第十三話
「勇。六十九回目じゃ」
そのあとも、俺は蘇るたび、戦った。最初のうちは相手の魔法を消すことも避けることもできず、すぐに殺されていた。
だが、できなければ殺されるという、極限の緊張感のおかげかやがて魔法をつかった戦いにも慣れ始め、魔力も簡単に見つけられるようになってきた。
だんだんと戦う時間も伸びていき、俺は殺されにくくなった。
「勇。七十五回目よ」
そして、回数を重ねていくうちにだんだん、相手にも変化が出始めてきた。
最初は必ず一人で俺を殺しに来たのに、いつしかそれが二人に増えたのだ。
そうなれば当然戦いは不利になる。生き延びる時間は再び短くなってしまった。
とはいえ、その不利な戦いにも慣れると、時間はまた伸びその分戦いは激しくなっていく。しかし俺の心はむしろ、凍りついたように冷たくなっていった。
「勇。八十八回目だ」
戦いに慣れれば、敵もまた動きだし始める。今度は三人で、しかも最初のつまらない小芝居もやらず、ただただ俺を殺しに来る単なる人形になり下がった。
やはり慣れるまではそれなりの苦戦を強いられたが、慣れてしまえば二人も三人も変わらない。少しでも長く生きるため、強くなるため、ひたすらに戦った。
すると気づけば。
「勇。九十九回目じゃ」
このつまらない夢物語も、いよいよ話数が三ケタに突入しようかとしているところだった。
「…………」
目を開ける。と、すぐ目の前に夜火がいた。彼女は俺目がけて、今まさに剣を突き刺そうと振りかぶっているところだった。
「消えろ」
すかさず空気の弾を夜火にぶつける。空気の弾は彼女の脇腹に当たると、彼女を勢いよく横へ吹き飛ばした。
そのまま続きは確認せず、周囲を見回す。どうやら今回の舞台は近所の公園らしい。俺はそこのベンチに座っていた。
ここは昔、夜火とよく一緒に遊んだ思い出の場所ではあるが、今はもうただの戦場としか思えなくなっていた。
そんな冷めた気持ちのまま、ベンチから腰を上げる。そして戦場を歩いた。
「……なるほど。今回はオールキャストってわけか」
やがて、道路の方まで吹き飛ばされた夜火がおもむろに立ち上がったところで、公園に新たな影が三つ現れた。父と母、そして勇人だ。その三人に夜火を加え、今回の相手は四人、つまりは全員らしい。
「来いよ。何人だろうが関係ない。俺はそのすべてを薙ぎ払ってやる」
その言葉を合図にしたかのように、刹那、後方に魔力を感じた。
感じた瞬間、それを確認することなく地面を強く蹴ると、前方へ飛ぶ。地面を転がりながら後方を確認すれば、夜火が剣を横なぎに振りぬいていた。
転移か、そう分析している俺へ、他の三人が飛びかかってくる。三人とも、手のひらの上に大きな火の玉を浮かべていた。
瞬時に片膝を地面につけた状態をつくり、俺はそんな三人を見るとイメージを浮かべた。強い殺意を抱きながら。
「凍れ」
そう呟いた途端、空中に氷の人形が三つできあがった。氷の人形はそのまま、重力にしたがって地面に落ちる。が、氷にはヒビ一つ入っていなかった。
俺はすぐに立ち上がると、残りの敵、夜火を見据えた。
あの氷の人形は別に芯まで、というか中にいる人間まで凍っているわけではない。そもそも魔法抵抗力が高いから、ヤツら自身を凍らせることはできない。
俺は、ヤツらの周りの空間を凍らせたのだ。要は氷の中に閉じ込めているに過ぎなかった。しかしあの強度なら少しぐらいは、出てくるのに時間がかかるはずだ。
「っ!」
そう思ったとき、俺の周囲の空間が突然何か所か爆発した。
「――消えろっ!」
慌てて火は消したが、全身に軽い火傷を負ってしまった。
といっても、すぐに魔法でそれを治す。が、その数瞬の間で事は済んだようだった。
「……ちっ、俺のマネで時間稼ぎかよ。舐めやがって」
視線の先では四人が一列に並んでじっとこちらを見つめていた。氷の人形がそのまま地面に転がっているから、おそらく転移で脱出したんだろう。
ここで何もしてこないのを若干訝しんだが、とりあえず俺は魔法を発動しようとイメージを浮かべた。
とき、後方から魔力を感じた。
……っ。だが、前方には変わらず四人の姿がある。それで、一瞬対応が遅れてしまった。
「ぐぁっ!」
結果、俺は胸から剣を一本生やすことになった。
ごふっ、と血を吐き出しながら、ややあって後ろを振り返る。
と、
「勇さん。百回目ですよ」
「……ア、アリーシャ」
そこには、口の端をわずかにつり上げただけの笑みを浮かべた、アリーシャの姿があった。
「ぐっ!」
まもなく剣を強引に引き抜かれたことで支えを失った俺は、前へと倒れた。
朦朧とする意識の中で、砂を強く握りしめる。
「く……そっ」
そしてその状態のまま、俺は意識を失った。
「……っ」
目を覚ました瞬間、近くに魔力を感じた。床に直接寝ていたため、そのまま勢いよく横に転がる。
ある程度転がったところで、バッと立ち上がった。そして魔力を感じた方向を見る。
「っ! お前はっ」
「やあ。寝起き早々元気だね、君」
そこには――ジン・フレイルが立っていた。
「ボクなりにラストは衝撃的な展開にしたつもりだったんだけど、その様子じゃあまり意味はなかったみたいだね。残念」
「…………」
予想外の登場にやはり驚きはしたが、それでも冷静に周囲を確認する。
どうやらヤツ以外の敵はこの場にいないらしい。だが、おそらくここは敵の本拠地、塔の中だ。俺の記憶が正しければここは、夢を見始める前にいた部屋と同じ部屋。
なるほど要するに、俺はずっとここで眠って、あいつに夢を見せられていたってわけか。
どこか驚いた表情を浮かべてこっちを見ているジン・フレイルへと、視線を戻す。
「へぇー、てっきりボクの顔を見た瞬間、問答無用で襲いかかってくるかと思ったけど……君、案外冷静だね」
「確かに最初はお前を憎んでいたな。でも、今じゃ正直どうでもよくなった。俺に殺意を向けない限り、わざわざ手を出す必要もないだろ」
「ふーん、なんか色々と変わったね。ボクとしては大成功ー、ってところかな?」
「……なに?」
思わず声が低くなった。
俺はなりたくて今の、こんな自分になったわけじゃない。それを、こうなった原因であるこいつに、今の自分を見て大成功などと喜ばれれば、さすがにくるものがある。
睨みつけてやれば、しかしジン・フレイルはニコニコと笑ったまま。
「君、どうしてボクがこんなことをしたのか興味はある?」
「…………」
「うん、沈黙は肯定と受けとるよ。ボクはね。ぜひ君が、ボクの仲間になってくれたらいいなぁなんて思っているんだ」
「……は?」
俺は思わず眉を寄せた。
こいつふざけてるのか? あり得ないだろ。
「今君、あり得ない、って思ったでしょ。じゃあちょっと首を触ってごらんよ」
「首?」
言われたとおり自分の首を触ってみる。
「なんだこれ」
と、首になにか硬いものが巻き付いていた。これはもしかして……首輪か?
「それはね。〝契約の首輪〟、もしくは〝奴隷の首輪〟と呼ばれているものだよ。その首輪をつけている限り、君はボクの命令に従わざるを得ない。なにしろボクの命令に逆らったり、ボクに危害を加えようとすれば自動的に爆発するようになっているからね」
「……こんなもの」
魔法を使えばどうとでも――
「ああ、それと先に忠告しておくと、魔法で壊したり消したりすることはオススメしないよ。ボク以外がそれを外したり壊したりしたら、その瞬間爆発しちゃうし、そこに新たな魔力が込められてもダメだから転移もできない。それにその首輪は君ももう気づいているかな? 数種類の魔力が混ざり合ってできている。数人の魔法使いが協力してつくったものだからね。その中から一つでも魔力が消えたらこれもまたドカンだ。言ってること分かるかな?」
……こいつ。軽く殺意を抱いた。
確かに、首輪からは微妙に量の違う魔力が五種類以上は感じられる。すなわち、爆発させずに消すためにはこのすべての魔力を同時に意識しながら消すしかない。
が、そんな芸当、今の俺にはまず不可能だった。
「つまり、死にたくなければ言うことを聞け。そういうことか?」
「うん、そうだよ。そして君はこれを断れない。だからこそ大成功なんだよ」
「…………」
俺は、ジン・フレイルの言葉に何も言い返すことができなかった。
「君は、あの夢の世界で大きなものを一つ得て、また大きなものを一つ失った。得たものは魔法使いとしての純粋な強さ。そして失ったものは――自分自身。今の君は生きるこ
と、また強くなることに必死で、他のことはどうでもいいと思っているはずだ。違うかい?」
違わない。
いや、おそらく昔の俺だったら、口を大にして「違う!」と叫んでいただろう。大切な人が傷つくぐらいなら自分が傷つく、昔はそう思っていたし、思うようにしていたから。
しかし、今の俺は違う。そもそも大切な人、そう呼べる人が今の俺には一人もいない。
こいつの言うとおり、俺は本気で生きること、そしてそのために強くなること、それだけしか考えられなくなっていた。しかもそのためなら、たとえ誰が犠牲になろうとも構わない、そう本気で思ってしまっている。
「お前は、こんな首輪までつけて一体俺に何をさせようっていうんだ?」
聞けば、ジン・フレイルは笑みを浮かべたままピンと人差し指を立てる。
「――宣戦布告だよ。まずはね。これから君には、世界の敵になってもらう。そしてそれを、みんなに知ってもらうんだ」
「……具体的には何をさせるつもりだ?」
「そうだな。じゃあ、分かりやすいようにあのおっきな城。あれを壊してもらおうか。君なりのやり方でいいからさ。あの城は今、人々にとって〝希望の城〟みたいになっているから。それが壊れたとなれば衝撃は大きいでしょ?」
壊して、と簡単に言っているが、あれだけでかい城を壊すにはかなりの魔力が必要だろうし、加えて周りに結界が張られているから不用意に近づけないうえ転移もできない。
一応俺なら結界を越えて転移できると言っていたが、城を壊すための魔力、そして行き帰りの転移の魔力、合わせてどれだけ必要か分からないんだ。もし帰りの魔力が足りなかったら最悪組織のヤツらと一戦交えるはめになる。
まったく簡単な話じゃないな。
「俺なりのやり方でいいって言うんなら、どんな結果になっても文句言うなよ」
「うん、もちろん。ていうか、もう行くの?」
「ああ。……いや、その前に一つ聞いておくか」
ジン・フレイルの横を通り過ぎたが、数歩歩いたところでまた立ち止まった。
「お前は、この世界を征服する、そのための手駒として俺を仲間に引き入れたのか?」
「ん? 君を仲間にした理由は、君がこの世界の救世主だったからだよ? 救世主が敵に寝返るなんてこれほどの絶望はないでしょ? あと世界征服とか、そんなのしないって」
その声は、どこまでも楽しげだった。
「……ちっ、どうだかな。あともう一つ聞く、というより言っとくが、言葉の上だけでも俺を仲間と呼ぶんなら、今度会うときは本体をつれてこい」
「え? それはどういう意味だい?」
「そのままの意味だよ」
それだけ言うと、俺は再び歩き出し、今度こそ部屋を出て行った。