正しい退屈のしのぎ方
「―――退屈……」
放課後、自分ともう一人の他には誰もいない教室の中。私のそばでそのもう一人、俊一が呟く。
珍しいことに、私も同じように退屈だと感じていた。だから私は、俊一のその言葉に向けて、重ねるように言ってやった。
「じゃ、ちょっと話でもしましょうか?」
「話?」
何をするでもなくボーっとしていた俊一が顔をあげて、私を見る。
私は軽く頷いて、続ける。
「そ、話でもすれば、時間なんてすぐに潰れるわよ?」
「けど響子、お前話のタネなんて持ってるのか?」
訊く俊一。ともすれば、俊一のその言葉はとても失礼な言い草だったが、私は不快に顔を歪めるどころか、むしろ笑みが浮かぶのを自覚した。
まあ、もしかしたら、ほんの少しだけ皮肉げな笑みになっていたかもしれない。
「そうね…それじゃ、退屈について話してみるってのはどう?」
「退屈について……?」
理解できなかったのか、俊一が眉をひそめて訊く。私は頷いて続けた。
「そう、退屈の話。退屈って、なんだと思う?」
私の質問の意味がわかったのか、俊一がああ、と手を打つ。
「することがなくて暇を持て余してる状態、じゃないのか?」
「辞書的な答えね。間違ってはいないけど…ちょっと不十分ね」
「―――不十分?」
私の口にした、不十分、という答えに、俊一はそれこそ不思議そうに首を傾げた。
コイツのこういう、感情表現が素直なところは見ていてとても面白い。だからこそ、ついついからかいたくなってしまう。
―――いけない、ガマンガマン。
「ええ。あなたの言った『退屈』だけが退屈だったとしたら、親から家事の手伝いを頼まれて、嫌々ながらそれをやっている子供は退屈してないってことになるわよね?」
「そう言えばそうだな。じゃあ、自分の欲求が満たされてない状態を『退屈』って言うのか?」
私の答えを聞いて、俊一が自分の意見を変える。今度のは、いい答え。
「そうでしょうね。でも、本当に心から自分の欲求を満たしている人なんて、いると思う?」
「―――そんなの、居るはずがないじゃないか」
言って、俊一は一人でうんうん、と頷いた。
「そうね、それじゃ…人間はみんな退屈している、ってことになるのは、貴方にも分かるわよね、俊一?」
「その、俺にもってところが引っかかるけど、分かる」
ほんの少し不服そうな顔をしながらも、私の思った通りの答えを返す俊一。
あまりにも出来過ぎた流れ。それを自覚すれば、私の顔に再び、笑みが現れる。
何故なら、実は。ここまでの話を全て、私は計算していたのだから。
そして、今からこの計算に対する答えを俊一に伝えるのだから。
「―――じゃ、今『退屈』について私と話してたあなたは、退屈してた?」
「―――――――あ」
不意を突かれて、呆けた顔をする俊一。
その呆けた顔も、話の流れも、全て私の思い通りで。
「どんなに面白いことでも、それを行っている人自身がそれを面白いと思わなかったら、それは退屈なものになってしまう。逆に、どんなにつまらないことでも楽しんでさえいれば、やっぱりそれは立派な『退屈しのぎ』になるのよ」
きっと、今私の顔は、とても得意げな笑みをしているのだろう。
でもそれはきっと、嫌味だけれど、とても満足な笑顔。
「…………けどさぁ、響子」
しばしの間をおいて。沈黙を破る小さな一言は、俊一の口から。
それが不服そうな雰囲気だったのは、私の思いの外にあって。自然と、私の表情からも笑顔が消える。
「何よ?」
不機嫌そうにそう聞き返せば、続くコイツの言葉も、同じように不機嫌そうな色。
「クラス委員が残ってやらされてるこのワックスがけも、退屈しのぎだって言うのか?」
「………そう考えなきゃやってられないじゃない」
結局私たちがワックスをかけ終えたのは、それから一時間後のことだった。