アイスと当たりと夏と未来
「バイト前に呼び出すの、止めてもらえませんかねぇ」
奢って貰ったアイスを受け取りながらそう言うと、彼は肩を竦めた。
クソ暑い中スーツとは、ご苦労様なことだ。
「いいだろ別に。暇だったんだし」
バリ、と音を立ててアイスの封を切る彼。
何故タブルソーダを選んでおきながら、半分という概念なしに齧っているのか。
それ一つで済めば、私の分は要らなかったと思う。
「暇なのは真城ちゃんだけで、私は違うよ」
私もアイスの封を開けてガリガリ君を出す。
低価格で尚且つ美味しい。
アイスで氷菓と言ったらガリガリ君だ。
ちなみにラクトアイスはパピコ。
アイスクリームはハーゲンダッツ。
ガリ、ゴリ、と音を立てて氷を咀嚼する。
コンビニの近くで一体何をしているんだか。
そもそも彼が私を呼んだ理由が全く分からない。
休日だけど仕事だろう。
公務員様は、というよりも平和を守るべき警察様は大変そうだ。
サボる余裕はあるらしいが。
だがしかし、それも彼だけだろう。
彼はそういう人だ。
「お前だって、学校終わりにわざわざ顔出しに来るだろ」
彼が務めているのは残念ながら交番ではない。
普通に普通の警察署だ。
ハッキリ言ってそんなところに出入りしている制服の女子高校生なんて、私くらいのものだろう。
別に犯罪を犯しましたとかじゃないからいい。
何度も何度も顔を出した結果、今では完全に顔パス状態だ。
そんなに緩くていいのか疑問。
でも皆いい人だ。
「……私は真城ちゃんが警察官なのが疑問で疑問で仕方がないよ」
態とらしい溜息を吐けば、真城ちゃんの形のいい眉毛がピクリと動いた。
真城ちゃんは私よりも当然年上で、顔だって整ってるし体も鍛えている。
だけど、変に分かり易い時がある。
普段は飄々としていて、何を考えているかとか見せずに一人で勝手に行動するのに。
「私も、警察官になろうかな」
「はぁ?何言ってんだお前」
私の言葉にこちらを見る真城ちゃん。
整った顔が本当に「意味不明」というように歪んでいて、ある意味ショックだ。
そんなに意外だろうか。
自分で言うのも何だが、成績も普段の生活態度もそんなに悪くない。
むしろ先生方に「公務員」と書いた進路希望調査の紙を出せば、喜んでもらえるはずだ。
そう考えて、そのことを真城ちゃんに言えば、彼は大袈裟な溜息を吐いて、アイスを齧る。
「馬鹿か、お前」
「うわ、真城ちゃんに馬鹿とか言われた」
「茶化すな」
ゴツ、と額に真城ちゃんの拳がぶつけられた。
手加減はしてくれているけれど、痛いものは痛い。
ふてくされていると、ガリガリ君が溶けて手に雫が落ちる。
ベタベタするんだよな。
そう思いながら手に舌を這わせていると、真城ちゃんがアイスの棒をゴミ箱に放り投げた。
綺麗な放物線を描いてゴミ箱に消えていったそれを、二人で見つめる。
「だって、私がいないと真城ちゃんは無理無茶上等だからねぇ。早死にしそう」
クスクス笑って残りのアイスを口の中に入れる。
冷たさのせいで頭がキーンとした。
私の言葉に案の定顰めっ面をする真城ちゃん。
否定しないのは自分でも分かっているから。
個人的には凄く否定して欲しいところだが。
食べ終わったアイスの棒を眺めながら、そこに印字された文字を理解する。
そっか、今でもこのシステムは有効なのか。
高校生にもなるとあまり喜ばないが。
「取り敢えず、これから現場検証でしょう?呼び出される前に玄さんからメール来た」
「げ。何でアドレス交換してんだよ」
「真城ちゃんがサボるし、命令無視するし、違反するし、玄さんより上の人に逆らうし、喧嘩売るし、って色々大変だから」
ほらね、私がいないと駄目なんだ。
私よりも年上で、私よりも精神面も肉体面も強くて、私より頭も切れて、私よりも正義感があって、私より何もかもが優れている。
でも、私がいないと見せるサボり癖。
サボり癖だけじゃない。
いつか死んでしまうじゃないかって不安になる。
人間は簡単に死ぬ。
ほんの少し血を抜き過ぎただけでも、水を飲ませ過ぎただけでも死んでしまう。
何て脆い生き物なんだろうか。
「この時期に現場検証なんて、吐いちゃいそう」
ベッ、と舌を出して言えば真城ちゃんが分かり易く顔を歪めた。
サボるか考えているようだから、サボらないように、と釘を打っておく。
本当に、上司たる玄さんが可哀想だ。
「ほらほら、頑張ってね」
アイスを食べたのに滲んでくる汗を拭う。
私も私でバイトに行かないと。
持っていたアイスの棒を真城ちゃんに手渡す。
ガリガリ君の利点は当たり付きってところかな。
安い美味い当たり付き。
子供の喜ぶ要素しかない。
『当たり』の文字が印刷されているそれを、真城ちゃんの手にしっかりと握らせてからバイトへ向かう。
今日はいいこと、あるかなぁ。