「こんばんは、私......どうやらまだ生きられるようです」
目を覚ますとそこはパラダイスだった......そんな経験ありますか? 私はあります。そう、今がその時です。
幽霊ライフを始めて早八日。
いつも通り零時に目覚めた私は、顔に掛かる柔らかくも弾力のある、そんな感触に意識が一気に覚醒しました。
私は昨夜の事を思い出します。
昨夜はいつも通り黒美様に触れる事も話すことも見ることさえも出来ずにおりました。
いつになれば黒美様とお近付きになれるのか......そんな不安が胸中を巡ります。
ですが、私は当然諦めません!
どうしても、どうしても黒美様に近付いて話したい......。仲良くなって、恋人に......そしてその後はもちろん............ぬぉーー!!!
そんな気持ちを込めて死神様にお伝えし、頭を下げてお願いを致しました。
お優しい死神様は私のその申し出を快く引き受けて下さり、協力して下さりました。
そう思っておりました。
いやですね、あのタイミングで立ち去るものですからてっきりそうだと思いましたよ。それが普通でしょう。
しかし、実際には......おぱぁい......
ゴリマッチョなおぱぁいが居たんですよぉ......
......誰ですか? ......いったい誰なんですか? ......何故あのタイミングで見ず知らずの方を呼んでくるのですか?
死神様の考えていることが分かりません......そして、この方も......
この方......肉美さんはいつまで私をその素敵なおぱぁいで挟んで下さっているのでしょう? 訳が分かりません。
いや、素晴らしい感触です。生まれて初めて......いえ、死んでからも初めてな感覚に私は興奮のあまり鼻血が......出ないようで助かりました。出ていたら完全な変態さんですからね。私は紳士ですから、そんなはしたないことは致しません。密かに楽しむのです。
そんなことよりも、昨夜の会話からどうやら肉美さんは私のこのワイルドイケメンフェイスによってコロッとイってしまわれたのでしょう......
ですが、何分私、生前と今のこの顔は全くの別物。生前の顔はお世辞にも”イケメン”とは言えない......そんなお顔でした......
いえ、それでも好きでしたよ。私だってその顔と長年過ごしてきたのです。イケメンではなくても愛着というものが沸いてくるのも当然なのです。
ただ......やはりこのワイルドイケメンフェイスには勝てないですね。まるで自分が思い描く、一番のイケメンフェイスに変身したのではないか......そう思うのです。
まぁ、そんなことはさて置いて。
そんなイケメンフェイスで女性を落とすなんて芸当......生まれてこのかた......今なら死んでもこのかたですね、一度も経験したことがなかったですから......肉美様の熱烈アピールにどうしたらいいか分からず、こうして興奮しながらも混乱の淵に立っているのです。
......どうしたらいいのでしょう?
こんな時こそ......
『助けて、アソパソマソー!!』
◇
「いやぁ、悪かったねぇ。あんたの顔が私の好み過ぎたもんでね、つい興奮しちゃったのよ。それでいて昨日会ってから直ぐ消えちゃったもんだから焦ったんだけど、こうしてまた会えたもんだから堪らなくなっちゃってね、つい......うふふのふ」
「......はぁ............」
恐ろしい......恐ろしいですよ肉美様。
いくらナイスなバディをお持ちだとしても、そのゴリゴリに鍛えられた二の腕、ぷっくりとししゃものお腹をしている脹ら脛、そして、獣のようなそのお顔......
って......今更ですが、肉美様の表情は分からないのです。そのお顔には、どこかのレスラーのように虎のようなマスクを付けておられるのです。
そのマスクの下の顔を想像すると、本当に喰い殺されてしまうのでは......そんな恐怖があります......いろんな意味で......
嫌です! いくらそんないいおぱぁいを持っていたとしても、私には心に決めた方がおられるのです! その方に私の初めてを捧げるのです!
なんて事を考えていると、肉美さんから立ち上っていた妖気のようなプレッシャーが無くなっていました。何だったのでしょう? 見た感じ、マスクでその表情は計り知れますが、どうやら肩の下がりようといい元気が無くなっている御様子......どうされたのでしょうか?
「そうかい......悪かったね。これでも私は大人だ。潔く諦めるよ」
「......はい?」
......今なんと? 諦める? 私をですか......?
いやいや、そもそも何も喋っていないのに、どうしていきなり諦めるというお話が......?
そういえば、虎のマスクということで、例のレスラーを想像していたのですが、この方......マスクということは仮面を付けているという事で......そして、死神様が連れて来られた方......
むむむ? 身体こそ全然違いますが、妙に似ているところが多いような......
「そうだよ、私は死神。白川黒美って子の担当だよ」
な、な、な、なんと!? 道理で死神様同様仮面を付けていて、幽霊特有の輪っかがないわけですね......ってことは......?
「も、も、も、申し訳御座いません。何かと新参者でして、幽霊や死神様関係の事は無知でありまして、その......つい、つい思った事が頭を巡ってしまうのです......」
そう、肉美さん......いえ、肉美様も死神様という事は、私の考えていることは筒抜けという事なんです。
つまり、私が頭の中で考えていたゴリゴリな体型や虎マスクによる恐怖といった感情も全て筒抜けな訳で......私がこうして消滅しないでいられるのも奇跡に近いようなものなのです......
って......こうやって今考えている事も筒抜けなんですがね......はぁ......なんて不便な関係なのでしょう......
私は恐る恐る下げていた顔を上げ、視線を肉美様へと移します。
やはりマスクの所為で、その表情は分かりません。
怒ってますよね......怒ってるんですよねぇ......
失礼な事を散々考えていたので、怒っているのは当たり前。
つまり、今肉美様はそのボルテージを上げているのでしょう。
そのゴリゴリマッスルな肉体を極限に使い、私を派手に消滅させる準備をしているのでしょう......
私の幽霊ライフももう終わりですか......長かったような......短かったような......
黒美様とお近付きになる......そんな夢は結局叶えられず、終わってしまうのですね......
消滅してしまう前に、もう一度そのお顔を拝見したかったです......
来世があるかどうかは分かりませんが、来世でまた、逢える事を願っております。
さようなら......さようなら......さようなら......
そうして私が目を閉じていると、肩に何かが置かれる感触が......
ついに、消滅させられてしまうのですね......
私は強く瞼を閉じます......
願いは一つ、神様、仏様、死神様。
どうかどうか、黒美様とまたお逢いできますよう、宜しくお願い致します。
「しょうがないねぇ、会わせてやるよ」
......え? 今なんて?
私は強く閉じていた瞼を開けます。
目の前には、慈愛の微笑みを浮かべる(マスクで表情が全く分かりませんが、きっとそんな表情をしているのです。そうなのです)、肉美様が居られました。
さて......いったい誰とでしょう?
......いや、私だって馬鹿ではありません。分かっているのです。しかし、そんな上手い話があっていいのでしょう? そう思ってしまうのです。
しかし、もしそうだとするならば、私が言えることは唯一つ......
「宜しくお願い致します」
こうして、私は消滅の危機から大逆転。肉美様にあの御方と逢えるチャンスを頂いたのです。
霊司さんの一日はまだ続きますよ。




