第六話(ファイタージャッチ=月神シト)
翌日の朝。いつもなら朝食の匂いを嗅ぎ付けてやって来る筈のギガノが中々リビングに姿を現さない。
不思議に思った俺は、あいつが眠っている部屋へと行ってみることにした。
きっとまだ目を覚ましていないだけ……。
起こしてやろうと部屋のドアを開いてみるも、そこにはすでにギガノの姿は無かった。
「……どこ行ったんだよ。ギガノ」
部屋を見渡せば、不格好に畳まれた布団の上には封筒が置いてあって、中には手紙が入っていた。
「くそ。俺が怒るの何て日常茶飯事だろ。勝手にいなくなってんじゃねぇよ」
ギガノが家から姿を消したことをモンスターディフェンスへ行って星宮の社長に伝えた。
こっちへ来ていると思っていたが、此処にもあいつの姿は無い。
指名手配されてる奴が一人で外を出歩いていたら他のヒーロー達に捕まっちまうぞ。
他に守ってくれそうなヒーローに当て何かあるのかよ。
「そうか。昨日のことを相当気にしているんだろうねぇ」
社長はそう言って俺の顔を見る。ま、言いたいことはわかるが……。
「悪かったよ。全部キレやすい俺のせいだ」
「ギガノちゃんがああいう冗談を言ってくれるようになったってことはね、君に心を開いて懐いている証拠何だ。あの子は人見知りだし恥ずかしがり屋で、本来ならあんなに話すような子じゃないんだよ。だからね、今度からは少しのおふざけやちょっかいは大目に見て許してあげて欲しいな」
「ギガノが俺に懐いてる?」
「僕にも最初はあんな風に話してくれなかったんだよ。あの子はヒーロー達に酷い仕打ちを受けたんだから、当然のこと何だけどね。何でも本音で話せている今は仲良しになれた証拠ってことだとは思わないかい?」
あいつが恥ずかしがり屋で人見知りか……まったく想像が出来んが、もしそうだとしたら、俺が大人気無かったかもな。
「……探して来る。あいつと約束したからな。守ってやるって」
「僕とスカイちゃんも力を貸すよ。一人より三人の方が早く見つけられるでしょ」
有明光大達がギガノを手分けして街中を捜索していたこの時、そのギガノ本人はと言うと、有明宅の近くにある橋の下でぼんやりと自分の目の前を流れる川を眺めていた。
「……ギガノ、どうしてあんな酷いこと言っちゃったのかな。守ってくれてる有明のこと、ダークヒーローだ何て。もうあそこには……戻れない、よね」
「よう、怪獣。探したぞ」
「……有明?」
後ろから聞こえた声に振り返ってみるも、残念なことにそこにいたのは有明光大ではなく、片目を眼帯で隠した鋭い眼差しをした青年だった。
「違った……えっと、誰?」
「俺様は月神シト。またの名をファイタージャッチ。指名手配されているお前を捕らえに来たヒーロー様だ」
ブラザーズの一人「ファイタージャッチ」
月神シトとは体を借りている人間の名だろう。
「怪獣や星人は一匹残らず俺様が殺す。お前等はこの世界に存在しちゃならない」
「ギガノは捕まらないよ。だって逃げるもん」
「どんなに遠くへ逃げようと無駄だ」
走って三十メートルくらい逃げたところで、後ろを追って来ていた月神シトの使う日本刀の刃。
それに驚いたギガノは避けようとして躓いて、盛大にこけて地面に転がった。
「うう……痛い……」
「諦めろ。俺様の使う日本刀の刃は伸びろと命じればどこまでも伸びる。お前を追いかける何て面倒なことはせずともお前を殺すことが出来るって訳だ」
月神シトは転んで膝を擦りむいたギガノにゆっくりと近付いて背中に馬乗り。そして、頭に生えた二つの角を鷲掴む。
「何、するの……」
「二角怪獣の角は宇宙市場で高値で売れる。今からこの角を切断させて貰うぞ」
「やだ……止めて!」
「お前は此処で命を落とす。死ねば角など無くとも同じことだ」
自分がこれから角と命を奪われることを知って恐怖し体が震える。動こうとしても体を押さえつけられていては逃げることも不可能だ。
それでもギガノは最後まで諦めず、この状況で唯一可能な悪足掻きを思いついた。
体は動かずとも、声なら出せる。
「たす、けて……助けて有明!」
「無駄だ。怪獣何かを助けに来る奴が地球に居る訳が……」
顔面に激痛が走り、川の方へ殴り飛ばされる。
月神シトからギガノを助けたのは有明光大だ。
「……有明、助けに来てくれたんだ」
「助けたつもりはねぇ。ただ、お前を苛めるあいつが気に食わなかっただけだ。お前を苛めて良いのは俺だけ、だろ?」
「何ですか?ギガノはその問いに、素直に頷けば良いんですか?」
「別に構わねぇ。それより探したぞ。勝手に居なくなってんじゃねぇよ。言ったじゃねぇか。お前は俺が守ってやるって」
「お前何者だ?地球人が俺様を吹っ飛ばせる筈が無い」
「ファイターマン。それが俺の本来の名だ」
「その名、昔ファイター星を危機から救った英雄の……いや、そんなことはどうでも良い。ソイツは指名手配中の怪獣だ。仕事の邪魔をすれば貴様もただでは済まんぞ」
「俺はもうヒーローじゃないんでね。怪獣の中にも優しい心を持った連中は山程居る。理由も聞いてやらずに何でも構わず殺すのは正義とは言わないだろ」
そう。俺はもう知っているんだ。コイツが、ギガノが悪い怪獣じゃないって。
ただ容疑を押し付けられただけの可哀想な奴何だって。
「お前がコイツを殺るってんなら、俺も容赦しねぇ。全力で潰しに行くぞ」
「……ちっ。人間の体を借りているお前を傷付けられる筈が無いだろ。命拾いしたな、怪獣」
そう言い残し、ギガノを見逃して去って行こうとする月神シト。
そんな彼に一通の報告が届いた。
「……何、奴が……わかった」
「次の仕事の話か?良いねぇ。仕事のある奴は」
「今回は見逃してやるが、よく憶えておくことだ。ソイツは指名手配されている怪獣だ。俺様以外のブラザーズがいつ狙って来るかわからない。そんなに大事なら、二度とソイツの傍を離れるな。ヒーローの名を語るなら大切な命は絶対に守り抜く。そうだろ?」
あいつ何言ってんだ?俺はもうヒーローじゃないってのによ。
「怖かったよ、有明~!助けてくれてありがとう!!」
嬉しそうに飛びついてくるギガノを普段なら、うぜぇとすぐさま振り払う俺だが、今回だけは出来るだけ冷たい態度は控えることに決めていた。
また勝手にどっか行かれるのも面倒だしな。
「重てーな。気が済んだらさっさと離れろ」
「えー、だって嬉しかったんだもん。有明、きっと呼んでも来てくれないって思ってたので」
「今日のお前は運が良いみたいだな。俺が此処を通り掛からなかったらあいつに殺されてたところだぞ。別にお前のことを捜していた訳じゃねぇからな」
礼を言われた恥ずかしさ隠しについつまらん嘘を付いてしまった。本当は必死こいて捜してた何て後からは言いにくい。
「そう……だよね。有明、まだギガノのこと怒ってるだろうし。昨日は酷いこと言ってごめんなさい」
「おい、こら。ちょっと待て」
謝罪をした後、寂しそうに俺へ背を向け去って行こうとするギガノの腕を、そうはさせるかとガシッと、しっかりと掴んだ。こっちに振り向かせたギガノの目は潤んでいて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
コイツ、俺から離れようとしてる癖に、一人になるのが不安何じゃねぇか。
「また一人で居るとヒーローに狙われるぞ。それでも良いのか?」
「ギガノは一人で大丈夫です。これからは自分の身は自分で守ります。元々ギガノは有明がいなくても十分に戦えるので、心配はいりません」
「いや、そうは見えなかったな。一方的にやられてただけじゃねぇか」
「有明、五千万もの賞金が懸けられているギガノが弱い何てことはありえない話何だよ。普通そのクラスの危険な怪獣や宇宙人はヒーローが束になって掛かっても苦戦するくらいに強いんだからね」
ギガノは自慢気に言うが、そもそもコイツの五千万という大金が懸けられた罪はどっかの何者かに擦り付けられたものだった筈だ。
だからこのガキの姿をした怪獣が俺より強いとか、絶対にありえない訳で……。
「だったら証明して見せろよ。強いんだろ。此処を通りたいなら俺を倒してから行くんだな」
「ふふん。有明、後で泣いても知らないよ。だってギガノは本当に強いんだから」
「はん、寝言は寝て言えとはこの事だな」
「寝言じゃないもん!本当に本当の事だもん!有明はギガノのことを何も知らないだけ。有明何てギガノが噛みついたらそれで終わり何じゃないかな」
「そうだな。そうかも知れねぇなぁ」
そうやって馬鹿にしていると、ギガノはいきなり俺の腕に噛みついて来た。
しかも結構な本気で……。
自分は一人でも生きて行けるという意思表示のつもりなのかもしれん。
俺は腕を噛まれたそのままで、ギガノの体を引き寄せ優しく抱きしめた。
「悪かったよ。さっきのは嘘だ。本当はお前が居なくなって心配で捜してたんだ。此処に来たのもその途中だった。お前を助けられて良かったよ」
頭を撫でてあやしていると、ギガノはゆっくりと噛みついていた腕からそっと口を放してくれた。
「本当……それ、本当?」
「本当だ」
「本当に、本当?」
俺がいつも軽々しく嘘を付いているからだろうか、ほとんどかけられない優しい言葉を聞いたギガノはかなり疑い深かった。
「ああ。そうだよ。何回も確認すんな」
「有明大好きぃーっ!!」
「うわっ、うぜぇ。抱きついてくんな」
「良いじゃん!だって嬉しいんだもん!」
今までヒーロー嫌いだったギガノがヒーローを好きになれた瞬間だった。
まあ、俺は……元、ヒーローだけど。
「お前、ヒーローは嫌いじゃなかったのか?」
「有明はもうヒーローじゃないから良いの~」
ギガノはすっかりと笑顔を取り戻し、俺への恐怖感は全て取り除かれたようで、コイツの笑顔を見ていたらこっちも自然と笑顔になっていて俺自身がすげぇ驚いていた。
今までギガノが居ることが普通になっていたから気付かなかったが、いきなり家の中がシーンと静まり返って寂しさを感じていたのだろう。
職を無くしたこともあり、地球で一人暮らしの日々に慣れ、暫く誰とも関わっていなかったせいか、俺はギガノと会話したり食事をしたりする普通の毎日がいつの間にか好きになっていたのかもしれない。