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魔法世界の魔法事情   作者: ピーナッツ
第二章 平和を願う組織“レットローズ”
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第十話

「おい、ユウ。一つ賭けをしないか?」


 先攻後攻も決め、互いにポジションについたところで、ルゥが不意にそんな提案をしてきた。


「は? 賭け? どんな?」


 ちなみに俺は先攻。どうやってルゥの守りを抜こうかと考えていたところだった。

 おそらく、あいつは魔法で壁をつくるはずだ。というより、今んところそれ以外の方法が思いつかない。


 一体どんな壁をつくるのか分からないけど、いや、たとえどんな壁をつくろうが関係ない。あいつが壁をつくるよりも早く、魔法で球をつくり、的に当てればいいんだ。つまりテーマはスピード。とにかく早く、速く、球を的に当てる。それしかなかった。


「なに、単純だ。私が勝ったらお前は私の言うことを何でも一つだけ聞いてもらう。逆にお前が勝ったら、私はお前の言うことを何でも一つだけ聞こう。もちろんハンデはやる。的はどれだっていい。お前は一度でも、私の守りを抜いて球を的に当てれば勝ちだ。悪い賭けではないと思うが?」

「…………」


 考える。確かに、そこまで分の悪い賭けではないと思う。どれでもいいのなら、俺はただあいつの守りを抜くことだけを考えればいいってことだし。


 それに、一つだけとはいえ何でも言うことを聞かせられるなんて、かなり魅力的な報酬じゃないか。あいつは一度、痛い目にあうべきだ。


「よし、その賭け乗った。ぜってー勝つ」

「そうこなくてはな。やっぱなしは認めんぞ? いいな?」

「もちろん」


 会話はそこで終わり。すかさず集中する。もうすでに頭の中では軽いイメージができあがっていた。

 手のひらを突き出した姿と、その手のひらの前にだいたい五十センチ以上の球体が浮かんでいるところをイメージする。

 ってかこれ、フライングじゃないよな? まあ、バレないし大丈夫か。

「じゃあ、始めるぜ。両者――」


 と、ゼドーさんが手を振り上げる。すぐさま腕に力を込めた。そして、


「――ゴー!」

「っ!」


 合図に合わせて、手のひらを勢いよく前に突き出す。同時にそこへイメージを重ねた。

 途端、イメージ通り、突き出した手のひらの前にだいたい五十センチぐらいの球体が現れた。

 よし! ならあとはこれを、気弾のように撃つ――


「なっ!?」


 消えた!? つくったはずの球体が、なぜか一瞬でかき消えた。

 慌ててルゥを見る。けれど彼女はぴくりとも動いていなかった。不敵な笑みを浮かべてこっちを見ているだけだ。


「くっ! いやもう一度っ!」


 同じ工程を繰り返す。……が、


「くそっ!」


 また消えた。いや、消された。何が何だか分からなかった。

 混乱している間に、


 ――ピィィィィィィィィッ!!!


 十秒が経過してしまった。終了を知らせる笛の音が鳴る。

 俺は突き出した手を、力なくおろした。惨敗だ。なにが起こったのかすら理解できていない。


「なあルゥ、お前なにしたんだ?」

「なにしたって、ただ単に魔法を消しただけだ」

「え? 相手の魔法って消せるのか?」

「当たり前だ。ゼドーとやら、説明してやれ」

「いやお前さんそこで俺に振るかね。まあいいけどよ」


 ゼドーさんは頭をかきながら、こっちに近づいてくる。なんだか申し訳なかった。


「サトウ、よく考えてみろ。お前さんはこの世界にルールをぶっ壊しにやってきたんだ。もし魔法が壊せないもんなんだったら、そもそも話が違ってきちまうじゃねえか」

「……言われてみれば確かに。ならどうやって魔法を消すんですか?」

「まず大前提として、その魔法に込められている魔力を見つけられなきゃ話にならん。なにしろ、その魔力を意識しながら『消えろ』と念じる、それが魔法を消すための方法だからな。ただこの場合、相手の魔法に込められている魔力と同程度、もしくはそれ以上の魔力を込めて念じなけりゃ魔法は消せん。そして魔力を込める方法は、強い感情を抱きながら――」

「ちょっと待ってください。そもそも俺、魔力なんてもん見つけられないんですけど」


 じゃあ俺に、ルールは壊せないってことなのか?

 話をさえぎる形になってしまったけど、言わずにはいられなかった。


「まあ、お前さんの住んでいた世界じゃ、本来魔法は存在していないもんなんだろ? なら無理もねえ。だが心配するな。なんてったってお前さんの標的はいろいろと規格外だからな」


 そう言ってゼドーさんは、俺の標的であるルールがどれだけ規格外な存在なのかを、どこか疲れた顔で説明してくれた。


 ルールと呼ばれる魔法には、込められている魔力の量は当然として、もう一つ普通じゃない部分があるらしい。

 それは――ルールの〝核〟。

 魔法には、ルールじゃなくても核と呼ばれる部分が必ず存在する。核とは、魔法の中心であり心臓。魔力がより密集している場所のことを〝核〟と呼んでいるらしい。


 本来は、ゼドーさんの言ったように魔法を消すときはまずその魔法に込められている魔力を見つけ、その魔力を意識しながら「消えろ」と念じることで魔法を消す。しかし、実力のある魔法使いはそこにもう一つプロセスを加える。


 つまり、魔力を見つけたら、さらにその先にある魔法の〝核〟を見つけ、そしてその核を意識しながら「消えろ」と念じる。そうすれば、核に込められている魔力分だけの消費で済むため、本来の方法よりも格段に魔力の消費を抑えられるとのこと。


 要するに、核とは魔法の心臓であると同時に、弱点でもあるのだ。


「だから普通は弱点である核をわざわざ目に見えるようにはしねえ。だがルールは違う。術者の挑発なのか知らんが、わざわざ弱点である核を目に見えるようにしてやがる」

「あの石板か……」

「なんだ。お前さんもう見たのか。なら話がはええ。あの石板を見たとき、なんか寒気みたいなのを感じなかったか?」

「はい、感じました」

「あれこそが魔力だ。魔力は目に見えるもんじゃねえからな。感覚で見つけるしかねえ。あんだけ量が多いと寒気すら感じるが、ちょっとした圧迫感だったり、肌を刺すような感覚だったり、まあ、感じ方は人それぞれだが、俺たちはそのわずかな変化で魔力を見つける。一朝一夕でできるもんじゃねえわな」


 そこでゼドーさんは声の調子を変えた。


「とはいえ心配すんな。さっきも言ったがルールは別だ。ご丁寧に核が丸出しの上、込められた魔力が多すぎるから、よほど鈍感なヤツでもない限り誰にだって魔力を見つけられる。良かったな。鈍感じゃなくて」

「そ、そうですね」


 とりあえず同意しておく。

 しかし、ルールを発動した魔法使いはいったい何を考えていたんだろうか。やっぱり、ゼドーさんの言ったように周りへの挑発なのか、それとも弱点を(さら)したところでどうせお前たちには何もできないだろうという余裕のあらわれなのか。

 どちらにしろ、イヤな奴に変わりはなさそうだけど。


「ちなみに、魔法を消させないようにするためにはどうすればいいんですか?」

「簡単だ。魔法の強度を高めればいい。強度を高めるってことはつまり、魔法に魔力を込めるってことだ。魔法に多くの魔力が込められるほど、その分相手が必要とする魔力も当然増えていくからな」


 ああ、ここで魔法の強度ってのが関わってくるのか。そういえばまだ、その強度を高める方法は聞いていなかったな。


「じゃあ、その強度を高めるためにはどうすれば?」

「魔法を発動するとき、一緒に感情を込める。込める感情はなんだっていい。俺を含め、大半の奴は怒りだがな。なにしろ怒りは感情のなかで一番つくりやすい(・・・・・・)。魔法を発動するとき、抱いた感情が強ければ強いほど強度は高まる」

「だとすると、ルールにはそれほど強い感情が込められているってことか」

「……ああ、その通りだ。ルールの内容からしておそらく、込めた感情は怒りか憎しみだと思うが……一体どれだけの怒りや憎しみを抱えていたのか、考えるだけでもゾッとするぜ」

「確かに」


 ゾッとする話だ。本当にそいつはいったい何を思って、何を経験して、ルールなんてものを発動したんだろうか。

 アリーシャは、もうこの世にいないとか言っていたけど、もし生きていたとしたら少し怖いな。そんな激情を抱える人間に、会いたいとは思わない。


「まあ、こんぐらいか。しなきゃいけねえ説明は。そろそろ再開しねえと嬢ちゃんが飽きて寝ちまう」

「あ、そういえば」


 ずいぶん静かだな、とルゥの方を見れば……なんかうつ伏せの状態でふわふわと宙に浮いていた。ここからじゃ顔はよく見えないけど、すでに寝ているかもしれない。ちょっと不気味だ。


「おいルゥ! 起きろ!」

「……んあ?」


 顔だけをこちらに向けてくる。


「ああ、やっと終わったか。危うく寝るところだった」

「いや寝てただろ、お前絶対」


 ルゥは体を縦に起こすと、大きなあくびをしながらゆっくりと地面に降り立った。


「で、少しは私に近づいたか? もっと張り合ってくれないとつまらんぞ。賭けにならんしな」

「…………」


 くそ、不敵な笑みが最高にムカつく。

 でもこのゲーム、魔法を消すとか魔法の強度とか、そんなあれこれが関わってくると……これ思ったよりもはるかに複雑で、難しいゲームになってくるな。ハンデがあるとはいえかなり分が悪い賭けだ。


「ルゥお前……はかったな?」

「さあな。それより早く始めるぞ。攻守交代だ」

「なら俺も戻るぜ」


 俺とルゥはポジションを交代し、ゼドーさんは元の位置に戻っていく。

 今度は守備側だ。さて、どうしよう。歩きながら考える。


 まず、魔法を消すとか俺には無理だ。魔力見つけられないし。ならやっぱり壁でもつくるしかないんだろうか。だとすると、今度は消されないように強度を高めるしかない。でも感情か。


 考えていると、白線にたどり着いた。くるりと振り返る。

 と、対戦相手がニマニマと笑っていた。ムカつく。……あ、これか。


「じゃあ二人ともいいな。両者――ゴー!」

「おらっ!」


 ムカついた感情をそのままに、イメージを浮かべ、魔法を発動する。

 途端、空中に正方形の壁があらわれた。ちょうど的を隠すように。


「これでどうだっ!」


 見れば、ルゥは笑みを崩し、慌てていた。どうやら上手くいったようだ。

 やがて彼女は消すのをあきらめたのか、慌てた様子で球をつくると、それをまるで気弾のように飛ばしてきた。

でも焦りはしない。想像通り、俺のつくり出した壁はルゥの飛ばしてきた球を楽々と受け止めてくれた。球が消える。

 その瞬間、俺は勝利を確信した――


 ――ボンッ!


「……え?」


 そのとき、頭上でなにかが爆発した。慌てて上を向く。


「…………だからなんでだよ? おい」


 なぜか、的が一つなくなっていた。一番でかかった球体だ。

 始まる前、的に球が当たるとその的は爆発する、とは聞いていた。なら、これは。


 ゼドーさんを見る。彼もまた、目を丸くして驚いていた。けど、俺の視線に気づいたのか少し遅れて、終了を知らせる笛を鳴らした。

 それでようやく、理解する。俺は負けたのだと。


「何がどうなって」

「なに、単純な話だ。お前が見ていたのはすべて幻覚。要は幻だった。お前が幻の私を見ている間に、私はゆっくり球をつくり、飛ばし、お前のつくり出した壁を悠々と避けて的に当てた。つまりはそういうことだ」

「おいおい、あれ幻覚だったのかよ。俺にも分からなかったぜ。……確かにただ者じゃねえな、あの嬢ちゃん」


 いつの間にか、ゼドーさんが近くに来ていた。


「ゼドーさんにも分からなかったんですか? そんなにすごい幻覚だったのか、あれ」

「いや、すごいのは幻覚そのものじゃねえ。嬢ちゃんの腕、というよりしたことだ」

「?」


 首をかしげる俺に、ゼドーさんは真面目な表情をつくって語る。


「俺が幻覚だと気付かなかったのは、あの幻覚から一切の魔力を感じなかったからだ。つまり嬢ちゃんは、魔法を発動したとき感情を一切抱かなかったってことになる。ほんの僅かにすらもな。強度を上げるんじゃなくて逆に無くすとか、そんな魔法使い少なくとも俺は見たことがねえ」

「でもそれって、簡単に消せる弱い魔法ってことですよね」


 そんなにすごいことなんだろうか。


「ああ、それは正しい。魔法の強度ってのは同時に、魔法の強さとも言い換えることができる。魔力のねえ魔法なんてまさに、蜃気楼みてえなもんだ。目には見えるが直接的な影響力はまったくねえ。……だが、さっきみたいに幻覚を見せる、なんて方法されたら終わりだ。それを見破るすべがねえからな。あの嬢ちゃんは確かに、ここにいる誰よりも魔法の扱いに長けているようだ。なにもんなんだあの嬢ちゃんは」


 そんなの俺が知りたい。ルゥの方を見れば、彼女は今ちょうど、空中に浮き始めたところだった。またあの姿勢で寝るつもりか。

 あいつが、そんなにすごいヤツだってのか? 俺にはよく分からなかった。


「まあこれで、ゲームもさらに面白くなってきたぜ。さっきのであいつらも目の色を変えたしな」


 ゼドーさんの視線を追えば、最初はどこか血走った目でルゥを見ていたメンバーたちが、いつの間にか真剣な表情になっていることに気づいた。そこにはもう、ルゥに対するあれこれはない。少しでも、彼女の技術を盗んでやるんだという必死さが感じられた。


 どうやらすでにこのゲームは、最初の目的である俺がどの程度魔法を理解しているのか確認する、なんてためのものではなくなってきているようだ。


「はは、もはや俺がおまけ扱いという」

「がっはっはっ! そう落ち込むな! 俺はお前さんが、どうやってあの嬢ちゃんを攻略するのかそれも楽しみ……っ!」


 と、ちょっとウザい親戚のおじさんのように、バシバシと俺の背中を叩いてきたゼドーさんが、突然バッと顔を横に向ける。俺もつられてそちらを向いた。

 ん? けれどそこには何もなかった。


「……どうやらゲームの続きはまた今度らしいな。招かれざる客のご登場だ」


 ゼドーさんは何もない空間をじっと見据えながら、にやりと笑う。爆発音のようなものが聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。

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