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魔法世界の魔法事情   作者: ピーナッツ
プロローグ
2/22

第二話

 ――あの約束。


 それはあいつと会って間もない頃、あいつが俺に対して定めた一つの制約のようなものだった。

 といっても、そんな大げさなものではない。ルールと言い換えてもいいかもしれない。

 夜火は、会って間もない俺に対してこんなルールを定めた。


『どうしても必要なとき以外、無闇やたらに魔法は使わないこと』


 彼女は、俺が魔法を使えることを知る、唯一の人間だった。

 当時の俺は、まだ幼かったこともありどうしてそんなことを言うのか分からなかった。ただ、そのときからすでに俺は、彼女に対して淡い恋心のようなものを抱いていたのだと思う。好きな子との約束だから、俺は必死に守った。


 今思い返せば、ゾッとする話だ。もし彼女がいなかったら、その約束を守っていなかったら、俺は大変なことをしていたかもしれないし、大変なことになっていたかもしれない。

 本当に感謝してもし足りないくらいだ。そう、感謝している。


 けど、俺も成長した。魔法というものがどういうものなのかを理解したのだ。

 確かに魔法は危険。バレれば大変なことにもなる。それは理解した。

 しかし同時に知ってしまったのだ。魔法の有用性を。

 結果的に、俺はこう結論した。


 ――バレなきゃいいんじゃね?


 いや、まるで犯罪者のような考え方だけど、俺はそれ以来時々魔法を使うようになった。

 とはいえもちろん魔法を犯罪方面に使ったことはない。夜火に対しての罪悪感もあったから、本当にちょっとしたこと。例えば物を軽くしたり、遠くにある物を引き寄せたり、その程度の魔法しか使ったことはない。


 そのため、今まで問題という問題は起きていなかった。だからその考えを改めるつもりは今のところない。

 夜火に対して申し訳なく思いながらも、俺は今日もまた、魔法を使う。バレないように、ひっそりと。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 夜火と別れてから、俺はその足でまずスーパーへと向かった。夕食の買い出しをするためだ。

 今までにも、今回みたいに何度か親の代わりに食事を作る機会があったため、簡単な料理なら作れる。弟はカレーが好きだから今日の献立はカレーにした。

 カレーの材料と付け合わせのサラダの材料、あと飲み物や消耗品をいくつか買って、スーパーを後にした。


 そして今俺は、近所の住宅街を歩いている。手にはもちろんパンパンに詰まったスーパーの袋を持って。

 向かう先は当然自分の家。学校はとっくに終わっているだろうから、弟はもう家に帰っているはずだ。自然と俺の足は普段よりも少し速くなっていた。


「結構遅くなっちまったな。早く帰らねえと」


 けれど俺はさらに足を速める。もはや駆け足に近かった。

 いくら陸上部でならしているとはいえ、パンパンに詰まった袋を手に持ちながら駆け足をするのはそれなりの苦行である。普通なら。


 そう、ここで登場するのが魔法。俺が今持っているスーパーの袋は、魔法によってかなり重さが軽減されていた。元々の重さはだいたい五キロぐらいだったけど、今はたぶん一キロもない。だから邪魔ではあるが重くはないのだ。苦行でもなんでもなかった。


 そのまましばらく、ペースを落とさずに歩き続けた。

 あと五分もすれば家につくだろう。そんなところで、しかし、俺は思わず足を止めた。それは意図しての行動ではない。気づいたら、そう無意識のうちに足を止めていた。


 ――道路の真ん中に、妙なヤツが立っている。


 全身黒。そいつはマントでその身を包んでいた。

 身長はおよそ一八〇センチ弱。顔はフードの下に隠れているためうかがい知れないけど、体格からしてたぶん男だろう。男は、こちらをじっと見つめている。


「――――」


 俺は直感的に感じた。あいつはヤバいと。それは不審者が出たとかそういうレベルのヤバさじゃない。それこそ、命の危険を感じた。

 なぜ、かは分からない。ただ、そう思ったのだ。


 ――しかし、いやだからこそ、俺は前に進むしかなかった。逃げようと後ろを向けば殺される。このままここに突っ立ていても状況は変わらない。それに一刻も早くあの男から離れたかった。

 だから俺は冷や汗を流しながらも、再びゆっくりと歩きだした。その、直後。


「あー、まじかよ。ほんとにいたよ。なんだこのバカげた魔力。ありえねえだろ」

「……っ」


 フードの下から、声が漏れた。若い男の声だ。

 その声を聞いた瞬間、ぞわりと体が震えた。自然、また足が止まる。


「……うそ、だろ?」


 声を聞いただけで、俺は理解した。理解、してしまった。

 俺は今日、ここで死ぬのだと。


「こんなガキが世界を救う〝鍵〟だってのか? 笑えねえよおい」


 そんな俺をおいて、男はなおも喋り続ける。

 逃げねえと……。そう思うものの、足が震えて動かなかった。一歩も、ただの一歩も踏み出せなかった。


「まあ、でもいいか」


 そしてそれは致命的な失態だ。まもなく男はゆっくりとこちらに近づいてきた。それほど大きくない足音が、妙にはっきりと耳に届く。

 もしも今、ここであらんかぎりに叫べたら、どれだけ楽だっただろう。この恐怖が、絶望が、少しは和らいだかもしれない。


「…………」


 だというのに、俺はその場を動くことはおろか叫ぶこともできないでいる。

 そんな弱い自分が、今はただただ憎らしかった。

 やがて男は俺のすぐ目の前で立ち止まると、おもむろに手を持ち上げる。いつのまにかその手には、小さい剣のようなものが握られていた。


「どれだけの力をもっていようと、それを使いこなせなきゃただのガキ。いや――」


 鏡のようにクリアな刀身が、日の光を浴びてギラリと光った。


「――死体になれば、それ以下か」

「あ……」


 その瞬間、俺は死を覚悟した。反射的に目をつぶる。

 弱い自分にできたのは、せいぜいそれぐらいしかなかったから。


 まもなく、俺の首元目がけて死神の鎌は勢いよく振り下ろされた。そして俺の首は軽々と、宙を舞った。制御を失った体はどしゃりと地面に倒れる。

 こうして俺は今日、ここであっけなく死んだ――


「……?」


 ――はずだった。

 いつまで経っても痛みがやってこないことを不思議に思い、恐る恐る目を開ける。


「させません。私たちの〝希望〟は私が守ります」


 と――目の前で、綺麗な銀色の光がきらきらと眩しく輝いていた。

 俺はその光につい目を奪われる。

 その間に、俺を背に庇うようにして佇む銀髪の少女と、フードをかぶった男の会話が続いた。


「ちっ、邪魔すんじゃねえよ城の者。そいつは生きてちゃいけねえんだよ。分かるだろ?」

「分かりません。あなた方の考えなんてこれっぽっちも。私は世界に平和を取り戻すためにこの人を守ります」

「……かー、青いね。青い。お前みたいな青いガキを見ているとついつい……真っ赤に染めたくなる」

「っ!」


 途端、濃密な死の気配を感じた。殺気、というやつなのかもしれない。

 俺はそれで、ようやく我に返った。けれども情けないことに、まだ足が動かなかった。けどせめて足手まといにはならねえぞと足に力だけは入れておく。


「まあでも、今回の目的はそこの小僧だけだ。今度は邪魔すんじゃねえぞ、嬢……っ!」


 が、なぜか、順調に喋っていたはずの男が突然息をのみ固まった。しかもたちまち体を震わせる始末。

 な、なんだ? 唐突とも思えるその変容に、思わず少女の方を見たが、


「……?」


 彼女もまた不思議そうに首をかしげていた。どうやら彼女が何かをしたわけではないらしい。

 なら一体何が、と思ったのもつかの間、男は震えた声で呟いた。


「おいおいおいおい、冗談じゃねえぞ。何だこの気配。ふざけんなよ」


 その姿は、まるで『何か』に怯えているようだった。

 まもなく男は、


「……ちっ」


 一瞬俺の方をちらっと見たものの、すぐに慌てた様子でマントの下から黒い謎の球体を取り出すと、それを躊躇(ちゅうちょ)なく握りつぶした。そして、


「くそったれが」


 そんな捨て台詞を残したかと思ったら、彼はぱっと消えた。跡形もなく。


「は?」


 今日何度間抜けな声をあげたか分からない。しかしあげざるを得なかった。

 なにしろ人が一人目の前で消えたのだ。

 正直……理解が追いつかなかった。


「なんだかよく分かりませんが、どうやら助かったようですね。良かったです」


 ただ、そう、これだけは分かる。

 突然発生した意味不明な命の危機は、このクールだけど熱い銀髪少女と、なんだかよく分からないもののおかげで去ったのだということは。


「は、はは、死ぬかと思った」


 俺はどさりと、地面に腰を落とした。

 ……ああ、弟よ。悪い、兄ちゃんはもう少し遅くなりそうだ。そして間を置かず、情けなくも兄ちゃんは地面へと大の字に倒れるのだった。

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