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魔法世界の魔法事情   作者: ピーナッツ
第三章 崩された安定
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第十四話

 塔の中は思ったよりも綺麗で、明るい雰囲気に包まれていた。

 床や壁はレンガがむき出しの状態になっているが、天井付近には点々と光の玉が浮かんでいて、明るさは十分に保たれている。

 まあ、城と比べれば暗い印象を抱くが、悪くないと思える内装だった。


 また、塔の中には結構な人数この組織のメンバーと思われる人間がいた。やはり全員が黒いマントを羽織っていて、まるで怪しい宗教団体のようだった。というか組織名が確か〝黒の教団〟だったか。まんま宗教団体じゃないか。


 てっきり彼らは、ルールという彼らにとっての神を壊せる俺を、敵意むき出しといった様子で見てくるかと思ったが、反応は予想外にも良好。むしろ、俺をどこか崇拝するようなきらきらとした目で見つめてくるヤツらが何人かいたぐらい。

 一体俺がこの組織の中で、どういう立ち位置になっているのか若干だが気になった。


 とはいえ面倒事がないならと、彼らに道を聞きながら塔の中を歩けば、数十分かけてようやく出口にたどり着いた。

 やはりこの建物も無駄にでかすぎる。一緒に壊してもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら塔の外に出る。と、


「そういえばそうだったな」


 前方には、視界一面にただっ広い、風が吹きすさぶ砂漠が広がっていた。

 なんでわざわざこんな、何もない不便な場所に建てたのか。

 さっきから、風に乗って飛んできた砂が顔や腕に当たってうざったい。もしかしたらあのマントは、こういう砂の被害を軽減するために羽織っているのかもしれないな。


 まるでどうでもいい分析をしながら、俺は空へと飛び上がった。

 こうして高く飛べば、砂の被害もゼロではないがかなり減る。相変わらず風は強いが、気温はちょうど良かった。魔法で調節しているのかもしれない。そこまで環境は悪くないようだ。


 ならここも結界が張られているだろうし、このまま飛んでいくか。

 俺はしばらくの間、ただっ広い砂漠を飛び続けた。


「……む」


 やがて、今まで肌に纏わりつくように感じていたいくつかの魔力が、突然後ろへと流れた。ちょうど砂漠を越えたあたりでだ。

 おそらく、結界を越えたんだろう。じゃあもう、普通に転移できるはずだ。すぐに場所を移った。


 移った先に広がっていたのはひらけた草原。草原の中心には巨大な石板がそびえ立っている。ルールの核だ。

 改めてそれをじっくり見てみようと、おもむろに近づく。


「――いや、先に仕事を済ませるか」


 が、三歩ほど歩いたところで立ち止まると、俺はまた空に向かって飛び上がった。


「やはりここからでもよく見えるな、あれは」


 そして空中にとどまり、前方を見据える。

 まだかなりの距離が離れているはずなのに、城はここからでもはっきりとその姿をこの目にとらえることができた。実に分かりやすいターゲットだ。


 とはいえ問題はここから。あのでかぶつをどう壊すかだ。

 いや、壊すだけなら簡単。爆発させればいい。ここからでも俺の魔力量なら不可能ではない。

 だが、魔力は格段に減るだろう。もしも非常事態が起こったとき、それでは困る。


「それに……」


 爆発させればおそらく何人かは死者が出るはずだ。生きるためなら、たとえ誰が犠牲になろうとも構わない、そう確かに思っているが、不必要な殺生をするつもりはない。

 あいつは、俺のやり方でいいと言っていた。だったら好きにやらせてもらおう。


 俺はすぐさまイメージを思い浮かべると、魔法を発動した。途端、目の前に一本の剣が現れる。俺はその、空中をふわふわと浮いている剣を、逆手で握った。次いでその手を後ろに引き、すぐにやり投げの要領で力いっぱい投げた。

 たちまち、剣はまっすぐ城に向かって飛んでいった。かなりのスピードだ。


 普通なら当然届かない距離だが、俺は城に届くようにイメージをしながら投げた。対象

物が動かないのなら、魔法を使えばたとえどこからでだって当てられる。

 それと他にもう一つ、イメージを加えたから。


「……ああ、こうなれば綺麗なもんだな。あの城も」


 途中ですぐに見えなくなったが、イメージ通り剣が城に当たったんだろう。俺は目を細めてそれを眺める。

 それは――巨大な()の(・)城だった。


 といっても、これもまた中まで凍っているわけではない。表面だけを凍らせているに過ぎなかった。

 だが、強度はそれなり。厚さもそこそこ。壊すのに時間はかかるだろう。その間に、多くの目に触れさせる。衝撃は大きいはずだ。


 壊せてはいないが、まあ、いいか。無理やりそう結論付けると、俺はゆっくりと降下した。

 地面に降り立ち、再びルールの核へと歩みを進める。


「なるほど。今なら分かる。まったくふざけた魔法だ」


 ルールの核を眺めながら呟いた。

 全快の状態でぎりぎり消せる、ってところか。核だけでこれなら、魔法全体に込められている魔力とか……想像もしたくないな。あり得ないだろ。


「でも今これを消せば、世界が救われる、か」


 なんとなく言葉に出してみたが、それでもやはり、心が動くことはなかった。

 たとえ魔力が全快でも俺はこれを消さないと思う。なにしろこれを消せば、俺はジン・フレイルに殺される。この首輪がある限りそれはひどく簡単な作業だ。


 それにあいつはおそらくだが、ルールの影響を受けて世界の敵になっているわけではないと思う。だからルールを消したとしても、あいつは変わらないだろう。きっと世界の敵であり続ける。

 あいつがルールの術者かどうかは分からないが、どちらにしろ今の俺に、あの男を裏切る意思を抱くことはできそうになかった。


「まあいい。これで目的は果たした。こんなところさっさと――」

「おい。どこへ行くつもりだ。お前は私の荷物持ちのはずだろう?」

「……ん?」


 ゆっくりと後ろを振り向く。と、ルゥがこちらに歩いてきていた。


「お前か。悪いが荷物持ちは他を探してくれ」

「……お前、ずいぶん雰囲気が変わったな」


 ルゥは足を止めると、どこか悲しげな表情で俺を見つめてきた。


「いや、そう悲しむ必要もないだろ。俺とお前は会ったばかりだ。しかしよく俺の居場所が分かったな。ここに来てそう時間は経っていないはずだが」

「……お前の匂いをたどってきたんだ」


 匂いって、犬かこいつは。


「それよりもユウ、お前には色々と聞かなければいけないことがありそうだ。ちょっと場所を移そうか」


 真面目な顔でそう言うが、すぐにその顔は訝しげに歪んだ。


「なに? 転移できない? ユウお前、まさか魔法抵抗力まで上がっているのか? 一体この短い間に、お前は何を経験した」

「いや、ちょっとばかし長い夢を見せられただけだ。というか……なるほど。現実ではまだそれほど時間が経っていないのか」


 まるでタイムリープでもした気分だ。


「夢だと? それに何を言っている? ユウ、お前が経験したことをすべて私に教えろ」

「……ずいぶんとぐいぐい来るな。そんなに隠し事が嫌いか? ルゥ」

「…………」


 と、俺の言葉や口調になにかを感じ取ったのか、片方の眉をわずかに持ち上げると、彼女は急に黙り込んだ。


「まあ、今さっき気づいたんだが、お前、ジン・フレイルに会ったとき言葉遣いちょっと変わってたよな。実は俺、今言った長い夢の中である女の子と何度も会ったんだ。それでそいつの言葉遣いが、あのときのお前の言葉遣いとまったく一緒なんだよ。もちろん偶然ってこともあるが……俺からも一つ聞いていいか?」

「…………」


 彼女は何も答えない。だが構わずに続けた。


「お前――夜火だよな?」

「…………ほう?」


 たちまちルゥ――いや、夜火は口の端をつり上げた。なぜか楽しそうに。それは少し予想外の反応だった。


「お主、察しも良くなったのか。もっと鈍感な男だったはずじゃが」

「意外だな。お前はもっと驚くか、もしくは否定するかと思ったが、素直に認めるのか」

「ああ、認めよう。わしは確かにお主の知る、夜火で間違いない」


 彼女がそう言った瞬間、一瞬だけ魔力を感じた。かと思ったら彼女の姿は、相変わらず着物を着てはいたが、俺のよく知る少女と同じ姿になっていた。


「そうか。今のお前から魔力は一切感じられないが、一瞬だけでも魔力を感じたってことはつまり、その姿は変身前ではなく変身後。本当の姿ではないってことか」

「お主、魔力の感知までできるようになったのか。確かにその通りじゃ。この姿こそまやかし。先ほどまでのわしが本物のわしじゃ。とはいえ少し違うところもある。魔力を一切感じられないのではなく、感じられないほどの魔力しか込めていんじゃ。今まで何百回と繰り返してきた魔法だからこそ出来ることじゃがな。さて、お主はどっちのわしの方が好みなのかの?」

「それが変身後なら、ずっと姿が変わらなかったのもなるほど当然だ。だがなぜ、そこから少しも姿を変えたりしなかった? ずっと姿が変わらないなんて気味悪がられると思うだろ、普通」

「……ツッコミすらなしか。なんだか悔しいのう」


 いきなり項垂(うなだ)れた夜火を無視して、俺は考えを進める。

 しかし、とにかくこいつが夜火だっていうんなら、ああ、今までのルゥとしての行動も色々と納得がいく。俺を助けたり、俺のピンチに過剰に反応したり、ルゥはまるで、俺を守っているようだったから。


「姿を変えなかったのはただ単にめんどくさかったからじゃ。だって考えてもみろ。少しずつ未来の自分を想像して、それに合わせて変化させていくなんて、かなり面倒で恥ずかしいじゃろう? もしそれでお主が離れていくようなら、それはそれで仕方ない、そう思っておったんじゃ。……まあ結局お主は、それでも変わらずわしに接してきおったが」

「それは俺が魔法を使えたからだ。あとお前、魔法を使える上、さらにあれだけ使いこなしていたってことは、元々はこっちの世界の住人だったってことか? ならなぜあっちの世界にいた?」

「……お主、まるで取り調べをする刑事みたいじゃのう。まあよいが」


 夜火に言われて気づく。どうやら今の俺は、分析することが一種のクセみたいになっているらしい。

 夢の世界で、よく相手の魔法や戦い方、魔法の仕組みを分析していたからそのせいかもしれない。まあそれでとくに困ることもなさそうだから、直す必要もないと思うが。


「その質問に答えるとなると、少しばかり時間を要する。じゃからまた今度にでもゆっくり話そう。ということで、今度はわしから質問よいか?」

「なんだ? 簡単な質問なら答えてやる」

「ああ、簡単な質問じゃ。では聞くが。お主は今――何を望んでいる?」


 そう問う夜火の表情は、とても真剣だった。なら俺も、真面目な顔でその問いに答えを返す。


「俺が望むのは単純なことだ。生きること、そしてそのために強くなること、それだけだ」

「ならばお主は、これから何をする?」

「とりあえずは死なないよう、ジン・フレイルの命令に従う」

「……そうか。この短い間にお主がどんな経験をしたのか知らないし、もう聞いたりはしないが……お主はあの誓いも忘れてしまったんじゃな」

「誓い?」


 なにか誓いを立てただろうか。


「お主はここへ来る前に、あの神社で誓ったはずじゃ。『もし大切な人が危ない目にあったなら、たとえ命をかけてでもその人を守ってみせる』と。それを忘れてしまったのか?」

「お前……あのときあの神社にいたのか。ああ、魔法で姿を消していたのか? いつからつけていたんだ」

「違う。元々わしは、あのときあそこにいた。そしたらお主が突然現れたから、慌てて隠れたんじゃ」


 いや、わざわざ隠れる必要はあったのか? ……まあいい。


「で、お前は俺をどうする気だ? ジン・フレイルが言うには、俺はこれからこの世界の敵になるらしい。この世界の住人であるお前は俺をどうする」


 聞くと、夜火は不意に視線をずらして、何もない地面をぼーっと見つめ始めた。


「……正直わしは、この世界がどうなろうが人がどうなろうが知ったこっちゃないと思っておる。じゃからもしお主が、この世界の敵となるのならわしも迷わずこの世界の敵となるじゃろう。……じゃが」


 そこで彼女は、また俺に視線を向ける。


「そうなったらお主、元の世界にはきっと帰らないじゃろ? それでは困るんじゃ。わしは結構、あちらでの生活を気に入っておるからのう。お主がいる、あちらでの暮らしをのう。じゃから」


 そう言って、夜火は笑った。それはまるでルゥが浮かべていたような、人をおちょくる、わがままで自信たっぷりな――強気な笑みだった。

 ……こいつ。俺は思わず、眩しいものでも見るように目を細めて彼女を見た。


「お主には、世界のためとかじゃなくてわしのために、わしのためだけにっ、元のお主に戻ってもらおうか!」

「…………」


 心はまだ、動いてはいない。

 だが、こいつを見ていると、心のどこかで無くしたものを必死に探そうとしている自分がいる。

 俺は……一体どうなりたいんだろうか。こいつと戦えば、それが分かるかもしれない。

 だから、


「やれるもんならやってみろ。どちらにしろ、俺の邪魔をするってんならお前は俺の敵だ。敵は殺す。殺されたくなかったら、どうにかその手で――俺を変えてみせろ」


 俺は夜火に、はじめて敵意を向けた。

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