第19話 調印式での宣言
今日はアルパスカの王城で調印式がある。
俺は調印式の準備を整え、アルパスカ王城へやってきた。
今回もマーガレットが一緒だ。
「マーガレット、俺の服装おかしくないかい?」
「立派ですわよ。堂々としていれば立派な国王様ですわ」
「動きづらくて落ち着かないんだけど」
「今後はそのような服を着ることも多くなります。慣れておいたほうがよいですわ」
「え~、それは嫌だなあ」
「せっかくアリステラが作ってくれた服ですのよ」
「それを言われると弱いや」
野盗を撃退する仕掛けや城地下の大部屋など全てアリステラに作ってもらった。
急ぎなので服の仕立てもアリステラにお願いした。
アリステラならあっという間なのだが、ちょっと頼りすぎかもしれないな。
俺も【能工巧匠】スキルはアリステラから学んだので使えるけど、魔力量の差でアリステラがやったほうが早いんだよね。
王城の門番に調印式に来たことを伝えると、俺の顔と服をじろじろ眺め始めた。
あれ?この人俺が王国流剣術を教育した中にいた1人のはずなんだけど。
「あ、あの。失礼ですが本当にチェスリーさんでしょうか?」
「え、ええ。先日教育したものです」
「えーと、そのおひげはどうしたでしょうか?」
「あ、これのせいか」
俺は付けひげを外して素顔を見せた。
「ああ!チェスリーさんですね。いやあひげがあると別人に見えますね」
「いやあ、アルパスカ国王様に習って威厳があったほうがいいかなって」
「なるほど……え!?国王様って付けひげなんですか!?」
「あーー!今の聞かなかったことにして」
「は、はあ、わかりました。それでは案内いたします」
やばいやばい。
教育で仲良くなったせいか話の流れでアルスの秘密をばらしてしまった。
マーガレットに腕をつねられ少し痛かった。
案内されたのは調印式の場ではなく、先日アルスと話した小さめの部屋だった。
調印式の打合せでもするのかな。
しばらく待っているとアルスがふらふらと部屋に入ってきた。
「チェスリー、待たせてすまなかった」
「いや、そんなに待ってないけど」
「返答が遅れたことだ。もっと早く返答しようと思ったんだがな」
「ああ、こっちも何かと忙しかったし準備が間に合ってちょうどよかった」
「じゅ、準備!?そ、それは仕返しとかそういう……」
「いやいや、調印式の準備だよ」
「あ、そっちのことか。いやあ、チェスリーはそんなことしないと信じてたよ」
「おい、その前の仕返しってどうこうことだよ返答にあった和平条約に賠償金といい、何かおかしくないか?」
「はああ!?俺が何のために徹夜までして急いだと思ってるんだ」
「だから何のためか教えてくれよ」
「お前の国を襲撃させたバカがいたことに決まってるだろうが」
「え?……襲撃はあったけど、あれは偶然近くに野盗の拠点があったからだよね?」
「……え?」
「え?」
どうもアルスと話が噛み合わないので情報を整理することにした。
その結果、野盗と思っていた元冒険者集団はオリビス公爵の息のかかった組織らしい。
俺の国を襲撃するよう指示したのもオリビス公爵だ。
もっともオリビス公爵はクヴァリッグ王国に戦争仕掛けたとは思っておらず、単に辺鄙なところにある奪いやすそうな城と農場を手に入れるつもりだったようだが。
だが知らなかったとはいえアルパスカ王国の公爵がクヴァリッグ王国に襲撃を仕掛けた事実は変わらない。
何とか穏便に済ませようと急いで譲歩した返答を作成し、さらに調印式までにオリビス公爵と関係者の処罰を決めたのだ。
「そうだったのか……先に話に来てくれたらよかったのに」
「戦争を仕掛けた相手にのこのこ話にいけるわけないだろ!」
「でも被害もなかったわけだし」
「それが一番怖いんだよ。冒険者崩れとはいえ150人が何もできず捕まったそうじゃないか。敵に回したらと想像するだけで恐ろしい」
「……うーむ、確かに恐ろしい」
「いや、お前の国が相手なんだけど」
「仮に俺の国のメンバーを敵として戦術を考えてみたら全く思い浮かばなかった」
「……やっぱり最悪の事態を想定して正解だった。さすがのチェスリーでも怒ってるんじゃないかと思ってな」
「そっか、無理させてすまなかった」
「はあ……それにしてもオリビスのことを知らなかったとは。譲歩する内容を変えるつもりはないが、ここまで無理する必要はなかったわけだ」
「事情も分かったし賠償金は必要ない。内容を変えても構わないよ」
「いや、今から変更は返って手間がかかる。襲撃は事実だし受け取ってもらわないと詫びにならない」
「そこまで言うならありがたくいただくよ。それじゃせめて疲れは癒しておく」
俺はアルスに完全治療の魔法をかけてあげた。
かなり疲労していたようだが、これで大丈夫だろう。
「おおお、やっぱりチェスリーのヒールは一味違う。眠気まですっきりだ」
「言っておくがこのヒールだって万能じゃない。魔力の循環を速めて治癒力を速めるものだから、栄養はその分しっかりとるようにしてくれ」
「へえ、そういうものなのか。調印式の後で会食の予定だ。そこでしっかり食べるとしよう」
「そんなのあるの?緊張しそうだし、調印式が終わったら帰りたいんだけど」
「そういうなよ。ケイト譲の食事が美味いのは認めるけど城の食事もなかなか美味いぞ」
「味は問題じゃなく作法を知らないんだ」
「心配するな。俺の個室に運ばせるから作法なんぞ気にしなくていい」
「お、それならいいね」
「よし調印式の打合せをして、堅苦しいのはさっさと終わらせよう。いろいろ話したいことがあるんだ」
「ああ、了解だ」
調印式は2つの同じ内容の書類をお互いに確認することから始まる。
内容に問題なければ互いに印章を押印する。
その後簡単な挨拶を行い終了だ。
……挨拶!?
「アルス、挨拶で何をしゃべればいいんだ?」
「お決まりの内容でいいんじゃないの」
「国王初心者にお決まりとかわからないよ」
「マーガレットならわかるだろ。丸暗記するか例の頭に直接伝わるやつで教えてもらえ」
「あー、それなら大丈夫だ」
「マーガレット頼むぞ。俺としても立派な国と手を組んだところを見せたいからな」
「お任せくださいませ。挨拶をどうするかは決めていますわ」
こういうとき公爵の娘であるマーガレットの存在はありがたい。
挨拶も準備済みとは頼りになるね。
調印式が始まった。
謁見の場に厳かな音楽が流れ、俺とアルスは書類の準備された長机まで並んで歩いていく。
周りには大臣たちに加え、貴族の面々がずらっと並んでいる。
お、プリエルサ公爵様とエドモンダ侯爵様がいた。
マーガレットはプリエルサ公爵様の隣にいて会話してるようだ。
席に座り書類の内容を確認する。
うん、返答にあった内容と同じで問題ない。
ここで作ってもらった印章の登場だ。
印章には国名を見栄えよくデザインしたものを刻んである。
アルパスカ王国の印章も同じようなデザインらしい。
押印を済ませアルスと握手をしたのち、ついに挨拶のときだ。
マーガレットはどんな挨拶を考えたのかな。
【以心伝心】を発動し、マーガレットに聞いてみることにしよう。
{マーガレット、挨拶で話すことを教えてくれないか}
{おほほ。ヴェロニアさんと相談して決めましたの}
{え?何を決めたの?}
{挨拶はチェスリーさんが国について思うことをお話しください。そのほうが上手くいくと言ってましたわ}
{いやいやいや、いきなりそんなこと言われても困るんだけど}
{みんなにも【以心伝心】で伝わるようにしていますわ。頑張ってくださいませ}
{えええ!}
まさかいきなり本番で挨拶を考えることになるとは……。
ヴェロニアが上手くいくと思ったのはなんでだろう。
大勢の前で話す経験なんて……あっ教育のときは大勢の前で話してるのか。
スキルの話ならいくらでもできるから、つい話が長くなっちゃうんだよな。
でもこの場はスキルの話題じゃないし……。
国について思うことか……。
クヴァリッグ王国はまだ国民すらほとんどいない国だ。
でも生活に必要なものは驚くほど充実してるんだよな。
国づくりのきっかけはメンバーの目標に協力するためだ。
俺の目標に協力してくれた仲間たちへの恩返しでもある。
最初は国づくりなんて大げさすぎると思っていた。
しかし、メンバーたちの桁外れなスキルは国ですら収まらないのではと考えをあらためた。
そして国づくりを決心したのは――
「――クヴァリッグと和平を結び同盟国となればアルパスカの更なる発展に繋がると確信しておる。以上だ」
挨拶を考えている間にアルスの挨拶が終わったようだ。
盛大な拍手が鳴り響いている。
「チェスリー、お前の番だ」
「あ、ああ」
さて腹を括っていこう。
下手に取り繕わず今話したいことを話せばいい。
「みなさん本日はアルパスカとクヴァリッグの調印式にご参列いただきありがとうございます」
参列した人たちにクヴァリッグを知ってもらいたい。
「この場をお借りしてクヴァリッグについてお話しさせていただきます」
特にお世話になったプリエルサ公爵様とエドモンダ侯爵様にしっかり伝えたい。
「クヴァリッグという名を聞いたことがある人もいらっしゃるでしょう。十数年前に滅んだ町の名です」
クヴァリッグは俺の原点であり、国で実現したいことにふさわしい名だ。
「魔物被害により失われたものは多い。魔物以外にも病気や障害といった理由で機会や時間を失っている人もいるでしょう」
国づくりを決心したのは、様々な失われたものを取り返す機会だと思ったからだ。
「クヴァリッグの目標は失ったものを取り返し今後も失わせないことです。大それた目標ですが、国の仲間たちと協力し実現できると自負しています」
頼りになる仲間たちには大それた目標こそ相応しい。
「アルパスカ王国と共に発展できるよう努力することを誓います」
アルパスカが平穏であってこそのクヴァリッグだ。
俺たちの国は多数の人を受け入れることはできないしな。
「ここにクヴァリッグ王国の建国を宣言します!」
アルスのときより小さめだが、みんな拍手をしてくれた。
あまり事情を知らない人にとっては、よくわからない挨拶だっただろう。
今は大勢の人より本当に伝えたい人だけに届けばいい。
俺たちの目標は人のためだけでなく、自身のためでもあるのだから。