第14話 気配遮断を見破れ
アルパスカ王国に要求を出してから4日目のこと。
いつ返答がくるかわからないので、俺にしては珍しくクラン拠点の屋敷で過ごしていた。
外に出ないからといって暇を持て余しているわけではない。
このような機会だからこそ、かねてからの懸案を解決するべきである。
現在の懸案はジェロビンだ。
いや、正確にはジェロビンやグレイスの使う気配遮断だ。
グレイスの【暗中飛躍】スキルから生み出された気配遮断は、【察知】スキルを使っても見つけることができない。
スキルで気配遮断を使えるのはジェロビンとグレイスだけだ。
しかし、ヴェロニアが開発した気配遮断のローブにより、簡単な魔力操作ができれば魔道具で同様の気配遮断が使えるようになる。
今のところ信頼できる仲間しか使うことはないが、先日ジェロビンが諜報組織に加わるメンバーの教育を依頼してきた。
教育しても使えるようになるかどうかは素質や努力による。
だが今後もメンバーが増えるなら、気配遮断が使えるものも増えていくだろう。
それに気配遮断が俺たち以外にも使える可能性がある。
もしその相手が敵ならば【察知】で探知することはできない。
やはり気配遮断を破る方法を準備する必要がある。
「そんなわけで協力してほしい」
「はい、かまいませんよ」
今回はミリアンに協力を依頼した。
ミリアンに気配遮断のローブを使ってもらい、俺が見破る方法を練習する。
ミリアンの魔力なら長時間魔道具を使い続けても問題ないし、俺の魔力が不足すれば供給してもらえるしな。
最近ミリアンと行動できてないから……というのもある。
「ではさっそくローブに魔力を流しますね」
「ああ、頼む」
ミリアンが気配遮断のローブに魔力を流すと、すーっと消えるようにミリアンが見えなくなった。
いや、見えているはずなのにミリアンと認識できないのだ。
目の前にいるはずだと、無理矢理思い込んでもいまいち実感できない不思議な感じだ。
いまミリアンが移動してしまえばすぐに見失ってしまうだろう。
簡単に見破る方法の1つは既に思いついている。
魔力視の眼鏡を使うことだ。
いくら体表に流れる魔力が消えても体内に流れる魔力まで消すことはできない。
うむ、やはり魔力視の眼鏡を使えば誰かいることがわかる。
ただ体内の魔力しか視えず、いつもと違うのでおかしな感じだ。
そういえば魔力の色が見えない場合は体表の魔力が視えずこんな風に見えているんだったな。
「あの、チェスリーさん」
「なんだい?」
「魔力視の眼鏡を使っているようですが……その、私の体が視えていますか?」
「ん……あー、いや大丈夫だよ。体内の魔力しか視えないから、その……体の線とかわからないから」
「そうでしたか。すみません、邪魔をしてしまって」
「いや、説明してからやるべきだったね」
「いえ、視えていても別に構わなかったので」
「……え?」
「あ、何でもありません。続けましょう」
「あ、はい」
何となく気まずくなってしまったが、肝心なのはこれからだ。
魔力視の眼鏡を常にかけているのはヴェロニアに怒られるし、視覚に頼る方法では【察知】のように広範囲を調べることができない。
もう1つの案を試してみることにしよう。
「ミリアン、適当にどこかの物陰に隠れてみて」
「はい」
魔力視の眼鏡を外し、ミリアンが移動したのでどこにいったかわからなくなった。
次はメアリが開発した捜索魔法で探知できるかどうかだ。
捜索魔法なら捜索対象の魔力を覚えておけば、遠く離れた場所でもどこにいるかわかる。
捜索魔法を発動!
おお、ミリアンの居場所がわかる。
あの木陰に隠れているようだ。
……え、ということは俺が気配遮断を使ってもメアリにはどこにいるかばれるってことか。
うーむ、あらためて捜索魔法の恐ろしさを思い知った。
それにこれじゃあだめなんだよなあ。
相手の魔力を先に知らなければ捜索することはできない。
「ミリアン、また別のところに隠れてみて」
「はーい」
次が本命だ。
やはり索敵をするには【察知】スキルが最も便利だ。
有効範囲も広いし無機物をある程度無視して探知することができる。
今までの【察知】でダメなら【察知】を改良すればいい。
『黄金の翼』でダンジョン攻略のパーティーに参加したとき、索敵担当のディアルフが使っていた【察知】に学んだことがある。
通常の【察知】は単に魔力を広げるイメージで展開するのだが、ディアルフは波紋のように魔力を展開していたのだ。
波紋の【察知】を使うと索敵可能な範囲が広がるだけでなく、探知した相手の大きさやおおよその形までわかるようになった。
だがこの波紋の【察知】でも気配遮断は見破れない。
ならば波紋の間隔をできる限り狭める制御をすればどうだろう。
試しに波紋の間隔を狭めてみたところ魔力消費が大きくなるが、より正確に探知した相手の大きさなどがわかるようになった。
さらに体表だけでなく内部の魔力が探知できたような気がしたのだ。
今回は魔力を使い果たすつもりで、可能な限り波紋間隔を狭める制御をしてみよう。
波紋間隔を狭めるには、【演算】で鍛えた高速の魔力制御が役に立つ。
これを【察知】に応用し、高速で【察知】の波紋を制御する。
集中して高速で【察知】を発動……う、結構きついぞこれ。
周り全てに展開するのは無理があるので、前方だけに展開させる。
「……見つけた!ミリアン、ここだね」
【察知】で見つけたところへ駆け寄り声をかけてみた。
「はい、いますよ」
ミリアンが気配遮断を止めて姿を見せてくれた。
「私を見つけたということは、気配遮断を破る方法が見つかったのですね」
「うん、とりあえずだけどね」
「とりあえず?完成ではないのですか?」
「魔力消費が多くてねえ。距離は伸ばせそうだけど、方向が前面だけとかになっちゃうんだ」
「まあ、そんなに魔力を使うのですね」
「【演算】スキルを応用して高速の魔力制御をしてるからね。【演算】もミリアンとメアリからの魔力供給がないと満足に使えないしな」
「なるほど。それなら私が隣にいれば解決ですね」
「え、いやそうかもしれないけど、いつも一緒とは限らないし」
「私も転移が使えますし、【以心伝心】で呼んでもらえばすぐ駆け付けられます。メアリさんも呼べますしね」
「そうか、確かにそうだね」
「では私の魔力供給で試してみましょう。また少し魔力量増えたような気がしますし」
「え、まだ魔力量増えてるの」
「何となくそう感じるぐらいで、はっきりはしないですけどね」
「ま、まあいいや。魔力供給お願い」
「はーい」
ミリアンが俺の背中にそっと両手をあて魔力の供給を始めた。
これは気のせいじゃないな。
以前より大量の魔力がどんどん流れ込んでくる。
「も、もういいよ」
「いえいえ、このままスキルを試してみませんか?」
「あ、そうか。やってみる」
高速の魔力制御で【察知】を発動。
今度は全方向に向けて……うわあ、凄いや。
魔力が潤沢にあるおかげで高速の魔力制御が楽々できるうえに全方位に展開できてる。
索敵できる情報量が多すぎな気もするが、これも高速の制御で対応できる。
「これはいい。今までの【察知】とは比べものにならないぐらい索敵の情報量が多い」
「ふふ、どんなところが変わったのですか?」
「えーと、例えば完全に密閉されている場合は【察知】することはできなかったんだけど、今の【察知】なら中までわかるんだ」
「まあ、それは便利そうです」
「そうだろ?……あれ、何だこれ」
「どうかされました?」
「屋敷ってさ、密閉されているようで隙間があるから今までも【察知】は使えてたんだけど」
「ええ」
「1階の奥辺りに誰かいるみたいなんだ。こんなところに部屋なんてなかったよな」
「あ、1階の奥の方に倉庫がありましたね。ケイトさんが整理するのによく使っています」
「いや、ケイトさんじゃないし2人もいるんだよな。体つきから男のようだし……ってこれジェロビンとグレイスだ!」
「え、ジェロビンさんとグレイスさんは他の場所に住んでいますよね。今日は姿も見かけていないですし」
「そうだよな……いや、でもこの特徴は2人に間違いない」
「倉庫に必要なものを取りに来ただけじゃないでしょうか」
「どうだろ。ん?移動しているようだ。えええ、入り口のないところから屋敷の外に出てるぞ」
「おかしいですね……いってみましょう」
「ああ」
ミリアンに魔力を供給してもらいながら、ジェロビンと思われる反応を追いかける。
傍から見ればミリアンに背中を押してもらいながら歩いてるようだ。
「ちょっとチェスリー。あんたミリアンに何やらせてんのよ」
ヴェロニアに見つかってしまった。
【察知】でいるのはわかってたんだが、ジェロビンの不思議な動きを確認したかったしなあ。
「魔力供給してもらってるだけだ。改良した【察知】に魔力が大量に必要でね」
「ふーん、てっきり腰でも痛めたのかと思ったわ」
「その程度ならヒールで治せるじゃないか」
「それもそうね。で、何してんの?」
「【察知】にジェロビンらしき反応があってね。屋敷内にいたはずなのに出入り口のないところから外にでたようなんだ。どうなってるか確かめようと思ってね」
「へえ、それは面白そうね」
「あっ、反応が……気配遮断を使ったようだ。……【俊足】であっという間に行ってしまった」
「チェスリーさん、もしかしてジェロビンさんの秘密かもしれません。ここは見逃してあげたほうがいいのではないでしょうか?」
「うーん、そうだな。……ここは知らないふりをしておいて気配遮断を見破ったときにばらすことにしよう」
「ふふふ、それでいいと思います」
「散々驚かされてたからねえ。たまにはいいんじゃないの」
ミリアンに協力してもらわないと新しい【察知】の広範囲は使えないが、練習して効率よくなれば狭い範囲は十分実用的になるはずだ。
これで次に驚くのはジェロビンのほうだ。
楽しみがあると練習にも気合いが入るというものだ。