第八話(ファイタータロットの姿)
「スカイちゃん、悪いけどその場所に案内して貰えないかな。それが真実なら、ちゃんとこの目で見て確認したいんだ」
「分かった。付いて来て」
……街へとやって来て見た光景は、数え切れない程のたくさんの人間があちらこちらで石化された姿だった。
「ひでぇな……完全に石になってやがる」
「そう、だね……」
「確かにスカイの言う通りかもな。エースの奴が使う能力とよく似ていやがる」
「残念だけど、決まりみたいだね。これは完全に彼女による仕業だよ。認めたくないけど仕方がない。早くこの人達を助けてあげないとね」
「どうするつもり何だ?」
「もちろん彼女に彼等の石化を解いて貰うさ」
「アイツがそれを素直に聞くか?」
「聞かない場合は倒してでも言うことを聞いて貰うさ」
「だってよ、ギガノ。お前ヒーロー嫌い何だから単独で行って倒して来いよ。良いストレス発散になるだろ」
「絶対に無理。ギガノが挑んだところで簡単に殺されるだけだよ。有明が戦って下さい」
ほう。コイツは俺に石になれと言うか。
だが、断わる。
「いいや、此処は言い出しっぺの社長さん、あんたがやるべきだ。後は任せたぜ」
社長の肩に手を置いて、片目を閉じてウインクをかます。
手が届くくらいの近場に困っている人間が居るというのに、俺は何て人任せな野郎だ。
助けを求めている人間達を他者に任せて立ち去ろうとはヒーローにあるまじき最低な行為だな。
(……ま、もうヒーローじゃねぇけど)
俺はギガノをヒーロー達から守ってさえいれば後のことはどうでも良い。次々と発生する全ての問題にいちいち関わっていられねぇよ。
「ちょっと待ちなよ、光大君」
「ああ?何だよ?何か用か?」
「これは会社で引き受ける仕事だよ。ウチの社員である君も、もちろん参加して貰うからね」
にっこりと微笑む奴の顔は、僕に協力しないとクビにするよとでも言いたげで恐ろしくなり、渋々とこの仕事を手伝うこととなった。
……でも、まあ良いや。今日の俺はすげぇ機嫌が良いんだ。
この会社に勤めて初めての給料日。ついにこの日がやって来たのだ。
「ギガノ、今日の晩飯は何が食いたい?」
「有明どうしたんですか?ギガノにリクエストを聞いてくれる何て初めてですね。明日は雨でも降るんじゃ」
「よし、お前は今日飯抜きな」
「冗談です、ごめんなさい。ご飯抜きは嫌です」
「仕方ねぇな。ほら、さっさと食いたいもの言ってみろよ」
「ハンバーグ!ハンバーグが良い!」
「ハンバーグ好きとは流石お子様だな。まあ良い。この俺の初任給でご馳走してやるよ」
「やったー!初の外食!」
自分の好きな食べ物が食べられると喜んでいたギガノだったが、その笑顔がレストランの入り口に貼られていた一枚の紙を見て消えることになるとは思いもしなかった。
「……あ……」
「これって」
その紙はいつか見たギガノの手配書だった。
(こんなもん貼ってる何て此処の店長は何者だよ)
ギガノがあからさまに落ち込んでいるのが分かる。
……ほんと、見ていられねぇなぁ。こんな悲しそうな表情。
「ちょっと待ってろ。文句言ってきてやる」
扉に手を触れて店の中に入っていこうとする俺を、服の裾を掴んでギガノが止める。
「良いよ。有明帰ろう」
「でも、お前ハンバーグ食いたいって」
「良いの。危ないところに入って有明に迷惑掛けたくないもん」
「……まあ、お前がそう言うなら」
初めて、だな。こいつが俺に迷惑掛けるとか、思いやりのある言葉を口にしたのは。
しかし、手配書を貼っている店があるとは思いもしなかったな。
あれじゃ、さっさと誤解を解いてやらないとギガノが可哀想だ。
街を歩くのさえ危険になったら、家の中から一歩も出られなくなってしまうだろう。
「ハンバーグなら他の店で食えば良い。だからさ、あんま気にすんなよ。お前は何も悪くない」
慰めの言葉を口にして怪獣娘の頭に優しく手を置いた。
今の俺に出来ることはこれくらいしかない。
「うん……ありがとう。何だか今日の有明は優しいなぁ」
「うっせ。俺はいつも優しいんだよ」
次の日の早朝。出勤前に何となくTVを点けてニュース番組を見ていたら、エースの起こした人間石化に加えて、もう一つの気になるニュースが飛び込んできて俺は驚いた。
昨日たくさんの人間達が石化された付近で今度は通り魔事件が発生したとアナウンサーが語っていた。この事件で一番に注目したのは斬り殺された人間の数で、その数四十七人。
これだけの人数を一人でやったって言うのか。この事件の犯人は捕まったら死刑決定だな。
「まだ犯人捕まってないらしいよ~。恐いね」
会社へ出勤し社長と顔を合わせて話題にあがったのは、朝のニュースで報道していた通り魔事件のことだった。
つうか、この男はどうしてこんなにも顔をニヤつかせているんだ?
今回の事件で大勢の人間が死んだんだぞ。
「あんた、何でそんな顔してんだよ」
「済まないがこの顔は生まれつき何だ。悪いね」
「そうじゃねぇ。大勢の人間が命を奪われたこの事件の、何が面白いのかって聞いてんだよ」
社長は今までニヤつかせていた面をまともな表情に変えて、その理由を説明し始めた。
「そりゃ、笑いたくもなるさ。この事件の犯人は人間じゃないってことを僕は知ったんだ」
「人間じゃない……だと?」
「もしかして怪獣か星人?」
ギガノのその問いに社長ははっきりと返答する。彼の口から飛び出したのは、過去に自分が所属していた人間達を守る為のチーム名だ。
「ニュースを観ていたら彼の姿が画面に映り込んでいることに気付いたんだ。ブラザーズのメンバーの一人、ファイタータロットの姿が」
「エースに続いて今度はタロットかよ……どうしちまったんだ、現役のブラザーズの連中は?」
「彼等は正義のヒーローとは呼べない大罪を犯してしまった。本来なら彼等のようなダークヒーローを止めるのはブラザーズの役目何だけど……彼等が動かないつもりなら仕方がない」
社長の視線が俺の方へ向けられる。
何となくだが、伝えたいことが分かってしまうから不思議なもんだ。自然と溜息が飛び出す。
「はあ……俺達で奴等を片付けるって言いたいんだろ。昨日も聞いたよ。やりゃ良いんだろ。しゃあねぇからやってやるよ。俺は一応此処の社員だからな」
「ギガノも手伝うよ。何をすれば良いかな?」
「そうだなぁ……ギガノちゃんは……」
「囮。お前に出来ること何かその一択しかねぇだろ。アイツ等ブラザーズに狙われている指名手配者のお前なら奴等を誘き寄せることが可能な筈だ」
ギガノにブラザーズと戦う力は残念ながら無いに等しい。
ならば、こいつが役に立てる場面は俺等の近くへ奴等を引きずり出す為の囮になること。たったのそれだけだ。
「光大君、それはあまりにも危険過ぎやしないかい?ギガノちゃんにはちょっと酷じゃないかな」
ギガノの身の危険を心配する社長に対し、本人は囮となることを頑張りたいようで、俺の案に賛成することを決めた。
「……やる。やってみるよ。普段お世話になってる社長のお手伝いしたいし」
「ギガノちゃんのその気持ちは嬉しいけど……今回の仕事はとても危険だよ」
「大丈夫。全然怖くないよ。だって、危ない時は有明と社長が守ってくれるんでしょ。ギガノ信じてるもん」
「はは。それはどうだろうな」
「有明酷い!」
「ギガノちゃん、本当に協力してくれるんだね?」
「うん!ギガノに任せて!」
囮役を簡単に引き受けたギガノだったが、その幼めでか弱そうな体はブラザーズ二名を誘き寄せるという恐怖に震えているようで、提案した俺が言うのもおかしいが、今更すげぇ可哀想に思えてきた。
「今ならまだ引き返せる。恐いなら無理はするな。断っても良いんだぞ」
「へ、平気……恐くないから大丈夫」
「そうか。お前がそこまで言うなら俺は止めないが……」
足がぷるぷる震えているのが何よりの証拠だろうが、ギガノが普段世話になっている社長の役に立ちたいと考える決意が無駄に終わることは出来たら避けてやりたい。そこは指摘しないでおいてやろう。