俺の計画はどこか間違っている。
シリウスの前に作られた長蛇の列から人が減る気配が無い。というより始めより増えてる気がする。
俺が三杯目の水を貰って戻ってきた頃、アリアは四杯目になる飲み物を持ってトタトタ戻ってきた。今回の飲み物は水色で炭酸のような泡が立っている。ちなみに二杯目、三杯目は赤色の液体だった。
席に戻ったアリアはポケットから飴玉のような物を取り出して、口の中でコロコロと転がし始めた。
「金、持ってたんだな」
「知らないんですか? 成人前は飲み物無料なんですよ?」
「…… 知ってるけど」
「ぷぷぷ。ちなみにこの飴も成人前ならおまけで一つ無料です。…… あげませんよ?」
「いらねえよ」
俺は飴の包み紙を引っ張ったり伸ばしたりしている金髪美少女を見ながら思った。
―― 12歳…… 今年13歳って事は中学一年って事だよな。それにしては何か、色んなとこが幼すぎねえか?
そんな事を考えていると、とうとう最後尾が俺たちの元まで伸びて来た。
俺は列を指差して、言った。
「そういやお前並ばなくていいのか?」
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃねえよ。シリウスのパーティーに入りたいからここにいるんだろ」
「……………… 厳密に言えば逆ですね」
「逆?」
何言ってんだこいつ。
「あの人が神である私のパーティーに入るので、逆ですね」
「何言ってんだお前」
アリアは心の底から残念な奴を見るような視線をぶつけてきて、
「神である私の言葉が理解できないなんて…… 残念な人です」
「……」
「言葉も失ってしまったようですね。仕方ありません。神の計画を教えてあげます」
アリアは聞いても無い神の計画とやらを話し始めた。
神の計画。それは赤の他人からすれば幼稚園児が描く絵空事のように感じられた。内容はとても単純で、とても分かりやすいモノだ。
すごい加護を持った人を集めて、魔王を探し出し、倒す。
ただそれだけ。
ただそれだけの事を、この神を名乗る女の子はしたり顔で言い放った。列に並んでいるお兄さんが若干引いた表情をしたのも理解できる。
俺は大きく息を吐いて、視線をシリウスに向けた。
―― あの歴戦の風格を持ったおじさんもダメだったのか。
これだけの人がいても未だにシリウスのお眼鏡に適う奴は現れていないようだ。
「神の計画を聞いて何か言う事はないんですか? すごいとか」
背後から声を投げかけられたが反応しない。
「ちょっと! 無視ですか!? 神である私を無視ですか!?」
「……」
「…… いいでしょう! カケルに私が神であると分からせてあげます!」
ほう。
振り返るとアリアは立ち上がって、
「神が通ります! 道を開けなさい!」
言い放つ。
俺は我慢できなくなって、吹き出した。
「ぶははははっ! そんなんで並んでた人がわざわざお前の為に…… あれ?」
長蛇の列はアリアが通れるように横へ捌けている。
アリアは俺の真横を通る際、どや顔で言った。
「ふふん! どうです? これが神の力です。人は神である私の言う事に従うようになってるのです」
「す、すげえ」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
それを聞いたアリアは得意げな顔になり、シリウスの元まで歩いて行き……
…………
涙目で帰ってきた。
「おかしいです! 神である私の力が! 魔法が通用しないのはおかしいです! 私は神なのに! 絶対に何か間違ってます! ねえ! カケルもそう思いますよねぇ!?」
「いや、俺にそんな事言われても」
「むっ。…… それもそうですね。魂の加護なんて冒険者として役に立ちそうにない加護持ちのカケルに言っても仕方なかったです」
こいつ。
ってかあれはやっぱり魔法だったのか。アリアの言う神の計画ってやつはその魔法ですごい奴を従えて魔王を倒すとかそんなとこだったんだろう。シリウスによってその計画は砕け散ったけど。
これは俺がシリウスの元まで並ばなくて良い様に整えられた、所謂、運命ってやつだろう。
俺は立ち上がって、言った。
「見てろ? 俺はシリウスと友達だからな。自称神様のお前じゃあ無理だったシリウスのパーティーメンバーになるって願望を代わりに叶えて来てやるよ」
「ふ、ふふん! 神である私でも無理だったのですからカケルにはもっと無理に決まってます! 友情よりも大切な物が! 神の力が魔王を倒す為には必要なのですから! それに自称ってなんですか? 私は神です! 人は私に逆らえないのです!」
「ついさっきシリウスに拒否られたばっかじゃねえか」
「…… ふふん!」
ふふん、じゃねえよクソガキ。
まあいいさ。俺がシリウスとパーティーを組んでこいつに自慢してやろう。ってかそういうとこ見られたから断られたんじゃね?
俺はシリウスの元へ足を進めた。
*************
時は少し遡る。
シリウスは自分の肩を優しく叩いて走り去る友の背を見つめ、考えていた。
母さんの話が嘘だったなんて。確かに光が消えてもカケルの指が溶けて消える事は無かった。もしかして母さんは他にも嘘をついているんじゃないの? そういえば母さんの言葉、『相手の立場に立って考えられるようになりなさい』、アレを実践してきたのに今まで友達ができなかったもんね……。もしかしてこの言葉も嘘だったの、母さん……。
シリウスは少し純粋だった。それ故に心の底から悲しんでいる。
そんな時、シリウスの肩を叩く人物が現れた。
「大きくなったなあ。シリウス」
シリウスは顔を上げる。
そこにはシリウスと同じ金髪赤眼を持ち、高そうなコートを羽織った男が立っていた。
「ヘクターおじさん……」
「顔色が良くなさそうに見えるが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。それよりどうしたの?」
「そうだった。私の部屋まで来てくれ。大事な話がある」
シリウスはヘクターの後を付いてギルドの二階へ上がっていった。
*
ギルドマスターの部屋は書斎のようだった。
書類は床に散らばり、本はソファの上に山積みとなっている。
シリウスはそれらを手に取りながら言った。
「少しは片付けなよ」
「はは、すまないな。適当に腰かけて少し待っていてくれ」
ヘクターはそう言い残し、部屋を去った。
シリウスは「変わらないなあ」と言いながら自分の座る場所を確保する。
足元に散らばる書類を拾い上げたところで、ヘクターがエルフ族の女性を連れて戻ってきた。女性は大きな木の箱を抱えている。
「待たせてすまない。彼女はアイーシャ。私が不在の際、この支部を任せている人だ」
ヘクターがアイーシャに挨拶するよう促す。
「アイーシャです。実は以前会った事があるのですが、覚えてますか?」
シリウスは記憶を辿り、後頭部に手を当てながら結果を伝えた。
「ごめんなさい。覚えてなくて」
アイーシャは小さく笑って、答える。
「いえいえ。まだ幼かったので仕方ありません」
机の上にあったティーポットを傾けながらヘクターが口を開いた。
「そうだな。シリウスはまだ3つぐらいだったか。覚えてないのも無理はない。さて、本題に入るとしよう」
ヘクターは紅茶の入ったカップをシリウスの前に出して、続けて言った。
「これから話すのはお前自身の事と、これからの事だ」
「僕自身……?」
「あぁ。実はお前の加護は一つじゃない。お前は複数の加護を授かっているんだ」
「…… どういうこと?」
シリウスは困惑していた。
本来神から授けられるという加護は一人一つのかけがえのないモノだからだ。
そして、シリウスの持つソウルプレートには実際に一つの加護しか記載されていない。
「混乱するのも無理はない。アイーシャ、アレを」
ヘクターの言葉にアイーシャは頷き、木の箱から一枚のソウルプレートを取り出した。
「これはあなたの正式なソウルプレートです。目を通してみてください」
シリウスは手渡されたソウルプレートに視線を落とし、目を丸くした。
『精霊王の加護』『剣聖の加護』『星の加護』『天運の加護』『蒼天の加護』『英雄の加護』『希望の加護』……
『シリウス』と記載されたソウルプレートの加護の蘭には多くの文字が存在していた。
「コレが、本当に僕の……?」
シリウスの疑問にヘクターが答える。
「そうだ。お前が旅を始めるまでは簡易版を渡しておくように、と弟から言われていてな」
「父さんが?」
「あぁ。私もあいつの考えは分からないが、おそらくお前が普通に暮らせるよう配慮してたんだろう。少なくとも私はそう考えた」
「そっか…… だから母さんも『精霊王の加護』じゃなくて『精霊の加護』って言いなさいって……。そうだ。父さんは今どこにいるの?」
ヘクターは首を横に振って、言った。
「残念だが、私にもあいつの所在は掴めていない」
「……」
「すまないな。まあ今はあいつの事よりお前の今後についての話をしよう」
ヘクターはシリウスに話し始めた。
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