第三話(相棒、宇宙狼ベリアル)
図書館から自宅へと帰って来てソファーにのんびりと座って居た時だった。
「うっく、ひっく……痛い……有明~!噛まれた、噛まれたよ~!」
庭で一人遊んでいたギガノが泣きながら中に入って来て噛まれた、噛まれたと言って泣き叫ぶ。噛まれたということはコイツを泣かしたのはアイツだろう。
俺のブラザーズ時代の相棒でありペットでもある、宇宙狼に。
「全く……何泣かせてんだよ、ベリアル」
玄関へ向かうと俺お手製の犬小屋の中に身を潜めている宇宙狼にそう言った。
コイツは普段狼の姿をしているが、このギガノのように人間の姿に変わることも出来る。
人間達の暮らすこの地球で同じように生活するには必要な能力だ。
ま、俺がヒーロー業辞めた今ではほとんどこっちの本来の姿で過ごしているけどな。
人間の姿でいるよりも狼の姿のままでいる方が好きらしい。
「その子が気安くあたしの頭を撫でるからいけないのよ。年下のお子様何かに頭を撫でられる何て屈辱でしかないわ」
「撫でられたくらいで噛むなよ」
子供が犬と触れ合いたいって気持ちはギガノに限らないと思うがな。
「うう、痛い、痛いよぉ~。血がいっぱい出てる……このままじゃギガノ死んじゃう、死んじゃうよぉ……」
「はあ、うるせぇなぁ。お前は大袈裟何だよ……ったく、ちょいと待ってろ。今治療してやるから」
「ぐすっ……う、うん……ねっ、ねぇ、有明……この犬、狂犬病の注射ちゃんと受けてる?」
コイツ、案外そういうこと気にするタイプだったのか。
ベリアルは確かに狼だが、地球の狼と違って犬じゃなく怪獣の仲間だからな。そういう病気とは関係無いんじゃないか。
「アンタねぇ、あたしは犬じゃないのよ。狼って知ってる?今度からはベリアルさんと呼びなさい」
「ベ……ベリ、アル?」
「「さん」を付けるのを忘れているわよ」
「有明、この犬喋れるんだ……すごいね」
「犬じゃないって言ったばかりよ。馬鹿なの?バカなのね?」
「有明ってネーミングセンス無い」
ソイツの名は俺が命名した訳じゃねぇよ。
地球の人間達のように飼い犬に名前を付けることとは違うんだからな。
「良いからお前は早く家の中に入れ。消毒してやる。その右手痛いんだろ?」
「う、うん……ありがとう……」
「ん?どうした?」
「何か有明が優しいです……どうしたのかなぁ~と思いまして、頭でも打ったんですか?」
……そりゃ仕方ねぇだろ。
お前を苛めでもすれば、お前のことを偉く気に入っているあの男(社長)に怒られちまうんだからな。
「別に……何でもねぇよ。ほら、手ぇだせ」
「ひぅっ、いた、痛い……」
「うるせぇな。お前少しくらい黙っていられねぇのか?」
「だ、だって、本当に痛いんだもん……」
リビングにあるソファーの上にギガノを座らせ、傷薬で指を消毒しガーゼを当ててテーピングし、その上から包帯を巻いてやった。
これだけすればきっと大丈夫だろう。
「ほら、治療完了だ。俺は今から晩飯の用意を始めるから、お前はそこでじっとしてろ」
……俺が調理を始めて数秒後、ギガノはTVを点けて子供向け人気番組(あんぱん男)を視聴していた。
まあ、ガキが子供向けアニメを観るのは当たり前のことだしな。別に可笑しいことも無いんだが……。
「ねぇねぇ、有明~」
「あん?何だよ?何かようか?」
「あんぱん食べたい」
コイツは子供達が大好きな国民的人気ヒーローを食ってやるとでも宣言したつもりか?
さすが、ヒーローが嫌いと言うだけのことはある。考えることは外見も中身も幼稚だが。
あんぱん食ったって、あのヒーローがこの世から消えることはねぇよ。
「わりぃな。残念だがあんぱん何て甘ったるい食いもんは家には一つもねぇんだ。それより、この俺様が作った特製冷凍ピラフを食え。美味いぞぉ~」
「冷凍ピラフってレンジでチンするだけの簡単な食べ物ですよね。この前社長に教えて貰いました。どこら辺が特製何ですか?」
「ああんっ?何か文句でもあんのかぁ?」
「ひぇっ、なっ、何でも無いですっ!うわあ~、とっても美味しそうですねぇ~っ!」
何ともわざとらしい。
俺の逆鱗に触れることを恐れたな。
……まあ良い。
皿に自分とギガノの分のピラフを盛って、スプーンと紅茶を共にテーブルへと運んだ。
さて、食うとするか。
「うん。うめぇ。最近麺類ばっかりだったし、やっぱ米は良いな」
俺が一人ぱくぱくとピラフを口に運ぶなか、怪獣少女ギガノは利き手に巻いた包帯が邪魔なようで、上手くスプーンを持てずに食べ辛そうにしていた。
そんな姿を見ていると、何だか少しだけ可哀想に思えて、
「有明ぇ~っ、スプーン上手く持てないよぉ~。食べさせて~」
こう駄々をこねるので仕方なく、俺はギガノからスプーンを奪う。
「ちっ、まあ、今回は仕方がねぇからな。しゃあねぇ。ほら、早く口開けろ」
「あ~ん」
「うぜぇ。あ~ん言うな」
「えぇ~、どうしてぇ~?」
「どうしてもだ」
「せっかく、ギガノが彼女さんのいない有明の彼女さん代わりになってあげようと思ったのにぃ~」
……このクソガキは本当に俺をコケにするのが好きらしいな。
俺は握りしめた拳、迫り来る怒りを何とか必死におさえていた。
殴っちゃ駄目だ、殴っちゃ駄目だ、殴っちゃ駄目だ……。
「お前、そのヘンテコな角へし折るぞ」
「ひぇええっ!有明恐いっ!怒らないでよっ!ヤンキーっ!不良!ヤクザ!」
「……はぁ」
何か、コイツと話してるとこっちが疲れる。
もう言い返すのは止めよう。
「……あれっ?何も言い返して来ないんだね。もしかして有明、マジギレしちゃった?」
「良いからさっさと口開けろ。せっかくの料理が冷めちまう。ほれ」
「あ~ん……うん。おいし~!」
「ふっ、当然だ。この俺様が作った料理だぞ」
「ふえ?これって冷凍食品……」
「冷凍食品作れる男はすげぇんだぜ。この星にはこんな簡単料理だってまともに作れねぇ連中ばかりが暮らしてんだからな」
「有明、あんぱん食べたい」
「俺の話を最後まで聞きやがれ!」
俺は怒鳴るだけで、ギガノを殴りはしなかった。
コイツに手を出せばあの男に何を言われるかわかったもんじゃない。
……ふう。
(しかし、コイツ……)
「有明、どうしたんです?ギガノの顔をじっと見つめて……何かヘンですか?」
どうしてコイツはこんなにも明るくしていられるのだろう。ヒーロー達に命狙われて、捕まれば処刑されるとか言ってなかったか?
俺がコイツの立場だとしたらこんな明るく何てしていられない。
いつ殺されるかわからない恐怖でストレスがどんどん溜まって、最後には体がおかしくなっちまうだろう。
絶対に殺されない自信がギガノには存在するのか?
「……わかりました。そういうことでしたか……」
「……は、何がわかって、何がそういうこと何だ?」
「ギガノは俺から逃げ、TVの後ろ側へと移動する。
何故だ?どうしてアイツは俺から距離を取った?
「お前、俺が何かしたか?してねぇだろ?」
「有明、ギガノに恋しては駄目ですっ!ギガノには好きな怪獣さんが居ますので有明の彼女さんにはなれませんっ!」
「ギガノ、ほんとお前は俺を怒らせることに関しては天才的だな。あんま調子に乗ってっとマジで大泣きさせてやんぞ!」
「すっ、すいません。ごめんなさい。嘘です、冗談です、本気にしないでください。ちょっと言ってみたかっただけ何です」
ギガノがぺこぺこと頭を下げる。
そんな怪獣少女を見てすっかりと怒りが落ち着いて、もうどうでもよくなった。
「そうか……」
「へっ、有明どうしたんですか?怒ってないんですか?」
「ああ。もう怒ってねぇよ。そんなことより一つ教えろ。命を狙われているお前がこんなにも明るく毎日を過ごせている理由を」
真面目な顔で怪獣少女の顔を見る。
いつでも死ぬ覚悟が出来てるとか馬鹿だから何も考えてないとかそんなくだらない理由だったら一発ぶん殴るぞ。
ギガノは俺の問いに口を開いた。
「……実は、有明に始めて会った日、社長に聞いちゃったんだ」
「聞いたって、何をだよ?」
「貴方がヒーローの中で最も強い戦士だったことをです。社長の話が本当なら、有明は他の優秀で実力のあるヒーロー達が束になっても敵わなかった怪獣を拳一発で倒した英雄だそうじゃないですか」
ああ、そういやそんなこともあったな。
昔のこと過ぎてあまり記憶に無いが、その怪獣にファイター星のヒーローが何人も命を奪われたんだっけ?
確か俺以外のブラザーズの連中も皆殺されたんだったな。段々思い出して来たぞ。
「相手の弱点さえ分かっちまえば、一撃で倒すのは割と簡単だぞ。一番簡単な方法は心臓を破壊することだ。怪獣とは言っても急所は大体人間と同じだからな」
「今までギガノが感じていた恐怖はその話を聞いてから完全に取り除かれたんです。ファイター星最強と怪獣達が恐れているブラザーズ達が敗北した怪獣に一人で挑み、簡単に倒してしまうような強い戦士にこれから助けて貰えるんだって……そう考えたら、嬉しくて……すごく心強いって思ったんですっ!」
ギガノは瞳から涙を零した。
……ったく、何泣いてんだよ、コイツは。
「そうかよ」
何だか、すごく褒められたような気がした。
コイツが初めて俺にムカつかない言葉を口にしたような気がした。
つまりギガノには、このファイター星最強の俺が必要って訳だ。
こんな俺がコイツの支えになってやれるってんなら、怪我しねぇようちゃんと守ってやらねーとな。
「ギガノ、お前はぜってーに誰にも傷付けさせねぇ。だってよ、お前を虐めて良いのはこの俺だけって決まってるからな。他の奴等に勝手な手出しはさせねぇよ。だから安心しな」
はっきりそう宣言するとギガノは涙を流すのをやめて「はい!」と元気に返事をした。
後、いつものウザいくらい明るい笑顔を俺に向ける。
「有明、約束ですよ。絶対に守ってくださいねっ!」
「おう。任せとけ」
何故だろう。
笑顔を向けるコイツが、少しだけ可愛く思えた。