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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 リング・オブ・カーズ 番外編 過去

作者: 綿屋 伊織

 元々は、リング・オブ・カーズの正規のエピソードとして加えられていましたが、書き直しの際、事情から削除したものです。

 日菜子関係のエピソードにして、一年戦争の裏話としても重要な内容が含まれていますので、ここに掲載します。

 人間界でもそうはないだろうほどの豪華すぎる装飾の施された一室。


 魔界という、異世界ならばこうなのか。

 初めて魔界を訪れた少女にとって、見るもの触るもの全てが新しく、新鮮だった。


 今、少女がいるのは、魔界を統べる魔帝の城。


 その一角に作られた自然庭園の中。


 美しい花や木々がそこかしこに植えられ、壁の装飾を見事に引き立たせている。

 象牙色の見事な装飾が施されたテーブルを挟むのは、質素ながら洗練されたドレスに身を包む赤い髪の妙齢の女性と、黒髪をリボンでまとめた少女。

 親子というよりむしろ年の離れた姉妹と呼んで差し支えないだろう。

 二人から少しだけ離れた所には、数名のメイド達が控え、命令を待っていた。


「本当に」

 少女が慌てて止めようとするのを、そっと手で制止しつつ、女性はティーポットから少女のカップへと紅茶を注いだ。

「あなた見ていると、詩織を思い出します」

 高貴な気品とはどんなものか、女性はそれを存在だけで説明してのけている。

 その女性を前にかしこまる少女に、女性は親しげに話しかけてくる。

「本当、あなたはあの二人が残した三人の中で一番詩織に似たのね」

「私が……母上に?」

 あまり言われたことのない言葉に、少女は戸惑った。

「そうです。言われません?」

「どちらかといえば、御爺様と」

「ああ。あのお方……ね」

 ほおづえをつきながら、女性はため息混じりに遠くを見た。

「ご存じで?」

「ええ……そりゃもう。私の夫、イルが何度も勝負しては返り討ちにあった人ですからね」

「御爺様と?」

「ええ。剣術使いとしてもかなりの方でした。人間界に行ってくるって言えば、タンカに乗って帰ってきたこと、何度あったかしら?」

「ははっ……」相手の立場を考え、愛想笑いですませる少女。

「その頃はイルも自分の力に過信していたからいいクスリだったのよ。おかげで私とイル、信仁のぶひと、詩織に、今は天帝になったエトとその妻になったフィアンナ……みんなでパーティ組んで旅した時には前線でもうバッハバッサと」

 剣を握るフリをして、女性は楽しそうに腕を振るった。

「私やエト、信仁にとっては皇位を継ぐ前の最後の旅……そういえば……ふふっ。知っています?本当はエト、詩織が好きだったのよ?」

「天帝陛下が母を―――ですか!?」

「そう。旅の途中でエトと信仁が殴り合いになったことも度々♪」


「はぁ……初耳です」


 天帝と天皇が殴り合い?

 何かの悪い冗談にしか聞こえない。


「でしょうねぇ……どう?こういうお話はお嫌い?」

「いえ!」

 少女は弾かれたように言った。

「両親は、私達にあまり、自分達の過去は話してくださいませんでした。特に、結婚するまで数年間、二人でどこかに旅していた時の話なんて」

「そうね……人間界では語りづらいですものね―――特に子供には」

 女性はそう言ってティーカップに入った紅茶に口を付けた。

 少女もそれに合わせるようにそっとカップに手を伸ばした。

 まだ熱めの紅茶を冷しながらそっと飲む少女の仕草を見ながら、女性はまた微笑んだ。

「猫舌っていうのでしたっけ?」

「は……はい」

 少女は不作法を咎められたように俯いた。

「ふふっ……詩織もそうだったのよ。熱いスープが飲めなくて。旅の途中でね?詩織が寝込んだとき、信仁が何とかスープを飲まそうって熱いままカップから詩織の口に注いで大騒ぎ♪」

「父は……そそっかしい人だと母は」

「そうでしょうねぇ。あの一件からしばらく、詩織は信仁とクチを聞かなかったほどですから」

「母は母で、普段、のんきな割りに短気で、しかも頑固な所がありましたから」

「ええ……あなたは?」

「えっ?」

「短気は損気だと詩織はよく嘆いていましたけどね」

「き、気をつけます」

「……はぁっ」

 突然、女性が深いため息をついた。

「あ、あの!?」

「ああ……いいんですよ。謙虚なあなたを見ていたら、なんだか自分が情けなくなって」

「わ、私何か失礼を?」

「いいえ?何もしてないわ。……ただね」

 ティーカップに視線を落とした女性がぽつりと言った。

「詩織と信仁を、まさかあんな小物ダニ風情に殺されるとは……何と言ったかしら?」

 女性の声があからさまに不機嫌になった。

「私達は大韓帝国と呼んでいます」

 両親の死んだ三宮事件。

 騎士団長の自決。

 中華帝国の朝鮮半島侵攻。

 半島全域で起きた謎の疫病。

 半島の9割が立ち入ることすら出来ぬ“死の半島”と化した不可思議な事件。

 少女はそれらを思い出し、戦慄した。

 まさか―――。

「そう―――そこよね」

 カタカタカタ

 ティーカップを握る女性の手が小刻みに震えていた。

「あんな所の小物ダニ共にしてやられるとは―――!条約がなければ、ヴォルトモード卿の軍を早期撤収させることさえ出来れば!!」

「陛下!」

 ティーカップからこぼれる紅色の液体が、女性の手を濡らす。

「あの地を腐らせた程度では気が収まらない!あの地の領民を皆殺しにしてやっても尚物足りない!永遠の地獄の中であの地の者達を永劫に殺し続けねば気が収まらないっ!」

「やめてくださいっ!」

 少女は立ち上がってハンカチを掴んでその手を拭った。

「もう、どうしようもないのです!」

 少女は言った。

「母も父も、あの戦争中、ずっと言っていました。“これは取り決めだ。決して魔界も天界も恨んではならない”と!あれは私達人間の過ち、その犠牲の立場に、両親が立ってしまっただけなのです!」

「……」

 少女は、なんとかティーカップを女性の手からもぎ取った。

「両親の死に関して、あの戦争に関して、陛下や天帝陛下を恨むのは筋が違います。すべては陛下達の望んだことではないのでしょう!?父も母も、そう言っていました!」

「……でも」

 女性は辛そうに唇を噛みしめた。

「私は……私とエトは……かつての仲間の国を、彼の領民の血で……汚した……帝としての責務にこだわって、信仁達が苦しんでいても……何一つ……かつての友として……何一つ、救いの手さえさしのべず……義務に、取り決めに固執した……。私達は、友を見殺しに……」

 それはまるで、血を吐くような重々しい苦しみの言葉として少女の胸に響いた。

「君主とは―――そういうものだと、父からは聞かされています」

 ティーカップをソーサーに戻し、メイド達に後始末を任せた少女は言った。

「全てが自由にならない。それを思い知らされて尚、勤めなければならないのが君主の仕事だと」

「―――っ」

 無理に微笑む少女に、女性は短く息を飲んだ。


 少女の目の前にいる自分。

 それは、少女の国を荒らした敵の長。

 少女の両親は、自分さえしっかりしていれば、生きていたかもしれない。

 そう。


 自分は、少女の親のかたき

 

 だが―――

 少女は、すべてを乗り越えて、女性の前に立っている。

 無理矢理だろう不器用な微笑みを浮かべた少女の顔に、

 女性はかつての二人の仲間の顔をだぶらせた。


「……信仁……詩織」


 その自らの呟きに耐えかねたように、女性は少女を抱きしめ、

 ―――そして、泣いた。


 君主としてではなく、


 一人の女性として。


 彼女は、泣いた。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

「グスッ……し、失態をお見せしましたね」

 女性は、少女の胸の中でそう呟いた。

「いえ……」

 少女はつられて泣いたのか、涙声だ。

「何だか……母に抱きしめられたような気がして……私も」

「ふふっ……」

「ふふっ」

 決して血のつながった間柄ではない。

 それでも、まるで親子のような感じがしてならない。

 奇妙な安心感が、二人を和ませてくれる。


「……はぁっ……私、本当にどうして、子育てに失敗したのでしょうか」

 女性は再び泣き出しそうな声で言った。

「私、ティアナを、丁度、あなたのように優しい女性になって欲しいと願って、それはそれは熱心に育てたつもりなのですよ?」

 メイドからハンカチを受け取った女性は、目頭にそれをあてた。

「そ、それは……私も昔は御転婆で通っていたのは認めますよ?で、ですらかね?そうなって欲しくない一心で……。

 人様にご迷惑をおかけしたとあらばソロバン責め、親に反抗すれば木馬責め、他にも吊し責め、海老責め、叩き責め……丸太責めに水責め、逆さ責め、ひょうたん責め、うつつ責め、へび責め……あなた、蓑踊りってご存じ?」

「……」

 少女はそっと天井を仰ぎ見ながら内心で思った。

 相手が誰かは知っています。

 今、家出していることも。

 私は彼女に同情します。

 そこまでやられて家にいたら、それこそおかしいです。

 だから、あなたは普通なのですよ?


 ―――ティアナ殿下。


「あっ。そういえば」

 少女は思いだした。

「ティアナ殿下と合流するお方は?」

「ああ……そういえば、何か渡したそうですね?」

「ええ。人間界の護身用の武器を」


 女性―――魔界女帝クイーン・グロリア陛下。

 少女―――人間界大日本帝国第二皇女日菜子内親王。


 二人は、お茶を飲みながら、親の仇討ちのため旅立つ少女の無事を祈ったという。


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