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魔法世界の魔法事情   作者: ピーナッツ
プロローグ
1/22

第一話

 あれはそう、今からおよそ十年前。まだサンタクロースの存在も、ヒーローの存在も信じていた頃、俺はあることに気づいてしまった。

 それは誰もがするだろう経験のなかで。しかし誰もがしないはずの体験をして。とにかく気づいたのだ。

 俺、佐藤勇(さとうゆう)は――魔法使いだった。





「よーしお前ら、今日も気をつけて帰れよ」


 それは、ホームルームの締めくくりの言葉である。

 うちの担任教師は、いつも決まって同じことを言う。意図してそうしているのか、ただ単に何も考えていないからそうなっているのかは分からないけど、俺たち二年三組の生徒はいつもその言葉を合図にして放課後をむかえる。


「今日なにする?」

「明日の宿題なんだっけ」

「部活だるー」


 授業という苦痛から解放されたことで、教室内は一気に騒がしくなった。

 かくいう俺の元にも早速、一人の男子生徒がやってきた。坊主頭の、いかにも野球をやっていそうなヤツだ。というより実際去年までこいつは野球部に所属していた。

 まあ、とはいえ中学の頃はガチガチの文科系だったらしく、高校二年に上がると同時に練習がキツいって理由でやめた、根性なしだけど。


「佐藤、一緒に帰ろうぜ」

「悪い、今日は無理だ。このあと用事あるから」

「は? 用事? 今日は部活ないはずだろ? ……って、ああ、あれか」


 名前は清水良(しみずりょう)。高校からの付き合いで去年も同じクラスだった。

 特別に気が合うとか、趣味が合うとかそういうことはない。けどよく一緒にいる。

 入学当初、偶然席が近かったから、なんとなく話すようになり、なんとなくつるむようになったんだと思う。よくある話だ。


「えーっと、なんだっけ。秘密の特訓? だっけ。 お前いつも何やってんの?」

「それ言ったら秘密じゃなくなるじゃん。とにかくじゃあな」

「あ、おい」


 挨拶もおざなりに済ませ、俺はリュックサックを背負うと駆け足で教室を出ていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は週に一度、必ずある場所へと足を運んでいる。

 清水には秘密の特訓などと言っているけど、あれはまっかな嘘だ。あいつはきっとたぶん俺のことを、「休みの日も練習を欠かさない真面目なヤツ」とかなんとか思っている。俺は一応陸上部に所属しているからな。


 しかし実際は全然違った。そもそも俺は、あまり熱心に部活に取り組んでいる方ではない。入った理由も単純で、ただもっと運動ができるようになりたかったからだ。

 正直、他の部員には悪いがこれまで、大会で勝ちたい、なんて本気で思ったことは一度もなかった。

 俺は、勝負の勝ち負けに重要性を見いだしていないのだ。それは昔、あるヤツに言われたから。


 ――勝負で大切なのは勝ち負けじゃない。その勝負で何を得るかだ。


 言われたときはよく分からなかったけど、今ではよく分かる。

 それを言ったヤツは俺の友人で、同時にライバルで、妹で、そして時々姉の女の子だった。

 いつもはとにかくわがままで短気、しかもすぐスネる面倒なヤツ。でも時々、なぜか凄い大人に見えるときがある。


 今年で十年の付き合いになるけど、彼女のことはたぶん知らないことの方が多いだろう。それこそきっと道ですれ違っただけの他人よりも。

 まあ、一言で言ってしまえばそう、よく分からないヤツだった。


 今俺がいるここは、そのよく分からないヤツと初めて出会い、そして彼女、(よる)()との待ち合わせ場所でもある、家の近所の寂れた神社だった。


「おーい、夜火ー。出てこーい」


 いつものようにぶらぶらと歩きながら、いつものように声をあげる。

 五分もあれば歩いて一周できるぐらいの神社だ。探すのにそう手間はかからない。


 けど、俺は知っている。いくら探したところで彼女は絶対に見つけられない。

 よほど隠れるのがうまいのか、もしくは別の理由があるのかは分からないけど、これまで俺の方から彼女を見つけられたことは一度もなかった。


 とはいえ心配する必要もない。こうして声をあげていればいずれ――


「あーもう、うるさいのう。わしはここじゃ」


 ほら出た。後ろを振り返る。すると、彼女は退屈そうにあくびをしていた。

 まるでじいさんみたいなしゃべり方をしてはいるけど、そいつの外見は完全に子供だった。だいたい小学校高学年ぐらいか。腰まで伸びた艶やかな黒髪に、まるで人形のように整った顔立ち。ほのかに日焼けもしている。


 こいつは、十年前から何も変わっていなかった。成長が遅いとか、発達が乏しいとかそういうレベルの話ではない。こいつはまるっきり、何一つ、十年間何も変わっていないのだ。

 それで昔こいつに尋ねたことがある。「お前はこの神社の神様なのか?」と。

 聞いた瞬間爆笑されたけど、そう思ってしまうぐらいには現実離れしたヤツだった。


 あと、これは墓場までもっていくつもりの話ではあるけれど……実は初恋の相手でもある。まあ、この見た目だ。さすがに今はもうこいつに対して恋慕(れんぼ)なんてものを抱いてはいない。

 今の俺にとっては彼女はそう、友人でライバル、そして妹で姉の、ミステリアスな女の子だった。


「よ、一週間ぶり。元気してたか?」

「ああ、お主も元気そうじゃの。なによりじゃ」


 いつも通りの挨拶を交わす。

 元気してたか? なんて聞いてはいるけど、今までこいつが風邪はひいたとか体調を崩したとかそういう話は聞いたことがないし、弱ったこいつなんて想像もできない。まあ、社交辞令みたいなやつだ。


「で、宿題はちゃんとやってきたのかの? ちなみにわしは完璧に終わらせた。見直しもばっちりじゃ」


 その問いかけは予想していた。というかこれもいつものことだ。リュックサックから一枚のプリントを取り出す。


「もちろんやってきた。今回は俺が勝つな」

「ほう。強気じゃな。では答え合わせといこうか」


 夜火もポケットから折り畳まれたプリントを取りだした。互いに交換する。


「お、確かに全部埋まってるな」


 受け取ったプリントには数学の問題とその答えが書かれていた。

 これは、一週間前に俺が彼女に渡した宿題。俺たちは毎回互いに互いの問題をつくり合い、それを宿題として渡しているのだ。


 つくる問題は相手の苦手科目。俺の苦手科目は古文だった。

 連用形だの変格活用だのマジで意味が分からないけど、今回は自信があった。互いに相手の宿題の答え合わせをしていく。


「……む、満点か。どうやら今回は引き分け――」

「あ、お前ここ間違ってるぞ」

「何っ!?」


 どうやら今回は俺の勝ちのようだ。





「よいか。前にも言ったが勝負で大切なのは勝ち負けじゃない。その勝負で何を得るかじゃ。わしは今回の敗北で、勝利することよりも大切なことを得た。――そう! わしはもう二度とあの公式は忘れない!」


 答え合わせも終わり、次回の宿題も渡したところで夜火はそんな何度目か分からない負け惜しみをはいた。


「お前まだ言ってんのか。相変わらず負けず嫌いだな。あとお前、二度と忘れないとか言ってるけど前も同じ公式間違えてたからな? 得てないだろ」

「う、うるさい! 今回は得た!」


 必死に反論する夜火。でも悪いけど、俺はその言葉を全く信じてはいなかった。絶対また間違える。そう確信している。

 こいつは頭はいいくせに、あまり物覚えがよくないのだ。もったいねえなぁ、といつも思う。


「ま、まあ、そんなことはもういい。それでお主、今日はこのあと何か用事でもあるのではないか?」

「え?」


 それは予想外な問いかけだった。

 確かに、こいつの言うとおり実はこのあと用事がある。しかしそれを言った覚えはなかった。

 驚く俺を見て、夜火は呆れたようにため息をつく。


「あれだけ時間を気にしてそわそわしていれば誰でも気がつく」

「そ、そうか。……悪い、実はお前の言うとおりこのあと用があるんだよ。親の代わりに弟の面倒見なきゃいけなくてさ。今日、二人とも帰るの遅いから」

「だったら早く帰ってやることじゃな。お主の弟、まだ今年で七つじゃろ? 寂しがっているはずじゃ」

「だな」


 素直に頷く。やっぱこいつは時々凄い大人だ。見た目完全に子どもなのにな。不思議なもんだ。


「じゃあ、悪いけど俺今日は帰るわ。また来週な」

「ああ。ちゃんと宿題やるのじゃぞ。今回はちと難しいかもしれんがな」

「はっ、望むところっ。来週も俺は満点だ」

「くく、言ってろ」


 互いに笑いあって、俺たちは今日これで別れる。

 と思ったら、


「――ああ、そうじゃ。ちょっと待て」


 神社を出る寸前、夜火に呼び止められた。慌てて足を止め、後ろを振り返る。

 彼女は真面目な顔でこちらを見つめていた。


「ん? どうしたんだ?」

「何、一つお主に聞きたいことがあってな。……あの約束、まさか破ってはおらんじゃろうな?」

「…………」


 またも、予想外の問いかけだった。けど俺は必死に動揺を押し隠し、つとめて冷静に言葉を返した。


「ああ、当たり前だ。お前と約束したからな」

「……そうか。ならよい」


 夜火は、それ以上何も言ってはこなかった。だから俺も、それ以上は何も言わず再び前を向いて走り出した。

 ある程度離れたところでもう一度神社の方を振り返る。

 が、すでに彼女の姿はどこにもなかった。

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