この瞬間のために、生きていく。
――死んでしまいたいと、そう思ったことはあるだろうか。
私自身、何度かそう思ったことがある。産んでくれた両親や、私がこれまで出会ってきた全ての人に申し訳なくて、表に出せなかった本音。それでも堪え切れなくて、幾度か零した言葉。
もし、一度でも死にたいと思ったことがあるならば、この話を読んでほしい。思ったことがなかったとしても、知ってほしい。読んで、何か得るものがあったなら幸いだ。そういう気持ちで、今この文章を書いている。
それでは。――異界に住んでいるわけでも、何か特別な能力を持った物語の主人公でもない、現実世界に住む私の話を始めよう。
私はいつも、自分が他人にどう思われているのかを考えていた。
実際は、私ひとりのことなど、皆そこまで気にしていないのだろうと思う。けれど、考えてしまうのだから仕方ない。空腹時に、食べ物のことを考えれば余計お腹がすくのは分かっていても、ジュウジュウと音を立て、噛みしめると肉汁があふれ出てくるハンバーグの想像を振り払えないのと同じことだ。……すまない、忘れてくれ。
ともかく、人に迷惑をかけるごとに、その考えはどんどん広がっていった。申し訳なさと自分の情けなさに、泣いたことも数えきれないほどある。
そして、私は人の目ばかり気にしているような、そんな自分が大嫌いだった。
この世から消えてしまいたくて、だけど怖くてできなくて。
そのとき、気付いた。――私は決して、死にたかったわけではないのだと。
私は、ただ逃げ道を探していただけだ。生きていく上で避けられない辛苦から逃れたかった、それだけ。
命ある生き物に待つのは、死だ。死に瀕したとき、どんな苦痛を味わうのだろう。それを越えた先に、何が待つのだろう。――分からないことが、たまらなく恐ろしかった。
死が怖くなった私は、生きるしかないと思って、日々を過ごしてきた。
自覚してから、嫌なことについて考える時間は減ったように思う。でも、恐怖は不意に心を覆った。
外出したとき。ひとりで自宅にいるとき。体調を崩したとき。
味わう恐怖は、胸を締め付ける感情は、前よりも大きくなっていた。
生きていくのは怖いけれど、死ぬのも怖い。いや、多分この二つの恐怖は突き詰めれば同じなのだろう。
逃げることは許されない。――当時の私は、前も後ろもふさがれているような気がしていた。
さて。
当時、と言ったが、今に至るまでにその考え方は変わった。
――生きるしかないのなら、何を目的に生きていくか、という方向へ。
私が今回自分のことについて書いてみようと思ったのは、答えだと思えるものを見つけたからだ。
目的とは、ハンバーグを食べること……というのは嘘だ。私の好きな食べ物はハンバーグではなくエビピラフである。
冗談はさておき、私が答えを見つけたきっかけは、ドライブしていたときに見た夕焼けだった。
オレンジ色に染まった世界は、息をのむほどに美しくて。私は胸の奥から、何かが突き上げてくるのを感じた。
――そのときの感覚を、私は多分一生忘れないだろう。
涙があふれたわけでも、何か言葉を口にしたわけでもないけれど――静かな興奮が、私の中に広がった。
興奮が静まったとき、私の胸に降りてきたのは、生きてきて良かった、という思いだった。
私は何の変哲もない、言ってしまえばただの夕日に感動したのだ。
何だそんなことかと、笑うならそれでもいい。――私は確かに、心にかかったもやが取り払われたような気がしたのだから。
私は、生きていて良かったと思える瞬間のために生きよう。
人生が苦難の連続だったとしても、そう思える日はきっとあるから。
――それが、私の出した答えだ。
私の答えが、全ての人に当てはまるとは思わない。これは、誰かに教えられて理解するものではなく、自分自身で見つけるしかないものだ。
私に対して、上から目線に何をと、自分の気持ちなんて分かるわけがないと思う人もいるだろう。それは事実かもしれない。私自身も、そういう言葉を口にしたことがあるから。
だけど、私は今、別の思いを抱えている。――他人は私の気持ちを理解できないのかもしれないけれど、私も他人の気持ちを考えたことはなかったのだと。
考え方が変われば、感じ方も変わる。その考え方の変化はきっと、誰しもに訪れる。
私がそうだったように。ここまで私の話を読んでくれたあなたにも、いつか訪れることだろう。
最後に。
この文章が、あなたの変化のきっかけとなったならば、それは私にとっても喜ばしいことである。
璃依