第十一話
「っ! こ、これってっ!」
そのあとも、爆発音は断続的に響いてきた。これは俺にも分かる。
今この城は、明らかに誰かから攻撃を受けていた。
「ちっ、せっかちなヤツらだ。俺の自信作がそう簡単に壊れるかっての。――おいおめえらっ! ノックの仕方も知らねえバカどもに軽くお灸をすえてやれっ!」
「「「「はっ!」」」」
ゼドーさんの怒号に短い言葉を返すと、今までそこにいたメンバーたちは全員、その場から忽然と姿を消した。
――て、転移……! 目を白黒させる。そんな俺に、ゼドーさんはにっと笑みを向けてきた。
「サトウ、心配すんな。すぐ終わる。おい嬢ちゃんっ、サトウのこと頼んだぞ!」
「……分かっている」
「がっはっはっ! 頼むぞ!」
瞬間、ゼドーさんもまた、目の前から忽然と姿を消した。闘技場には、俺とルゥだけが残る。
「まったく、空気の読めないヤツらだ。もう少しで私の荷物持ちが、従順な私の召し使いへと昇華したというのに」
不機嫌そうな表情を浮かべつつ、ルゥがこちらに歩いてくる。
「お、お前……余裕あるな。怖くないのか?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている。私は世界最強だ」
「……はは。確かにすごいヤツだな、お前って」
また、ルゥのおかげで少し心が落ちついた。もしこれを狙っていたのだとしたら、敵わないな、こいつには。
「そもそも私に勝てるヤツなぞいるわけがないんだから、怖がる必要がない」
「――へぇー、君ってそんなにすごいんだ。それはちょっとだけ困ったなぁ」
と、不意に後ろから、声が聞こえてきた。驚いて振り返れば、そこには一人の男が立っていた。
それはゼドーさんでも組織のメンバーの中にいた人でもない。初めて見る人だ。黒いマントを羽織っている。二十代前半といったところだろうか。
薄い金髪に、さわやかで整った顔立ち。背もすらりと高く、物腰も柔らか。浮かべる表情は人懐っこい笑顔だ。
ただ……なぜだろう。どこか冷たい感じがした。
「あ、あなたは?」
「ボクはジン。ジン・フレイル。塔の魔法使いのリーダー、って言ったら分かるかな?」
「塔の魔法使い?」
塔って言ったら、ドラゴンに襲われる前に見たあのでっかい黒い塔が思い浮かぶけど、
あれとなにか関係しているんだろうか?
「どうやらまだ君は知らないみたいだね。塔の魔法使いっていうのは城の魔法使い、つまりはここの組織〝レッドローズ〟と敵対している組織、〝黒の教団〟に所属している者のことだよ。まあ要するに、ボクは君の敵ってわけだ」
「っ! じゃあ今外で、ゼドーさんたちが戦っているのはっ」
「そう。塔の魔法使い。ボクの手下たちってことになるのかな?」
「…………」
――ならこの人の目的は、俺の暗殺?
「で、でもどうやって? 敵のリーダーであるあなたが、この城にそう簡単に入れるとは思えない」
「確かに、この城の守りは完璧だ。悪意をもった者が城に近づけばそれを術者に知らせる結界が張られているし、加えて転移を防ぐ結界も張られているから、普通はこうやって外から城の中に転移することはできなくなっている。ただ、後者の結界には欠点があってね。大量の魔力さえあればどこからでもこうして、結界を越えて城の中に転移することができてしまう。とはいえそんなことができるのは、ボクか君ぐらいだと思うけどね」
ジン・フレイルと名乗った男は、クスクスとおかしそうに笑う。気づけばその手には、いつの間にか手鏡が握られていた。
「しかし、この〝真実の鏡〟という魔法は便利だよね。魔力の消費は多いけど、知りたい情報をなんだって得られる。敵の状況も、居場所も、なんだって分かっちゃう。これと転移のコンボは本当に卑怯だ。ボクが言えることじゃないけど」
そう言って、ジン・フレイルは鏡を消す。
なるほどそういうことか。こう都合よく、みんながいなくなってからここに来れたのは、あの鏡でここの状況を確認していたからだろう。
ってかこれ……相当ヤバい状況だよな。あいつから、フード男から感じたような敵意は感じられない。だからこそ今俺も比較的冷静でいられるんだけど……でも、敵のリーダーっていうことなら俺を殺しにやってきたことは明白。
ちらっと隣を見れば、
「え?」
ルゥは目を見開いて、ジン・フレイルを凝視していた。しかもよく見れば、額にうっすらと汗をかき、体まで若干震えている。
「お、おい、お前どうしたんだ?」
聞こえていないのか、彼女はなにも答えない。ただ、しばらくしてようやく唇を震わせた。
「ジ、ジン……お主、生きておったのか? しかもその姿……」
なんと、あいつと知り合いらしい。
予期せぬ再会に驚いているのか、感動しているのか、言葉遣いまで変わっている。
しかしなぜか相手の方は、そんな彼女の言葉に対して首をかしげていた。
「ん? なにを言っているのかな? というか君、ボクのこと知ってるの?」
「……まさか覚えておらんのか? わしのことを」
「覚えていないも何もボクたち――初対面だよね?」
瞬間、ルゥはくしゃりと顔を歪めた。
「っ! ふざけるな! お主の呪いのせいでっ、あの後わしがどれほど苦しんだと思っている!」
「し、知らないよ。というかちょっと落ち着きなって。そう怖い顔しないでさ」
二人は明らかにかみ合っていなかった。ルゥは本気で怒っているが、ジン・フレイルもまた本気で慌てている。
一体どういう関係なのか、今どういう状況なのか、全然分からなかった。
「あのときっ、お主がわしにあんな呪いをかけたからっ、あの後わしはっ」
「あっ、もしかして君、オリジナルの知り合いだったりする? ちょっ、だとしたらすごいなぁ。君何者?」
「……なに? それは一体どういう」
今度はルゥが眉をひそめる番だった。けれどジン・フレイルはそんな彼女に取り合うことなく、マントの下に手を入れると、中から白い立方体の箱を取り出した。
「正直君には、色々と聞きたいことがあるけど、このままここにいたら彼らが戻ってきちゃうからね。だからまずは、ここに来た目的を達するとしよう」
「っ。……ユウを殺す気か? だとしたら許さんぞ」
たちまちルゥの目が鋭くなる。いつの間にか、言葉遣いも元に戻っていた。
「え、そんなことしないよ。もったいない。ボクがここに来た目的はそこの彼をここから連れ去ることだからね」
そう言うと、ジン・フレイルは手に持った白い箱をぽいっと軽く放り投げた。箱は緩い放物線を描きながら、ゆっくりとこちらに飛んでくる。
俺はその箱を受け止めようと、思わず手を伸ばした。そこに、
「待て! ユウ! その箱に触れるな!」
「え?」
ルゥから制止の声が飛んできたが、時すでに遅し。俺はそのまま、その手で箱をキャッチした。途端、俺の視界は白一色に染まった。
「な……っ! 転移っ!?」
意識を失ったわけじゃない。どうやら真っ白い空間に、無理やり転移させられたらしい。
ってかなんだここっ。本当に白しかないっ。
上を見ても、下を見ても、右を見ても左を見ても、何もない白い空間が広がっているだけだった。頭がおかしくなりそうだ。
「転移じゃねえ。ここは箱の中だ。てめぇは箱に吸い込まれたんだよ」
「っ!」
他に人がいたのかと、慌てて後ろを振り向く。
「げっ。フード男っ」
「は? なんだそのだせぇ呼び名は。……いや、やっぱいい。それとそう慌てるな。もう俺はてめぇを、殺すつもりはねえからよ」
フード男は白い床にあぐらをかいて座っていた。そしてその姿勢のまま、片手をあげる。戦意はない、そういうことだろうか。
いや、信じられるわけがない。
「あいつが言ってなかったか? 俺らの目的は、てめぇを城から連れ去ることだって」
「ああ、確かに言ってた。でも、なら何であんたは俺を何度も殺そうとしたんだ? それになんでここにいる?」
「……最初の質問に答える気はねえ。だがもう一つの質問には答えてやる。てめぇを監視するため……ってことになってはいるが、本当はてめぇに言っておきたいことがあるからだ」
「? 言っておきたいこと?」
また忠告だろうか。でもすでに今更すぎる気がする。もうこうして捕まっている……っていうか――いやっ、のんびりと話している場合じゃないだろ。こんなところさっさと出ないと。
「ああ、それと先に言っておくが、ここから出ることは不可能だ。今のてめぇにはな。――脱出不可能。これはそういう風に作られている」
と、先に釘を刺されてしまった。お見通し、ってことか。けど一応確かめてみる。まだ一度もやったことがないけど、転移を試してみることにした。
まず、行きたい先、そうだな、闘技場の景色を思い浮かべてみる。あとは自己流だけど、「転移」と念じてみた。
しかし。
「……くっ、確かに転移できない」
というかそもそも、俺今あまり魔力ないんだった。それであいつは、今のてめぇ、なんて言い方をしたんだろう。
これ……本気でヤバい状況だよな。思わず喉を鳴らした。
「理解したか? だったらとりあえず、落ちついて俺の話を聞け。てめぇはこれからおそらく――っ」
「うおっ」
突然、俺はどこかから放り出された。そして受け身も取れず、床に尻を叩きつける。
「いでっ」
重い衝撃がズシンと腰にきた。
ぬおあっ、なんだよ一体っ。腰に手を当てながら周りを見回す。
そこは、レンガ造りの暗くさびしい部屋だった。家具のようなものは何もなく、部屋を照らすのは天井付近に浮いた赤い火の玉ひとつだけ。
次いで正面に目を向けると、目の前にジン・フレイルが立っていた。
「やあ。ごめんね。あんなところに閉じ込めちゃって。あそこから人二人を転移させるのは難しかったから、こういう形になっちゃった。お尻大丈夫?」
「……っ」
たぶんここは敵の本拠地。塔の中だと思う。
しかも目の前には敵のリーダー。後ろには俺と同じように箱から放り出されたフード男が立っている。
……マ、マジでどうしよう、この状況。
「あ、あんた、あそこにいた女の子はどうした? まさか――」
「いやいや、何もしちゃいないさ。なんかいきなり襲いかかってきたから、逃げてきちゃった。目的は君だしね」
「そ、そうか」
それを聞いて正直ホッとした。命の恩人のあいつが、俺のせいで怪我したとか申し訳がなさすぎる。
「あんたたちは一体、俺をどうするつもりなんだ?」
聞くと、
「んー、最初は君を、ルールで操ろうかと思ってたんだけどさ。君、どうやらルールが効かないみたいだね。なんでだろう。異世界人である君に、魔法抵抗力があるとは思えない、というか箱に閉じ込められた時点で君の抵抗力はかなり低いはずなのに。一体君は、何者なんだい?」
「……あんたこそ何者なんだ。その口ぶりだとまるで、あんたがルールの術者みたいだ。ルールが発動したのは二百年も前なんだろ? あんた年いくつだよ」
不安を押し殺してそう言えば、ジン・フレイルは目をつぶって笑う。
「言っただろ? ボクは敵だよ。それ以上でもそれ以下でもない。――ああ、そうだ。思
いついたよ。君には少しの間、長い長い夢を見てもらおうかな?」
「は? 夢?」
いきなりなにを言い出すんだこいつは、そう思ったけど……。
どうやら本気らしい。彼はまもなく、こちらに手のひらを向けてきた。
――って、まずいっ。体が動かないっ?
「おいジン。何するつもりか知らんがほどほどにしとけよ。そいつが壊れたら元も子もねえからな」
「もちろん分かってるよ。それで、君はこの後どうするの? 見学してく?」
「いや寝る。しばらくは暇そうだしな」
「あ、そう。おやすみー」
動かない体をどうにか動かそうともがいていると、気づけばフード男が部屋を出ようとしていた。
慌てて、箱の中で一体俺に何を言おうとしたのか、それを聞くために彼を呼び止めようとしたけど、
「彼はね。ボクの同志なんだ。唯一のね。彼はこの世界を恨んでいる。なんでも昔、盗賊に妻と娘を殺されたらしくてさ。彼のフードの下見たことある? すごい火傷の跡があるんだよ。その盗賊にやられたみたい。まったくひどい話だよね?」
「……それを、あんたが言うのか?」
「はは、それはそうだ。おっと、またせてごめんよ。じゃあ始めようか」
途端、意識が急速に薄れ始めた。
「う……っ」
こんな状況で気を失ってたまるかと、必死に抗ったものの、それは耐えられるようなものではなく、俺は数秒と経たずに意識を手放してしまった。