第17話 襲撃者たちの選択
クヴァリッグ王国への襲撃者たちは縛られた状態で寝転がされていた。
全員まだ目を覚ましていないようだ。
「旦那、少々疲れやした。回復してくだせえ」
「あ、俺もお願いします。これだけの人数を一度に縛り上げたのは初めてですからね」
ジェロビンとグレイスが治療を依頼してきた。
2人にとって滑り落ちて混乱した状態の相手など問題なかっただろうが、さすがに人数が多くて疲れたんだな。
魔力視の眼鏡をかけ2人を診察したが怪我もなく単に疲労しただけだ。
俺は黒と白の魔力色を交互に流す治療の魔法を発動する。
この治療魔法で魔力の循環を速めることで体力の回復を速めることができる。
「へっへっ、いい効き目でやす。すっかり回復しやした」
「ありがとうございます」
「うん。それでこの人たちいつ目を覚ますの?」
「最初のほうに捕まえたやつらはそろそろでやすね」
「わかった。みんな隣の部屋に移動しよう」
「「「「「はい」」」」」
俺たちは大部屋をこっそり覗ける隣の部屋に移動した。
しばらくすると1人が目を覚ました。
「こ、ここはどこだ……あ、あれは……うわああああああ!!!」
男は突然叫び声をあげた。
視線の先にあるのはアメリアの作った人形をアリステラに巨大化してもらったものだ。
初期のアメリアの作品に比べると大人しめな感じだし、神々しい雰囲気を出すにはいいかなあと思って作ってもらったんだけど。
ひょっとしてアメリアのデザインに対する慣れも一般と認識がずれているのか!?
男が叫んだせいで次々に周りも目を覚まし始めた。
同じように人形を見て叫ぶもの、周りと言い争いを始めるもの、魔法を使ってロープを解こうとするものなど一気に騒々しくなった。
{静かになさってくださいませ。騒がしいですわよ}
マーガレットが【以心伝心】を発動し、部屋にいる全員に呼びかけた。
突然頭の中に声が響いたことに驚いたのか、今度は静まり返った。
{私はスキル神メタトロン様の意思を伝えるものですわ。あなたがたの傍若無人な行動に神はお怒りですわ}
――ざわざわざわ
{その証拠にあなたがたのスキルは封印いたしました}
「え、ああああ!スキルが使えねえええ!」
「ぐうう、こんなロープ俺の【剛力】で軽々……全然だめだああ!!」
「ま、魔法が発動しない!」
「うわああ、俺の俺の【察知】が全く反応しねえ!」
「頼むううう!スキルを!スキルを返してくれえええ!」
「俺の!俺の自慢の魔法があああああ!」
うーむ、まさに阿鼻叫喚。
魔力封じのロープ恐るべし。
スキルというより魔力が使えないのだが、結果スキルが使えないので全くの嘘ではない。
いきなり鍛えたスキルが使えなくなったら……俺もうろたえるだろうな。
「けっ!みんな騙されんな!!魔力の流れがロープにいってやがる。スキルが使えねえのはそのせいだ!」
魔力封じの仕掛けに気づくものがいたか。
全てのスキルは魔力が関連しているとクラン『黄金の翼』で教育してるときに広めたからな。
王都を行き来しているなら知っていてもおかしくない。
なのでそれに対する言い回しも考えてある。
{その通りですわ。でも結果スキルは封じていますし、反省がなければロープが外されることはありません。本当にスキルを永久に封印することもできますわよ}
――シーン
再び場に静寂が訪れた。
ロープを力任せに引きちぎろうとしても無駄なことはわかっただろう。
魔力吸収はイビルアイという魔物の魔眼が素材だが、ロープに加工するときにギガントサイクロプスの皮を織り込んである。
【剛力】スキルの上級ですら引きちぎるには苦労する代物だ。
さらにスキルの永久封印もはったりなどではない。
魔力封じをロープではなく首輪に変更するのだ。
首輪はアリステラの【能工巧匠】でドラゴンの皮を加工した特別製で滅多なことでは傷すらつかない。
首輪を外せない限りスキルは永久に封印される。
ちょっと素材は貴重だがスキルの悪用を防ぐためにはしかたがない。
「お、おい。どうするよ」
「どうもこうもねえだろ。スキルが使えねえなんて俺はごめんだぜ」
「永久……俺の鍛え上げた【嗅覚】が……酒の楽しみが半減しちまう」
「ひょっとしてよう。剣術のスキルもなくなっちまうのか?」
「スキルは魔力がねえと使えないんだろ……剣術もダメだ」
一部知人の誰かさんと似たような発言が聞こえたが……。
雰囲気のある人形……は微妙だったが、姿も見せず頭に響く声に魔力封じ。
それなりに神様の使いに相応しい力は見せられたんじゃないかな。
「なあ!どうすれば許してくれるんだ」
{本心から反省し、今後はまじめに生きると誓えば許しますわ。これはあなたがたの生き方を変える機会とも言えますのよ}
「はあ?どういうことだ」
{野盗などやめて新しい人生を始めましょう。衣食住はクヴァリッグ王国が補償いたしますわ}
「く、クヴァリッグ?」
{この国の名前ですわ。まだできたばかりの国ですけどね}
{ふん、お優しいこって。だがな俺たちのようなはぐれものができることなんて特にねえぞ」
{ご安心を。メタトロン様のご加護でスキルを向上させることが可能ですわ。一流の使い手になることも夢ではございませんわよ}
――ガヤガヤ
マーガレットの言葉を聞いて、また一斉に騒がしくなった。
襲撃して捕まったのに更生すれば衣食住の保証やスキル向上までできるなど信じられないだろう。
だが本気で更生するなら嘘偽りなくそうするつもりだ。
「ち、誓えばいいんだな?」
{ええ。ただし偽りは通用しませんのでご注意くださいませ}
「俺はまじめに生きるぜ!ロープをほどいてくれ」
{……不合格ですわ。はい、次に反省したという方は申し出てくださいませ}
――シーン
またも静寂が訪れた。
嘘が見抜けるかどうかは半信半疑かもしれないが、迂闊な発言でスキルを永久に封印されてはたまらない。
それにしてもこの期に及んでまだ誤魔化せば何とかなるなと思うなんて甘すぎだな。
「お、俺は野盗をやめます!これからはまじめに生きると誓います」
{……合格ですわ}
「お、俺……私も誓います。どうかお許しください」
{……不合格ですわ}
話し方や態度を表面上変えたとしてもアメリアの【慧眼無双】は誤魔化せない。
やはり野盗として過ごした期間が長いものほど考えを改めることは難しいようだ。
神の使いとか衣食住の保証など、信じるかどうかは人によるだろう。
何を信じどう選択するか。
生きていくうえで幾度となく遭遇する場面である。
襲撃でなすすべなく捕まってしまった。
ここで人生が終わっていた可能性だって高いのだ。
これでも考えを改めないのであれば、スキルを封じて反省してもらうことになる。
スキルを封じたからといって悪事ができなくなるわけではないが、スキルなしでできることはかなり制限されるだろう。
こうして確認していった結果、合格者は8人だけだった。
この8人は野盗になって日も浅く、生きるためにしかたなく野盗をしていたという感じだ。
魔力封じがばれた時点で神様うんぬんのことが怪しくなってしまったからなあ。
冒険者なら少なからずスキルの恩恵を受けているので、力の差を見せつけたうえでメタトロン様の名を借りれば改心しやすいかなあと思ったけど。
今回の反省を生かして次に生かそう……って何度も襲撃されるのは嫌なんだが。
まあ8人だけでも本心から反省してくれてよかった。
「合格した8人は別室へ案内しよう。残りは魔力封じの首輪をつけるぞ。ジェロビン、グレイスよろしくな」
ジェロビンとグレイスは大部屋に入り、素早く不合格者を再び気絶させていく。
合格した8人は次々と気絶し寝かされていく様子を呆然と眺めていた。
「何をやってるのか全くわからない……」
「こんなの敵うわけないよ……」
「お前さんらはこっちでやす。グレイス案内してやるでやすよ」
「「「「うわああ!」」」」
気配遮断をとめたジェロビンが声をかけると驚きの声があがった。
目の前にいきなり人が現れるのって、やっぱり驚くよね。
俺も何度やられても慣れなかったからなあ。
「さあ、みなさん。別の部屋で今後のことをお話します。ついてきてください」
グレイスが魔力封じのロープを外し、別室へ案内していった。
別室ではケイトさんが美味しいお茶をいれてくれるはずだ。
たちまち更生してよかったと心から思えるだろう。
「アリステラ、悪いが俺と一緒に首輪をつけるのを手伝って」
「はーい!行きましょう!」
魔力封じの首輪はあらかじめ用意してあるので首につけて接合部分を加工スキルでくっつけるだけでいい。
襲撃準備で一番働いてもらったのはアリステラだ。
襲撃者を誘導するための道、魔力封じの首輪、人形などアリステラがいなければ短い期間で準備することはできなかった。
「チェスリーさん、この方たちはどうするのですか?」
「元の場所に帰すよ。ただし禁止薬物は回収させてもらうけどね」
「回収?処分するのではないのですか?」
「ヴェロニアに教えてもらったんだけど、禁止薬物は適正に使えば鎮痛効果のある薬になるそうだ。せっかくだから有効利用させてもらおうと思ってね」
「へええ、そうなんですか。……スキルも使い方を誤れば危険ですものね」
「その通りだ。今回の襲撃にしても戦術を準備していなければ、結果は全く違っていたはずだ。……主に敵のほうがね」
「は、はーい。スキルは注意して使うようにします」
「お互いに気をつけることにしような」
「はい!」
このあと襲撃者たちはまとめて野盗の拠点がある場所に帰した。
拠点には転移使いを含め数人残っていたようだが、瞬時に制圧は完了だ。
ついでに禁止薬物の元となる植物は土壌から丸ごと回収しておく。
後の対処はジェロビンがやると言うので任せることにした。
さて、俺は更生した8人の話でも聞いて何をしたいか教えてもらおうかな。