第二話(株式会社モンスターディフェンス)
「……そ、そんなに素直にお願いされては仕方ありませんね。教えてあげますから泣かないで下さい」
「ふざけたこと言うなっ!泣いてねぇっ!また泣かされてぇのか?」
「ひぇっ!?ちょっと冗談を言っただけじゃないですかっ!そんなに怒らないで下さいっ!」
「ちっ、今後は俺に対する言動には気を付けやがれよ」
ギガノの話によれば人間を襲わない心優しい怪獣達をヒーローの手から守護する為の会社がこの地球上に存在するようで、俺と同じ、昔ヒーローだった男が設立した会社らしい。
株式会社モンスターディフェンス……か。
全く知らねー会社だ。
まあ怪獣専門の会社な訳だし、地球の求人雑誌や広告に載っていなくても別に不思議には思わんが。
「で、どうするんです?入社しますか?」
「キープしよう。給料はどのくらい貰えるのよ。手取り三十万くらいか?」
「そんなに貰えないと思います。五万円くらいじゃないですか」
「よし、この話は無かったことにしよう」
俺の返事は即答だった。
手取り五万とかバイトより酷い額だぞ。
正社員で入れる場所を探してんだよ。決してアルバイト店員を望んでいる訳じゃねぇ。
「どうしてですかっ!?ニートのだらしない有明がちゃんとした大人になれる絶好のチャンスなんですよっ!?」
「うるせ~っ!俺はそんな安月給の会社に入る気は少しもねぇよっ!」
「そんなこと言わずにお願いしますっ!人手不足で社長が困っているんです。有明の力を貸して下さいっ!」
「お前、最初は教えないとか勿体ぶっといて本音では俺をその会社に入社させたかったんじゃねぇかっ!ふざけんなよ!推薦されても入らねぇからな!」
「痛っ、ううっ……だって、有明がギガノに酷いことばっかりするから、仕返しに少し苛めてみたくなっただけです」
「おめぇが俺を苛めるとか百年、いや、五百年はえーよ」
メロス以上に激怒した俺は怪獣少女の頭をぺしぺしと連打した。
ギガノは必死で頭を両手で隠し、俺の攻撃からダメージを受けないよう守っていた。
「ううっ、お金の蓄えがほとんど無いに等しい貴方はギガノの頭が悪くなったらどうしてくれるんですか?ちゃんと責任取ってくれるんでしょうね?」
「安心しな。お前の頭がそれ以上に幼稚になることはねぇよ」
「このヒーローさんは本当にヒーローとは思えない口調でお話をしますねぇ。心がピュアな子供達が貴方を見たら真似してしまうかもなので、そういう言葉遣いは控えて下さい。教育にとても悪いです。貴方も悪い見本にはなりたくないでしょう?」
くっ、コイツめ……また偉そうなことをべらべらと口にしやがって。
きっと俺を怒らせるのが得意なタイプの生き物何だろうな。
「言っただろ。俺はもうヒーローを引退したんだ……」
「……って、あれ?ギガノはきっとまた酷い仕打ちを受けるんだろうなぁと、そう覚悟していたのですが……すいません。有明を落ち込ませてしまったようですね。今後はさっきのような言動は控えられたら控えるようにします」
別に落ち込んでいた訳じゃない。いちいちお前が気に障ることを言うたびに痛ぶるのが疲れただけだ。
「お前、俺をおちょくってんのか?そのヘンテコな耳引っこ抜くぞ」
「何度も言わせないで下さい。これは角です。耳じゃありません」
「そうか、そうか。なら、本当に角かどうか俺が触って確認してやるよ」
「あっ、有明、貴方一体ギガノに何をするつもりですか……いっ、嫌ですっ!止めて下さい。ひっ、止めて下さいぃいいいっ!!」
ギガノの角を引っこ抜くつもりで精一杯の力を込めて引っ張ってやった。
「着きました。此処です」
「此処は……」
ギガノが俺を連れて来た場所はたくさんの小難しい本が収納された棚がずら~っと並んだ会社……いや、此処は本当に会社なのか?
というより、
「おい、怪獣。此処ってよぉ……」
「はい。何です?」
「県立図書館じゃねぇかっ!てめえ俺をナメ過ぎだっ!良い加減にキレんぞ、こらっ!」
ぽかんと一発ギガノの頭をぶった。
「痛っ、有明どうして怒っているんです?ギガノ何か悪いことしましたか?」
「てめぇ……」
「ひぇっ、拳を握り締めないで下さいっ!痛いのは嫌です!」
「おやおや。暴力は感心しないなぁ。ヒーロー君」
もう一発ギガノを殴ろうとしたら一人のイケメン面したおっさんが俺達の目の前に現れた。見たところ歳は三十代前半くらいか?
「何だよ、アンタ。俺達に何か用か?」
「しゃちょおぉ~っ!有明がギガノの事苛めるよぉ~っ!」
「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だよ。ギガノちゃんは僕が守るから」
「うん。ありがとう」
ギガノが男の方に走って行って嬉しそうに飛び付いた。
そして、有明に苛められた、苛められたと連呼する。
これではまるで俺が悪者で奴が正義の味方のようじゃないか。
周りにいる子供連れのママさん達も「あんな小さい子を苛めて、酷い人ね」と色々な非難の声が上がっている。
俺はこれでも地球を悪い怪獣達から守って来たヒーローだった男だぞ。
「君が有明光大君だね。ギガノちゃんから君の話を聞いたよ。実は元ブラザーズ、ファイターマン何だって?」
「ああ、そうだ。アンタは?」
「元ブラザーズの一人、ファイターセブン。地球ではこの青年、星宮男路の体を借りて、この会社、モンスターディフェンスの社長をしているんだ。心優しい、ギガノちゃんみたいな怪獣達を守る為にね」
ファイターセブン、だと……俺の引退後にこの星を任されて地球を何度もピンチから救って来た英雄の名前じゃねぇか。同じようにブラザーズを引退したと聞いていたが、まさかこんなところで職員をやっているとは思わなかったぜ。
「随分とそのガキと仲が良いみたいだが、アンタ、もしかしてロリコンか?」
「光大君、あまりこの子を苛めないであげてくれないかな?可哀想で見ていられないんだよ」
俺の質問は無視かよ。
「そいつが俺にそうされるような行いをするから悪い。痛い目にあうのは当然だろ」
「ギガノちゃんに僕からお願いがあるんだけど、良いかな?」
おいおい、また無視かよ……。
「なあに?ギガノしゃちょおのお願いなら何でも聞くよ?」
星宮男路は今のギガノの言葉を聞いて、顔をニヤつかせた。
この男、コイツに何をさせるつもりだ?
「可愛い声でがお~って言って欲しいんだ。良いかな?」
「うん。いいよ~。がっ、がお~」
「ギガノちゃん最高っ!最高に可愛いよっ!」
このおっさん、もしかして怪獣少女好きか?興奮し過ぎだろ。気持ちわり~。
「えっと、これで良かったのかな……?」
「うん!良いよ!最高に良かったよ、ギガノちゃん!」
「キモいぞ、おっさん」
「酷いな~、おっさんは困るよ、光大君。僕はまだ二十七歳。そう呼ばれるのはまだ少し早い」
「ああ、本当に少しだけな」
星宮の社長は俺の「本当に少し」という言葉を気にすることなくギガノの頭を何度も何度も撫でくり回していた。
あれはそんなに可愛いのか?
俺にはその怪獣少女のどこが良いのか、さっぱりわからんのだが。
「光大君。君がギガノちゃんを金輪際苛めないという条件をのむと言うのであれば、我が社モンスターディフェンスへの入社を認めるよ。どうかな?了承してくれるかい?」
俺はまだ入社する何て言ってないんだけどな。
「い~や、駄目だな」
「おや、何故かな?こんな簡単な条件でニートから正社員になれるんだ。何が気に食わないというんだい?」
「有明、ギガノも入社した方が良いと思いますよ。だって貴方はニートで自宅警備員何ですから」
このガキ、この男に守られていることを良い事にまた調子に乗りやがって。
「ひぃえっ!?顔が怖いですっ!まるで悪魔です!鬼です!もしかして、またギガノを苛めるつもりですか?」
「ああ。一発殴っても良~い?」
そう口にしてから、ニコッと優しい笑顔で表情を固定し、ゆっくりとギガノに近付いて行く。
「顔が笑ってるのに何か怖い……そんなの駄目に決まってます。有明のバ~カ、バ~カ。ニート。引き篭もり~」
「てんめぇえええっ!」
「ひぅっ!? 」
「いけないよ。光大君」
俺がギガノの頭を殴ろうとしたところ、星宮男路に拳を掴まれ軽く阻止された。
やはりブラザーズだった男だけあって侮れない奴だ。
「この拳は本当に悪い怪獣にだけ使わないとね」
「ちっ、わかったよ。コイツには出来るだけ手を出さないよう心掛ける……それで良いんだろ?」
「わかってくれて嬉しいよ、光大君。君はこれでめでたく我が社モンスターディフェンスの社員だ」
俺は怪獣を守る為の会社、モンスターディフェンス(県立図書館)に入社することになっちまった。
まあ、暇な家に居るよりはずっとマシだろうが、本来ヒーローが倒すべき怪獣を守るというのはどう何だろう。
そして、どうして図書館を拠点とし活動しているのだろう?
色々な疑問点は次の出勤日にでも聞いてみることにしよう。