最終話
「よーしお前ら、今日も気をつけて帰れよ」
それは、ホームルームの締めくくりの言葉だった。
うちの担任教師は、いつも決まって同じことを言う。意図してそうしているのか、ただ単に何も考えていないからそうなっているのかは分からないが、俺たち二年三組の生徒はいつもその言葉を合図にして放課後をむかえる。
「今日なにする?」
「明日の宿題なんだっけ」
「部活だるー」
授業という苦痛から解放されたことで、教室内は一気に騒がしくなった。
かくいう俺の元にも早速、一人の男子生徒がやってきた。清水良だ。
「佐藤、一緒に帰ろうぜ」
「悪い、今日は無理だ。妹と帰る約束しているから」
そう答えると、まるでタイミングを見計らったかのように、
「アニキー。帰ろー」
と、教室の入り口から、聞きなれた声が聞こえてきた。
反射的にそちらを向けば、やはり想像通りの人物が教室の入り口に立っていた。
「いや悪い夜火。今から俺、ちょっと職員室行かなきゃいけないから、先行って校門で待っててくれ」
「ん、了解。早く来てよー」
夜火はツインテールの髪をぶんと振って方向転換すると、そのまま教室を出て行った。
「そういうわけだからさ。俺帰るわ」
「まあ、それなら仕方ないよな。また明日な」
「おう」
軽い挨拶を交わして、俺はリュックサックを背負うと駆け足で教室を出て行った。
それから十数分後、俺はようやく校門にたどり着いた。途端、夜火は不機嫌そうな表情で文句を言う。
「遅い。タイムセール終わっちゃうでしょ」
「悪い悪い。担任の話が長くて」
夜火の隣に並び立つと、俺たちはそろって学校を出た。
そのまましばらく歩けば、他の生徒の姿もなくなり、二人きりになる。
「お前、だいぶ女子高生っぽくなってきたんじゃないか?」
「じゃろ? じゃなくて、でしょ?」
夜火はにやりと笑う。
今彼女は、いつものちっこい姿ではない。ルゥと夜火を足して二で割ったような姿をしている。
身長はおおよそ女子高生の平均ぐらいか。髪は黒で、左右に結っている。またほんのり日焼けもしていた。
見た目的には、スポーツ少女、といった感じか。というより実際そうなのか。こいつも俺と同じで、陸上部に所属しているから。
「アニキもだいぶ元の感じに戻ってきたんじゃない?」
「まあ、少し変な感じもするけどな。自分をつくっているみたいで」
「それは私の方が大きいでしょ」
高校に通うということで、夜火はじじくさいしゃべり方をやめ、女子高生っぽく振る舞うようにしている。
とはいえ時々は地が出てしまい、周りが変な空気になってしまうらしい。だが、学校ではうまくやれているようだ。なんか聞いたところによると、クラスではマスコット的愛されポジションを獲得しているんだとか。本人はまったく気づいていないようだが。
「でもお前、最近夜中とかずっとスマホでゲームしてるらしいな。勇人がぼやいてたぞ? 『うひょー! レアモンスターゲットー!』とかいちいちうるさいって。うちの壁薄いんだからあまり騒ぐなよ?」
「う……だってまさかゲームというものがここまで面白いとは思わなかったから」
ぶつぶつと言い訳を繰り返す夜火。
ちなみに彼女は、今俺の義妹として一緒に暮らしている。魔法で偽の記憶をちょちょいと植えつけたため、家族にはなんの問題もなく受け入れられたが、夜火本人は慣れない様子でまだどこか家族に壁をつくっている。
しかしこればかりは仕方がないんだろう。ゆっくりと慣れていくしかない。
大丈夫。時間はたっぷりあるんだから。
「……勇。ありがとな。本当に」
「おいおい、なんだよ急に。気持ち悪いんだけど」
「ちょっ、気持ち悪いってっ。それはさすがにひどくないっ?」
それに俺たちは、今自分の意思で変わろうとしている。
自分で自分を変えられるなんて、そんなのひどく当たり前の話ではあるが、しかしとても幸せなことなんだろう。
俺たちはいつだって、自分の足でスタートを切ることができる。だから――
「おい夜火っ。やばいっ。タイムセール終わっちまうっ」
「もうっ! だから言ったじゃんっ!」
「いいから走るぞ――夜火!」
俺たちは一緒に、二人そろって走り出した。
――夜火、俺こそ言わせてくれ。
ありがとな。本当に。




