俺の計画はどこか間違っている。 2
並んでいる人たちの横を通り過ぎて行く。
某遊園地の並ばなくてもいいチケットを買った時みたいで気持ち良かった。
―― へえ。ネイリアさんもシリウスの仲間希望だったのか。
列の先頭は腹痛を治してくれたシスターだった。アリアの魔法の効果がまだ残っているせいか琥珀色の瞳は輝きを失っている。ちょっと怖い。
俺はネイリアさんから視線を逸らして、
「よぉシリウス。大変な事になってんな」
友人として気軽に声をかけた。
シリウスは微笑んで答えてくれた。
「ほんとにね。まさかこんな事になるなんて思ってなかったよ」
「これから魔王討伐、ってかとりあえず魔王を探す旅に出るんだろ?」
「うん。まずはマリアを探してからだけど」
「マリア?」
「僕の幼馴染だよ。行方が分からなくなったらしいんだ」
なんだと。
「俺も手伝うぜ。魔王探すのもお前の幼馴染を探すのもな」
俺の言葉に、シリウスは目を丸くしている。
「何を驚いてんだ。心友として当然だろ」
「はははっ、そうだね。カケルならそう言ってくれると思ってたよ。ありがとう」
これは上手くいきそうだ。
「でも、カケルとは一緒に行けない」
「……? は? 俺たち友達だろ?」
「友達だからさ。これは僕の問題で、僕がやらないといけない事だから、誰かを巻き込むわけにはいかないんだ。それが友達なら尚更連れて行きたくないし、なによりカケルが傷付くのなんて見たくないしね」
やめて? 一応冒険者になったんだが? 確かに痛いのは嫌だけどさ、そんな守らなきゃみたいな顔でこっち見るなよ。
そんな時、肩を叩かれた。
振り返るとネイリアさんがにっこり笑って、言った。
「次は私の番だったはずですが?」
「…… はい」
俺はテーブルへ戻ることにした。
―― 横入りはよくないからな。シリウスには後でもう一度頼めばいいか。
チラりとシリウスを見るとネイリアさんが耳打ちしている。顔と顔が近いせいか、シリウスの頬が赤みを帯びているのが分かった。
―― ネイリアさんは色仕掛けか? ふっ、甘いな。シリウスは誰も巻き込みたくないって言ってんだ。男ってのはそう易々と決めた事を曲げるなんてできない生き物なんだぜ。
「分かりましたネイリアさん。これからよろしくお願いします」
―― シリウス君!?
俺はシリウスに失望しながらテーブルに戻った。
*
「ふっ、見てろ。俺はシリウスと友達だからな」
「やめろおおおおお」
俺はアリアにいじめられていた。
「ふっ、俺がお前の願望を叶えて――」
「聞きたくない聞きたくない!」
「ぷぷぷ。私は優しいのでこの辺にしておいてあげますよ。…… ぷっ」
「…… 気は済んだのか。なら――」
「ふっ、見てろ」
「だああああああああ」
こいつが男ならぶん殴ってるところだ。
確かに啖呵を切って行った俺が悪いんだけどさ。でもあの時は断られるとか想像もしてなかったんだから仕方ないだろ。…… もういい。腹抱えて笑ってるアリアは放っておこう。今はとりあえず、計画を練り直すのが先だ。
俺は考えた。シリウスがネイリアさんを仲間にしたのは色目を使われたからとかそんなんじゃないはずだから。
ネイリアさんに有って俺には無いモノを。
まずは治癒魔法だ。これは冒険をする者にとって必須とも言える魔法だろう。あの激痛を瞬時に治せてうんちも止められるすごい魔法だ。現代の医療技術を遥かに上回っているあの魔法はぜひ欲しい。これの有無はパーティー面接に大きく作用するのは間違いない。
次はやはり性別だろう。俺だって男友達と冒険するより美人お姉さんと一緒の方がテンション上がる。それにおっぱ……
俺は思い出した。
『私は慣れてますので』
俺の下半身を見た時に言ったネイリアさんのあの言葉。
慣れてるってもしかしてそういう事か?
「ちくしょう!!」
俺は悔しさを吐き出した。
アリアが身体をビクっとさせて、おずおずと口を開く。
「カケル? あの――」
アリアの言葉を、ギルドマスターの声が遮った。
「冒険者諸君。今日は魔王討伐の為、よく集まってくれた。だが、シリウスの皆を巻き込みたくないという意思は固いようだ」
あいつが固くしてんのは下の方だろ。
「これから彼らは長く険しい旅に出る事になる。冒険者諸君には拍手で彼らを見送ってもらいたい」
ギルド内に拍手と歓声が巻き起こった。
「応援してるぜ!」
「私たちもいつか必ず力になるからね!」
「俺たちの代わりに頼んだぜ! 英雄!」
―― あれ?
いつの間にかシリウスの後ろにはネイリアさんの他に二人いた。
一人は槍を持った青髪のイケメン、もう一人は弓を持った緑髪の無口そうなエルフちゃん。それぞれが激励に答えるように手を振っている。
―― なんだその最高なパーティーは。俺も入りたい。あのパーティーに足りてないのは…… そうだ、シーフってヤツだ。足の速さを活かして敵を翻弄する奴が足りてないんだ!
シリウスたちがこのギルドを去る最後に加わる男となる算段を立て、時を待つことにした。
シリウス御一行様が冒険者の作る花道を通って出口前まで辿り着く。
「待てシリウス!」
ギルド内がざわつき始めた。
「誰だ? あいつ」
「さっきシリウス様の友達とか言ってた人じゃない?」
「あれ指が溶けるとか言って騒いでたやつだろ」
―― ふふふ。好きに言うといいさ。俺はお前らとは違う。なんたって俺のスキルは絶対スピードが上がる系だからな。俺はデコイとしてこのパーティーに加わってやる。
シリウスが首を傾げて待っていたので小走りで駆け寄る。
「どうしたの?」
俺はネイリアさんのようにシリウスの耳元で囁いた。
「今からスキルを使うから見ててくれ」
「え、うん。分かった」
シリウスの了承を得て、俺はスキルを発動させる。
―― 『アクセル』
全身がぷるぷるし始める。
「…… ん?」
おかしい。何も起こらない。全身がぷるぷるしてるって事は魔力を使ってるって事のはずなんだが。速くなった俺を見たシリウスがパーティーに誘ってくれるはずなんだが。
「カケル?」
「……」
周囲のざわめきが嘲笑に変わっていく。ネイリアさんを筆頭にシリウスの仲間の目も冷ややかなモノへと変わっていく。
「そっか!」
シリウスは何かに気付いたように、俺の事を抱きしめてきた。
「震える程心友である僕の心配をしてくれてたんだね」
違う。
「本当にありがとう。カケルとの絆はかけがえのない宝物だよ」
俺を友人想いの良い奴だと他の奴らに認識させようとしてくれてるんだろうけど、俺が欲しいのはそんな優しさじゃない。
「僕たちはこれから別々の道を行くことになるけど――」
ダメだダメだ。このままではシリウスが行ってしまう。何か、何かしないと。
「…… シリウス、これを受け取ってくれ」
俺はポケットに入っていた物を手渡した。
「これは…… ロウソク?」
「違う。それはただのロウソクじゃない」
「どういうこと?」
「…… それは俺の魂の半分だ。俺の心はいつでもお前と一緒にあるってそれを見た時は思い出してくれ。それと、もし次会った時は俺をパ――」
「そんな大事なモノを僕に……」
シリウスはただのロウソクを大事そうに胸に抱き寄せ、震えている。
「おい――」
「分かったよカケル! 僕は絶対忘れないから! カケルも僕の事忘れないでね!」
ちょっと恥ずかしかったから適当な前置きをしただけなのに。
「それじゃあ行ってくるよ!」
「いや待って?」
「ん?」
あ、もうパーティーに入れてくれとか言える雰囲気じゃない。やっとか、みたいな目で皆が見てる。
「が、頑張ってな」
俺は精一杯の声を振り絞って、人の話を最後まで聞かない友人にそう伝えた。
「もちろん! それじゃあまたね! 危険なクエストは受けちゃダメだよ?」
「…… うん」
そうして俺のシリウス君のヒモ化&おこぼれ頂戴計画は瓦解したのだった。
―― あ、金返してねえや。