第11話 動き始めた因縁
◆三人称視点◆
時は少し戻り、チェスリーがアルパスカ王国との交渉を始めたころ。
エセルマー元侯爵はある情報を掴んでいた。
エセルマーは侯爵として警備や取り締まりの責任者を務めていた。
だが立場を利用し犯罪奴隷の不当な扱いや禁止薬物の取引をしていることが発覚し、爵位を剥奪された。
発覚の決め手になったのはチェスリーが押収した書類であり、指示したのはエドモンダ侯爵様だ。
エセルマーは捕縛からの解放後、隠し財産を持ちだし王都から離れた町で暮らしていた。
そして復讐の機会をうかがっていたのだ。
自らの過ちであることを無視して復讐される側はたまったものではないが……。
事件に関わった貴族の中でも、特に恨みをもっているのはエドモンダだ。
犯罪の証拠を押収され、さらに侯爵の地位を引き継ぐことになった。
エセルマーからすると築き上げた自分の全てを奪い取られた憎き相手なのだ。
何か復讐に使える情報はないかと、元裏組織の諜報員を雇い王都やエドモンダの情報を集めさせていた。
そこに入ってきた情報が王城での騒ぎである。
国王からの勅命で王国の騎士団のみならず冒険者クランまで巻き込んで、優秀な教育者を探しているとのことだ。
初めのうちは自分には関係ないと気にもとめていなかった。
興味がでたのは招待された人の名がチェスリーだったからだ。
魔班病が治療できるという話を聞き、エドモンダに要請し派遣されたのがチェスリーだ。
息子のボルドが誘拐されたときは捜索に同行させ、救出後にすぐ治療するよう命令したことがある。
ボルドは無事救出され治療はあっという間に終わったと聞いている。
手配書を見ると随分老けたように見えるが多少面影がある。
優れた教育者とあるが、ボルドが救出後の道中でチェスリーが他の冒険者に教育を行うところを見ており大人気だったそうだ。
エドモンダがあまり王都に姿を現さないこともあり、業を煮やしていたエセルマーはチェスリーからエドモンダの情報を得るべく調査を進めるよう諜報員に命令した。
エドモンダの秘密を探る絶好の機会と考えたのだ。
時は同じく場所は変わり、アルパスカの王城での騒ぎを聞きつけ、ある貴族たちが集合していた。
集まったのはアルパスカ国王に対し、騎士団の廃止を訴えたものたちだ。
エセルマー捕縛により禁止薬物で得ていた利権を失ったものたちとも言える。
貴族たちのリーダーはオリビス公爵である。
国王がチェスリーを招待した目的は優秀な教育者による騎士団の強化という情報は掴んでいた。
しかし一向に姿を見せず冒険者クランが捜索しても見つからないことで軽視していた。
そんなときにチェスリーが現れたのだ。
騎士団が強化されてしまえば訴えは通らず、失った利権を取り戻すべく警備の全権を握ろうとしていた目論見が外れてしまう。
「オリビス公爵様、どうなさるおつもりですか。このままでは冒険者クランへの追加投資が無駄になってしまいますぞ」
「慌てるでない。冒険者クランは別の目的で使う。投資を無駄にはせん」
「そ、そうでしたか。して、何をなさるおつもりですか?」
「王都のずっと南方にある何もなかった土地に巨大な城があるらしい」
「ええ!?」
「禁止薬物の栽培をしているところがあるだろ。そこから遠くに建物が見えたそうだ。近づいてみるとアルパスカ王城より巨大ということだ」
「な、何でそんなところに巨大な城が……何もなかった土地ですが」
「わからん。軽く探らせたところ、巨大作物の育つ広大な農場まであるようだ」
「広大な農場……それは魅力的ですな」
「最近は新たなダンジョンの発見もなく今一つ利益があがっておらん。誰が作ったものか知らんが、誰のものでもない土地にあるものだ。奪い取って有効利用してやろうではないか」
「おお……しかしそんな遠方では移動に一苦労ですぞ」
「わしのところの転移持ちを使う。禁止薬物の場所から3日ほどで行ける」
「相手の戦力もわからず大丈夫ですかな?」
「なあに防備は獣除けの柵程度しかなかったそうだ。周りに何もないのをいいことに防備のことなど考えず無計画に建造したのだろう。念のため荒事専門のクランを全て差し向けるつもりだ」
「ほほう、それは僥倖。利益の出にくい王都より、そちらで新たな利益を得ようというのですな」
「わっはっは、そういうことだ」
巨大な城や作物のある場所といえば、スキルラボのことである。
チェスリーたちはスキルラボの周りには何もないことを確認していた。
しかし、禁止薬物は森林内の巧妙に隠された場所で栽培されているため見落としていたようだ。
そしてスキルラボを悪徳貴族どもが狙っていることをチェスリーたちはまだ知らない。
……はずだったが、ここにチェスリーの頼れる仲間がいた。
「へっへっ、また楽しいことになってきやしたぜ」
「ジェロビンさん、スキルラボが襲われそうなんですよ!楽しいってどういうことです!?」
ジェロビンとグレイスである。
チェスリーが王城に姿を見せることで、悪徳貴族に何らかの動きがあるだろうと探っていたのだ。
スキルラボの存在が知られていたことは想定外だったが、案の定動きがあったわけだ。
「オリビス公爵が相手でやすよ。うまくいきゃあエドモンダ様がまた出世なさるかもしれないでやす」
「いやいや、その前にスキルラボが危ないじゃないですか。冒険者クランが複数襲ってくるんですよ!?」
「グレイスは姉さんたちの恐ろしさを知らないでやしたかね」
「多勢に無勢です。いくら強くても不意を突かれたら危ないですよ」
「へっへっ、不意を突いたほうが恐らく悲惨な結果になってたでやす。あっしらが探っていて冒険者クランのやつらは命拾いをしたでやすね」
「ま、まさか……それほど圧倒的なんですか?」
「グレイスも姉さんたちの実力をしっかり見ておいた方がいいでやすね。まあ今回は襲ってくるのがわかってるんでチェスリーの旦那らしい戦術で片づけてくれるでやしょ」
「……わかりました。勉強させてもらいます」
ところ変わり、冒険者クラン『黄金の翼』のクラン拠点の様子を見てみよう。
ニコラハムがチェスリーを王城からの帰り道で尾行しあえなく追い返された後のことである。
【俊足】を使い一目散にクラン拠点に戻ったニコラハムは、早速リオノーラの元へ報告にいった。
「リオノーラ姉貴~~!」
「姉貴はやめろって言ったでしょ!もう何なのよ」
「チェスリーさんを見つけたっす」
「え、ああ、その情報ならもう聞いてるわ。招待を受けて王城にきたのよね」
「はいっす。その帰りに尾行したっす」
「何やってんの。もう王様からの報酬はでないわよ」
「チェスリーさんに戻ってきてほしかったっす。根城を突き止めるつもりだったっす」
「あなたチェスリーさんのことほんとお気に入りなのね」
「チェスリーさんはスキルだけでなく心構えも教えてくれたっす。師匠として尊敬してるっす」
「ふう、まあいいわ。それでどうなったの?」
「捕まって追い返されたっすけど、『黄金の翼』に来ると約束してもらったっす」
「まあ、そうなの。やっと来てくれる気になったのね」
「でもマックリンも一緒って言ってたっす。リオノーラ姉貴の憎き相手っす」
「憎き……間違ってはないのだけど。チェスリーさんが姿を見せたのならもう大丈夫ね。みんなに本当のことを話すわ」
「本当のことっすか?」
「クラン会議を開きます。参加できる人を全員集めてちょうだい」
「りょ、了解っす」
こうしてクラン会議が開催されることになった。
チェスリーのことで話があると聞いた『黄金の翼』のメンバーたちは我先にとあっという間に集まってきた。
「み、みんな集合ご苦労様。……いつもこうだと楽ですけどね」
「チェスリーさんの濡れ衣が晴れたって本当ですか!」
「俺チェスリーさんに見てほしいスキルが!」
「また教育してくださるのですか!!??」
「マックリンさんが戻ってくるとか……」
「チェスリーさんが追放の復讐にくるって!?」
「あーー!落ち着いて!!最後の復讐って何!?ニコラハム!!あなたどう伝えたの!」
一斉に話しかけられ混乱気味だったが、リオノーラの一声で落ち着いた。
みんなチェスリーのことと聞き我を失っていたが、普段からニコラハムがあることないことしゃべるのを思い出したのだ。
「……落ち着いたようね。それではチェスリーさんとマックリンのことで秘密にしていたことを話します」
リオノーラが語ったのは、チェスリーとマックリン追放の真実である。
チェスリーがクラン資金を横領したのはクランを去るための理由づくりであり、横領した資金はクランの金庫に収められていた茶番であること。
マックリンはチェスリーと共に冒険するため、チェスリー追放のことを糾弾し追放してほしいとリオノーラに依頼したこと。
話を聞いたメンバーたちは「何故そんなまわりくどいことを……」と思ったが、そのような事件がなければ恐らくチェスリーのひきとめに必死になっただろうとも思った。
「今になって真実を教えてくれたのは、チェスリーさんが王城にあらわれたからですか?」
「そうよ。堂々と姿を見せたのは、もう隠れる必要がなくなったということ。『黄金の翼』にも後日来てくれるそうよ」
「「「「「おおお!」」」」
大変な盛り上がりである。
チェスリーが去った後、メンバーたちは改めて自分たちのスキルが格段に上達したことを実感していた。
ダンジョン攻略は底上げされた実力のおかげで余裕すら生まれるほどだったのだ。
「はいはい、静かに!喜んでばかりもいられないわ。このところ新たなダンジョンが発見されることがないのは知ってるわね。ダンジョン攻略を主にするクランにとっては死活問題よ。もしかするとチェスリーさんが何か知って……いえ、原因かもしれないのよ」
「「「「「……」」」」」
「マックリンとは時々会っていましたが、妙な依頼をしてくるだけで具体的なことは教えてくれなかったの。チェスリーさんなら話してくれると思うわ」
メンバーたちは静かになった。
まさかそんなことができるわけないという思いと、チェスリーさんならやるかもという思いが交錯していた。
チェスリーが国王の招待に応じたことで、因縁のあるものたちが動きだした。
アルパスカ王国からの返答がくるまでの忙しい日々の始まりである。