第10話 アルパスカ王国からの返答
アルパスカ王国からの返答は10日後だった。
なかなか返答がこないのでアルスに【以心伝心】で問い合わせてみたが、もう少し待ってくれとだけ言われ詳しいことは教えてくれなかった。
もしかして要求について揉めているのだろうか。
だが、こちらも何だかんだで忙しかったのでちょうどよかったかもしれない。
ケイトさんが王城から送られてきた綺麗な白木の箱を受け取った。
それをヴェロニアに伝え、俺のところにも教えに来てくれた。
白木の箱を開けると、中には丁寧に装飾された文書が入っていた。
俺たちが渡したのは単なる紙束だったんだけどな……。
「凄いなこの装飾。文字が金色に光ってる」
「金箔かしら。手の込んだものを作るのねえ」
「これ中を見るまでもなく要求が了承されたってことだよな」
「そうね、これでお断りだったらびっくりだわ」
文書を取り出し、ヴェロニアと一緒に内容を確認する。
想定通り俺たちの要求を認めたものだったが、それ以外のことも含まれていた。
「チェスリー、あたしたちこんな要求してないわよね」
「ヴェロニアも覚えがないのか?……俺に内緒でアルスに何かやってないよな?」
「やったって何よ。何もしてないわよ」
「うーん、そうなるとこれは……」
俺はアルパスカ王国に渡したものと同じ要求文書を取り出し、返答と照らし合わせてみることにした。
主権は俺を国王としたクヴァリッグ王国を正式に認めてくれるようだ。
後日調印式を行うので王城へ来てほしいとのこと。
……クヴァリッグ王国の印章なんてまだないんだけど。
領土は地図に示した土地以上に広い範囲を認めてくれるようだ。
アルパスカ王国側でもクヴァリッグ王国の国境を把握したいので地図を提供してほしいとのこと。
渡した地図は大陸の中央にある山脈から西側全てが描かれたものだ。
そこには王国だけでなく大陸の北部~南部まで大地が途切れ海になるところまで網羅している。
何気なく渡してしまったが、これだけ広域な地図はこれまで存在していなかっただろう。
示した範囲以上の領土を認めたのは、地図に支払う報酬代わりなのかもしれない。
人の移動は優先としていた身体に障害のあるものと孤児は制限なしだ。
制限するどころか移動の人数に対して一定の給付金を支払うとある。
特に要求していなかったが、障碍者や孤児を引き取ることに対しアルパスカ王国側も負担しますよということだ。
「ここまでは要求が全て認められた上に、譲歩までしてくれてるな」
「そうね。領土のことは地図が欲しかったからのような気もするけど」
「うん、俺もそう思った。あの地図渡したのまずかったかな」
「私たちはこんな地図を作る技術をもってるって見せつけたつもりだったからいいのよ」
「それならいいのかな。問題はここからなんだけど……」
次に書かれていたのは和平条約を結ぼうというものだ。
別にアルパスカ王国と戦争した覚えもするつもりもないんだけど……。
とにかく戦争なんてせずに平和にお付き合いしましょうということだけど、何で要求にないことが追加されているんだろう。
「ヴェロニア、これについてどう思う?」
「全く心当たりがないわね」
「和平条約って戦争したくない相手と結ぶものだよね。クヴァリッグ王国に脅威でも感じてるのかな」
「うーん。あんたの教育の力で優秀な兵士をたくさん育てられるのを脅威だと思ったとか?」
「あ、なるほど。……でも優先して受け入れるのは障害者や孤児だぞ。兵士を育てるつもりなら優先は冒険者や健常者にするよね」
「じゃあ違うかな。アルスはあんたの性格よく知ってるし、戦争することになるなんて考えないと思うけど……他の人が念のためにいれたのかしら」
「平和に付き合えるならそれに越したことはないし、深く考えなくてもいいかな」
「そうね。争う気なんてないし」
次に賠償金として金貨5000枚を支払うと書かれていた。
調印式のときに渡すとのことだ。
「いやいや、おかしいだろ。何だよ賠償金って」
「しかも金貨5000枚も……何の賠償か書かれてる?」
「えーと、いや書いてない」
「さっきの和平条約といい何かあったとしか思えないわね……。関連するような事件あったかしら」
「うーん、思いつかない」
「3日前に盗賊団を撃退したのと関係あるかしら」
「あれはアルパスカ王国とは関係ないだろ。偶然スキルラボの近くに根城があった野盗だったし」
「そうよね。なら5日前のクラン拠点侵入事件は?」
「あれはジェロビンが前に所属していた諜報組織のメンバーが犯人だったよな。やっぱり関係なさそうだけど」
「そのメンバーがアルパスカ王国の誰かと繋がっていたとか」
「うーむ、裏組織だしどういう繋がりがあってもおかしくないけど、それならジェロビンが知ってるんじゃないかな」
「そこまで調べてるかしら。ジェロビンはしばらくシペル帝国にいったままだったでしょ?」
「既にアルパスカ王国にジェロビンの諜報組織があるのかもしれないぞ。こないだもいきなり5人面接にきたとかで採用してたじゃないか」
「あー、あたしも驚いたわ。諜報の募集なんてどうやるのか知らないしね」
「俺も知らないよ。でも面接にきたってことはどこかに拠点なり組織なりがあるんじゃないかな」
「あたしにも教えてくれないのよね。諜報は全面的に任せてほしいでやすって言われて」
「まあ知る人が増えれば漏れやすいのが秘密ってやつだ」
「へえ。さすが秘密に詳しいわね」
「まあな。詳しくても守れないこともよく知ってるけどな」
「ダメじゃん」
その後も関連するようなことがなかったか話したが、賠償金を貰うような事件は思いつかなかった。
やっぱりアルスに直接聞くか、調印式のときに教えてもらうしかないようだ。
「ありがたく貰っておけばいいのかな?」
「わけもわからず大金を貰うなんて怖いわよ。場合によっては突き返しましょ」
「でもさ、国づくりにお金は必要なんじゃないの?」
「え、何にお金使うの?」
「えっと……住居はアリステラが作るし、食料は豊富にある。あ、服や薬を買うのにお金が必要になりそうだけど?」
「服はアリステラが作れるし、薬はわたしが作れるわ。アルパスカ王国とやり取りするときに必要なぐらいかしら」
「ああ、確かにね。でもアリステラとヴェロニアの負担が大きすぎないかな」
「最初は大変かもしれないけど、あんたがどうにかすればいいのよ」
「……そうか、最初のメンバーだけでやることじゃない。募集できた人を育てればいいのか」
「その通り。まあお金のほうが手っ取り早いことも多いから持っておいて損はないけどね」
「そうだな。理由を聞いてから貰うか返すか決めよう」
「賛成。そうしましょ」
要求にないことが追加された理由は結局わからなかった。
こちらが得することばかりなので文句はないが……。
理由は聞けばわかるだろうし、今は調印式に向けての準備を進めたほうがよさそうだ。
「2日後に調印式か。印章を作らないといけないよな」
「どうせならちゃんとしたものを作りたいわね。マーガレットなら知ってるかしら?」
「ああ、プリエルサ公爵様なら印章のことは知ってそうだ。いや、エドモンダ侯爵様に聞いてもいいかも」
「エドモンダ侯爵様はミクトラに行ってるわよ。まずマーガレットに聞いてみましょ」
「そうだな。他にも必要なものがあるかもしれないし」
「ふう。それにしても全然落ち着かないわね。ここのところいろんなことがありすぎよ」
「クランを作ってからずっとこんな感じじゃなかったっけ」
「あんたがいろいろ首を突っ込むからでしょうが。わたしは落ち着いて魔道具の研究したりしてたわ」
「いや、それも十分に忙しいだろうに」
「趣味と実益を兼ねてると忙しいとは思わないの。あんたもスキルのことなら思わないでしょ?」
「……思わないな」
「でしょ~。あの結晶の研究も進めたいし、あんまり他のことに時間とられたくないの」
「わかったよ。それじゃさっさと準備をすませよう」
マーガレットに調印式のことを相談してみることにした。
マーガレットを呼び出しアルパスカ王国からの返答を見せた。
しばらく食い入るように読んでいたが、読み終わったのち満面の笑みを浮かべた。
マーガレットがこんな風に笑うのは珍しいがかなりかわいい。
「想像以上の成果ですわ!私たちの国がアルパスカ王国に認められただけでなく、対等な国とみてくれていますわ!!」
「そ、そのようだな」
「町や村は多数ありますが、国はアルパスカ王国とシペル帝国以外にありませんのよ!歴史に残る快挙に関われることができて素敵ですわ!」
マーガレットが一番国づくりにこだわりをもっていたからな。
こうして形になったことが嬉しくてしょうがないようだ。
国王なんて柄じゃないと思っていたが、マーガレットがこんなにも喜んでくれるならやってよかった。
「調印式のことは私にお任せくださいませ。お父様に相談して準備しますわ」
「やってくれるかい。助かるよ」
「あ、2日しかありませんのね。アリステラさんに協力をお願いしなければなりませんわね」
「アリステラはスキルラボにいってるね。城の内装をケイトさんと一緒に整えてるはずだ」
「わかりました。お迎えに行ってきますわ」
「え、どうやって?」
「どうやってと言われましても、転移でいくだけですわ」
「……いつの間に転移使えるようになったの」
「おほほ。チェスリーさんに教育していただいてから、ずっとアリステラと訓練していましたわ。アリステラは残念ながらまだ使えないようですけど、私は修得済みですわ」
「凄いな。【以心伝心】が使えるから素質はあると思っていたけど、もう使えるようになったんだ」
「チェスリーさんのおかげです。凄く便利になりましたわ」
「そうか、少し遅いけど修得おめでとう」
「ありがとうございますですわ」
調印式が終わればクヴァリッグ王国は多くの人が認知することになるだろう。
どれぐらいの人が移住を希望するかはわからないけどね。
でも希望者が集まれば転移で移動する機会も増えるし、転移使いが1人加わるのは心強い。
徐々に現実味が増してきた国づくり。
不安に感じることがないわけではないが、楽しみなことも多い。
みんなが笑顔で暮らせるような国づくりを目指したいものだ。