俺の通り名はどこか間違っている。 3
小鳥がさえずり、木々がひしめき合う緑の海で。
「逃がしませんよ! 大地に眠る木の根たち! カケルを捕らえなさい!」
「ヴァァーカ! お前の言霊魔法程度で『アクセル』を使った俺が捕まえられるかよっ!!」
「くっ! ちょこまかとっ! ステラも見てないで手伝ってください!」
「妾は幼くなる影響で一日に一発しか魔法が使えんのだ。確かにカケルには腹が立つが貴重な一発はもっと気持ちよくなれる場所で撃ちたい。それに、妾の魔法では森に大穴を開けることになるであろう? ギルドのお姉さんに怒られとうない」
「全くもう!!」
「頼りにしておるぞ」
「…… 仕方ないですね!」
「それに――」
俺はアリアが操る木の根を速さに物を言わせて巧みに躱していた。
「ほぉーれ! 悔しかったらご自慢の神の力とやらを見せてみろよお! おーっと! バ神だったなあそういえば!!」
「私をまたバカにしましたね! 今日という今日は許しません! 強くなったのが自分だけだと思わないでください! 私の方がすごいんですからっ! 大地よ隆起し、かの者の行く手を阻め!」
「おいおい! またあの時の『山』、でも創るってかあ? あんなのじゃ―――」
「ふふん! よそ見してないで前見たらどうです?」
は? あいつなんで勝ち誇ってんだ?
俺は前方に視線を向けた。
「うぉっ!? と」
「ちっっっ! やりますね」
俺の進行方向に土の山があった。コモモドラゴンの時のような小山ではなく、俺の膝ぐらいまで高さのある小山。
あいつの言霊魔法マジで強くなってんじゃねえか!
「おいアリア! あぶねえだろ! あの速度で転んでたら骨折じゃすまなかったぞ!」
「カケルにはそれぐらいで丁度いいんですよ! 覚悟してください!!」
くそっ。あの小山は厄介だ。だがしかし、俺には加速スキル『アクセル』があるんだ。捕まるわけが――
「へれっ」
アクセルを再度使おうとした時、全身から力が抜けた。
なんだこれ。立つことすら出来ねえぞ。なんだこれ。
俺はアリアが操る木の根に足首を掴まれ、ずるずると彼女たちの元に引きずられていった。
「な? 言ったであろう? カケルはそろそろ魔力が切れる、と」
「みたいですね」
「……」
これが魔力切れ。どうしよう。指の一本さえ動かせねえ。
「ふふん! カケルのような魔法の扱いに慣れない人が初級とはいえ四属性の魔法を使って、しかも範囲系のスキルを二度、身体強化系のスキルを継続して使ったらそうなりますよ。ちょっとは考えなかったんですか? バカなんですか?」
「いやあ、アリアは賢いなあ」
「その手には乗りません」
くそっ。まずい。
「み、水かけただけじゃねえか。そんな怒ることないだろ?」
「妾は謝れば許そうと思っておるぞ」
「え? まじ?」
「普段世話になっておるからな」
「ごめんなさい」
そうだ。ただ服がびしょびしょになっただけじゃあねえか。そんな怒るようなことしてなかったわ。
「うむ。まあ、妾はよいが、アリアはそうではないようだぞ?」
「いや、そんなわけ」
「私は……」
「え?」
「私は! 成長途中なんですうううううう!!」
アリアの怒号とともに、俺の身体は宙を舞った。
気にしてたのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
――― それから数時間後 ―――
「ふくがぬれておってきもちわるいんじゃが。せいちょうしたわらわはみずあびでもしとったんか?」
「それはカケルのせいですよ。ステラ気を付けてくださいね。あなたの身体を見てカケルは興奮しているようですから」
「やめて? 誤解を招く言い方はやめて?」
俺たちはステラの天体魔法を観察した後、宿屋に向かっていた。
魔力切れを起こしても誰かに魔力を分けてもらえればすぐに動けるという事だったので、嫌がるアリアをアイスクリン二本で買収した。
「かけるはわらわでたぎっておるんか?」
どこで覚えたんだよそんな言葉。
「違うよ? 俺はそんな変態じゃないからね? あと、街中でそういうこと言わないでね?」
「わらわにみりょくないんか?」
「……」
ちくしょう! 相変わらず面倒くせえ!!
「ステラちゃんは魅力的だよ? めちゃめちゃ可愛いよ? だからそろそろ黙ろうか」
「そうか! わらわはみりょくてきか! かみじゃからな!」
「うんうん」
「……」
おいアリア。変な目でこっちを見るな。
満足したような顔をしたステラちゃんを見て俺は安堵し、ふうと小さく息を吐いた。
「そろそろ宿屋ですね。今日の晩ご飯どうしますか? 食材は切れてますから私が作るなら買い出しにいかないといけませんが」
「食材ってマルメドリだけだろ。とりあえず今日はギルドで食べるか。久しぶりに外食しようぜ。今から買い出しも面倒だし」
「ですね。私も今日は結構魔力を消費したのでちょっと疲れました。私とステラはお風呂に入ってから行くので、カケルは先に行って待っていてください」
「了解ボス」
この時二人と共に行動しなかった事を、俺は後悔することになる。
――― 翌日 ―――
多種多様な種族が行き交う街中。青い空と煌めく太陽。
なんという晴天。なんというクエスト日和。
毎朝ギルドに足を運ぶこの充実感。ポンコツとは言え美少女二人を引き連れているこの優越感。
ああ、なんて素晴らしい冒険者生活。
「さて、今日はクエスト行かねえとな」
「「……」」
「どうしたんだよお前ら。朝からなんか変だぞ? アリアは昨日の夜からちょっとおかしかったけど」
「「……」」
「まあいいや。昨日食べた分ぐらいは稼がないとなあ。コモモドラゴンのクエストがあれば手っ取り早いんだが」
俺は様子のおかしい二人をおいて、ギルドの扉に手を掛ける。
「カケル」
「なんだよ突然」
ギルドに入る直前、俺はアリアに引き留められた。
「先に謝っておきます。ごめんなさい」
「…… すまぬ」
「え? 急にどうした? 怖いんですけど」
「「……」」
変なやつら。俺を試してんのか?
俺は気にせずギルドの扉を開けた。