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魔法世界の魔法事情   作者: ピーナッツ
プロローグ
3/22

第三話

 それから数分後、俺は目を覚ました。数分とはいえ気絶したおかげか、だいぶ頭がすっきりしたと思う。

 いまだ状況は理解できないものの……まあ、少なくとも心に少し余裕はできたから、何をするよりもまず命の恩人へと頭を下げた。


「助けてくれてありがとう」


 ……のだけれど、少女は無表情で、いえ、と首を横に振る。


「むしろ私たちはあなたに謝らなくてはいけません。――本当にごめんなさい」

「え、ちょっ!」


 そしてなぜか逆に頭を下げられてしまった。


「なんでっ? 助けてくれたのにっ。頭上げてくれよっ」

「……本来なら、あなたには全く関係のないことであなたは命を狙われました。私たちが愚かなばかりに、異世界人であるあなたに危険が及んでしまいました。私たちは謝ることしかできません」

「いや、だから……って、え? 異世界人?」

「はい」


 少女はようやく頭を上げた。表情は変わらないけど、瞳にはどこか強い意思のようなものが見える気がする。


「信じられないかもしれませんが、私とあなたを襲ったあの男は異世界、つまりここではない別の世界からやってきました」

「……え?」


 いきなり何を言い出すんだこの子は、と思った。けれど彼女の言葉はまだ終わらない。


「私に与えられた使命は二つ。敵からあなたを守ること。そして、世界を救う〝希望〟であるあなたを、私たちの世界にお連れすることです。だからどうか――」


 と、そこで一度言葉を切った少女は、再び深々と頭を下げてきた。


「――どうか私たちにそのお力をお貸しください。どうか私たちをお救いください。お願いします」


 そしてそう、少女は必死に懇願(こんがん)してくる。

 それを見て俺は、


「…………」


 ただただ言葉を失った。

 俺はこれでも、大抵のことなら信じられるし、許容もできると自負(じふ)している。魔法なんていう普通ではない力を使えるからな。十年間姿が変わらない夜火に対して、恐怖心や(かい)疑心(ぎしん)を抱いていないのもそれが故だ。


 ……が。異世界? 世界を救う希望? たとえ恩人の言葉でも、さすがにそれは理解の限界を超えていた。

 俺はついさっきまで、当たり前の日常を過ごす普通の高校生だったのだ。一応魔法は使えるけど普通の高校生。ちょっとだけ特殊な普通の高校生。


 面倒だと思いながらも学校に行き、友人とくだらない話なんかをして、部活で汗を流す。家に帰って飯を食って、風呂に入って、ぐーすかと寝る。

 そんな毎日をおくる俺が、いや俺に……一体何ができると言うのか。分からなかった。


「あなたは私たちの希望なんです。唯一の希望――」

「いや、ちょっと待って。二秒、いや三秒待ってお願いだから。……すぅー……はぁー……すぅー」


 深呼吸をする。とりあえず頭をからっぽにした。


「……オッケー、落ちついた。まず頭を上げてくれ。そしてできれば順を追って説明してほしい」

「はい、もちろんです。まずは何からお話ししましょうか」

「そう、だな。どうして俺の力が必要なのか、ってところから頼む。……あ、いや、それよりもまずは場所を移そう」


 今更だけど、ここは住宅街だ。多くはないけど人は通る。それにもっと落ちついた静かな場所で話を聞きたかった。

 少女は、俺の提案にうなずく。


「分かりました」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 そこは、近所の公園だった。人が少なくて落ち着ける場所はどこだろうと想像したら、真っ先にここが思い浮かんだのだ。想像通り他に人はいなかった。今俺と少女は二人そろってベンチに座っている。

 ここへ来る道すがら、互いに軽い自己紹介は済ませてある。彼女の名前はクーナ・アリーシャ。一個下の十五歳らしい。

 昔よく遊んだ公園を懐かしいなぁなんて思いながら、おもむろに語りだしたアリーシャの話に俺は耳を傾けた。


「私たちの世界は一言で言えば、魔法の世界です。大小はありますがすべての人が魔法を扱えます。魔法はあらゆる場面で使われていて、私たちの世界は魔法を中心に回っている、と言っていいでしょう。……ですが、その魔法が今、私たちを苦しめているのです」


 ――アリーシャの説明はこうだった。

 魔法の世界である彼女の世界には今、一つの魔法がかかっている。その魔法は絶大で、世界そのものに影響を及ぼすほどのもの。しかもその世界に住む人々の意識にすら介入してくるらしい。


 その魔法は、〝ルール〟と呼ばれている。

 効果は名前の通りだ。すなわち、ある規則を定め、対象をその規則に無理やり従わせる魔法である。そして対象とは、今回なら人間、ひいては世界を指す。

 今、アリーシャの世界に定められているルールは、


 ――〝永遠に争いが続く世界であること〟――


 だった。

 そんな、誰が、どんな理由で、どうやって発動したのかも分からないたった一つの魔法によって、世界は(ゆる)やかに狂い始めた。

 意識にすら介入してくる魔法だ。無意識のうちに人々は争いを望み、そして起こすようになった。


 当然、人々はその〝ルール〟というふざけた魔法を消そうと(こころ)みた。何十、何千もの魔法使いが挑み、結果は――全て失敗。

 その魔法はとにかく頑丈だった。魔力と呼ばれる、魔法にとっての燃料とも言えるものが桁違いに多く注ぎ込まれているのだ。


 魔法の強度は、注ぎ込まれた魔力の量がものを言う。現在、少女の世界に〝ルール〟を打ち破れるほどの魔力をもった魔法使いはいなかった。

 人々は絶望した。多くの者がその救いなき世界に生まれたことを嘆いた。

 そして誰もが諦めかけたとき、しかし、一筋の光が差し込んだのだ。光をたどれば、それは自分たちの世界ではなく別の世界にあった。


 人々はその希望に全てをかけた。

 〝ルール〟を破れる唯一の鍵にして、計り知れない魔力をその身に宿した異世界の魔法使いに――


「そうそれが、あなたというわけです。サトウユウさん」

「…………まじか」


 にわかには信じられなかった。


「というかどうやって、異世界にいる俺を見つけたんだよ。それも魔法か?」

「はい。〝真実の鏡〟と呼ばれています。これですね」


 アリーシャは俺に一枚の手鏡を手渡してきた。……というか、今どっから取り出したんだ? 不思議に思いながらも、受け取った手鏡を見てみる。鏡には、自分の顔が映っていた。まあ、当然だ。


「これは名前の通り真実を映しだす鏡です。この鏡に――『この世で最もその身に、多くの魔力を宿す人間は誰?』と問えば……見てください」

「…………」


 手鏡を見る。相も変わらず自分の顔が映っていた。


「いや、何も変わっていないんだけど?」

「鏡を動かしてみてください。そうすれば分かります」

「動かす?」


 言われたとおり手鏡を前後左右に動かしてみる。


「……お」


 いくら動かしても、鏡の中心にはぶれることなく自分の顔が映っていた。

 なるほど。反射して映っているわけではないらしい。おそらく、見えないカメラのようなもので俺の顔を真っ正面から撮り、その映像をこの鏡に送っているんだろう。まるでテレビみたいだ。

 試しにアリーシャをまねて、『俺の弟は誰?』と問いかけてみた。


「おお、勇人(ゆうと)


 途端、鏡に弟の顔がアップで映し出される。

 なにやら真剣な顔つきだ。テレビでアニメでも見ているんだろうか。 


「へぇ、これは凄い。さすが魔法だ。でもよくこれで俺を見つけられたな。顔しか映っていないのに」

「はい。苦労しましたが、後ろの景色などで判断しました。異世界だと分かったときは驚きましたね」

「まあ、そうだろうな」


 お、なんか驚いてる。相変わらず表情に出やすいな、勇人は。


「おそらく、今現在〝ルール〟を打ち破ることができる魔法使いはあなたしかいません。私たちは、あなたを頼るしかないのです。だからどうかお願いします。ユウさん、私たちを救ってください」

「……なるほど。君らにとって俺が唯一の希望だってのは分かった。理由もまあ、納得できた。――でも、だったらどうして俺は命を狙われたんだ? そこがまだよく分からない」

「それは……」


 答えにくい質問だったのか。手鏡から視線を外し、アリーシャの方を見ると、彼女は逃げるようにして俺から視線をそらした。そしてそのままポツポツと語り出す。


「私たちの世界には今、二つの大きな組織が存在します。一つは〝ルール〟を破り、世界に平和を取り戻したいと願っている組織。もう一つは〝ルール〟を守り、永遠に争いが続く世界であることを望んでいる組織。私は前者に、また、あなたを襲ったあの男はおそらく後者に所属しています。後者の組織にとってあなたは言ってしまえば、最大の敵なのです」

「もしかしてそれも〝ルール〟の影響なのか?」

「はい、おそらくは」


 と、そこでアリーシャは再びこちらに視線を戻した。その表情にはどこか、覚悟のようなものが見える。


「彼らは目的のためなら手段を問いません。なのでおそらく、ユウさんは今後も命を狙われるでしょう。そしてそれはあなただけではありません。家族や友人、知人といったユウさんの周りにいる方々にも危険が及んでしまうかもしれない。……こう言うのはとても卑怯ですが、あなたがこの世界にいる限り、あなたと、あなたの周りにいる方々に平穏はありません」

「…………」

「ユウさん、あなたもまた、〝ルール〟というふざけた魔法によって人生を狂わされた、一人なのです」


 ――ああ、正直、ふざけるなと思った。アリーシャの言ったとおり、これは本来俺に何の関係もないことだ。

 この世界に生まれ、この世界で生きてきた俺がどうして異世界の、しかも誰が何のために発動したのかも分からない魔法によって人生を狂わされなければいけないというのか。そう、俺は怒っていた。それは何に対してか。目の前の小さな少女に対してか。


 いや、違う。彼女は何も悪くない。ただただ世界の平和を願い、そのために出来ることをしているだけだ。

 なら、〝ルール〟を守り、永遠に争いが続くことを望んでいるとかいう組織にか。

 これも少し違う。彼らもまた、俺のように人生を狂わされているのだ。……いや、俺を殺そうとしているのはふざけんなと思うけど、一番ではない。

 怒りを抱く相手なんて、そんなの決まっている。


「なあ、その〝ルール〟っていう魔法を発動した魔法使いは今も生きているのか?」

「〝ルール〟が発動した正確な時期は分かりませんが少なくとも二百年は経っています。なのでおそらくはもう、この世にはいないでしょう」

「そうか……」


 どうやら俺には殴る相手すらいないらしい。俺は、一体何のために異世界へ行くのだろうか。

 ――だって、唯一の希望なんて言われたから。だって、女の子がこんなに必死に頼んでいるんだから。だって、俺がいかなければ身近の人が不幸になるんだから。


 色々と理由はつけられるけど、本当にそんな理由で行っていいんだろうか。ただ流されるように異世界へ行って、俺は本当に彼らの願いを叶えられるのだろうか。

 俺は……どうしても頷けなかった。 


「ユウさん。今すぐ答えを聞かせて欲しいわけではありません。明日の朝、お宅に伺います。そのときに答えを聞かせてくれませんか?」


 そんな俺に対して、アリーシャは言う。俺はうなずいた。


「ああ」


 結局結論は出ぬまま、彼女とはそれで別れた。

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