第九話
城の中は、なんていうか普通だった。普通に城の中って感じだった。
想像した通りというか、外観のインパクトがでかすぎていまいち面白みにかけるなと思ってしまった。
床にはなっがい絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアっぽいものがぶら下がっていて、なんか全体的にきらきらしている。ずっと見ているとめまいでも起こしそうだ。
あと。
「きゃあああ! 救世主様ぁ!」
「クーナおかえりぃ! よく帰ってきたなお前ぇ!」
「うをおおおお! ありがとおおおお!」
やはり、どこもかしこも歓迎ムード一色だった。そりゃあ悪い気はしないけど、最高に居心地が悪い。
ふと隣を見れば、ルゥもまた同じようにそわそわしていた。なんだかんだで彼女も緊張しているのかもしれない。
「着きました。ここです」
そんな感じでしばらく城の中を歩いていくと、やがて先を歩いていたアリーシャが立ち止まった。
たどり着いたのは、今まで見た中で一番豪華で頑丈そうな扉の前。終着地点としては実に分かりやすい。いかにも、この先に偉い人が待っていますよーって感じの扉だった。
やはり、城だし王様とかいるんだろうか。いや、門番らしき人がボスとか呼んでたっけ。
ボス……あまりいい予感はしないな。
「では、入ります。お二人とも私のあとに続いてください」
「りょ、了解」
「う、うむ」
俺たちの返事を聞いてから、アリーシャはゆっくりと扉を開けた。途端、
「「「「うをおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」
まるで嵐のような歓声が、部屋の中から響き渡った。さすがに呆気にとられる。
部屋のなかには大勢の人がいた。たぶんここは、何らかの行事や儀式をおこなうための大広間なんだろう。そこに、見たところ五十人ぐらいの人が集まっている。よくそれだけの人数であんな大歓声になったな。割とどうでもいいことに驚いた。
「これ全員組織のメンバーなのか? 小さい子どもに年寄りまで、ずいぶんバラバラだな」
「でも全員、ルールに対抗できるほどの魔法抵抗力をもった、かなりの実力者たちです。きっとユウさんの力になってくれると思います」
歓声を浴びながら、部屋のなかに入る。すると、ごちゃごちゃとしていたメンバーたちが、ぞろぞろと左右に分かれ始めた。
やがて、部屋の中に絨毯の敷かれた一本の道ができあがる。その道を、俺とルゥはアリーシャに続いて進んでいく。もう、二人してびくびくだった。頼むから拍手とかやめてくれ。
「――クーナ・アリーシャ。ただいま戻りました」
まもなく、アリーシャは道の半ばで立ち止まった。俺もルゥも慌てて足を止める。そして前を見た瞬間、俺は思わず顔を引きつらせてしまった。
絨毯の途切れた先、他の床よりも一段高くなっている場所に一人の男が立っていた。
厳つい顔つきに厳つい体つき……俺、あんなに眼帯が似合う人初めて見たわ。
わざわざ聞かなくても分かる。あれがボスだ。そうとしか思えない。
気づけば、いつの間にか周りの歓声が止んでいた。
「クーナ、よく帰ってきたな。こうしてお前が帰ってきたってことはもしかして、そこにいる小僧が我らの救世主様か?」
「はい、彼の名前はサトウユウさん。紛れもなく、私たちの救世主となり得る方です」
アリーシャが力強くそう言えば、しかし男は目を細める。
「おいおい、冗談言うなよクーナ。そんな、ゴミみてえな魔力しかねえ小僧が、我らの救世主様だってか? さすがにその冗談は俺も笑えねえよ」
……なにやら怒っているご様子。
あ、そういや、今の俺ってほとんど魔力ないんだっけか。にしてもゴミみてえな魔力って、ひどいこと言うな。
「いえ、ボス。ユウさんはここに来る前、どうやら魔力切れを起こしたらしく今ほとんど魔力がない状態なんです。なので、本来の魔力量と比べたら今のユウさんから感じられる魔力はほぼゼロと考えてください」
「…………」
ボスと呼ばれた男はたちまち目を見開いた。そして俺のことをまじまじと見つめてくる。また周りにいる人たちも、驚いた表情で俺を見ていた。
うわ、なんか無性に逃げ出したい。けど、そういうわけにもいかず、頑張って視線に耐える。
といっても、そう長くは続かなかった。
「――ぶっ! がーはっはっはっはっ!」
「……え?」
突然男が吹き出したかと思うと、いきなり大声で笑い出し始めた。さらにはそれに続くように周囲の人たちもどっと沸きだす。
先ほどまで漂っていたはずの剣呑とした空気が、ウソみたいに一瞬で弛緩した。
「なるほど! そりゃあいい! それでほぼゼロだってのか! 俺の数十倍はあるんじゃねえか!? いやっ、まったくふざけてやがる! もう笑うしかねえよがっはっはっ!」
「……なんなんだあの男は。サルか」
おまっ、ルゥッ、なんてこと言うんだよっ。しかも意味分からんしっ。
せっかく良くなった空気がまた悪くなるんじゃないかと慌てたけど、幸い男の耳に彼女の声は届かなかったようだ。相変わらず豪快に笑っていた。
「ボスはああ見えてかなりの笑い上戸なんです。最初はいかにも怖い、厳しそうな人を装ってはいましたが、皮を剥がせばあんなものです」
「いや、あんなものって」
俺としては、今の方が断然いい。ああやってガハガハと笑ってくれていれば、あんな歴戦の軍人みたいな人とも近所のおじさんと同じ感覚で接しられそうだ。かなりぎりぎりで、だけど。
「ボス、そろそろ話を進めませんか? ユウさんが呆れてしまいます」
「おっと、それもそうだな。いや悪い。つい笑っちまった。嬉しくてな」
男はそう言って最後にもう一笑いすると、今度はその顔に似合った実に男らしい笑みを浮かべた。
「歓迎するぜ、サトウとやら。俺がこの組織のボス、ナルキス・ゼドーだ。我が組織〝レットローズ〟へようこそ。これからよろしくな、我らの救世主様よ」
「は、はい。よろしくお願いします」
それが、精一杯の返答だった。
やっぱり、近所のおじさんとは全然違う。いや当たり前だけど。纏う雰囲気というか、にじみ出るカリスマ性というか、会ったばかりの俺でさえ、ああこの人についていけば間違いない、と思わせるものがあった。
ゼドーさんは、俺の返事に満足したのかおうっと力強く頷くと、不意に俺から視線を外した。
「で、サトウについてはこれでいいとして、そっちのお嬢ちゃんはなんなんだ? 見たところ……ああ、ただ者じゃなさそうだが」
「ほ、ほう。お前、なかなか見所があるな。確かに私はただ者じゃないぞ? うん」
ぶるぶると震えているくせに相変わらず上からものを言うルゥ。
っていうかあいつ、意外と小心者なんだな。さっきまでは落ち着いていたくせに、自分に話題が移った途端にビビりだした。あの強気な態度や物言いはもしかしたら、小心者な自分を隠すためのものなのかもしれない。
そう考えるとあれだ。ちょっと小動物みたいで可愛いいかもしれないな。
「がっはっはっ! それは光栄だな! で、お前さんはサトウの知り合いか何かか? それとも俺に何か用か?」
「そ、その男は私の荷物持ちだ。そいつがどうしてもここに来たいと言うから、私もしょうがなく付いてきてやったに過ぎん。私自身はここに何の用も興味もない」
「ぶっ! 救世主を荷物持ち扱いか! サトウッ、お前さんずいぶん尻に敷かれているんだな!」
「は、ははは」
笑って誤魔化すことにした。小動物に振り回される俺って一体……。
「まあ、そういうことならいいだろう。そっちの嬢ちゃんも客人だ。そんじゃ早速、お前さんらの歓迎会でも開こうか」
「いや、別にそんなこと――」
「って、言いてえところだが、その前に一つやっておきてえことがある」
「……っと、やっておきたいこと?」
そう言い終わった直後、俺の目に映る景色はがらっと変わった。
「っ。て、転移っ?」
慌てて辺りを見回す。
どうやらここはどこかの闘技場らしい。周囲は高い壁に囲まれ、壁の向こうには観客席のようなものがずらりと並んでいる。
また、天井は高く、下はこれ、床じゃなくて地面か。いったい何でこんなところに。
ルゥもアリーシャも、周りにいた人たちが全員いなくなっている、というより付いてきていないけど、ゼドーさんだけは変わらず目の前に立っていた。十中八九、彼の仕業だろう。
「これからお前さんにやってもらうのは簡単な実力試験だ」
「はい? 試験?」
学生の身としては、あまり聞きたくない単語だ。
「ボス、いきなり飛ばないでください。ルゥさんが怒って大変なことに」
「おい貴様! 一体どういうつもりだ!? あぁ!?」
と、不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。反射的に振り返れば、そこにはアリーシャと、ルゥの姿があった。
前者は相変わらずの無表情だけど、後者はなにやらゼドーさんにガンを飛ばしている。
そしてそんな彼女らに続いて、次々と組織のメンバーたちも闘技場に姿を現し始めた。俺たちがここにいると予想して、転移してきたんだろう。
ってことはあれか。彼らにとってこれは、予定通りの展開ってことらしい。
「悪い悪い。別に危害を加えたりはしねえよ。当然だがな。俺はただ現時点での、サトウ
の実力を知りてえと思って、ここに連れてきたんだ」
「じ、実力?」
まさかここであんたと戦えってのか? いやいや、勝負になんねえよ。
「さっきは実力試験なんて言ったが、まあ、軽いゲームみてえなもんだ。それでお前さんが現時点でどれぐらい魔法について理解しているのかを確認させてもらうぜ」
「……ああ、そういうことですか」
ゲームならそう危ないことにもならないだろう。ほっと胸を撫で下ろすと、不意にゼドーさんが何もない空間を見つめ始めた。途端、
「うおっ」
何もなかったはずの空中に、それぞれ大きさの違う赤い火の玉のようなものが三つボボッと現れた。しかもそれらは縦横無尽に、空中を好き勝手移動し始める。微妙にスピードも違うっぽい。それに見たところ、動く範囲はある程度限定されているようだ。
「あれはすべて的だ。これから行うゲームは一対一のタイマン戦。それぞれ攻と守に分かれてゲームを進める。攻撃側はまず、魔法で球をつくり、あの的を狙う。そんで当たればポイントだ。そして守備側はそれを魔法で阻止する。攻と守は一回ずつ交代。今回はそれを三セット。どうだ? 簡単だろ?」
「…………」
なるほど。一種のスポーツみたいなもんか。大まかなルールは分かった。頷くと、ゼドーさんはまた何もない、今度は地面を見つめる。
と、一秒もしないうちに二本の白線が地面にひかれた。片方は赤い球体のちょうど下あたり。もう片方はその線からだいたい三十メートルぐらい離れた位置にひかれている。
「的の下にひいたあの線に守備側、もう片方の線に攻撃側がそれぞれ立つ。あの線から一歩でも出ればその時点で負け。相手に二ポイント入るから注意しろ。そんで細かいルールだが、まず攻撃側。魔法でつくる球だが、直径五十センチ以上の目に見えるボールに限る。まあ、でも形は自由だ。それを十秒以内に、どんな方法でもいいから的に当てればいい。的のポイントとしてはあの遅くてでかいのが三点。ちょっと速くて中くらいのが五点。そんであの速くてちっこいのが七点になる」
つーと、的選びも戦略の一つになるってわけか。
しかし十秒以内って……それ短いのか長いのか、現時点じゃいまいち判断できないな。
「それと守備側は……いや、とくにルールはねえな。攻撃側の球をどんな方法でもいいから防げばいい。あ、だが、相手に対する直接的な魔法は禁止だ。それは攻撃側もな。フェアプレーでいこうじゃねえか」
にっと笑うゼドーさん。
どうやらそこまで難しいゲームでもないようだ。とにかくつくって、狙って、当てればいい。それで守ればいい。単純だ。
「はい、分かりました。やりましょう」
「やる気は十分ってか。いいじゃねえか。でもその前にこれだけ飲んどけ」
いつの間に持っていたのか、ゼドーさんが小さい水筒を投げ渡してくる。
「それを飲めばちったー魔力が回復する。全快にはほど遠いだろうが、まあ、今回は別にいいだろ。あくまでこのゲームは、お前さんが現時点でどれだけ魔法について理解しているのかを確認するためのものだからな」
「そ、そうですね」
水筒の中身は見えない。飲めって言っているから、やはり中には何らかの液体が入っているんだろう。
異世界の飲み物って、どんな味がするんだろうか。ちょっと怖いけど、どっちにしろ飲まないわけにはいかないから、俺を意を決してふたを開けると、そのまま中身をぐいっとのどに流し込んだ。
「……お」
予想外においしい。でもなんだろう。不思議な味だ。リンゴジュースに近いかもしれない。ずいぶんすっきりとした味わいだった。
「これ、おいしいですね」
「だろ? 色々と試行錯誤されてできたもんだからな。悪くねえ」
ちょうどのども渇いていたから、全部飲み干す。後味も悪くなかった。
「よし、これで準備オッケーだな。じゃあお前さんの相手は知り合いってことでクーナにでも――」
「待て。その役私がやろう」
と、なぜかルゥが名乗りをあげる。
「ん? 別に構わねえが、ちなみになんでだ?」
「簡単だ。今ここにいる中で、私以上に魔法を使いこなせる者がいないからだ」
途端、気のせいだろうか。一瞬空気が張りつめたような気がした。
おまっ、だからなんでそういうこと言うかなぁっ。
「ぶはっ! 嬢ちゃん言うじゃねえか! ならお前さんに任せてみようか! 嬢ちゃんが本当にただ者じゃねえのか、見させてもらうぜ!」
「ふん、疑り深いヤツめ」
ルゥはとことこと歩き出した。
まさか、なにか企んでるんじゃないだろうな。若干の不安を抱きながらも、彼女のあとを追う。そんな俺の背中に、
「サトウ、応援するぜ。お前さんが勝ったほうが絶対、後々面白くなりそうだ」
「ユウさん、頑張ってください。あなたならきっと勝てます。というか勝たなきゃ怒ります」
「おい坊主っ! あの嬢ちゃんの鼻っ柱をへし折ってくれっ!」
「救世主様! あの小娘の悔しがる顔をどうか私めに見せてください!」
たくさんの脅迫、もとい声援が飛んできた。
おいおい、冗談じゃねえよ。もっと和やかな空気でやるはずだったんじゃないのか? これ。
ルゥのせいで、ずいぶん殺伐とした空気になってしまった。
「いやお前ほんと、いつか絶対痛い目にあうぞ。そうじゃないとおかしいから」
でもそのときはどうか絶対、俺に飛び火するようなことだけはありませんようにと、願う限りだった。