俺の休日はどこか間違っている。 2
もう見慣れてきたな、この宿屋の光景も。
初めてこの宿屋に来た時は感動したのをよく覚えている。
アニメでもゲームでもよく見た木造りの内装と簡素なベッド。異世界に来たって実感が湧いてきてテンションも上がったものだ。
だが、慣れとは怖いもので、もう何の感情も湧いてこない。
そんな光景の中、見慣れた金髪ロリっ子が見慣れない行動をしているのが見えた。
「なあステラ。あいつ何やってんだ?」
俺は何かの本を読んでいるステラに声をかけた。
「何でも祭りが近いそうでな。踊りの練習だそうだ」
「祭り? 踊り?」
なんだそれ。初耳だぞ。ってか祭りってあの祭りだよな? フェスティバルのことだよな?
俺は両手を上下にブンブン振っているポンコツをもう一度見る。
「あれが踊りには見えないんだが」
「妾もそう思う」
「だよな」
だってなんかフンフン言いながら腕振り回してるだけなんだもの。
ステラの正面に腰を落とす。
「今日もクエストへは行かぬのか?」
「祭りがあるんだろ? アリアもあんな調子だし祭りが終わるまでは休みって事にしようぜ」
「妾はそれでもよいが生活費は大丈夫なのか?」
「問題ねえな。1ヶ月ぐらいは働かなくても過ごせるはずだ」
「なら妾は読書でもするとしよう」
しばらく天体魔法を撃ってないからか、ステラの魔法撃ちたい衝動も発症しなくなった。
最後にやったクエストといえばあの日のトビドリュウ討伐クエスト。
それから俺は毎日昼過ぎか昼前に起床してごろごろするという生活を送っていた。
貯金に余裕はあるんだから働かなくてもいいのだ。それに宿屋にいればステラが魔法を使うこともない。コモモドラゴン討伐クエストというおいしいクエストが発生するまでのんびりしたらいい。
「そういえばトウカはどこ行ったんだ?」
「トウカなら朝早くに出かけて行ったぞ? トウカも祭りに参加するとか言っておったな。何でもジャポンティ特有の楽器を使った伝統的な踊りだそうだ」
「伝統的な踊りねえ。そんな大きい祭りなのか?」
「妾も詳しくは知らん」
「さいで」
俺は席を立ち、出かける準備をする。
「どこか行くんですか? いつも部屋に引きこもってたのに」
腕を上下にブンブンしながらアリアが尋ねてきた。
「おい余計なこと言うな。引きこもってたんじゃない。ゆっくりしてたんだ。今日はちょっと街の探索と適当に買い物でもしようと思ってな」
「私も付いて行っていいですか?」
「別にいいけど。その練習みたいなのは大丈夫なのかよ」
「ふふん! 私は神ですよ? 神に練習など必要ないです」
「じゃあ何で腕振り回してんだよ」
「……」
え? なんで無言?
それから俺はアリアの支度を待って、街へ繰り出した。
*
様々な種族が行き交う街アルヒ。こうして見渡してみると本当にファンタジーだ。
今のところ人間以外で接点があるのはギルドで働くエルフ族のみだが、その内獣人とかトカゲみたいな種族とかとも交流を持ってみたい。
お約束的な展開があるなら奴隷になった獣人族の少女を助けるとかなんだろうが、この街で奴隷なんて見たことがない。
ここよりも大きい街ならあるのだろうか。
「どうして今更外出しようなんて思い立ったんですか?」
「そんな俺が外出することが不満なのか!? …… まあいいや。俺この街で行った場所少ないなと思ってさ。どこにどんな店があるか知っておきたいだろ?」
「そういうことですか」
「そういうこと。それよりなんでアリアは付いてきたんだよ」
「…… ちょっと」
「ちょっと?」
「か、買ってほしい物があるんです」
あらやだ。顔なんて赤くしちゃってもう。
「高いもんは買わねえからな」
「わ、分かってますよ!」
「よし、ならアリアが買いたい物がある店に先に行くか」
「え!? いいんですか!?」
「いいもなにも、俺は別に行きたい店なんてないからな。その店に行くまでに何かあるだろ」
俺がそう言うとアリアは心底嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
これで自分は神とか言って俺にマウントを取ろうとしてこなければ普通の美少女なんだけどなあ。
俺は真横で鼻歌を始めたロリっ子を見て小さく息を吐いた。
「カケル! ここですここ!」
それから十分程歩いた頃、アリアが瞳を輝かせてとある店を指差しながら言った。
「トレーサーの小物店?」
と看板を読み上げてみる。
どうやらアクセサリーショップのようだ。店の外観はウィンドウショッピングができるようにガラス張りで木で出来たマネキンに高そうなネックレスが引っ掛けられている。
俺は急かすアリアに引っ張られてその店に入店した。
「お前何を買いに来たんだよ」
「ちょっと待っててください!」
「っておい」
俺を店の入り口に残してアリアは走り去っていった。
一人にしないで? この店女の人しかいねえんだから!
入り組んだ造りの店内であの小さな姿は簡単に消えてしまった。
入り口でキョロキョロしていると、
「何かお探しですか?」
ほらきたぁ! やっぱりきたぁ! サービス業なんだからそりゃ来るのは分かってたけどさ、俺苦手なんだよな、こういうの。
俺はセールストークを持ちかけて来たお姉さんに愛想笑いを浮かべて、
「いやあ、連れがここで待ってろっていうもんで」
「…… あはは、そうでしたか! それではごゆっくりしていてくださいね」
「はい」
何か引かれたような気がする。
店員のお姉さんと入れ替わるようにアリアが戻ってきた。
二色のリボンみたいな物を持って。
「カケル! これどっちがいいと思いますか?」
アリアの掌にはピンク色のリボンと水色のリボン。
つまり、これはどっちが似合うか選んでってことか。
俺は直感的に水色かなと思った。
アリアの瞳と似た色だからっていう単純な理由から。
「俺は――」
いや、まてよ。
こんな展開のラブコメを俺は知っている。
ショッピングでどっちが良いか聞いてくる女の子の心理は確か……
そうだ! こういう事を聞いてくる時、女の子は自分の中ですでに明確な答えを出しているっっ!
ここでその意に反する答えを言ってしまえばたちまち女の子は不機嫌になるんだ。
間違うわけにはいかない。アリアの機嫌なんて簡単に取れるが、拗ねられるよりはゴキゲンにさせておいた方が後々楽だろう。
よし、ここは、
「アリア、鏡があるとこ知ってるか?」
「はい、知ってますよ! こっちです!」
俺はアリアに連れられて店の奥に入り込んでいった。