですかカケル様! 王の命令は絶対。拒否すれば国家反逆罪で死刑になってしまわれます!」
「…… えぇ」
おいどうなってんだよこの国は。
独裁者が頂点に君臨してるじゃねえか。
「それでは早速出発の準備をしてきます! 明日の朝お迎えに上がりますので、旅の準備を整えておいてください」
「おいま――」
ウィリアムは俺の静止など気にも留めず、どこかに走り去っていった。
――― 時は戻り、現在 ―――
ガタガタと揺れるオリの中。
「でもでも私は悪くないです」
「でもでもじゃない。お前があんな事言わなかったら今頃宿屋でのんびりしてたんだぞ」
「だって仕方ないじゃないですか! 神は嘘はつけません!」
「今自分が悪かったって認めたな」
「あ」
「引っかかったな」
「神である私を陥れるなんて!」
「この状況に陥れたのはお前の発言だろうが!」
「やっぱり私のせいじゃないです! カケルが俺はドラゴンハンターだあ! とか言って私に自慢してきたのが原因です!」
「おいふざけんな! やっぱりってなんだよ! そんなことお前に一度も言ったことねえだろうが! 神は嘘はつけないってさっき言ったばっ――」
俺の言葉を遮るようにウィリアムが、
「さすがですね、カケル様。神であるアリア様と対等の立場で会話なされるとは」
「ちょっと黙っててください」
気が削がれた俺は大きく息を吐いて、過ぎ去る景色を眺める。
馬車が速すぎてゆっくり異世界の風景なんて楽しめないが。
なんでこうなるんだろう。