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検索除外中のお話置場

妖精の祝福はえこひいき

あかし瑞穂様企画の『もふもふは正義だ企画』に参加しようと思って書いたのですが、書き上げた後に「『もふもふ』って生き物じゃね?」と気づいてボツったやつです。もったいないから投稿しました。

 晴れやかな空の下、それまで閉じられていた教会の扉が開き、中からワッと歓声が上がった。


 ドアの所に立ったのは一組の男女。

 男の方はシンプルな、それでいてある程度整った格好だった。式典などに出る様な堅苦しさは皆無だが、おそらく身の丈に合ったなりの衣装なのだろう。腰ひもでウエストを調整する黒色のパンツに白色のシャツは、清潔だけれどもそれなりに使い込まれている様子だった、ほぼ皆無の装飾品の例外が、首元を飾るポーラー・タイで、使い込まれていない細くて硬い感じ革ひもも、飾りである純白のファーも、真新しい事を示していた。

 対する女の方は、淡い黄色のワンピース姿。こちらは下ろしたてのようだったが、それでも用途はおしゃれ着で、ドレスじゃない。彼女の髪にはワンピースと同じ色の花と、寄り添う男のポーラー・タイと同じ純白のファーを用いた髪飾りが飾られていた。

 結婚おめでとう、幸せに、と掛けられる様々な祝福の言葉が、二人が今まさに夫婦となった事を告げていた。


 結婚式が行われていたなど知らなかった人々も、聞こえる祝福の声に思わず足を止める。


 人の背丈半分程の階段を上がって入らなければならない協会の入り口は、足を止めた通行者たちからも良く見えた。

 幸せそうに身を寄せ合う男女を見て、微笑ましく感じるか、また一組人生の墓場に…と嘆くか、また一人不幸仲間が増えたかと喜ぶか、と反応は様々だが、ふよふよと現れた小さな物体に、皆、新郎新婦も参列者も通行人も動きを止めた。

 自然と、視線は現れた小さなそれに集中する。


 等身の低い、大の男の手ならすっぽりと包んでしまえるくらいに小さくて、丸い生き物。

 翡翠色のそれがぽてりと新婦の頭に停まって、丸い身体を、同じような形をしている髪飾りのファーにすり寄せた。

 小さな手でぎゅっとファーを握って、ぐりぐりと頬もおでこも身体もこすり付ける。

 ふんわりしていたファーが、こすりつけられすぎて不恰好な形に変わった頃、生き物はぷはっと大きく息を一つ吐きだして、ぽわりと宙に浮いた。再び宙を漂い出した生物は新婦から離れ、新郎の首元を飾るポーラー・タイのファーの飾りをぺしりと一蹴りして彼らの前から姿を消した。


 生き物の姿が消えてしまって少ししてから、目に涙を浮かべた新婦が新郎に抱きついた。

 口元を緩めた、泣き笑いの表情を浮かべる新婦を見下ろして、新郎もまた表情筋を緩める。

 愛してる、幸せ、とお互い思いを伝えあい抱擁する新郎新婦の周囲では、「『妖精の祝福』とはまた縁起が良い」「珍しい物がみれたなぁ」と喜びの言葉を漏らす人々の姿。大抵は良いモノが見られたと素直に喜んでいたが、予定のあるなしに限らず未婚の娘達はちょっと違った。


 彼女らは妖精の祝福を受けた新郎新婦を羨ましそうに見つめ、婚礼飾りがどこの店の物か後で絶対確認せねばと心に誓ったのだった。





「ルーカー」

 商業通りから離れた住宅街の更に外れ。そんな場所に建つ小さな小さな古めかしい小屋に、小さな声が響いた。

 子猫の鳴き声程度の小さなその声を、聞きつけて不審がるような人はいない。

 ただ一人、その古めかしい小屋にいた住人だけが声に気付き、手を止めて視線を上げた。

 開けっ放しになっていた窓から姿を現したのは、翡翠色の丸い身体がチャームポイントの小さく愛らしい妖精だった。

 激突したら首の骨が折れるんじゃないかと言う勢いで小屋の住人に急接近した妖精は激突直前で急停止し、すりすりとまあるい身体をすり寄せた。

 そして住人――ルカの前に広げられている道具を見て、妖精は道具の広がるテーブルへとダイブした。

 ルカの目の前に広がっていた、何かの動物から刈り取ったらしいもふもふしている毛の上を、妖精は歓声を上げてコロコロと転がる。

 遊んでいるらしい。

 ルカはそんな遊ぶ姿を見て、慌てて周囲を片付けた。作業中だった周囲には、ハサミや針などがあるのだ。怪我をしてしまったら危ない。

 万が一にも妖精が怪我をしないようにと、ルカは妖精の姿をちらちらと眺めながらも、慌ただしくテーブルの上の危険物を片付けて行った。その間、妖精はコロコロコロコロと戯れ続けていた。


「全く、危ないから許可なく触っちゃだめだって言ってるのに。いたずらっ子め」

 言葉ではそう叱りながらも、ルカの表情は緩い。もふもふとした毛に埋もれるようにして遊ぶ小さな妖精の姿は、見ている者の心を和ませる光景だった。これではいけない、と気持ちと表情筋を引き締める。

「ふふ、だって柔らかくって気持ちいいんだもの。あ、そうそう! さっきここに来る途中で、人の結婚式をやってたみたい! 花とファー? の髪飾りをしていたのだけど、あれはルカが作ってたものだったわ」

 満面の笑みを浮かべる妖精に、ルカは苦笑を浮かべて疑問形だったファーと言う言葉が正しい事を頷き、肯定した。

 ほぼ毎日ここへ遊びに来て、ルカが仕事をするのを眺めている相手だ。見間違えたという事は恐らくない。

「だからね、人の前に姿を見せて、ファーに触ってきたわ!」

「カティナ?」

「これできっとルカにお仕事いっぱい来るわ!」


 妖精の――カティナの頭に乗っかっていた加工前の毛をつまんで取り上げたルカの表情が曇る。カティナはあまり人を好いていないのだ。カティナの行動は自分を喜ばせる為にしたに違いない。

 カティナが妖精の祝福を行った事で、ルカが作る装飾品が売れるように、と。


 妖精の祝福は、その名の通り妖精からの祝福を受ける事を意味している。祝辞の場に妖精が現れたら、良い事が起こると言われているのだ。まぁ、妖精が人の祝辞をお祝いしようなんて考えて姿を見せるわけでは無く、現れるのは単なる偶然だ。

 …その偶然に恵まれる事自体を幸運だとも言えるが。

 一説では新郎新婦が珍しい物を見つけていると、興味を引かれて妖精が姿を現すと言われている。

 結婚式での新郎新婦の衣装に明確な規定はないが、貧富問わず必ず何かしら装飾品を付けるのは、そう言う理由にあった。真偽のほどは定かではないのだが、そうやって需要があるおかげで、ルカもまた収入を得ているのは事実である。自ら進んで身に着けたわけでは無い、(暴君)に強いられて身に着けた特技が家計を支えているというのも事実である。助かっていると思いながらも、(暴君)に感謝はしたくない(ルカ)だった。力量が上がったのは、(暴君)の遠慮のない無茶ぶりを、実力で乗り越えたからだ。つまり、ルカの努力のたまものである。

「君は人が嫌いなんだろう? 無理しなくていいんだよ?」

 経緯を大まかにしか知らないルカですら、カティナが人を良く思わないと感じるのは仕方がないと思っている。

 そして、カティナが自分を気にかけてくれるのも、その大まかにしか知らない事情の所為である事が原因だと。

 そんなカティナの唯一の例外がルカだった。ルカにとってもカティナは大切な友人だ。

「無理はしてないわ! ただ…そうね、これでルカのお仕事が増えたらご褒美が欲しいわ!」

 ルカが良いよと答えると、カティナは嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。


「ご褒美ね……」


 妖精の祝福の効果がどれほどの物か、体験したことはないものの、妖精の祝福を受けた人の話を聞いた事はある。

 いくつかあるが大よその内容は同じで、妖精の祝福を直接的にしろ間接的にしろ受けたことにより、貧しい生活が一転恵まれた生活をするという事だ。

 そこまでの効果は期待していないが、売れないよりは売れた方が嬉しいに決まっている。だが、効果の有無よりもカティナの気持ちが嬉しくて、今すぐにご褒美を上げたくなったのだ。


 喜んでいるまあるい小妖精へ顔を近づけ、額だか頬だかよくわからない所に唇を触れさせる。

 カティナにとって、これが最も喜ぶご褒美らしい。

 ルカが考えるご褒美は食べ物かお金なのだが、妖精にはそう言うものはさほど重きを置いていないのだろう。妖精が生きる糧に何を摂っているのかもルカは知らない。

 もしかしたら、こうやってキスする事で精気でも得られるのかもしれない。

 自分の精気が美味しいとは思えないが。

 どんな味がするのか聞いてみようと考えていたルカは、目の前にまあるい体を横長の楕円形に退席を増やしているカティナに気付いて眉をひそめた。

 これは、機嫌の悪い事を示している。

 まあるい体でむくれて頬を膨らませるものだから、空気が横方向に貯まって体形を変化させるのだ。

「なに?」

「ご褒美ちょっと違うの」

「違うって? 背中(いや、頭?)にすれば良かったの?」

「違うのっ! こっちの姿にしてほしかったの!!」

 言うや否や、カティナの身体が淡く輝き、姿を変えた。


 端的に言えば、凹凸が出来た。


 首、肩、ひじ、手首、指、股関節(着ている服で隠れて見えない。が、丸裸が姿を変えたら服を着ているという事にも少々衝撃だ!)、膝、踵、関節と言う関節が見当たらなかった球体が、そう言うのをちゃんと持っているような体の造りになった。

 人間を、小さくしたような姿だった。丸々とした身体だった時よりも身長が1.5倍ほどになっているが、それでもまだ小さい。

 っていうか、サイズさえ無視すれば人間だ。幼児。頬や腹回りが丸い。指も生えてはいるが、丸っこくて短い。

 カティナの名残が、そこくらいしか残ってない。あと髪と、目。

 カティナの丸ボディを彩っていた艶やかな翡翠色が、髪と目に。

「その姿なんなの?」

「体調が良くなったおかげで、この姿になれるようになったのよ」

 小さい、生物学的分類に困る愛嬌あるあの姿は、妖精の姿の一面であって、全てではないという事をルカは知った。

 その姿に戻れたことが嬉しくて見せたかったのだという事を語るカティナに頷きながら、ルカは音には出さず、唇を動かした。


――女の子だったんだ。


 口調から薄っすらそうだろうと思っていたルカではあるが、性別があるのかどうか不明な身体の姿しか見た事の無いルカにはこれまで判断のつかなかった事である。

 オネエな妖精だっているかもしれないし。オネエじゃなかったのはこれで

 何となく落ち着かない気持ちになりながらも、ルカは要求されたご褒美のやり直しを、こぼれる程に豊かな翡翠色の髪に施したのだった。






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