第八話
ルゥの言動に思わず噴き出し、またすね始めてしまった彼女をなだめていたら、いつの間にかフード男はどこかに消えていた。
彼に対する、恐怖やら諸々はルゥのおかげで確かになくなっていたけど、やっぱりちょっとホッとする。
「いや、マジでありがとな。おかげで命拾いしたわ」
「だからそれはもういいと言っている。それより、もうここに用はないだろう? ならさっさと移動しよう。ここは危険だ。あの男が仲間を呼んでくるかもしれないしな」
「それもそうだな」
今度は大勢でくるかもしれない。そしたら俺だけじゃなく、ルゥも危険だ。こんなところさっさと移動しよう。
そう思い、歩き出そうとした。そのとき。
「ユウさん」
「……っ!」
敵か! と慌てて振り返った先、そこには見覚えのある女の子が立っていた。
アリーシャだ。彼女は相変わらずの無表情でこちらを見つめていた。
でも、気のせいだろうか。もしかして怒ってる?
「……よう」
「…………」
もしかしなくても怒っているようだった。
「ア、アリーシャ、あのさ」
「……色々と言いたいことや聞きたいことはもちろんありますが、とにかく今は急いでここを離れましょう。こちらに来てください」
有無を言わさぬ口調だ。やはりここは危険なんだろう。とりあえず言い訳はあとにして、駆け足で彼女のもとに向かうことにした。
「待て、ユウ。お前は私の荷物持ちのはずだろう? なのにどこへいくつもりだ」
「おっと」
立ち止まる。そうだった。
ルゥに視線を向けると、彼女は腰に手をあてなにやら不機嫌そうにこっちを見ていた。
「悪い、こっちが先約なんだ。あっちこっち引っ張りまわして申し訳ないんだけど、また付き合ってもらえないか? ……まあ、どうしても嫌なんだったら断るけど」
「…………はぁ、もう分かったよ。付き合おう」
やれやれ、といった様子だけどルゥはうなずいてくれた。
良かった。ここで断ったら後々絶対面倒なことになりそうだし。
アリーシャの方へ向き直る。すると、彼女は俺ではなくルゥをじっと見つめていた。
「ああ、そうそう、彼女はルゥ・アドレイア。なんていうか、俺の命の恩人だ。たぶん悪いヤツじゃないと思うから、一緒に連れていってほしいんだけど」
「……そうですか。分かりました」
一応頷いてはくれたものの、警戒が解けたわけではなさそうだった。
とはいえこればかりはしょうがないことなんだろう。むしろ、問答無用で追い払われないだけマシだと思う。
「では、早速転移したいと思いますが、アドレイアさんは魔法抵抗力高いですか?」
三人が同じ場所に集まったところで、アリーシャはルゥに対してそんな質問をぶつけた。
なんだ? 魔法抵抗力って。首をかしげる俺をよそに、ルゥは言葉の意味が分かっているのかふるふると首を横に振る。
「いや、あまり高くないだろう。きっと転移の障害にはならない。あと私のことはルゥでいいぞ」
「そうですか。ならばこのまま一緒にルゥさんも転移しちゃいますね。――移ります」
言い終わった次の瞬間には、もう周りの景色はすっかり変わっていた。
左右には森。目の前には巨大な真っ白い城。
うん、この世界にやって来た直後に見た景色とまったく一緒だ。そう時間は経っていないはずなのに、なんだかずいぶん久しぶりにあれを見たような気がする。
ふざけてるとか、つくりたくないとかあれこれ言ったけど、あの城を見た瞬間、ちょっとだけ安心した自分がいた。
「ユウさん。では説明してもらいましょうか。なぜ城に向かっていたはずのあなたが、ここからかなり距離の離れたあんなとても危険な場所にいたのかを。包み隠さず全て」
「……了解です」
いやどうやら、まだ危機は、去っていなかったようだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど。ドラゴンですか」
アリーシャに従い、彼女と別れてから起こったことを包み隠さず全て話した。すると、彼女はわずかにその整った顔を険しくする。
今、俺たちは前と同様徒歩で城に向かっていた。なんでも、今アリーシャ、あのときと同じようにまた魔力がほぼ空っぽになっているらしい。
無事にトイレを済ませてから、そのまま城で魔力を大方回復させたはいいけど、俺の居場所を探すために〝真実の鏡〟を使い、転移のできる場所まで大急ぎで空を飛び、着くや否や俺のもとに転移、そしてまたここまでしかも三人一緒に転移したことで、回復した分すべて使ってしまったようだ。
加えて俺自身も、アリーシャいわく、ほぼ魔力が空っぽの状態だとか。いつの間にそんなことにと少し驚いたけど、どうやら空を飛んでいたときに起こしたあの突然の失神。あれがまさに、魔力が切れたことで引き起こされた発作のようなものらしい。
ほんと、無知ってのは恐ろしいな。危うく死ぬところだった。
「確かに、それっぽい鳴き声は聞こえてきましたが……まさか本当にドラゴンだったとは。異常事態ですね」
「ドラゴンが出るのって珍しいことなのか?」
そんなこんなで、メンバーの三分の二が魔力切れ寸前というひどいパーティーで城へ向かっているわけだけど、わざわざ離れる必要もないから俺とアリーシャは隣り合って歩いているが、ルゥはなぜか一人離れたところをぼーっと歩いていた。「なんでそんな道の端っこを歩いているんだ?」と聞いたら、「なんとなく」と返された。またか。
やはりてきとうなのか、それとも何かをはぐらかそうとしているのか判断に迷うところだけど、しかし、それ以上話すのはやめておいた。というかなんとなく、躊躇われた。
「はい、珍しいですね。とても。なにしろドラゴンはモンスターの中でも最上位ランク。もはや伝説上の存在です。私は今までに一度も会ったことがありません」
「マジか。ってかモンスターってなんだ?」
「モンスターは、特殊な力や能力をもった危険な生き物のことです。彼らは、魔法という強力な武器をもった私たち人間に対抗するために、独自に進化をとげた生き物と言われています。一言でいうなら〝人間の敵〟でしょうか」
「人間の敵……」
呟いてみると、なんかそれは違うような気がしてきた。上手くは言えないけど。
でも、それはモンスターとやらをよく知らない異世界人の俺だからこそ出てくる感想なのかもしれない。
「人間への脅威度、単純な強さ、そして希少性。それら三つを数値化し、その数値が高いほどモンスターのランクは上がります。ドラゴンは、それら三つの数値がすべてトップレベルの最上位ランク。聞いたところによると、魔法抵抗力がかなり高く、さらには高温の炎を吐き出し吹き出すらしいです」
「……そういえば、さっきは急いでいたから聞かなかったけど、魔法抵抗力ってなんだ? 言葉通り解釈するなら、魔法に抵抗する力、だけど」
「はい、その解釈で間違っていません。もっと正確に言うなら、他者からの魔法干渉に抵抗する力、ですかね。これが高いと他者からの魔法を受けにくくなります」
「じゃあ俺って、もしかして魔法抵抗力かなり低い?」
ってかそれってやばくね? ルールの影響もろに受けるじゃん。
「まあ……そうですね。本来魔法の存在しないはずの異世界からやってきたんですから、当たり前の話ではあります。でもこれは、訓練によって高めることも可能なんです。他者から何度も魔法を受ければ、自ずと抵抗力も上がります。……とはいえ、ルールの影響を受けなくなるほどの魔法抵抗力となると、いったい何度魔法を受ければいいのか分かりませんが」
「前途多難だな……」
二人そろってため息をつく。
今思えば、ルールの核にあれほど近づいたのはかなりまずかったのかもしれない。
今のところ、暴れたいとか争いを起こしたいとかそういう危険な気持ちにはなってこないけど……でも、ルールを壊すためにこの世界にやってきた俺が、逆にルールの影響をうけて争いを起こすようになるとか、もう笑い話にもならないだろ。
どうやら俺の最初の仕事は、ルールに対抗できるぐらいの魔法抵抗力を身につけること、になりそうだ。
「いえ、泣き言を言ったところで仕方がありませんね。とりあえず、これまでの経緯はよく分かりました。ドラゴンに襲われたとなればむしろ、よく生き延びてくれたと喜ぶべきでしょうね。――ルゥさん、本当にありがとうございました」
相変わらず一人道の端を歩いているルゥに、アリーシャは深々と頭を下げる。しかしそれを見たルゥは素っ気なく、いらん、とばかりに片手を振るった。
「その男を助けたのは単なる気まぐれだ。感謝するなら、私にそんな気まぐれを起こさせたどこぞの神にでもするんだな」
本当に、礼などいらない、って感じの口調だった。アリーシャも同じように感じたのだろう。まもなく頭を上げると、今度はどこか真剣な顔つきでルゥを見つめた。
「ではルゥさん、一つ聞かせてください。――あなたは私たちの敵ですか? それとも味方ですか?」
「……それに、はい敵です、と答えるバカがどこにいる。もっと違う聞き方はできなかったのか?」
「私、不器用なんで」
いやそれ、自覚してたんだ。ちょっと驚く。
確かに、敵かと聞かれて敵ですと答えるヤツはいないだろう。でも、この質問に対してルゥがどんな答えを返すのか、少し気になった。半ば、こいつは悪い奴じゃないと確信しているけど、気にはなった。
だから、俺も黙ってルゥの答えを待ってみると、やがて彼女は何かをあきらめたようにはぁと息を吐き出した。
「私は敵でも味方でもない。はっきり言って、ルールを守るとか壊すとか正直どうだっていいと思っている。……だが、まあ、それでも強いて言うならその男の味方か。私はそいつが何者で、どんな役割を背負っているのかなど知らんし、興味もないが、例えどこの誰であろうとそいつは私のもので、荷物持ちであることに変わりはない。……で、これ以上の答えは必要か?」
「いえ、必要ありません。ありがとうございました」
アリーシャが優しい声でそう言えば、
「ふん」
ルゥはまたそっぽを向いた。
ってかあいつ、よくあんなこっぱずかしいことを真顔で言えるな。こっちが恥ずかしくなってくる。
「それはそうと、私もユウさんも少し魔力が回復してきましたね。このまま歩いていくのもあれなんで、空を飛んでいきましょうか。ルゥさんもそれで構いませんか?」
「構わん」
「じゃあ」
ふわっと、アリーシャはその場に浮かび上がる。次いでルゥも浮かび上がった。
「ちょっ、待った待ったっ」
慌てて俺も浮かび上がる。その間に、二人はもう城に向かって飛び始めていた。急いで俺もあとを追う。
――そういや、あのドラゴンはまだこの近くにいるのかな、なんてことを考えながら、俺は今度こそ、魔法での飛行を楽しむことに全力を注ぐのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「近くで見るとまたすげぇな、これ」
当然だけど、城は近くで見てもやはりでかかった。上のほうが全然見えない。というかあまり上は見ないほうが良さそうだ。首が痛くなる。
視線を正面に戻した。目の前には城の入り口らしき扉がある。かなり頑丈そうな扉だ。けど、なんか物足りなく感じた。小さいのだ。
いや実際は、そこまで小さくはない、というより大きいほうなんだろう。でも、この城の玄関だと思うと妙な物足りなさを感じてしまった。
やばいな。もう毒され始めているらしい。
「お、おい、クーナ。もしかしてそこにいるのが」
そして扉の前には、銀色の甲冑を着た兵士っぽい人が二人立っていた。二人とも、なんだか驚いた表情でこっちを見ている。
「はい、彼の名前はサトウユウさん。彼こそが、異世界から来てくださった私たちの救世主です」
「「うをおおおおおおおおおっ!!!」」
突然、兵士さんたちがいきなり叫び出し始めた。
いや、気持ちは分かるけどちょっと恥ずかしいからやめてもらいたい。
「これでっ、これでこの世界は救われるっ。やっとだっ」
「オ、オレッ、ボスやみんなに知らせてくるわっ! うをおおおおおおおっ!」
と、兵士さんたちの片割れが、力いっぱい扉を開けるや否や、雄叫びをあげながら城のなかに突進していった。なんか嫌な予感がする。
「……俺、今すっげぇここから離れたいんだけど」
「クク、諦めろ。歓迎されているんだから別にいいじゃないか」
「ムリムリッ。俺には荷が重いっ。この場にはもっとふさわしい人がいるはずだっ」
叫んだところで、どうしようもない。俺がどう考えていようがやっぱりこの人たちにとって俺は救世主なんだ。腹をくくるしかない。
というか。
「救世主様っ、どうぞお入りくださいっ」
「…………」
あきらか年上の人に〝救世主様〟なんて呼ばれたら、もう色々と諦めるしかなかった。