渋谷スクランブル
【来訪者】
再開発の進む渋谷駅周辺は今日も多く人で賑わっていた。工事が多く通行に不便がありながら、ターミナル駅としての利用客はもちろん、既存の商業施設、リニューアルされたパルコ等の集客力は高く、その中でも話題性も高く、多くの人が訪れているのが十一月に新しくオープンした五十二階の高層ビル「渋谷スクランブルガーデン」であった。下層階が商業施設、中層階がオフィス上層階が回廊から東京の街が一望できる商業施設となっており、何より話題性の高いのはヘリポートを兼ねた屋上のオープンスペースだった。広く開放された屋上からは間近に明治神宮や代々木体育館が見下ろせ、少し視線を上げると東京タワー・スカイツリー、遠方には富士山、横浜港、房総半島まで視界に捉えることができる。
オープン後一か月余り経つ今日も、客足は衰えることなく、いや、逆に口コミで広がったのかオープン時以上とも思える人々がその解放感と展望に満足している様子である。、デッキに備えられたハンモックやソファーでくつろぐ人、ヘリポートで肩車をして警備員に注意されている人などそれぞれの楽しみ方をしていた。間もなく日暮れとなり、黄昏時で景観は衰えるが、その後には東京の街一面に広がる夜景が待っている。 そしてその黄昏時、日没とともに始まるのが二十台のサーチライトによる光のパフォーマンスであった。
今日もまた複数の光の交差から始まり天空へ直線のライトが伸び、それらが様々な交差を繰り返した。その時、その中にぼんやりと緑と紫の光が浮かび上がった。少しずつ下降してくる。
次第にその光が明らかになってくると、地上を歩く人々にも視認できるようになり、その何人かの人は新たなパフォーマンスかと考えた。屋上も地上もほとんどの人が足を止め、そのほとんどがスマホを構えた。
ゆっくりと、しかし確実にヘリポートの上に姿を明らかにしたのは、なんと、宇宙船であった。UFOとも言われるあの円盤型宇宙船が眼前に姿を現したのだ。人々は恐怖よりも感動で一斉に声を上げた。そして、その声は東京中に響き渡った。
UFOはヘリポート上空で停止すると下方から一条の光の管が発せられ、その中を一体のR2ーD2を少し丸くしたような(あくまでもBBー8ではない!)ロボットが下りてきた。一斉に拍手が起こった。そのロボットは内部から様々な計器と思われる機械を出し、環境を計測し始めた(ように見えた)。
その時、サーチライトは一筋にまとまり、天空彼方へ一本の橋が架かっていた。すると、今度はその橋を滑るように、白い服をまとった集団が表れた。その集団は滑らかにその光に沿ってサーチライトの発光器の下へ降り立った。地上の人々からは確認できないが、屋上にいる人々にはそれらが明らかに人の姿をしていることが確認できた。次々と起こる不可思議な出来事にもはや歓声を挙げることもできなくなった人々であったが、次第に落ち着きを取り戻しその降りてきた者たちの姿を確かめた。絵本や映像で見た、ギリシャの神々であった。神が降臨したのだ。
手を合わせる者、口々にそれぞれの宗教の呪文を唱えるもの、さすがに全ての宗教にいい加減、寛容な日本人である。すると、高校生であろうか、畏れを知らない若者が、「ホノグラムじゃね?」と言って一人の女神の下に駆け出して行った。女神に手が届くかと思ったその一瞬、男性の神がその青年の前に立ちふさがり軽く手を振るった。青年は建物、屋上の外に向かって飛んでいく、屋上と地上の両方から叫び声が挙がった。地上からも人らしきものが屋上の境から飛び出したのが見えたのだ。しかし、その身体は空中で静かに静止し、屋上に静かに降ろされた。青年を投げた神は」静かな笑みを浮かべていた。
ちょうどその時、計測が終わったのかロボットがUFOに光の管に沿って上がって行き、代わりに宇宙人と思われる人々が下りてきた。それぞれがそれぞれの光に包まれ、個々の姿、形は判別できない状態だったが、次第にその光は薄れていき、姿が見えるようになった。
人型であった。ライダースーツのようなピッチリした服をまとい、ヘルメット等は無く、人間で考えるとどれもスタイルが良いと分類されるような様子であった。頭の上に耳のような角のような突起があることを除けば人間と変わりない。ただ、肌の色が青や赤であった。青白いとか、赤みを帯びているのではなく原色の青と赤だったのだ。
はからずも神々とほぼ同時に地上に降りてきた宇宙人たちは神々と顔を合わせ、握手をし、会話を始めた(ように見えた)。神々と宇宙人は笑い合い、肩を抱き合い出会いの歓びを分かち合っているようだ。それを見ている人々はまったく取り残されている。
突然の到底予測しえない出来事に、「下界」はパニック状態になっていた。警察は事態を察知してすぐにスクランブルガーデンビルに駆け付けたが、ビルから避難する人と屋上に行こうとする野次馬でビルの入り口はごった返し、屋上まで行くことができない。各報道機関も地上二百五十メートルで起こっていることで即時の対応ができず、また、UFOが上空に留まっている状態でヘリコプターも近づけない。ドローンの日本における法的な制限は百五十メートルなので許可が間に合わない。自衛隊も出動したが、やはりUFOが気になって周囲に留まっている。屋上にいる人々が発信しているSNS情報を搔き集めながら、各局が何とかニュースを報道している。
UFOの認知からおよそ十五分後、ようやく屋上の人々に退避指示が出た。当面危険はなさそうだが、当然のことだろう。ビル全体に退去指示が出て、それまで仕事を忘れていたビル職員と警備員が誘導を始めた。一瞬のうちに起こった超SF的な出来事に興奮状態だった屋上の人々も、呆気にとられながら神々と宇宙人の交流を眺めていたが、自分たちが蚊帳の外であることで、落ち着きを取り戻し、パニックということはなく三十分ほどで全員のビル退却が完了した。
都と警視庁は渋谷駅周囲五百メートルを立ち入り禁止とし、在住者には避難勧告を出した。しかし、すでに夜の十時を過ぎており、渋谷駅周辺といえば麻布や松濤、広尾といった高級住宅街もあるので徹底はできず。避難勧告は名ばかりのものとなった。そして、自衛隊のヘリコプター三基が上空に留まったまま、何も明らかにならず、方向性も見えないままその日の夜は更けていった。
【定住者】
東京のほぼ全員、いや、日本人のすべてが驚愕と興奮と感動の中で眠りについたその翌朝、人々は朝のニュース番組で更に驚くべき光景を目にした。事態が事態なだけに、各報道機関が協約を結び、映像を共有するために許可を取って飛ばしたドローンによる屋上の映像に映し出されたのは、日本の民家とギリシャ風の石造家屋であった。
二つの異文化家屋がヘリポートの中心を挟んで向かい合って建っており、神々と宇宙人がその間で談笑(?)している。この二組の来訪者はすっかり意気投合したようだ。後に分かったことだが、明治神宮の森の一部と、水戸の寒水石と呼ばれる石材の何割かが消失していたそうだ。
こうして二組の来訪者による、地上二百五十メートルでの、渋谷での共同生活が始まった。UFOは少し上空に移動し、危険がないと考えられたのか自衛隊のヘリコプターは一基となり、朝・昼・夜の報道番組で何の変化もない来訪者たちの生活が放送されていた。
各局は映像が共通なので少しでも独自性を出そうと、様々な分野、宇宙物理学者・ギリシャ神話、ギリシャ哲学の研究者・JAXAの研究員・国立天文台職員などがコメンテーターとして呼ばれたが、今、目の前で起こっている現象について語れることがあるはずもなく、それぞれの専門分野の話題にわずかに触れるに止まった。唯一好評だったのは、ギリシャ神話の研究家が来訪している神々を特定していったことだった。コメンテーターとしてしばしば登場する教育評論家は「子供たちに夢を与えますね。」などと発言しネットで炎上していた。
【政府】
来訪者たちの生活は何の変化もなく、日本人との接触もなく数日が過ぎたが、日本政府はパニック状態だった。いや、パニックというより、何もできずにただ経過を眺めていた。来訪者が来訪者だけに立ち退きを要求することもできず、そもそもコミュニケーションの取り方が分からず、神宮の森と水戸の石材の被害は報告されたものの、特に人的被害はない。いつもは対応の遅れを非難する野党もさすがに何も言えず、対策委員会を立ち上げようにも何の対策を立てれば良いかが不明であった。「それでも接触一を図ろう」という実に平凡なしかし現実的な結論に達した。
宇宙人と神々はコミュニケーションがとれているようなので、まずは神々との接触を優先しようということになり、ギリシャ神話の研究者・古代ギリシャの専門家・国立東都外国語大学のあらゆる言語学者、学生が召喚された。
まずは音声を記録して言語の性質を特定しようということになり、ドローンを近づけて録音し、再生を試みたが、なぜか宇宙人たちの発する音声は記録されいなかった。神々の声は古代ギリシャ語に分類される言語であることが分かったが、発音が特殊で内容を理解することも、言語の種類を特定することも出来なかった。そもそも、宇宙人と神々の交流はその親密さの割に会話の量が少なく、多くの部分を言語以外の方法で交信しているのではという仮説に落ち着いた。それでもとにかくコミュニケーションが取れない事にはどうしようもないということで、言語学者たちは近隣の大学に籠って研究と意見交換を続け、音響関係の専門家が神々の音声の分析を続けていた。しかしその努力も行き詰ったころ、言語学者の一人がふと呟いた一言が事態を一気に進める(見方によっては泥沼に引き擦り込む)端緒となった。
「神の言葉って、神ならわかるんじゃね?」 打つ手がなく、行き詰っていた言語学者たちはこの発言に飛びついた。
「うん、そうだな、神様だな。」
「やっぱ、神でしょ、神」
「カミ、キター!」
疲れ切ってなぜか若者言葉になっている学者たちは、取り急ぎ意見書をまとめ、政府に届けた。受理した政府も同じように手詰まりだったため、緊急に国会が召集され、採決された。一人、「政教分離の原則はどうなったんだ。」という意見を述べたJ国党議員は周囲の議員に叩き出された。
急遽、明治神宮に巨大な祭壇が組まれ、盛大な祝詞が始まった。このころには危険がないということで避難勧告は解除され、東京の街は平常の生活に戻っていたが、あまりの盛大な祝詞の音量から、周囲の学校は休みとなった。
すると翌日、対抗心からか、誰も頼んでいないのに仏教界も名乗りを上げ、こちらは芝の増上寺で念仏の合唱が始まり、山手線の西側の学校はほとんど休校となった。
【須佐之男】
祝詞が始まって二日後のこと、突然原宿明治神宮前駅の線路の奥が黒い霧で包まれ、次に光を放ったところ、一人の神が現れた。地下鉄の駅から地上に姿を現したのは、須佐之男であった。
「ウッソー!」
「アッチャー!」
「アイタタター!」
ほとんどの人が「須佐之男」と分かる、その神は、歓迎されなかった。頭を抱える人々をよそに、彼は祭壇の前に姿を現した。
「呼んだのは、おめぇらか。」
須佐之男を目の前にした神道の関係者たちは、ぽかんとして誰も言葉を発することができなかった。
「 おめぇらかって聞いてんだよ!。」
ようやく我に返った一人の人物が静かに須佐之男の前に出て、、腰を低くし、
「お越しいただきまして、恐悦至極にございます。私、この社の宮司を努める者でございます。」と告げた。
「なんの用だ?あの、上の連中のことか?」
「さすがにご慧眼。まさにそのことにございます。」
「叩き出せってんなら、お断りだぜ。」
「滅相もございません。私ども、あの方々とお話をさせて頂きたいのですが、その方法が分からず、お力をお借りできればと思いまして。」
「めんどくせぇなぁ、ま、確かにあの天からやって来たやつらのは、おめぇらじゃ無理だな。異国の奴らも、ちょっとめんどくさいしゃべり方してっしな。」
「お手伝いいただけるとほんとに助かります。ところで、念のために失礼と存じますが、確かめさせていただきます。須佐之男様でいらっしゃいますよね。」
「おおそうだよ。なんだ、姉ちゃんが来た方が良かったかい。」
「いえいえ、とんでもございません。まさか須佐之男様自らお越しいただけるとは、この上ない僥倖でございます。」
「おめぇ、口がうめぇな。まっ姉ちゃんさっ、ここんとこ忙しかったんだよ。おめぇらんとこの大将が替わるってんでやたら呼びだされてさ。それに、アポちゃんがいるから太陽神が一緒に下界にいるのはちょっとてな。そんで、体よくおれんとこに回って来たんだ。まっよろしくな。」
「それはわざわざありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。」
「んじゃっ、早速あいつらんとこ、いかなきゃな。」
と言うな否や、天空を舞って屋上に向かった。そこに残された宮司はへなへなと腰がくだけ、その場に座り込んでしまった。
宮司と須佐之男の様子を緊張とともに見つめていた神道関係者たちが心配そうに宮司のもとに駆け寄った。
「ご苦労様でございます。」
「大丈夫ですか。」
「いや、大丈夫。さすが三貴神、なんという威風。それにしても、何とかお役目は果たせましたね。」
「でも、須佐之男様で大丈夫なんでしょう?」
「来てくれた神を追い返すわけにもいかないでしょう。少なくとも、あの方々とのコミュニケーションはこれでなんとかなります。」
「まぁ、そうですけど・・・」
そのころ、屋上には須佐之男が到着していた。
(ここからは実際は神々の共通の言葉と交信で進んでいるのですが、便宜上現代日本語で展開させていただきます。)
「よぉ、アポちゃん、久しぶりだな。」
「これはスサ殿、あなた様のお国にお邪魔しております。」
「って、ウチのヤツらが呼んじまったんだから、遠慮しないでゆっくりしてくれや。」 「お言葉に甘えさせていただきます。」
「おお、スサ、元気か。」
「よぉ、バッカス元気か。」
「やるか」
「オブコース」
須佐之男とバッカスが手を振ると、二人の前に巨大な樽と桶が現れた。テレビ中継を観ていた山梨のワイン工場と日本全国の酒蔵が青ざめた顔で酒蔵に向かった。山梨は当然、今回は広島の西条がターゲットにされた。
そして、宴会が始まった。この大宴会はすべて一晩中中継されていたが、さすがにここ数日、宇宙人とギリシャ神の日常を観ていた視聴者は最初だけは関心を持ったが、他はチャンネルを切り替えた。ところが、この中継中に思はぬことが(思はぬことだらけなのだが)映し出された。日本酒を飲んだ宇宙人の一人が突然煙のようなものに包まれて倒れこみ、ポンと音を立てると二頭身になってしまっていた。この姿はこの場面を観ていた一部の人間によって瞬く間にネットで拡散された。
【阿修羅】
一方、須佐之男の召還を聞いた増上寺はむきになってさらに激しい読経に励んでいたがさすがに疲れ果て、宴会の報を聞くと読経を中断して眠りに入った。翌朝、再び読経の場に赴くと、そこに阿修羅がいた。
あまりに唐突で静かな登場にほとんどの仏僧が疲れによる幻影かと疑っている中で、阿修羅は静かに口を開いた。
「皆様、お疲れ様でございます。遅くなって申し訳ありませんでした。」
「いや、あの、その・・・」
「大日如来様が、アポロンがいるからわしは行くわけにはいかんとおっしゃって、薬師如来様に委ねたのですが、脇侍の日光菩薩がオラもまずいんじゃねぇの?ということで、あんた人気があんだから行っとくれ、ということで手間がかかりました。本来はこの辺りの担当は鎌倉のおじさまなのですが、長いこと歩いていない間に街の様子が変わって足の踏み場がなくて、とおっしゃいますし。そういうことで私が参りました。」
確かに、鎌倉の大仏が歩き出したら自衛隊の出動になりそうだし、高速道路を平均台を渉るように歩く大仏は見たくない。
「それにしても、日本語がお上手で」
「ハハ、長いことこちらでお世話になっていますからね。で、例の屋上の方々の件ですね。いや、今となってはスサ様の方が・・・」 「ご理解いただいていて恐縮です。」
「それでは、さっそく参りましょう。」
と言って天空に舞って渋谷にむかった。阿修羅も空を翔べるらしい。
増上寺に残された仏僧たちはあまりにも穏やかな展開に心をなでおろし、そして、心の中で思った。
「ウチの勝ちだ。」
彼らは阿修羅が三つの顔を持っていることを忘れていた。
阿修羅は宴会明けでザコ寝状態となっている屋上に降り立ち、まず、二頭身となっている宇宙人たちに手をかざした。彼らは八頭身の戻って(?)いった。次にギリシャの女神一人ひとりの下に行き、裾の乱れているものはそれを直し、次に肩に手を置いて挨拶をした。
「アフロディナ様、お久しぶりです。あっ、ヴィーナス様とお呼びしたほうがよかったでしょうか?」
「あっ、アシュ様あなたもこちらにお越しになったのですね。まったく、いつも他人行儀ですわね。アフロとお呼びくださって結構ですわ。」
「いえいえ、女性に失礼があってはいけませんから。ではお言葉に甘えてアフロ様と呼ばせていただきます。」
「あなたが紳士的なのはそのお顔の時だけじゃなくて?」
「アシュちゃん、あんたも来たんだ。」
「よっ、アルテミス。相変わらずいいケツ してんな。」
「ちょっと、あんた、アフロディナをジェントルキャラで見つめながら、私にチャラ系のキャラで返事するって、どいうこと。」
阿修羅の顔が切り替わった。
「失礼しました。アルテミス様。」
「それはそれで、気持ち悪いんだけどね。何、また面倒押し付けられたの。」
「いえ、そんなことは無いんですけど、やはりアポロン様がいらしゃっていると、太陽神の系列の方はちょっと。」
「まっ、しょうがないわよね。スサちゃんも似たような事情みたい。でっ、スサちゃんのおもり?」
「まっ、それも兼ねて。天からお越しになった方々もいらっしゃいますし。」
「スサは相変わらずだよ。バッカス、連れてこなけりゃ良かったんだけど、『日本酒』っていうの、飲んでみたいってついてきちゃったんだ。まっ、昨日は私も含め、みんなで大騒ぎだったんだけどね。」
「そのようですね。で、お天の方々は?」
「うん、いい人たちだよ。母星の方が恒星の終末が近づいてヤバイみたいで、避難してきたんだって。こっちとは文明の基本タイプが違うみたいだけど、環境は問題ないみたいで、適応できるんじゃないかな。今、『言語』をなんとかしようって、ガンバってる。」
「人間たちにとっては、言葉は必須ですからね。」
「私たちの言葉、伝わんなくてまいちゃったよ。なんか、ちょっとリサーチしたら、『田舎のひいおばあちゃん』とか『津軽弁』とか言ってるんだよね。」
「ハハ、それはひどい。」
「えっ、悪口なの?」
「あっ、いえ、そんなことは・・・」
「まっ、いいや。だから、あなたたちが来てくれて助かるんだ。でね、早速お願いしたいことがあるんだけど。」
「なんなりと、できることでしたら。」
「私たちも、天の人たちも、下、行ってみたいって言ってるんだよね。まっ、バッカスは酒の匂い嗅ぎ付けてるだけみたいだけど。」
「渋谷の街ですね。すぐにお願いしてみましょう。」
と言って、阿修羅は地上に降りて行った。
【対策本部】
阿修羅はすぐに増上寺に向かった。
「阿修羅様、この度はお出ましいただいて恐縮です。ご挨拶遅れましたが、法主を務めさせていただいている者です。何か御用向きでもおありですか。」
「実は、屋上の方々が渋谷の街に出てみたいと申し出ているのですが。」
「かしこまりました。政府の方で対応する部署が設立されているということなので、そちらにご案内いたしましょう。」
「須佐之男も一緒の方が良いですよね。」
「そのようにしていただけるのなら。明治神宮記念館というところに対策本部が設けられております。」
「承知しました。」
というと阿修羅はすぐに須佐之男のいる屋 上に向かった。
実は明治記念館に対策本部が設けられるまでには、ちょっとしたいきさつがあった。
対策本部設立はすぐに決まったがその引き受け手がなかった。これまで、基本的に無策であった政府はまず、屋上での宴会の際に結果的にかかった経費について、被害者側と対応し、結論を出していた。また、スクランブルガーデンのビルの下層階とオフィスは危険性がないということで、来訪から数日後にはオープンしていたが屋上は当然、上層階も閉鎖されたままだった。最も集客力の望める施設を閉鎖しているのだから、所有する会社はたまったものではない。交渉の結果、その損害の賠償を国が支払うこととなった。しかし、どの省庁が請け負うかが問題となった。結課、どうしようもなくて文部科学省と宮内庁が請け負うこととなった。国会で決議の際、J国党議員が「明確な根拠の述べよ。」と迫ったが、満場で「ねえよ」の一言で決議された。そして対策本部である。何があるかわからない事態の、対策の立てようのない対策本部に立候補する部署は当然なかった。結局宮内庁がしぶしぶ手を挙げたが、「皇居に対策本部」という案には、「ちょっとねぇ」「それはねぇ」ということで白紙に戻り、明治神宮に白羽の矢が立った。張り切って須佐之男を召還してしまったツケが回ってきたのである。通常結婚式場として使用している設備に対策本部ということで断ったが「あんたが断ると、皇居に対策本部だよ。」という殺し文句で引き受けざるを得なくなったのだ。
さて、阿修羅と須佐之男は召還以来ギリシャの神々と生活を共にしている。元々昔からの(どの程度の昔であるかは想像の域を超えるが)知り合いであるし、同じ神同志ということらしい。変化があったのは、須佐之男の提案で社殿建築の堂々とした建物に変わっていたことだった。しかも、屋根に法輪がつけられていたり、ところどころ大理石の柱や床があったりという、まことに不思議な建造物になっていた。後にこの建物は移築されて重要文化財に指定される。
「おう、阿修羅、なんかあったかい?」
「我々の対策本部が出来ているから、そこに来てくれということなんです。例の件もその時頼んでみようと思っているのです。」
「すぐ隣だな。」
明治記念館に着いた須佐之男と阿修羅は「富士」と書かれている広い部屋に通された「異世界来訪者対策本部室」と大書してある。「ようこそお越し下さいました。対策本部長を務めます内閣官房長官の仁科と申します。」「私、警備部長を務めます警視庁の小栗と申します。よろしくお願いいたします。」
「阿修羅王と申します。よろしくお願いいたします。」
「須佐之男だ。」
「お聞きしておりますお話ですと、渋谷の街を散策なさりたいと。」
「『散策』ということでもないのですが、とにかく街に触れたいと、後、宇宙からの方々はこの星の人々と同じものを身にまとってみたいとのことです。」
「そうしますと、ショッピングを含むということですね。ご飲食はどうなされますか?」「あの方々は、あっ宇宙からの方々ですが、皆さんの感覚で言うと光合成のような方式で栄養を摂っているので飲食は必要ないとのことです。神々の方々はご自身でどうにかなりますし、あっ、ただ、一名、」
「承知しております。バッカス様ですね。」
「ご理解いただいて恐縮です。」
「オレもだぜ。」
「スサ様、了解しております。」
「オウありがとな。」
「それで、あの、費用と言いますか、お代金についてのことなのですが。」
「それは、彼らはもう仕組みを理解したから大丈夫だと言っております。」
「大丈夫と言われましても、民間の商店をご利用なさるわけですから・・・」
「私にはわかりませんが本人たちが大丈夫と言っているのですから信用するしかありません。何か問題が生じましたら私どもにお伝えください。」
「承知しました。後、ギリシャの方々含めあなた方についてなのですが。先日の御宴会をなされた時の飲食の経費についてはどこの何が使われたかを公表してくれれば宣伝になるから請求はしないということになっておりますのでご利用になられた銘柄とその際のお写真を公表させていただきますが、それでよろしいでしょうか。」
確かに「神の舌」を満足させたとなると、宣伝効果は抜群だろう。しかし、このことが後に新たな問題を生むことになる。
「結構ですよ。もともと私どもは全ての人々にその姿を示して御利益を産む存在なのですから。」
「ありがとうございます。それと、もう一つ、宇宙から来た方々の呼称なのですが。」
「確かに、オレも呼び方に困っていたんだ。『宇宙人」って呼び方も失礼だしな。」
「で、対策本部で検討いたしまして、英語では『エイリアン』となるのですが日本ではこの呼び方は印象が悪くて、「E・T」という意見もあったのですが、これもちょっとということで、」
「前おきゃいいから、さっさと結論言えよ。」
「あっ申し訳ありません。で、宇宙からの来訪者ということで『フォリナー・フロム・スペース』ということでいかがかと」
「お前らすぐ英語にしたがるなぁ。それに投げぇよ。フロム・スペースかFFCでいいんじゃねぇか?」
「おお、須佐之男様にしては素晴らしい。それにしましょう。」
「須佐之男様にしては、ってなんだよ。」
「まあまあ、スサ様、採用されたのですから、良しということで。それでは本日の午後からでよろしいですか?」
「あっ、そんなに急には、警備体制が・・」」
「警備なんて必要ないですよ。我々も、ギリシャの方々もいるのですから。ご迷惑はおかけしませんから、街の方々の安全だけ心掛けてください。」
「あっ、はい。承知しました。」
こうして、渋谷の街に出られるという朗報を得て帰ろうとする阿修羅に、警備本部長が声をかけた。
「あの、ちょっと」
「何でしょう」
「こちらに、あっ阿修羅様だけで」
廊下の蔭に呼び出された阿修羅は苦悩の顔面で怪訝を示している。
「先ほどの、警備の件なのですが。
「はい。」
「あれは、上からの指示で、実は須佐之男様に対する警備なのです。」
「あっ、はいはい、そういうことですか。」
「何かあったら困りますので。」
「大丈夫です。私もギリシャの神々もおりますし。そもそも、もしあの人が暴れだしたら軍隊出動させても手の打ちようがありませんよ。」
「あっ、それは確かに。」
「あの人、態度と言葉遣いはあんなですが、そんなに悪い神じゃありません。物語で悪く書かれ過ぎです。それに、ここだけの話ですが、あの人の一番の問題は。」
「一番の問題は。」警備部長が唾を飲み込みながら身体を固くして復唱する。
「・・・、シスコンです。」
「あっ、そういうことで・・・」警備部長は返す言葉がなかった。
【渋谷】
来訪者たちが街に出ることを公表するかどうかが対策本部で検討されたが、突然現れた時の混乱を避けるため、公表することとなった。そして、公表と街に出るまでの時間が空くと、人が集まるだろうという意見を入れ、十分前の公表となった。
来訪者たちはいつでも街に出られる状態であったので、十二時五十分に公表し、十三時から街へ出ることとなった。街に出ることの条件として、早急に報道機関との取り決めがなされ、急なことだったので報道機関も対応できず、今まで通り映像は共有ということとなり、キャスター等による取材は時間を決めて各局一人ずつ交代で、ということとなった。
FFSの人々が空中浮遊できるかどうかは確認しなかったが、須佐之男と阿修羅を含め、神々の空中浮遊は禁止となった。
エレベータに乗って来訪者がスクランブル・ガーデンの正面入り口に降りてくると、すでに人混みは極限状態で、一目見ようと押し寄せた人々は全く身動きができない状態であった。
ついに来訪者たちが姿を表した。須佐之男を先頭にギリシャの神々が続き、FFSの一行が後に続く。しんがりは阿修羅が務めていた。当初一定の混乱は予想されていたが、さすがの神々の圧。押し寄せた人々はそれまでの喧騒が嘘のように突然沈黙に包まれた。手を合わせている人も少なくない。
須佐之男が一歩踏み出し、アポロンがそれに続くと、群衆が一斉に動き、道ができた。.静かに、威風をもって神々は人々の間を通り過ぎていく。しんがりの阿修羅が建物を出たところで、「アポロンさま~」という絶叫が響いた。そこはさすが女子大生である(平日の日中なので高校生以下はほとんどいなかった)。すると、それに続いて同じく「アポロンさまー」と声が響く、さらには「阿修羅さまー」「イカロスさまー」とそれぞれの好みみ応じて叫んでいる。すると、男性の集団の声で「アールちゃーん」と響いた。ネットでつながり、結成されていたアルテミスのファンクラブらしい。すると「スサ兄さん!」という力強い声が聞こえる。須佐之男はすでに、渋谷のヤンチャな若者たちの間で絶対的な人気を博していた。
叫び声は続く中、駅の周辺を歩きながら、アポロンが人差し指を唇に充てると、絶叫は一瞬で止んだ、そのまま大きな混乱はなく、一行は渋谷109の中に入っていった。
数十分して一行が109から出てくると、群衆から、今まで違う歓声が挙がった。FFSの面々のフルコーディネートされた姿が、目を惹いたのだ。
もともと、スタイル良さは噂になっていたが、来訪以来、身体に密着する宇宙服(?)
で過ごし、また、原色の肌の色から個々の容姿を誰も気にしていなかった。
ところが、現代風の流行りのファッションに身を包んだ彼らは、モデルや芸能人に劣らぬ美しさ、可愛らしさ、かっこよさだった。 同じ服を着ていた時には気にもとめなかったそれぞれの容姿の違いを、スタイリストたちが引き出したのだろう。
少し照れたように、しかし満足そうに人々の前を通り過ぎていく彼らに、人々は声にならない歓声を挙げた。
FFCの面々は八名だった。親子関係なのかどうかは定かではないが(元々親子関係が存在するのかも不明であった。)、外見的には六十年代、四十年代、二十代半ば、十代半ばと思える男女(に見える)メンバーだ。
六十年代の夫婦(?)はネルのチェックのシャツにデニムのオーバーオール、ニットのカーデガンで、アメリカの農場の夫婦のようなファッションであった。四十年代夫婦(?)はアメリカントラッドのコンセプトのようで、紺ブレに綿パン、キュロットのミニスカートに淡い色のタイツで決めていた。二十代半ばのカップル(?)は八十年代トラッドのようで、女性(?)はハマトラだ。十代女子は定番の「なんちゃって制服」。ブレザータイプだ。そして十代男子は、トレーナーにこちらもデニムのオーバーオール、さらに大きな麦わら帽子というスタイルで、表れた瞬間「ケンジくんだ!」という声が上がり、この後彼の呼び名は「ケンジくん」となった。農業青年風のファッションから、「宮澤賢治」と誰もが納得したのだが、さらに重なった意味があることを、年配の文学者たちが知るのはかなり後のこととなる。また、十代女子は宴会の日に二頭身になった姿から一部では「うまるちゃん」と呼ばれていたが、この日の制服姿で確定した。
すると、一行はそのまま青山方面に歩を進めた。ギリシャの神々は渋谷のカジュアルなファッションを避けたようだ。表参道・南青山・麻布と歩きながら思い思いに洋品店に入り、着替えて出てくる姿は圧巻だった。神々が全員着替えて揃った姿は、往年の映画スターたちを思わせた。
女性陣は六十年代フランス映画のようなコンセプトで、アフロディナが黒、アルテミスが白のイブにイングドレスで身を包んだ姿が店内から表れ、続いてバッカスとアポロンがそれぞれ六つボタン、グレンチェック、四つボタンストライプのダブルでシルクハットを身に着けて現れた時、日本中がため息に包まれた。八十代以上の人々はバッカスアポロンをジャン・ギャバンとアラン・ドロンに重ねてネットに書き込み、盛り上がっていた。
この翌日の検索ランキングは、十代~三十代で「ジャン・ギャバン」、五十代以上「うまるちゃん」となった。また、バラエティー番組で人気アイドルグループの一人が「キレイ!ヴィーナスみたい!」と言って失笑を買った。テレビで人気の予備校講師が「本人だよ。」と優しく諭していた。
須佐之男はそれらの動きには無関心で「オレは、こっちがイイや。」と言うと阿修羅と二人で百貨店に向かい、須佐之男は羽織袴、阿修羅は着流しの和服姿となった。
FFSの面々を中心としてそれぞれに渋谷とその周辺を楽しんで、四時間ほどして再び渋谷の街に揃った一行は、まるで大手芸能事務所の社長、敏腕マネージャー、そして大物・若手人気俳優の勢揃いの図であった。
【大統領】
この映像は海外にも配信され、大きな話題となった。新たなことが目まぐるしく展開しているが、来訪からまだ二週間ほどしか経っていない。当然海外にも来訪の直後から伝えられ、どの国も関心は示していたが、下手に手を出せないとして静観していた。しかし、その中でも強い関心を持ってこの件に関わり、出来ればリードして行こうと考えていた人物がいた。アメリカ合衆国大統領である。この大統領が勢揃いの図を観て、我慢の限界を越えた。
その日の夜、急遽訪日を申し出てきた。それでなくても、来訪者の件で混乱している政府は、丁重にお断りをしたが、「ただ、行って地球への来訪者に挨拶するだけだから、構わなくて良い」という申し出に乗っかって、勝手にしてもらうことにした。何しろ、一度言い出したら何を言っても聞かない人物だから、宿泊先の手配と最低限の警備の手配はして、後はご自由に、ということである。
翌日、大統領は専用機で羽田に到着した。
アメリカ大統領の来訪で内閣官僚が誰も出迎えないという前代未聞の事態が起こったが、何の問題にもならなかった。あらかじめ伝えていた時刻に来訪者たちが揃い、前日揃えた衣装でスクランブルガーデンの一階デッキで待つと、ほどなく大統領が現れた。いつものように威厳ある様子で堂々とギリシャの神々の前に歩を進める大統領、それを迎えるのは、自ずとこの集団の代表者となっているアポロン。その後ろには須佐之男と阿修羅が控えている。
「アメリカ合衆国第四十六代大統領であります。」心なしか、声が震えている。
「アポロンです。良く起こし下さいました。何かご用件はお有りですか」
とアポロンが笑みを浮かべて手を差し出すと、大統領は明らかに震える手でわずかにアポロンの手に触れ、
「ア、アイム、ベリー、ソーリー」
と言って背中を向け立ち去ってしまった。
大統領はそのまま帰国してしまった。
これはアメリカ大統領のみならず、世界のトップ政治家の、もっとも短い他国訪問滞在として後々まで語り継がれることとなる。
帰国した大統領に対し、一部「情けない」という非難もあったが、むしろ「神に対し謙虚な一面を表した」という評価で支持率が上がったというから何が幸いするか分からない。
【肖像権】
渋谷の街に出て以来、来訪者たちはしばしば渋谷の街を楽しみ、次第に行動半径を広げて銀座や浅草まで出かけていくようになった。
対策本部はもはや警備の必要なしと判断して、事前に行き先を把握し、若干の警備の増員ははかるものの、基本的には自由な行動を容認していた。何より、彼らが来訪した街は来訪後治安が良くなるというもっぱらの評判であった。
何回か街に出ている間に、人々も馴染んできて神々やFFSに声をかける人も出てきた。言葉は通じなくても、振る舞いと表情で伝わる心はある。
何よりも須佐之男の絶対的な迫力・威厳。
アポロンや阿修羅の絶対的な包容力これらに接した時、人々の心は善に導かれるらしい。さらに、ギリシャの神々と新たに発見されたFFSの美に接した時、秩序は調えられるようだ。女性を何人も泣かせてきた有名なナンバ師が、ヴィーナスにナンパを試みて笑顔で返され、それ以来女性に優しいフェニミストに変質したという噂もある。また、ギリシャの神々は徐々に日本語を学習し始め、アルテミスは街で扇情的な服装をしている若い女性に「そんなのは美ではない」と言わんばかりの眼を飛ばしまくっているらしいし、バッカスは相変わらず毎日飲んだくれているが、酒の神だけあって、酒を飲んで乱れたり、人に迷惑をかけたりしている酔っ払いに「酒への冒涜だ。」と説教していると言われている。
また、地方では「須佐之男・バッカスと一杯やろうツアー」が組まれ始めた。地方の小旅行会社が企画を立てたところ、人気が出て話題となり、他社も便乗したというところだ。
バスを手配して渋谷周辺にやってくる、東京にいる社員が、今日の須佐之男らの行くお店をリサーチする。最悪でもお店に入れば報道があるのですぐにそこに参入し、二時間半後の出発を通達して後はご自由に、ということだ。須佐之男たちがいる時は基本お店は料金を取らないということになっているから、一見すると大赤字だが、その日のお店の賑わいが全国放送され、宣伝効果は抜群であるし、また、それをきっかけにツアー参加者が東京に来たおり、リピーターになるので採算は取れているらしい。
そうして何日かが過ぎていく中で、ある企業が冒険を冒した。ヴィーナスとアルテミスの街での映像を用いたCMをオンエアしたのだ。この企業はもともとフィルムの会社であったが新事業として化粧品の開発に取り組んでいて、新たなブランドの立ち上げの広告にこの二神の「美」を象徴として用いたのである。広告は大きな話題となり、大成功を収めた。すると、この神々の映像を様々な企業が利用し始めた。
対策本部は慌てて神々たちの肖像権を検討に入った。しかし、神々のマネージメントを一般企業に委ねるわけにもいかず、かといって政府が芸能事務所的な業務をおこなうわけにもいかず、神々にも意見を求めたが、当然肖像権を問われる存在ではなく、「ご自由に」というスタンスであったので、「神々については肖像権は問わない」という結論に達した。ただ、FFSについては地球の広告・肖像権という概念とは別の存在とみなして、広告への利用は禁止とした。
このことが発表されると各企業がこぞって広告利用を始めたが、そもそも他製品との差異を示すべき広告で、どこも同じキャルクターを使用することの効果に疑問が生じ、自然に一定の制限がかかり、次第に沈静化した。
次に起こった問題はキャラクターグッズであった。まず、ある玩具メーカーが「アポちゃんグッズ」として、フィギュア・ぬいぐるみ等お約束の品揃えで製品化すると、爆発的に売れた。当然、各メーカーがそれぞれ工夫を凝らしたキャラクターグッズを商品化した。
その中でも特に売れたものとしては「顔面が替わる六臂可動式アシュちゃん人形」と「二足歩行高速イカロスロボ」であった。
またゲームの業界でも18禁「女神の悦楽」が発売されすぐに在庫切れとなったが、再販準備をしている間にギリシャ政府から抗議があって発売禁止となった。マニアの間では今でも流通しているらしい。また「神々の最終戦争」は須佐之男・阿修羅・ギリシャの神々がそれぞれ個々に戦うゲームで、人気と共に「せっかく仲良く暮らしている神々を戦わせるな」という批判も受けていたのだが、バージョンⅡで世界中のあらゆる宗教の神々を登場させてしまったため「国際問題になる」としてすぐに政府が販売停止を命じた。今でも闇サイトで取引されているらしい。
このブームが終焉を迎えたのは「等身大スサ兄人形」の発売がきっかけだった。等身大の須佐之男という迫力から、スポーツジムなどからの需要も有り、好調に売り上げを伸ばしかけたが、ある企業が大量購入し、この人形にいわゆる「アダルトグッズ」を装着して再販売したのだ。これが、サイトで爆発的に売れたが、さすがに元の人形を販売している企業が訴訟を起こし、さらに日本全国のヤンキー少年がアダルトグッズの販売会社に殴り込みをかけそうな勢いであったので販売を停止した。この製品についてはさる筋からと「見つけたら即刻持ち主共々焼却すべし。」いう「お達し」が発令されたと噂されている。
また、「ケンジくん」のキャラクターは、当然ながらこの呼び名で、このコスチュームでは発売することはできなかった。この事件があってから、行き過ぎた開発合戦が下火となり。他のキャラクター同様に扱われるようになった。
【引っ越し】
年末・年始の渋谷ということで、対策の必要があるのでは、という意見もあったが、来訪者たちが街に出てからの治安の安定から、特に対策の必要なしとして、事態はなにも解明されまいまま年が明けた。
来訪者たちは浅草に入って以来、改めて須佐之男と阿修羅の着物姿が気に入ってしまい、新年ということもあってみんな和服で過ごしていた。これがまた、美しい、かわいいということで巷では和服ブームが起こっていた。日本人と来訪者の、どちらが対応しているのか分からない。
このころ、限界に達し音を上げていた機関がある。文部科学省と宮内庁である。この二つの部署は現在ビルの上層階の損害を賠償し続けている。ビルの管理会社としては年末・年始、特に元日の初日の出に大きな集客を期待していただけにその賠償の請求が多大なものとなった。他の来訪者の経費は神々が来訪した店舗は逐一公表され、その宣伝効果から一切請求されていない。つまり、バッカスと須佐之男は毎日ただ酒飲み放題なわけだ。また、FFSについては、彼が手をかざすとキャスレス決済ができてしまうということで、始めは誰もが不安を感じていたが、何の問題もなく決済ができているので今では誰も何も言わない。政府も黙認している。
その点では考えていた経費は掛かっていないのだが、ビルの賠償大きな負担である。
そして、ついに、ビルの屋上からの退去をお願いするという結論に至った。すぐに候補に挙がったのは明治神宮であった。前例通り「お宅が受けなきゃ、皇居だよ。」の作戦である。神々やFFSは屋上からの眺めで彼らからすると空き地にしか過ぎない国立競技場などを挙げたが、都としても国としてもそういうわけにはいかない。
明治神宮にほぼ、決まりかかったところで、オリンピック委員会からまったがかかった。
いかに危険性がないとはいえ、「選手村のすぐ近くに宇宙人が住んでます。」ではシャレにならない。これには都も賛同して明治神宮案は撤回された。
相談を受けて頭を抱えたのは須佐之男であった。この神、実はとてもお人好しである。
降臨以来阿修羅に助けてもらいながら、尽力してきた。ここへ来て打つ手がない。一か所思いついている所はあるが・・・。」
【天照】
須佐之男が打つ手無くいつもに増して酒を過ごした翌朝、東の空が光に満ちた。
正確には、まだ予告されていた夜明けの時間の十数分前に、絶対的な量の光が何の予兆もなく現れ、一瞬にして周辺を包んだ。周辺といっても、そこにいる人に「周辺」と感じられただけで、その「周辺」は日本全土に及んだ。さらには日本から離れ、海外で暮らす日本人にもその「周辺の光」は感じられたそうだ.
「あっ、アマ姉ちゃん」須佐之男が天を振り仰いだ。
天照大御神の降臨であった。
この瞬間の、出来事に関しては、後に公的機関・私企業等で様々な調査が行われたので、いくつか例を挙げよう。
まず、明確な裏付けのない「うわさ」であるが、降臨の瞬間、全ての日本人、日本人の血を引き継いでいる者、日本国籍を取得している者、そのすべてが目覚めていたらしい。
「うわさ」と言ったが、その瞬間「眠っていた。」という証言が得られていないのだ。長く意識を失っている患者すら、データに「覚醒」の記録が刻まれていたそうだ。
また、この前後数時間の犯罪件数、事故の件数が「0」を記録した。
さらに、この瞬間に日本の株価が過去最高を更新し、それは半年ほど続く。後に「アマテラス」景気」と呼ばれるものである。まんまのネーミングである上に、「イザナミ景気」
とのランクを問う意見もあったが、
「まっ、これはこれしかないでしょ。」
ということで正式な呼び名となった。
その他、巷間で報告されたことを挙げるときりがない。十年間行方不明だった孫が帰って来た、とか、五年前に封鎖された工場が突然稼働したとか、交通事故で失っていた記憶が戻ったとか、失くした財布が見つかったとか、クララが立ったなど。真偽や関連性を証明することのできないうわさが一年以上続いた。なお、この年の「流行語大賞」は「アマってる。」となった。
また、三重県の伊勢で、マグニチュード7が観測された。しかし震度は0、体感の報告もなかった。後に、この現象の解明が出来たらノーベル賞だと言われるようになった。正確には、国立東都工業大学の学生が相対性理論と量子力学によって解明したというレポートが報告されたが、世界中で誰一人理解できる者はいなかった。理解されれば、ノーベル賞は間違いないと言われているが、証明まで少なくとも五十年はかかるともいわれている。
学生の長寿を願うばかりである。
現場に戻ろう。天照が地上に降り立つと、真っ先に迎えたのはアポロンであった。
ごく自然に天照の前に少し腰をかがめて立ったアポロンは、
「天照様、ようこそお越し下さいました。と言っても、あなた様のお国にお邪魔しているのは私たちなんですけれど。」
「まあ、アポロン様、お久しぶりですわね。たしか、地上界お会いしたのは、・・・。」
「前回のアルマゲドン依頼ですね。あの時はありがとう」
「ああ、もうそんなに経つか、あん時は。」
「あまねぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
「おお、スサ、がんばったねぇ、でっ、」
「こいつらの、住むとこが、居場所がさっ、」「それでね、考えたんだけどね・・・」
この時、辺りが一瞬闇に包まれ、すぐに、静かに暖かい光が広がっていった。すると、天空から何者かが舞い降りてくる。
【月読】
「あっツクねぇ!」須佐之男が叫んだ。
「アマねぇ、ダメだからね!」
地上に降り立つや否や、月読は言った。
「伊勢に呼ぼうと思ってんでしょ。絶対ダメだよ。あの土地に異世界の者、入れられるわけないでしょ。」
「で、でも、スサが頑張ってるし、この人達、行くとこないみたいだし。」
「ほーら、やっぱりそうだ。伊勢の連中が、『天照様が行かれた。」って不安になっているから慌てて来たんだよ。大体、皇居でダメなもん、伊勢が大丈夫な訳ないでしょ!」
「あっ、」
「あっ、」
天照と須佐之男が同時に悟った。
「分かったかい。まったく、ちょっと考えれば、って、考えなくてもわかるのに、スサのことになると、お姉ちゃんわけわかんなくなるんだから。」
「ごめん、でも、どうしよう、じゃあ・・・」
「出雲もダメだかんね。出る時大國主に釘さされてきたんだから。それでなくても、皇位継承の時は、あの人ややっこしいんだから。」
「そっかぁ、ほんと、どうしよう。」
「何とかなるでしょ。あまねぇ、気が付いてないみたいけど、来るよ、もうすぐ・・・」
「スサ、その着流し、すぐ神様用の衣装に着替えな!」
月読はいたづらっぽい笑みを浮かべ、握りこぶしの親指を立てて天照に合図を送った。
【今上天皇】
そのころ、青山通りの信号はすべて青に変わり、トヨタのセンチュリーロイヤル三台と四台のサイドカーが渋谷に向かって走っていた。
天皇一家である。この日、天照が降臨する一時間ほど前、天皇陛下と上皇陛下は同時に、はっと目を覚まし、互いの下に向かった。顔を合わせた両陛下は無言で頷きあい、天皇家の招集をした。両陛下は何者かが「来る」と感じて目を覚まし、同時にそれが天照大御神であることを悟ったいう。
幸い早朝であってまだ登校をしておらず、国内も海外も訪問予定は組まれていなかったため、全員がお揃いになった。急に招集された子供たちに怪訝な様子は見られたものの、静かに全員が天皇・皇后とその後ろに控える上皇、上皇后陛下のもとに座を据えた。
「天照大御神が御降臨なさいます。ご挨拶に向かわなければなりません。急ぎ、支度をして下さい。」
一瞬、驚きの気配は見られたが、皇室との関係もあることであり、渋谷で起こっていることは全員が理解していた。
そして、今、青山通りを渋谷に向かっているのである。
実は、この指示の後、皇嗣殿下の次女が天王の下へ、「天照様へ舞を奉納したい。」と申し出たそうだ。動揺した陛下であったが、やんわりと断り、後の説明と説得を皇后陛下に頼んだ。後に週刊誌に「アメノウズメノミコ」
と比されるのは必至であり、たまったものではない。
慌てたのは警備陣である。宮内庁警備も対策本部も、あまりに急なことであるが、状況も状況なので、急ぎ人員を招集し、連絡を取り合って警備体制をひいた。
スクウェアガーデンの正面に到着した皇室一家は係の案内によってエレベーターホールへ向かい、屋上に到着した。
屋上に姿を表した皇室一家をまず出迎えたのはアポロンと阿修羅であった。この二人、こういうことにぬかりはない。
「こちらでございます。」
と、神仏その他習合の来訪者たちの家屋の前に導くと、天照が迎え、その後ろに須佐之男と月読が、さらにその後ろにギリシャの神々を含む来訪者たちが控えていた。ギリシャの神々は日本の皇族に対面するのは初めてのようで、好奇の眼差しを向けている。
「初めてお目通り致します。ようこそお越しくださいました。天照大御神様。」
「新しきすめらみことであったな。幾たびか挨拶に訪れてくれたのに、こちらから挨拶もせず、失礼した。良いお顔をしている。安心して大和の国をお任せできることじゃ。」
「もったいないおことば、ありがとうございます。後ろに控えます一族でご挨拶に上がりました。」
「おお、存じておる。そちが先のすめらみことであるな、后の宮とともに、ご苦労であった。」
上皇と上皇后がわずかに一歩進み出て、深々と頭を下げた。皇后の目がわずかに潤んでいた。後に、史上もっとも美しい涙と呼ばれることとなる。
続いて皇嗣殿下・皇嗣妃殿下、親王・内親王殿下が前に出て頭を下げる。この様子も世界に発信され、美しい振る舞いとの評価を受けることとなる。ちなみに、この時の天皇陛下のご様子と比較され、アメリカの大統領の支持率が下がったと言われている。
「ごゆっくりとお過ごしくださいませ。」
天皇陛下が天照にこう告げると、
「そうゆっくりもしておられませんが、それよりも、この者たちの住まいがのう。」
「承知しております。只今、対策本部と内閣官房で検討しております。」
「それは助かる。スサ、この方々にお任せしてよろしいな。」
「もっ、もちろん。」
「では長居もご迷惑だと思いますので失礼いたします。ご来訪者の方々も、ごゆっくりとご滞在くださいませ。」
こうい言って、天皇一家はその場を離れた。
日本の皇室の典雅さを内外に示す結果となったが、この時、内閣官房と対策本部はひっくり返るような大騒ぎになっていた。
【内閣官房】
来訪者たちの居住地については「何とかしなきゃね。」「そうだね。」と言ったまま明治神宮案が取り下げられた後、無策のままであったし、何より重大なのは、この時、天皇陛下が来訪者たちの滞在を認めてしまったことである。
来訪者たちの滞在は、今まで公的には認められていなかった。「ここに来て、ここに居る。」という事実は受け入れていたものの、居ることを「許可」したことはなかった。許可のしようもなかった。
天皇陛下が滞在を認めてしまった以上、超法規的に(もともと「法規」の範疇に属することではないが)公的な対策を講じなければならない。
対策本部幹部は内閣官房に緊急に呼び出された。
官邸に駆け付けた対策本部員はそこで、見慣れぬ光景に出会った。数十人の学生と思われる若者が、直訴状と思われる封書を持って、警備員に掛け合っている。暴力的な様子はないが、必死さは伝わってくる。
内閣官房室に駆け込むや否や、
「何か、対策案は?」
と問われる。
「ありません。」
と、いつもはこれで、話が進まないのだが、今回はそうはいかない。何とか打開策を講じなければならない。
一つ、「他国に引き取りを願いしてはどうか?」という無責任なアイデアが出され、打つ手のなかった政府は早速飛び付いて全世界に発信した。結果、ヨーロッパ諸国は移民問題などを抱え、「何かあったら面倒くさい」ということで、引き受け手はいなかった。
オーストラリア・アメリカも先住民問題が落ち着いているのに新たな火種を抱え込むのは面倒くさいということで拒否。
結局引き受けについて立候補したのは東アジアの三国だけとなった。
これについては、この三国で面倒くさいことになると、日本が全部引き受けて今よりもっと面倒くさいこととなる。という判断でお断りすることとなった。
考えに窮した対策本部長は、思わず尋ねた。「あの、玄関の騒ぎは何ですか?」
「あっ、あれは、東都大と東都工業大の学生が、フロム・スペースの方々を研究材料としたい。と言って嘆願に来ているんだ。大学側は面倒なことになると困ると言って尻込みして、いるので、直接嘆願をしに来ているそうだ」。
「どこも一緒ですね。『面倒なこと』ですよね。学生の気持ちも・・・、あっ。」
「んっ、どうした。」
「大学ですよ、大学。」
「そう、だから、学生が来ているんだよ。」
「だから、そうじゃなくて、大学の敷地!」
「あっ、そうか!」
その場の全員の声が上がった。
「大学の敷地って、広いじゃないですか。特に国公立は。そこに、彼らの居住地を確保するっていうのはいかがでしょう。」
「うん、大学側は反対しても、学生の希望があれば可能だろう。」
「でも、どこの大学を選ぶんですか。」
「レポートを出させればいい。そのレポートで選別すればいいんだよ。」
「そうか、考えてみる価値はあるな。早速具体的な案をたてて上げてみよう。」
それから、起案作業が始まった。久しぶりに具体的な立案ができるので、メンバーは張り切っていた。今までどれだけ閉塞していたかが伺われる。
まず、どの範囲で大学を絞るかであった。最初は私立大も事案に上がったが、首都圏だけでもきりがないということで、敷地面積の保証される国公立に限定することとなった。次に地域の問題である。首都圏という意見はすぐに確認されたが、「首都圏」の定義が曖昧である。関東全域とすると広すぎるということになり、東京・神奈川という案が上がったが、千葉と埼玉が根に持ちそうだし、神奈川は神奈川で、「何で、うちだけ?」と言い間以内にレポートを提出すること。」となった。
個人の資格での提出の可否も検討されたが、時間的な制約から、各大学の代表ということで話はまとまった。テーマは、
「異世界からの訪問者の方々とのコミュニケーションから、我々が学ぶことは何か?」
要項は次のようにまとめられた。
・期限は一週間後
内容の精度よりも視点を重視
・東京都内の国公立大学十二校は必ず提出 製作者個人の名前でなく大学名で提出。 レポート製作者の選考は各大学に任せ る。
・A4レポート用紙二十枚を目安とする。
・採用後の来訪者たちの居住条件等は別途 大学側と検討する。
・提出該当大学
東都大学・東都工業大学・東都農業工業 大学・立川国立大学・茗荷谷女子大学・
東都藝術大学・東都外国語大学・東都学 芸大学・東都漁業大学・東都医科歯科大 学・電波通信大学・東京都立大学
この案で、国会で審議されることとなった。
【大学選考】
提出された案は国会で直ちに採決された。一部、今回の天皇陛下の言動についてK産党の議員から「越権行為ではないか?」という質問が出されたが、議長を含め誰も相手にしなかった。
また、この案は来訪者たちにも知らされたが、どこで嗅ぎ付けたのか、バッカスが山梨大を須佐之男が東京農大を推薦した。ねらいが明らか過ぎてむしろすがすがしい。当然、却下された。
選考案は直ちに該当大学に通知され、各大学がレポート作成者の応募を募った。多数の応募があり激戦となった大学、少数でなんとか決まっただ大学と、それぞれの事情があったものの、決まったメンバーでのレポートの作成が始まった。
当初有力視されていたのは東都大と東都工業大であったが、この作成者のメンバーが秋葉原のメイドカフェでレポートについて話をしている内容がSNSで流され、問題となってしまった。
メイドカフェの店員が「なんだかわけわかんない難しい話をしてる客がいて草」というタイトルでアップされたのだが、FFSの方の解剖や人体(?)実験について言及していたり、宇宙船の構造研究から衛星による地上攻撃について、専門用語を交えてかなり具体的な内容であったことが、他国から指摘された。これに伴って、これまで「何かあったら面倒くさい」として一切干渉してこなかった国連が「来訪者に関する医学的、科学技術的な研究を禁止する」という通達を発行した。
事態を重視した(やはり面倒くさいことになったと思った)両大学は制作スタッフの全面入れ換えをしたが、立ち遅れは明らかで、実質この両本命はドラックアウトした。混沌化した選考レースであったが、最終選考に残ったのは東都外国語大学と電波通信大学であった。どちらもFFSとのコミュニケーションを中心の視点でレポートはまとめられており、残るは文系、理系の問題となった。また、両校とも都心から離れた位置にあることも選考に有利に働いた。実は来訪者たちが街に出ることが日常化してきたことで、ナンパや逆ナンパが増加してきたのである。ギリシャの神々は神々だけあって声をかけられても軽くさばいていたが、FFSの面々はそうもいかない。言葉も通じない中で声をかけれたり手を握られたりして、その都度アルテミスや須佐之男が出動して救っていた。
ここで、最終決定のカギとなったのが、皮肉なことに先日の東都大と東都工業大の件であった。電波通信大では、やはり理系からのアプローチとなり、FFSの通信技術との接点も生まれてくる。すでに国連から通達を受けている以上、科学技術方面は不適切だろう。ということになり、受け入れ校は東都外国語大学と決定した。電波通信大は悔しがってはいたが、決定の際、情報の提供互いに行き来しての研究が認められていた。この二校は比較的に近い位置にあるのだ。結果的には、電波通信大は「いいとこ取り」をしたのかもしれない。
この選考結果には後日談がある。非公開とされていた各大学のレポートのタイトルが流出してしまったのだ。流出させたのは茗荷谷女子大学の学生であった。茗荷谷女子大ではこの来訪者渋谷の街でコーディネートされた姿が放送されて以来、「八頭身派」と「二頭身派」の対立が教授をも巻き込んでの闘争となっていたのだ。
きっかけは大学のアニ研内部の何気ない会話だったようだ。
FFSの一行は、街に出るようになって以来、度々二頭身の姿を表してしまっている。
急に体に触れられたり、驚かされたりすると「ポン」という音を出して煙と共に二頭身になってしまう。その中でもグランパとケンジくんの二頭身は人気があって、グランパの変化によるギャップとケンジくんの「いかにも」
が特に人気であった。このアニ研でグランパの好みが二分した。
「やっぱり、普通の体形の、どっしりした包容力の感じられるグランパがいい」
という学生と、
「二頭身のグランパが断然カワイイ!」とが互いの好みを語り合ってるうちに、周囲が、
「そもそも、アニメだってリアリティは必要なんだから、標準体型の作画が良いに決まっている。」
「そもそも、アニメはデフォルメされたキャラクターに魅力があるのだ。」
となり、
「勝手に漫画やアニメのキャラクターを二頭身にデフォルメするのは邪道だ!」などと、部内を二分する論争となり、それが他の学生に広がっていくうちに、
「文学、芸術において、デフォルメは不可欠だ。」
「いや、あくまで写実的な表現を追求すべきだ。」
という教授まで巻き込んだ論争になっていた。
この渦中の一人がレポートの制作担当に加わっていて、「実際に実物を対象として決着をつけよう」と意気揚々と応募して、傍からみたら当然の落選となったが、納得できず、腹いせにタイトルを公開してしまった。まったく傍迷惑な話である。
公開された資料によると、各大学のタイトルは次のようになる。
・東都大学・・異星人の生態学的研究
・東都工業大学・・宇宙船の技術と日本の 宇宙航学への応用
・東都農工大学・・異星人の生態研究と生 食糧問題への応用
・立川国立大学・・来訪者による経済効果 と今後への課題とは
・茗荷谷女子大学・・八頭身と二頭身との 美的な価値・差異と デフォルメの文学的 位置付けに関する双 方向からの検討
・東都藝術大学・・ギリシャにおける「美」
の実証的探究
・東都外国語大学・・異文化とのコミュニケーションの実証的研究
・東都学芸大学・・異文化との交流による児童生徒の成長とは
・東都漁業大学・・宇宙船の技術の漁船への応用について
・東都医科歯科大学・・異星人の生態研究
・電波通信大学・・異星人の通信手段の探求と応用
・東京都立大学・・異邦人が穏やかに過ごせる街づくりの探求
いくつかの大学は明らかにやる気がなさそうだ。まあ、漁業大などにはは無茶な課題であったとも言えるし、医科歯科大は「これしかない」という感じだろうか。藝術大はあぽろんとヴィーナスをヌードデッサンのモデルにするつもりだったらしい。
いろいろの問題を抱えながらも来訪者たちの居住地が決まり、天照と月読は帰っていった。
【神々】
対策本部長が来訪者たちの新たな居住地が決まったことを告げると、何より歓び、安堵の声を上げたのは、やはり、須佐之男だった。
「よかったぁぁぁ。おめえら、住むとこできたぞ、ちょこっと田舎みたいなんだけどよ。ちゃんと大きな街もあるし、ゆっくり暮らせんぞ!」
我がことのように喜んでいる。
「落ち着いたところですよ。自然にも恵まれているし、あっ、近くに自衛隊の基地があったと思いますので、宇宙船、預かってもらってはいかがですか?」
などとの会話が続いていたが、アポロンが突然、
「私どもは、そろそろ失礼することになりますが。」
と言い出した。
「何だよ、突然!」
須佐之男が怒ったように叫ぶ。
「何か、急なご事情でもおありですか?」
阿修羅が落ち着いて尋ねる。
「急も何も、始まりますから、祭りが・・・」
周囲は一瞬怪訝な顔をしたが、阿修羅が気が付いた。
「あっ、オリンピック!」
「聖火がスタートしますのでね、我々いないわけにはいかないのですよ。姿は表しませんが、その地にはいないとね。」
「まあ、そりゃ神だからな、そんなもんだ。」
須佐之男のあっさり納得する。
「夏にはまた、お伺いするかもしれません。
通常は開催地には始まるときだけ見て、すぐに戻ってしまうのですが、今回はこういうご縁がありましたので、渋谷の、いや、日本の
皆さんお会いしたいと思っております。」
「それは、すばらしい。お別れは「残念ですが、再会があるのであれば寂しさよりも期待の方が多くなります。」
「ありがとうございます。まだ、少しの間はこちらに滞在するつもりなので、外国語大学へのお引越しと新生活のスタートはご一緒させていただきます。」
「あの。」
口をはさんだのは対策本部長であった。
【会話】
「なんだぁ」
「何でしょう?」
「何ですか」
須佐之男と阿修羅とアポロンが同時に反応する。 「そうなりますと、FFS方々とのコミュニケーションに不都合が生じるのではありませんか?」
「その点は、大丈夫だと思います。」
「まだお話していないことがございまして。」 アポロンの応えに阿修羅が言葉を添える。
「おう、グランパ、ケンジくん!」
須佐之男の声に応じてグランパ、ケンジくんが歩み寄って来る。
「あ、あの、これで・・・」
「おぉ!」
「あっ、!」
「えっ?」
対策本部のメンバーらが、驚きとも感動ともつかない声を、それぞれにあげる。
「この方々は、空気の振動による『音声』を感知する器官を持っていなかったため、最初のうちはとても困っていたそうです。電気的な信号を感知する器官はあるため、みなさんが何らかの方法で交信していることは分かっていたようなんですが。」
阿修羅が解説を始める。
「我々がほぼ同時に訪問したので、人間の交信手段についてはすぐに説明し、理解はしてもらったんですけどね。」
アポロンが言葉を継ぐ。
「それから、この方々の努力がスタートしたわけです。空気の振動による『音声』を感知し、発信する器官を備えることと、皆さんの言語を理解することの、両方の作業、学習が始まりました。」
「んっ?」
「あっ、説明が不十分でしたね。この方々は、現在の生体を得て、まだ時間の浅いうちは、つまり、若いうちは、ご自身の細胞を特定の目的に変質させる能力というか、機能をお持ちなんです。またある個体が得た新たな機能は、それがその人に定着すると、他の人にコピーすることができるのです。今、もっとも「若い」ケンジくんがその機能の獲得に成功して、今、ようやくそれを利用することができた。というわけです。」
対策本部の面々は、理屈・仕組みはともかく、そういう事実として受け入れておこうと考えた。地球上の生物でも、まだ人間に解明されていない機能を持っているものもいるのだから。
「皆様に『声』が伝わることが分かりましたから、ケンジくんがこの機能で自分の体に固定させます。それが安定して定着したら他の方々にコピーするそうです。」
「あっ、はい。」とりあえず受け入れている対策委員会のメンバーは、とりあえず返事をする。
「それから共同で、皆様の言語、『日本語』の学習をしていくことになります。こちらはすでに分析を進めていましたが、実は渋谷の街は雑多な電気、電波的な信号が錯綜していて、言語を拾い上げて学習するのに大変困難だったようです。」先日もようやく識別した言語が『神求む』であったのに、我々『神』とは全く関係のない求人でもないものであったりとか。」
対策委員会にメンバーは苦笑いするしかなかった。
「これからの環境は、渋谷に比べればはるかに『クリーン』な電波環境の地域のようですから、彼らの学習は飛躍的に進捗するでしょう。」
「やがては、FFSの皆様とも会話ができるようになると・・・」
対策本部長が嬉々として尋ねる。。
「すぐにとは言えませんが、この方々は皆様の語学学習のスピードとは比較にならない速さで習得なさるはずです。」
「外大の学生にも協力させますか?」
「もちろん、それはありがたいことだと思います。彼らには『言語』の概念がなかったわけですから、『言語』の専門家になる方々との交流は、双方にとってプラスになるでしょう。」
「うわ・りがど・とうござうぃます。」
ケンジくんが会話の中に入ってくる。拍手が上がる。ケンジくんが照れくさそうに笑みを浮かべる。最近、無表情だった彼らにも「表情」が表れるようになって来た。
【転居】
いよいよ引っ越しの日となった。といっても、荷物はすでに宇宙船に収納され、彼らの住居であった和漢希折衷の建築物は、外国語大学とさほど離れてはいない「昭和記念公園」に移築されることとなった。
対策本部の担当者が須佐之男と阿修羅に移築の相談にいくと、
「大丈夫です。我々にお任せ下さい。移築する場所だけ確保して事前にお知らせいただければ、後は我々で対処します。」
という対応であった。
「それではよろしくお願いします。」とだけ言って立ち去った。何しろ「神」の言うことだから従うしかない。
翌朝、記念公園の警備員が開門前の定期巡回に行くと、その建築物は、確かにその場所に「在った。」
前面に日本庭園が、背面にギリシャ式庭園が添えられていたという丁寧さだった。まさしく「神業」である。
転居は速やかに行われた。宇宙船で一瞬にFFSの面々の荷物は外国語大学にメンバーと一緒に到着し、ギリシャの神々はその到着と同時に現れた。街と大学は歓迎のセレモニーが計画され、事前に広報されていたために、平日にも関わらずその地域では記録的な人手の中で盛大に催された。
用意された住居は一般的な三階階建てのマンション風家屋で、須佐之男はぶつぶつ文句を言っていたが、これから長くこの国で共に過ごすつもりでいたFFSのメンバーは喜んでいた。
そして、来訪者の方々の新たな日常がスタートしたのであった。
【附:阿修羅レポート】
転居後、阿修羅から一通の報告書が提出された。FFSのメンバーから聞いた、彼らの母星の環境と地球に来た経緯の詳細である。
ー ★ ー
彼らから聞いていて、お伝えする機会を失しておりましたので、文面にてご報告いたします。我々とギリシャの方々が地上を去ったあとの彼らを理解する上で知っていた方が良いと思われる、彼らの状況をお伝えする内容です。
まず、彼らの母星は、近接した軌道で複数の惑星が一つの恒星を公転している惑星系に存在していました。近接した軌道にあるため、数百年の差でそれぞれの星に生命が誕生し、進化し、文明を築いてきたそうです。生命の誕生が見られた惑星は五つあったそうです。 それぞれの星で、それぞれの生態系で進化したそれぞれの星の人々は、皆様の言葉で言う「科学技術」の発展と共に目に見える近接した惑星に異なった生命体が存在することを
互いに認め合っていきます。その際、星々によって大気にあたるものの成分、性質は異なっていたため、空気の振動による「音声」は発達しなかったのだろうと、彼らは言っていました。
彼らは互いの技術を伝え合い、時に助け合い、そうする中で、地球の人々がまだ達成していないレベルにまで、宇宙空間の航行技術を発展させていきました。
しかし、彼らの平和を脅かす事象が予言されたのです。彼らの恒星が末期に近づいているということが分かりました。早ければ後五十年後には、恒星の赤色巨星化が始まると計測されているそうです。
それを知った惑星群の人々が度重なる会議の結果、それぞれ移住可能な惑星を探査し、移住するという結論に達しました。長年の宇宙科学技術の発展の中で、彼らは近接する恒星系の生命が誕生して文明を築いている星と接触することに成功していましたが、その星で彼ら全員を受け入れることはとてもできないことも分かっていました。
そこで、技術を駆使し、協力し合って、宇宙空間に進出している知的生命体の存在する可能性のある惑星を探し出し、調査隊を派遣した上で可能性を探るというプロジェクトが発足しました。そして、この地球が、そのプロジェクトによる惑星、知的生命体の発見の第一号であったそうです。 あの建物から出されていたサーチライトの交差は、彼らの惑星間の救難信号と酷似していたそうですよ。
彼らは、この地球で一年ほど過ごしながら、他の人々の移住の可能性を探っていくそうです。
彼らは大変順応性の高い民族(?)です。そして他の惑星の人々も彼ら同様に穏やかな気質を持ち合わせています。その証拠に、彼らは歴史上、「戦争」というものを経験したことがないということでした。地球上の「戦争」の歴史を知った時、彼らは震えながらあなた方で言う「涙」を流していました。同時にこの地球のこの日本という国を大変気に入り、安心しています。
どうか、みなさん、可能な限り彼らにお力添え下さい。日本一国では難しいと思います。世界でこの問題を考えてあげて下さい。
この阿修羅レポートはすぐに閣議で取り上げられた。
この国会には極めて異例なことに天皇陛下が「傍聴」という形で参加された。天皇制に反対をしている野党も、さすがにご本人の前では何も言えなかった。
国会では国連への報告が採択されたが、ここでも陛下が「私も行きます。」と宣言なされた。これに首相も「それは・・・」と反対というか、ご遠慮国願いたい旨発言をしたが、「天照様に託されておりますから。」というご発言に全員が口を閉じてしまった。
かくして国連に持ち込まれたレポートは日本国天皇の静かな、そして力強い報告もあって採択され その結果、「二十年以内に地球上から戦争・紛争を失くし、同時に移民・難民問題を各国最重要課題と考え、二十年後には彼らの、少しでも多くの人々を受け入れよう。」という決議がなされた。
しかし、現実としてはことは当然速やかには事は進まない。
国連が全力で紛争の終息に取り掛かったが、長年の民族問題や領土問題は歴史的にも根が深く、解決に近づくたびに新たな問題が生じて解決が見られなかった。
令和大行幸
ここで、後に「令和の大行幸」と後に歴史に名を遺す天皇陛下の紛争地訪問が始まった。
天皇陛下自ら各国の紛争地、難民キャンプ巡ったのである。陛下が御決意を示した当初は当然宮内庁・国会もちろん、一般庶民に至るまで反対の意思を示した。
しかし、この国を挙げての願いにも陛下は意志を貫き、最後は再び「天照様に託されたことですから。」というお言葉で衆人を黙らせ、行幸に出られた。
まず、中東の難民キャンプを充分な支援物資を用意して訪問された陛下は、難民となっている人々に向かって「申し訳ありません。」という謝罪の言葉からご発言を始めた。
驚いたのはその場にいた人々である。
自分たちの国の情勢、この難民を産んだ状況に直接関係があるとは思えない国の王様が、いきなり自分たちに謝罪をしているのである。
届けられた支援物資に我先にと群がっていた人々は、陛下の、独特のゆっくりとした明確な、心に徹るお声にまずは目を向け、同時通訳の言葉に驚愕を示し、次第に陛下のお言葉に、静かに耳を傾けるようになっていった。 そして、難民キャンプの悲惨な状況を目の前にして涙を浮かべながら語る陛下に向かって、手を合わせる者が現れ、それが次第に広がり、全ての人々が手を合わせ、頭を垂れ、叩頭していた。
陛下は最後に「皆様が安心して穏やかな生活を取り戻せるとお約束します。」という言葉を残して最初の訪問地を去っていった。
この訪問は当然、全世界に報道され、大きな感動を呼んだ。陛下はその反応を気にもなさらず、次々に難民キャンプ、紛争地域を巡っていかれた。紛争地域でも陛下は謝罪の言葉からお話を始め、多くの場合目に涙を浮かべて語られた。
この報道に真っ先に反応したのは英国王室であった。女王陛下ははこの報道に触れるや自身の王族に招集をかけ、一族の前で涙を隠さず訴えた「私たちは何をしていたのだあろうか」と。
そして、女王は王族の皆々に懇願した。
「年齢的にも健康的にも複数の国を訪問することはできない。なんとしても、みなで、日本の王に倣って難民キャンプ・紛争地をほうもんして欲しい」と。
反論する理由などあるはずがなく、イギリス王室は動き始めた。
まず行ったのは、日本政府への問い合わせであった。天皇陛下の御行動に心を動かされ、英国王室も見倣いたいと。際しては、訪問地がブッキングしないように調整したいと。
さすがは世界の覇者たるイギリス王室である。王室相互の畏敬と協調という要点をはずさない。
天皇陛下のスケジュールを確認したイギリス王室はすぐさま行動を開始した。
まずは、チャールズ王子とその子供たちが
パートナーを伴って来訪を始めた。アン王女を含めると総勢四組である。彼らは誰もが、天皇陛下に倣って、訪問を謝罪から始めた。
これが伝わると、ヨーロッパの、ベルギー、スペイン、スウェーデンなど、ヨーロッパのすべての王室が難民キャンプ・紛争地の訪問を始めた。どの国の王も、謝罪から入る。天皇陛下のスタイルがフォーマットとなっていた。
そうなると、もう、止めようがなく、世界中の王室が、訪問を始めた。王族のプライドがプラスに働いたのだろう。誰もが「自分が一番の王様」でありたいと考えたようだ。
さらにその結果、世界中の王室の「富」が難民キャンプと紛争地に供給されることとんった。
富を得た難民キャンプの生活は安定し、人々に笑顔が戻り、紛争は終焉していった。
異星人を迎えるための、まず、第一の問題は解決の方向を見出した。しかし、次にはさらに根本的で絶対的な問題が残された。
土地が、ない。
人類の歴史は富裕な土地の探求、開発、略奪であったとも言える。現在、地球上の土地は開発しつくされ、さらに開発を続けるとなると地球全体の自然のバランスを大きく覆すことになりかねない。紛争が解決しても、難民の生活環境が良くなったとしても、その後に補償される土地がないのだ。
この問題の絶対性から、対策は一歩も進まなかった。
火星
そんな時、「異邦人生活保全部」と名前を変えていた旧対策本部の部長から政府へ、以下のような情報が寄せられた。
「FFSの方々が、地球人は火星をどうしているのだ」と。
当初それを聞いた日本政府は意味をはかりかねた。そして、詳しく聞いてみようということになった。
官房長官と指名を受けた数名の議員、官僚、そして念のためにということでJAXAの研究員も呼ばれた招集され、急遽東都外国語大学に向かった。
「火星についてお話があると伺ってお訪ねしたのですが。」
指名を受けた文科省事務官僚が挨拶をする。
「わざわざお越しいただいて恐縮です。地球の方々が、なぜあの惑星を放置しているのか疑問に感じまして。」
少しの期間ですっかり日本語を使いこなしている。
「放置も何も、NASAが探査機などを送っていますが、現実に手を出せる科学力が、今の地球人にはないのですよ。」
「あっ、そういう事情でしたか。皆さんの現在の技術で行けるはずなんですけどね。」
私たちはこの恒星系に来て、まず、この地球という惑星に、あっ、その時はまだ『地球』という名前は知りませんでしたが、とにかくこの星に知的生命体が居て、文明を築いていることに気付きました。こちらの星ですでに文明を築いているご一緒させていただくか、火星を開拓して居住地とするか、検討していたところで皆様の救難信号を発見して、それは誤解だったようですが、こちらに伺ったのです。」
「と、いうことは、火星に居住することができるということですか?我々でも?」
JAXAの研究員が真っ先に尋ねた。
「可能だと思います。お望みなら。」
「何十年もかかるのではないですか、居住環境を調えるには?」
「そんなには時間はかかりません。まず、仮に暮らすとして、ドーム型の居住区域を作り、そこを拠点に環境を調えれば良いでしょう。」
「環境を調えるって、大気や生態系を形成するんですよね?」
「その通りです。まずは大気、そして植物、動物は時間がかかるので必要なら地球から連れていった方が良いと思います。」
「皆さんはその技術をお持ちなのですか?教えていただくことはできるのですか?」
「技術というか、理論を構築しています。現在は、ここでは技術の組み立てはお教えできますが、私たちが実践することはできません。地球の方々は大変高度な技術をお持ちなので、私たちに協力させていただければ、可能です。
あなたは技術者のようですから、概略をご説明しましょうか?」
「私は研究者で技術者ではありませんが、お話を理解する能力はあると思います。お教え下さい。」
JAXAの研究者を連れてきたのは正解だった。とその場は誰でも思った。その後この二人の話が五時間余りに及ぶとは、その時誰も予想していなかった。二人の情熱に満ちた
対話は、周囲が中断を提案することを許さなかったのである。
二人の話に内容はあまりに専門的過ぎて、他の人々を置き去りにしていた。ようやく話が終わってJAXAの研究員がまとめた内容は以下のような内容であった。
・まず、空気の保証できるドームを作り、そ こを拠点に必要な設備を建築を進める。
・必要な設備とは、大気を安定させるための 重力の発生装置である。これは粒子力学に 基づいて電磁的な装置を作ることで可能と なる。地球人の持つテクノロジーで充分可 能な装置である。
・それを火星の両極と赤道上に計四基設置す る。
・これを稼働させて大気を安定させ、火星の 四季に応じて植物を育てる。これは彼らの 生命体としての構造が地球の植物とかなり の度合いで近似しているので、地球人には 理解しがたい彼ら独自の「力」を使えば一 年で森や草原を形成することができる。
・その後、移住者を選定して宇宙船で移動す る。宇宙船にも彼らの技術理論を提供を受 ける。
重力発生装置の設置にどれくらいの時間がかかるかは我々には分からないが、彼らは「一年は絶対かからない。早ければ二か月で可能だろう。」と言っているということだ。
驚くべきことに、三年かからず(火星の公転周期が地球のほぼ二倍なので)に火星移住計画が実現できるということだ。
一見無謀のようだが、彼らは地球人のテクノロジーに敬意を抱いてくれていて、自分たちにその可能性を飛躍的に発展させる理論があると言ってくれているのだそうだ。
この説明をJAXAの研究員から聞いた一行は、それまで五時間のトリップで異世界を放浪していた意識が蘇生し、目を輝かせ、取り急ぎ戻って内閣に報告した。当然この計画はすぐさま国連に報告された。居住地の問題で行き詰っていた国連もこれをすぐさま採択した。現状はもちろん、そう遠くない未来に地球の人口が限界に達するのは明らかであったからだ。
誰が行くか、行く人間をどのように決めるか、などは先送りにして、人類はこの計画に乗ることを決断した。
まずは火星に機材を運ぶ宇宙船を建造しなければならない。このチームにはNASAを中心としてロシア・中国が加わり、さらに日本のJAXAのメンバー他、各国の宇宙開発メンバーが参加してスタートした。彼らはJAXAの相模原キャンパスに逗留し、マイクロバスで東都外国語大学に通った。FFSの方々にご足労頂くわけにはいかない。ということと、学んだ内容を一定実証するのにふさわしい場所として選ばれた。片道一時間ほどで少し遠い気がするが、施設の充実の条件などから決定された。
理論的、技術的な問題はできる範囲で相模原キャンパスで検証し、同時に各国の研究機関に資料として送る。実際の建造はNASAが進めているが、各国で研究することによって互いのアイデアやテクノロジーを共有している。
一方で重力場発生装置のユニットとそれを火星で組み立てるための機材の制作にも取り掛かっていた。日本の企業が参入してチームを作り、それに国内の大学研究者、海外の企業・大学の研究者、技術者がネットで繋がって情報を共有し開発、製造に取り組む。また、火星での工事は人間だけでは困難であることが目に見えているので、工事用の工業ロボットも同時に開発、制作されている。
世界を挙げての一大事業であり、関係者は働き方改革に逆行する労働を強いられているが、不平を言う者など一人もいない。時折作業場や研究室から悲鳴や叫び声が聞こえてくるが、それは研究や技術に行き詰った者や、逆に新たな発見や技術的な試みが成功した時の声であった。
異星人たちが与えてくれた理論は、科学のあらゆる部分で新たな世界を切り開いてくれるものであったし、そこに求められる技術は日々が新たな開発に満ちていた。
この一年足らずの間の地球の科学と技術の進歩は後に数十年分に値すると言われ、火星移住計画が一段落した後に各国で活かされ、それまで閉塞していたエネルギー問題や環境問題をほぼ克服するという結果を導いた。
我々地球人類は巨大なエネルギーを巨大な設備で燃焼や爆発によって得てきた。しかし、彼らは太陽や水や大地のエネルギーを少しずつ借り受けるという方向性で発達させてきた。人類が見失っていたその「エネルギー」の概念を彼らは改めさせてくれた。
それは後のこととして、この火星移住計画の第一段階と言える宇宙船、重力場発生装置、その建設に関わる機材、ロボットの完成は、当初の見込みを大きく裏切り、三か月ほどで各製造工程を終えた。
全世界的なネットワークが技術的な問題や時々にぶつかる作業上の困難を、早急に解決する可能にした結果であった。
火星への宇宙船の派遣は、オリンピックが終わった一か月後と決定された。オリンピック期間中は、やはり、どの国もそれなりに落ち着かないから、という理由は素直に受け入れられた。
一説に、NASAのメンバーがオリンピック中の打ち上げを強力に反対した、という噂が流れたが、聞かなかったことにしてあげた。
火星開発
宇宙船の打ち上げは無事に行われた。慣例上「打ち上げ」という言葉を用いているが、今回の出発に際しては異星人の理論を活かして滑走路からの離陸となった。かれらの理論が充分な加速とそれによって生じる空気抵抗の軽減を可能にした結果である。
最初の宇宙船は、まず、十数人という少人数で向かい、現地に工業用ロボットと、ユニット化されている資材で小規模のドームを設置し、重力発生装置敷設のための基地を作る作業の準備をすることを目的とした。
ドームの設置は恙なく完了し、工業用ロボットによる、重力発生装置の設置場所の整備を始め、地球に第二陣の出発が依頼された。
地球上では第一陣の成功を喜びつつ、すでにスタンバイしていた第二陣の派遣が実施された。今回は宇宙船五基と二百五十人と、一気に規模が数倍となる。四基の発生装置の建造を現地で監督するためのメンバーと本部及び大規模ドームの設置メンバーである。
各機体はそれぞれの資材とメンバーを乗せて無事に先行部隊と合流し、すでに整地の完了した発生装置建造場所に小規模のドームを設置して発生装置の建造が始まった。
作業はすべて工業用ロボットが行うが、現地でのデータの修正、プログラムの修正などは人間のスタッフが行う。AI化は進んでいるが、まだ人間の出番は残っている。特に今回のプロジェクトは全くの未知の現場であることから地球ではそれぞれの道の「プロ」と呼ばれる人々に依頼し、ネットワークを張った。トンネル、ダム工事はもちろん、五大陸最高峰制覇の登山家、深海探査の専門家、森林火災の対応チーム、日本の宮大工の棟梁まで、あらゆる分野で、自然と向き合い、その場で対応してきた人々の知恵を借りようということで考えられたプロチームであった。
結果、このチームは大変有効に活用された。
マニュアル化、データ化されていない事象に経験的に対応し、問題を解決してきた人々の「知恵」の偉大さを、人類は改めて知らされることとなった。
工事は順調に進み、二か月後にはドーム、発生装置の完成。いよいよ重力場発生装置の試験運行、稼働という段階に達した。
ここでまた、メンバーの交代となる。これまでは技術者や研究者も一定の訓練を受けた者たちで構成されていたが、火星開発の目的は火星への移住である。一般人が暮らしていけなければ意味がないので、試験的に火星に大気が安定するのに要するとされる三か月、ドーム内ではあるが仮に暮らしてみようという計画である。
火星移住
今度の船団は大規模となる。宇宙船二十機、ほぼ旅客機の仕様となっている。そして、ロシアと中国の宇宙船も加わることとなっている。これはもちろん、アメリカだけで運航していくことの問題もあるが、現実問題、ニ十機の宇宙船を一気に建造し、さらに打ち上げる(?)ことが不可能であるという事情もある。アメリカが十機、ロシアと中国が五機ずつを担当する。乗員はまずは各国の研究者、技術者一つの船に十人ずつ、今後の移住を考えて自国の国民は五人までとし、残りは各国のメンバーを乗せる。続いて一般人だが、これはさらに多様化するために、自国民三十人、
他国民六十人として一機に百人が乗り込む。
各宇宙船は移住に利用するため、それぞれ五百人以上の乗員が可能だが、今回は試験的なうんようであるため、百人と決まった。これはパイロットを含めた人数であり、客室乗務員はいない。研究者の中には航空運航の専門家もおり、一般人の中にも、意図的にキャビンアテンダント等の経験者を数名ずつ配置している。
火星に向かう一般人としては各国で人口と国情を元に配当数を決め、各国で公募することとなった。その際、男女比は均等であること(家族の申し込みも可なので、多少の誤差は生じるが)、幅広い年齢層にすることとなった。もちろん現実問題として八十歳以上の高齢者や各国の就学年齢の児童・生徒は国ごとに配慮された。結果として日本人では健康上の問題がないと判断された八十歳以上の夫婦一組と、学校側が短期留学と認めた高校生二名が含まれた。
火星での重力場発生装置の試験運行が終わり、稼働が開始される頃、地球では三国の宇宙センターから合計ニ十機の宇宙船が飛び立った。
火星居住
ドーム内での試験的な共同生活が開始された。今後のことを考え、二千名は二百名ずつ十か所の居住地域に配分された。民族は人数比に合わせてどの地区も均等に入り混じっていた。公用語は英語、しかし、今回はロシア人、中国人の比率が多いため、ロシア語と中国語が第二外国語と指定された。この事情は後に大きく変化する。
すでに仮の区役所・病院・学校・ショッピングモールは設置されており、交通機関はトラム(路面電車)が採用されている。実際には電磁的な動力で運運行されるバスなのだが
「トラム」の名称が採用された。
住民にはマンション型の部屋が与えられ、内装は住人の好みで出発前に提出していた様式にされている。希望者にはテレビも設置されていて、自国の番組をオンタイムで観ることができる。
こうして人類の火星での生活が、試験的にではあり、ドーム内ではあるが、始まった。
人々は、環境の守られた空間で、快適に暮らしていた。ある地区では希望があり、「会社」が設立された。これは仕事がないと「生活感がない」という住民の要望に応え、ビル内の一室に架空の会社名を掲げ、その住民は長期休暇を取っていた地球での職場と連絡をとってオンラインで在宅の仕事をすることとなった。これがその地区、さらに他の地区にも伝わり「仕事」をする住人が増えてきた。
また、今回の募集で無理を言って各国から数名ずつ集めてきた農業従事者には、田んぼと畑が与えられ、これも事前準備で調べてあったその地区の共有できると思われる土での農業が始まった。
さらに休日の過ごし方としてスポーツが望まれ、各地区にサッカー場やテニスコート、体育館が作られた。これらは事前にユニット化されて簡易に設置できるように準備されていたものであった。
二週間ほど経ったころから、意外な現象が起こり始めた。どの地区も、街に日本語が広がり始めた。
元々、危険物以外の持ち物の制限が無かったため、日本のマンガ、アニメ、ゲーム機が大量に持ち込まれていたのであった。また、各国のテレビ放送をオンタイムで観ることができるため、日本のアニメのオンエアを希望する者が多く、これも影響した。
日本人、日本語の話せる者のところに人が集まり、さながらアニメを観ながらの日本語教室の態をなしてきた。そして、日本語が広まった。
大気
大きなトラブルもなく二か月が過ぎた。それぞれの民族がその生活習慣を保ちながら、共有すべきマナーや習慣を身に着けてきた頃、本部から大気の安定が火星、地球に報告された。まだ完全ではないが、順調に大気は安定してきており、自然環境は整っていないが、ドーム外に出ることも可能であるということとなった。
地球では第二次の仮移住者の募集が始めった。
二年後の本格的な移住に備え、今後三期に」分けて仮移住を行う。第二期は四か月、第三期は八か月、第四期は一年と次第に期間を延ばしていきながら様々な民族、年齢のデータを記録し、火星移住への最終決断を下すのである。
国連
並行して、今回の火星移住計画を管轄する国連は移住者の選定の仕方に入っていた。
実は、この火星移住計画が発表された直後から、世界中で「難民を火星に放り出つもりなのか!」という抗議行動が、いわゆる「人権団体」によって行われていた。天皇陛下から進んできたこの計画の流れを考えれば、そのような結論になるはずはないのだが、抗議行動は治まらない。挙句に「今、火星に行っている人たちは、すべて各国政府、つまり国連の回し者、つまりアメリカのスパイだ。」と言い出す輩まで出てきた。
何を言っても受け入れない人々は別にして、不必要な風評被害は避けなければならない。
まず、「難民を火星に送るという考えは一切ない」ということを確認した。そして、まず世界中の国家を少数民族に対し、希望する居住地と居住形態を聞き取りした。国家として独立したいという希望があれば、その可能性を探った。そして、その少数民族が居住している地域が属している国との交渉に入った。
この間の様々な⑦出来事の変遷で、各国家っとも可能な限り受け入れる状況になっていた。客観的に民族の希望と国家の状況から実現が不可能と考えられる民族のみ、希望の環境を実現しての火星への移住を勧めた。その結果ほとんどが妥協して地球に留まることを選んだ。
また、難民については本来その人々が暮らしていた土地、地域の回復を目指した。難民を産む原因となった紛争については、ここ数年の世界の動きでほとんど軍事衝突は起こっていない。紛争で傷ついた土地の復興は、原則としてその当事国が行うとしつつ、多くの国連が行われた。ただ、この際難民たちに提供されていた世界中の王侯の資金が利用された。
また、都市戦闘状態になって逃れてきた人々については、その国の復興そのものが課題となった。これも国家自身による再生を国連が援助するという方法がとられた。しかしどの対策も、援助に頼ると国家自体の脆弱性が解決されないので、国家の真の自立を促すことは忘れない。
そして、領土問題についてはあくまで当事者間の話し合いということになった。しかし、指定された一定の期間に解決しない場合、その土地は「国連の管理地」となることとなった。その結果、領土問題と経済的問題の相関関係でほとんどの問題が解決した。「領土」という国の面子より、経済的和解、妥協が優先されたということだ。
こうして、全世界的に平安と充実を求める機運の高まりの中で、地球は次第に多くの人が求めていた世界になっていった。
自然環境
火星では大気の安定が確認され、いよいよ自然環境の形成の段階となった。ここだけは直接異星人の力を借りなければならない。
地球からあらゆる植物の種子、苗が搬送され、これも地球から搬送した土に植えていく。
異星人たちは自らの宇宙船で火星に向かい、その準備された大地の領域を広く輪になって囲み、手を合わせ身を寄せ、手をかざす。すると植えたばかりの種子や苗が見る間に育っていく。そして、一定の大きさや成長具合になるとその成長はストップする。後は時間をかけて自然に成長していくのであろう。緯度の差によるそれぞれの環境に合わせた植生の各地域で、異星人たちは同じことを繰り返した。同行した地球の人類は「魔法」を目の当たりにしたのだ。
この後、火星の一年間、地球のおよそ二年間で植生は安定し、一定の自然環境が形成されると異星人たちは言っていた。今は当然信じられる。後は二年後の美しく豊かな自然の姿を待つばかりとなる。
移住者
地球では移住者の募集、選別が本格的に始まっていた。各国が、国の規模(人口・経済力・領土面積)に関わらず百人、国を持たない民族は希望に応じて五十人までを基準に応募者の中から推薦者を出し、それを国連に設けられた移住計画推進チームで半数ずつを選別する。その際、男女はもちろん、年齢、人種等均一になるようにはかる。個人の経済力や地位は一切考慮しない。という原則で膨大で煩雑な作業が繰り返された。もちろん、コンピューターによって基本的な選別は行うが、それぞれの国から送られてきたデータに不備や間違いもあるので、最終チェックは人間が行う。
こうして二年が過ぎ、火星の自然が安定したことを確認して、およそ三十万人の移住が実施された。もちろん、今後も火星の状況を見ながら移住者は増やしていく予定であるが、まずは本格移住の第一陣ということである。
火星ではすでに十の地域に分けられた居住区が準備され、住民はあらかじめ希望を募って振り分けられた居住区で生活を送ることになる。各地区はそれぞれ自治体としての機能を備えていて、地球での経験と希望によって公務員として従事する住人もいる。平均的な都市の平均的な機能を持って各地区はスタートする。将来的には選挙によって自治体の長を決めていく予定である。
これらの地区を統合して「国家」と認めることとなった。国の名前は火星の英語名をとって「マーズ連邦共和国」となった。地球に新しい国が生まれたのである。
通貨は火星のラテン語である名「マルス」
と決定されたが、紙幣、硬貨は用いず、すべて仮想通貨とされた。
各地区はそれぞれ選挙によって公用語を決め、あらかじめ用意された数パターンの憲法・法律の中から、これも投票によって選ぶ。
学校制度がスタートする。どの地区も人種・民族の偏りがないように構成されているので、「当たり前」がほとんどない、その都度話し合い理解しあって互いにとって集団に、とって良い方向を選び取っていく。国の中央事務局には各国、各民族の可能な限りの風俗・習慣がデータ化されており、当事者が問い合わせるとそのデータで対応する。例えば、ナイフとフォークの食習慣を持つ人の隣で、素手で食事をしている人がいて、マナーとして訴えがあると、世界でどれほど多くの人が素手で食事をする習慣を持っているかが示され、「素手での食事」そのものはマナー違反と言えなくなる。理解を得た素手で食事をする人は、自分の食事の仕方のどこに不満があったかを相手に尋ね、相手に不快感を与えないように配慮する。新たに問題となった習慣はすぐにデータとして登録され、国民全体に知らされる。
そしてこれらの事象はすべて、地球にフィードバックされ、どのように解決されたかが報告される。地球も、火星も、日々が新たな文化との遭遇となっていった。
当初、一年後を予定していた第二次の本格的な移住は、火星での生活が好調なことと、移住を希望するものが多いため、半年後と変更され、すぐに三か月おきとなった。地球の人口は少しずつ減少し、その減ったところに解決しきれていなかった難民であった人々が移住してきた。
日々火星からの報告を受けている人々は、受け入れる側も、移住してきた側も、それぞれの風俗習慣を尊重する姿勢が生まれており、どこも順調に溶け込んでいった。
地球上では少しずつ日常生活に変化が生まれてきた。例を挙げると、日本の通勤列車の混雑率が八十パーセントほど緩和した。これは火星への移住者による都市部の人口の減少だけの問題ではなく、日々様々な国家・民族の文化を知らされることで、企業が自社の事業の形態に添った出社、退勤時間を設け始めたとともに、人々が横並びではない、自分の業務に適した就業時間を選ぶように変化したことも大きな原因であった。さらに、仕事の効率・企業の業績は世界的に驚くほどアップしていった。
スクランブル
こうして、神々、異星人、との交流で地球は次第に、確実に変わっていった。異星人の受け入れについては、まだ何も決定されていないが、多くの人が楽観視しているようであった。
そうそう、異星人のことである。日本語はの会話はすでに何の問題もなくなっていた。そして、彼らは大学で、街で人気者となり、それぞれに職を得ていた。
グランパとグランマは、高齢で店を閉めようと考えていた学生に人気の喫茶店のオーナーとなった。オールドアメリカンテイストに改装したその店は、周囲の景観ともマッチして以前にもまして盛況であるとのことだ。
ダディはなんと、大学の講師になっていた。
異文化交流に関しては桁違いにベテランの彼は、その経験を学生たちに語っている。マミーは学食の厨房で腕を振るっている。人類とは異なる味覚(?)で作る料理を褒められてからすっかり、地球の料理にはまり、その腕を見込まれて採用された。彼女の野菜料理はまるで魔法のようだと学生たちに評判だ。本当に魔法(?)をかけているのかもしれない。
お兄ちゃんとお姉ちゃん(「お兄ちゃん」という呼称に引きずられて、彼女はこう呼ばれるようになっていた)は駅前のショッピングセンター内のトイザラスに勤めている。二人とも子供たちに大人気だそうだ。また、お兄ちゃんはテレビゲームの達人の異名を誇っている。お姉ちゃんは女子中高生のファッション界ではカリスマとなっていて、時にアパレル店にも呼ばれるらしい。
ケンジくんは・・・近隣の農家からオファーがあって畑仕事に勤しんでいる。各局の取材が絶えないそうだ。いるらしい。
うまるちゃんは本人の好みとはまったく関係なく、そのキャラクターのキャラで、並木けやき通りの老舗のお菓子屋さんにスカウトされた。マミーと同様の独特の味覚でお菓子作りにも貢献していたが、今や慣れてしまってためらいも無くなり、日によって二頭身キャラと八頭身キャラで店頭に立っているだけで客が殺到するということだ。
こうして、スクランブル交差点で有名な渋谷に、スクランブルガーデンができ、サーチライトの交差することから始まった神々や異星人とのスクランブルは地球の人種、民族のより良い交流からさらに大規模の異星人とのスクランブルに向かって行くのであった。