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彼と別れて家に帰ったら、お母さんが苦い顔をしてわたしを待っていた。三十分とわずかながら、門限に間に合わなかったのである。ちなみに、うちの門限の時刻は七時ジャストだ。妹の厚子は、先に帰っていたらしい。玄関に靴があったから、すぐにわかった。
靴を脱ぎ玄関にあがると、キッチンから出てきたお母さんは、何か言いたげな顔をした。ちらっと視界の端でとらえたけれど、気づかなかったふりを装い、わたしは二階へ上がった。そして、制服から普段着に着替え、再び一階に降りてきたとき、お母さんは口を開いた。
「どうして真っ直ぐ帰って来なかったの。今夜は先生から電話が来るのよ。水曜日は早く帰るように言ってあるでしょう」
ああ、そうだった。今日は英会話の先生からわたしあてに電話がかかってきて、日常会話のレッスンをするのだった。彼と会ってプレゼントされたことがうれしくて、他のことがどこかへ吹き飛んでしまっていたようだ。
「もう、わかってるよ」お茶碗にご飯をよそいながら、わたしは答えた。「これでも急いで帰ってきたんだよ。渋滞しててバスが遅れたんだから」
彼と会っていたことは言わなかった。まだお母さんに彼氏ができたことを伝えていなかったためだ。家族の中で彼の存在を知っているのは、妹だけだった。それに、お母さんは他にやることがないのか、単なる暇つぶしなのか知らないけれど、わたしたち姉妹のやることに、いちいち口を出す。うざいったら、ない。
「そうなの? 渋滞だったら仕方ないわね」お母さんは納得したみたいだった。「ほら、さっさと食べなさい」と促す。
席につき、お茶碗をテーブルに置いて、手を合わせた。
「いただきます」
今晩の献立は、カツオのたたきだった。ハンバーグじゃなくて残念だったけど、お刺身も大好きだ。一切れ口に運ぶ。臭みがなく、口の中でとろけるようだった。
「これ、味が濃いね。魚屋さんの?」
「ええ、そうよ。スーパーのと違うでしょう?」
お母さんはうれしそうに笑った。
いつもこんなふうに笑っていてくれればいいのに、と思う。
「うん、おいしい」と返事をして、二切れ目に箸を伸ばした。




