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「じゃあ、しっかりね、天晴。えっこちゃんを、ちゃんと送るんだよ! 言っとくけど、送りオオカミは厳禁だからね~!」
天ちゃんのお姉さんは晴れ晴れとした顔で、わたしと天ちゃんに手を振って見送ってくれた。
わたしは軽く頭を下げたけれど、天ちゃんは無言だった。むすっとして、機嫌が悪い。「行くぞ」と言って、わたしの手を握って歩き出した。
「う、うん」
うしろを振り返ると、お姉さんの姿が人込みの中にまぎれて見えなくなったところだった。そこで、わたしの方から話を切り出した。
「ごめんね、天ちゃん。こんなことになって。そういうつもりじゃなかったの。悪かったって思ってる……」
天ちゃんが他の女の子と浮気中だと、勝手に誤解したことを謝ろうと思った。そうしたら、天ちゃんは、「あっ」と言う声を出したあとに、わたしの顔を見たのだ。そして、気まずそうに答えた。
「ちがうよ、怒っていないって。えっこのせいじゃないよ。姉貴のことムカついていたんだ。あいつ、昔っから力に物を言わせてさ、おまけに勘違いも激しいし。分が悪くなったら、英語でごまかすんだぞ。めっちゃ腹立つ奴なんだよ。ぶつぶつ……」
天ちゃんは文句を言いながら、反対の手の親指の爪をかんだ。無意識にやっているのだろう。今まで知らなかった。天ちゃんの新たな一面を発見できたかもしれない。
「でもね、わたし本当にびっくりしたんだよ。天ちゃんが女の子と一緒に歩いているのを見ちゃったから。お姉さんの写真を見せてもらったのも、一度だけだったし」
わたしも正直な気持ちを話した。すると、彼は親指を口元から外し、首をかしげた。
「うん、実は、おれもびっくりしたんだよね。アメリカにいるはずの姉貴が急にやってきたもんだからさあ。しかも、家じゃなくて、うちの学校にだよ。もう、笑うしかないよな」
「え、アメリカから? お姉さんって、双子のお姉さん? 離れて住んでるって、アメリカのことだったの?」
なんたる偶然なんだろう。最近、お姉さんのことが話題にのぼったばかりだ。噂をすれば影、っていうやつなのかな。
「ああ、そうだよ。前に話したことがあるよな。ほら、向こうの学校ってさ、スキップ制度があるだろ。姉貴のヤツ、それでさっさと卒業しちゃってさ、今度大学に入るんだぜ。それで、日本の大学を受けたいから、下見に来たんだとよ。自分の姉ながら、ほんと嫌味だよ」
なんだか不思議な気がした。今日の天ちゃんは、いつもと違っている。わたしの前で見せる天ちゃんの顔じゃなかった。誰かに似てるなあと思ったら、妹のあっこだった。あっこも、時々こんな顔をして文句を言うときがある。妹も弟も、どこの家でも同じなのかしら。
思わず、クスリと忍び笑いをしてしまった。それを天ちゃんに見られてしまった。
天ちゃんの顔が、急激に耳まで真っ赤になった。
「なんだよ、その笑い。おれ、今めっちゃ恥ずかしいんだぞ。好きな女に、カッコ悪いところ見られたんだから」
ふてくれたようにプイッと横を向いて、口を尖らせた彼。
わたしは、とっさにフォローをした。
「そんな! そんなことないよ。わたし、うれしかったんだもん。天ちゃんの意外なところを見られて……」
彼のやさしいところが好き。カッコつけて笑ってる顔が好き。はにかんで照れ屋なところが好き。そして、双子のお姉さんに、こてんぱんにやっつけられても、やり返さずにいる。そんなお姉さん思いなところが好き。
わたし、本当に恵まれている。この広い世界の中で、天ちゃんと知り合い、彼に「好きな女」だと言われたんだもの。これ以上の幸せってないよね。
今こそ、伝えるときだ。天ちゃんを追いかけて走って来た理由を。
わたしは、天ちゃんの手をギュッと握り返し、彼のひじに自分の胸を押しつけた。
「え、え、え、え? う、わ……。え、ええっこ?」
天ちゃんは、うろたえた様子で、ぎょっとした顔になった。それでも構わずに、わたしは彼にピタリと寄り添った。ますますふたりの体が密着する。彼の腕に力が入って強張ったみたい。そんな彼の反応に助けられ、思いきって自分の気持ちを打ち明ける気分になった。
「ねえ、天ちゃん」
「ん? ん、んー」
返事に困ったらしく、天ちゃんは上の空のような返事を返した。わたしは続けて話した。
「今度のGW、どこか行かない? もちろん、ふたりだけで……」
唇をついっと上向きにし、天ちゃんを見あげた。
「あ、ああ。いいよ。おれもそのつもりだったし」
口元が緩みかけているのを、彼は必死にかくしている。わたしには、それがわかった。
あと、もう少し。もうちょっとで、前フリ完了だ。今日こそ、わたし、天ちゃんに彼の欲しいものをあげたいんだ。
「だったら、ちょっと寄って行かない? いつもの公園で落ち着けて、遊びの計画ゆっくり話そうよ」
「ん、うん。えっこがそうしたいのなら、いいけど。だけど、時間あるのか? お母さんに怒られでもしたら――」
「いいの! だいじょうぶ。今日は、少しぐらいなら遅れても平気だから」
本当は門限に遅れたら、こっぴどく怒られるに決まってるだろうけど、きっと、あっこがうまく話をつけてくれる。うちの妹も、天ちゃんに負けないぐらいの姉思いな、とってもいい子なんだ。
あっこの驚く顔を思い浮かびながら、今のわたしにできる、とびっきりのスマイルを天ちゃんに送った。天ちゃんの顔は真っ赤なままだ。でも、わたしだって同じく、真っ赤だ。だって、こんなに胸がドキドキして、脈拍がはやいんだもの。
ねえ、天ちゃん。わたしも、やるときはやるんだよ。知らなかったでしょう? わたし自身も驚いているんだけどね。
おわり
最後までありがとうございました♪




