俺の計画はどこか間違っている。 完
翌日。
二人分の宿代で一文無しになった俺は『ウェアウルフ討伐』と書かれた紙が張り出されているのを見つけ、それを持って受付に来ている。
「すみませんお姉さん。このクエスト受けたいんですけど」
「…… そんな装備でクエストに行くなんて正気ですか? しかもアリアちゃんみたいな未成年の女の子を連れて。ギルドとして許可できません。せめて武器ぐらいは買ってきてください」
装備買う金もないんですけど。
「装備が必要ないようなクエストありますか? 薬草採取とか」
「……? 薬草ぐらい誰でも取って来られますよね?」
「ですよね」
さて困ったぞ。
「とりあえずこの紙戻してきてもらえます?」
「はい」
昨夜立てたばかりの計画が白紙に戻った。どうやら俺は見た目が大事って言葉の意味を軽視していたようだ。
掲示板に紙を貼り直していると、冒険者登録をしてくれた水色髪のお姉さんが声をかけてきた。
「やっと転職ですか?」
「違います。ってかお姉さん俺が昨日冒険者になったばかりって知って――」
「せっかく装備なんて必要のないお仕事あったんですけどね~」
「その話詳しく」
俺はお姉さんに仕事を紹介してもらった。
*
「こいつはオス…… こいつはメス…… こいつもメス…… っと」
「カケルおつかれぇい! それで今日の分は終わりか?」
「お疲れっす! そうっすね!」
「それにしても、魂の加護ってのは便利なもんだな! いつも助かってるぜ!」
「アルヒじゃこの仕事ぐらいしか使い道ないですから!」
「ははは! まあでもほどほどにな! たまには間違えるぐらいで丁度いいんだぞ!」
「俺は完璧主義ですから! この加護があれば間違えるなんてありえませんから!」
「はっはっは! さすが魂の加護持ちは言う事が違えな! おっと、いけねえ! ほれ、今日の分の給料! ご苦労さん!」
「あざーっす!!」
俺は本日分の給料を受け取り、そこを出た。
向かうは仮の住まいにしている場所、宿屋である。
「ただいまー」
「おかえりカケル! 仕事はどうでした?」
「いつも通り完璧にこなしてきたぜ。それより今日の晩飯は?」
「ふふん! 今日はアリア特製マルメドリの丸焼きですっ!」
「…… 昨日も一昨日もその前もそうだった気がするのは気のせいだろうか」
「気のせいですよ! それより早くお風呂入ってきてください! 鳥臭いです!」
「わかったわかった」
俺は鳥獣類独特の臭いがついた衣服を脱ぎ、風呂に浸かる。
「はあ~、最高」
やっぱり仕事終わりの湯舟ってのは癒されるなあ。
あれから三週間が経っていた。
お姉さんに紹介してもらったのはマルメドリのヒナを選別する仕事だ。
マルメドリとは鳥型の小型モンスターなのだが鳥なのに飛べず、その肉は肉汁がたっぷり詰まってぷりぷりしてめちゃくちゃ美味い。しかも一週間に一個卵を産むという畜産に持ってこいのモンスターだ。そのヒナがオスかメスかの判断は非常に難しく、長年やってるベテランでも間違うことがよくあるそうで。聞いた話ではマルメドリ判定士として採用された際には月給50万サリーにもなるという。
ギルドから生活準備金が支給されるなんてことは当然無く、一日一日を生きていくには働かなくてはならない。運よく『魂の加護』を持っていた俺は、給料の良い判定官の仕事を斡旋してもらい、今の生活を手に入れることができたというわけだ。
駆け出しの冒険者はパーティメンバー集めが上手くいかずに野宿したり馬小屋で寝たりなんかするらしいのだが、俺は本当に運が良かった。
なんたって風呂に浸かれるんだから。
*
「うん! やっぱマルメドリの丸焼きは最高にうまいな!」
「当たり前です! 神であるこの私が作ったんですから!」
「焼いただけだろ」
「違います! 私がマルメドリに合った調味料を私が選んで味付けしたんです! だから私の料理なんです!」
「いやあマルメドリは本当にうまいなあ!」
「ですね! ですね! このスープもどうぞ! マルメドリから出汁を取ったスープなんです! 自信作です!」
「どれどれ……」
これはっ!? コンソメみてえ!!
「どうです? どうです!?」
「うまいっ!」
「ふふん! 当然です!」
「マルメドリに感謝を!」
「感謝をー!」
俺たちはマルメドリに感謝しながら舌鼓を打った。
「って、違くね?」
俺は手に持った肉を置き、言った。
「何がです? 味付けがおかしかったですか?」
「いや、そうじゃなくて。俺たちいつまでこんな生活送ってんの? 毎日毎日マルメドリマルメドリ。仕事でもマルメドリ、家でもマルメドリ。頭おかしなるわ」
「一体何が不満なんです? 安定した収入があり、おいしいお肉が食べられる。何の問題もないじゃないですか。頭おかしくなったんじゃないですか?」
「頭おかしくなったのはお前だろ!」
「なっ!?」
「いいか、俺たちは冒険者なんだぞ? 毎日毎日オスとかメスとか見分ける仕事をやるために冒険者になったんじゃないんだぞ? アリアだって家事をやるために冒険者になったわけじゃないだろ?」
「へっ?」
へっ? じゃないだろ。こいつ本気で忘れてたのか?
「少なくとも俺がバイトを始めたのはクエストを受ける為で変わり映えのしない生活を送る為じゃない。俺はモンスターとの手に汗握る戦闘! 前人未到のダンジョン攻略! とかさ! そういう冒険を求めてるわけなんだよ! いや、確かに平和な日常は良かったよ? でも今は刺激が欲しいんだよ。冒険者として経験を積みたいわけなんだよ、分かる?」
「…… まあ、一理ありますね。私たちは冒険者。私は冒険者見習いという立場ですけどね。シリウスがいるとはいえモンスターや魔王なんかが目の前に現れた時何もできないのでは冒険者の意味がありません」
こいつあの時やっぱりシリウスを操って魔王倒してもらおうとか思ってたな。
「だろ? とりあえず明日はギルドに行ってクエスト見てみようぜ」
「カケルの言い分は分かりました。ところで、装備のお金は貯まってるんですか?」
俺は財布の中身をチェックして、
「…… まあお前がいるから大丈夫だろ」
「ええっ!? こんなか弱い女の子にモンスター討伐を一任するなんてカケルはそれでも男ですか!?」
「だってさ、仕方ないじゃん。俺だってお前みたいな年下の女の子を前線に送り出すのは気が引けて仕方ないよ? でもさ、アリアは言霊魔法とかいう神の力があるわけで、逆に俺には魂が見えるとかいうモンスター討伐には何の役にも立たないスキルしかないわけで。だったらさくっとアリアがモンスター倒してくれた方が効率的なんじゃねーかって」
「さっきカケルはモンスターと手に汗握る戦闘がしたいって言ったじゃないですか!? 刺激が欲しいって言ったじゃないですか!?」
「言ったよ? でもそれは俺がある程度戦えるスキルや魔法を覚えてからの話」
「むー…… でも……」
え? 何でもじもじしてるのこの子? 照れるような事言ってないだろ。
「大丈夫、アリアに頑張ってもらうの最初だけだって! 武器なら買えるぐらいの金はあるし! たぶん」
「じ、実は…… ですね」
もう一押しか。
「神さまなんだろ? 神さまがこの街周辺のモンスターに遅れを取るなんてありえないだろ。よっ! 神さまアリア!」
「仕方のない男ですね! カケルは!」
ちょろい。
「っし! じゃあ決まり! 明日は武具屋に行ってその後クエストな!」
「はい! 見せてあげますよ! 神の力を!」