神様のイタズラ
○月9日(日曜日)
とある日の午後、タケシが街を歩いていると突然怪しげな老婆が視界に飛び込んできた。
(なんかヤベぇな・・・。)
タケシには霊感は無い。ただその時はなぜか嫌な予感がしたのだ。
タケシは目を合わさないよう、その老婆の脇を通りすぎようとした。
「もし、おぬし。」
(やっぱり・・・。)
老婆の呼び掛けに気づかないフリをしてさらに歩を進めるタケシ。
「もし!おぬし!!」
老婆はさきほどよりもはるかに大きな声でタケシを呼び止める。
そばを歩いていた数人の通行人も、何事かと二人の方を振り返った。
(ったく、メンドクセぇなぁ・・・。)
嫌々ながらも立ち止まるタケシ。
『なんすか?急いでるんですけど。』
不快な表情を隠さそうともせず、タケシはそう答えた。
「おぬし、今悩みがあるじゃろう。」
『は?』
-これはロクなことにならない。-
タケシは今度こそ無視を決め込み立ち去ろうとした。
が、老婆は構わず話続ける。
「××××××××」
タケシは立ち止まった。
(なぜそれを知っている?)
それは絶対にタケシ本人しか知り得ないこと。
そして絶対に他人には知られたくないことだった。
驚きよりも先に怒りが込み上げてきたタケシは思わず彼女に掴みかかっていた。
『なんなんだよババァ!なんでそのこと知ってんだよ?!返答しだいじゃただじゃすまねーぞ!あぁ?!』
しかし、老婆は慌てる様子もなく平然とこう答えた。
「そりゃ、あたしゃ神だからね。おぬしらのことはなんでも知っておる。」
(神?神って言ったかこのババァ?)
しかし誰も知らないはずの秘密を知っていたのも事実 。
タケシの頭は混乱した。
「まぁ信じられんのも無理はない。あたしのような神が人間に直接接触することはそう無いしのぉ。」
『・・・で?その神がいったい俺になんの用なんだよ?』
混乱しながらもタケシは必死にそう返した。
なぜかさっきから息も苦しい。なにか変だ。
「なに、おぬしは選ばれたんだよ。あたしら神にね。あたしらの世界も最近は暇をもて余していてねぇ。1年に一度、無作為に選んだ人間の願いを叶えて、その悩みを解消してやってんのさ。」
(選ばれた?俺が?)
もちろん信じられるはずがない。しかし先ほど続く息苦しさがタケシの思考を鈍らせる。
『へぇ、じゃあバアさんが願いを叶えてくれるってわけか?』
(もうなんでもいい。さっさと話を終わらせたい。気味が悪い。)
「あぁなんでもいいさ。ひとつ願いを言ってみな。」
老婆は不適な笑みを浮かべる 。
タケシは一瞬考え、答えた。
『じゃあなんでも願いの叶うアイテムをくれよ。そうだな・・・たとえばメールにうちこんだことが全部叶うような、そんな携帯。どうだ?できんのか?』
(へっ、どうせ出鱈目なんだろ?どうやってあのことを知ったのかは知らねーけど、こんなのと長く関わってるマジで危ねぇ。)
すると老婆は一旦強く目を瞑り、タケシの胸に指をあて何事かを呟いた。
「その願い叶えてやる。ただし叶うのは一週間後だよ。それまで1日ごとにおぬしの体から対価をいただく。なぁに怖がることはないさ。7つの対価を払いきれば、そのなんでも願いの叶う携帯はあんたのもんだからね。」
そう言った途端、老婆はタケシの前から跡形もなく姿を消した。
(なんなんだよ・・・。)
しばらく固まって動けないでいるタケシ。息苦しさはいつの間にかなくなっていた・・・。
○月10日(月曜日)
朝6時、タケシはけたたましくなる目覚ましを止めいつものように洗面台へ向かった。
『なっ?!!!!!』
タケシは目を疑った。鏡に映る見慣れた自分の顔。しかし明らかに前日までのそれとは違っていた。
『は、鼻が?!』
手で触れてみても鼻があった場所には何も無い。そういえば匂いも感じなくなっているようだ。
(まさか・・・そんな・・・まさか・・・?!)
これが昨日老婆が言っていた゛対価゛なのか?だとしたらあの老婆は本物?!
しばらく呆然と鏡の前に立ち尽くすタケシ。
結局その日は会社を休み、1人部屋で震えるタケシであった。
○月11日(火曜日)
タケシは前日と同じく鏡の前に立ち尽くしていた。
昨日鼻を失ったタケシ。今日の彼の顔からは耳が消えていた。
何も聞こえない。パニックになったタケシはそのまま会社に連絡することもなく頭から布団を被り震え続けた。
○月12日(水曜日)
タケシはかなり落ち着きを取り戻していた。
あの老婆に出会ってから3日目の朝。
今日は左腕を失っていた。どうやら対価としてもっていかれるのは顔の部位だけではないようだ。
タケシは考えた。
(これは夢でもなんでもない。間違いなく鼻と耳と左腕は消えている。だとしたら願いが叶うというのも本当だろう。じゃなきゃアイツは神じゃなくてただの悪魔だ。あと4日、あと4つの対価さえ払ってしまえばなんでも願いの叶う携帯が手に入る。そうすれば失った体だって取り戻せる。)
とにかくあと4日、タケシはそう言い聞かせ、会社には病院でインフルエンザだと診断されたためしばらく出勤できない旨を伝えた。明日にも口を失うかもしれない。タケシは不思議なほど冷静な自分を感じ、そしてなぜか笑った。
○月13日(木曜日)
タケシは右足を失った。
○月14日(金曜日)
タケシは左目を失った。
○月15日(土曜日)
タケシはついに口を失った。
もう喋ることもできない。しかし残りの対価はあと1つ。それを払ってしまえば魔法のアイテムで全てを取り戻せる。
あと1つ。あと1日・・・。
○月16日(日曜日)
7つ目の対価を支払ったタケシの元に老婆が現れた。老婆は約束通り、なんでも願いの叶う携帯をタケシに手渡した。
「フッフッフッずいぶんと楽しませてもらったよ。やっぱり人間は面白いよ。ただあんたもよくよく運が無い男だねぇ。最後の対価がよりにもよって゛これ゛だったなんてねぇ」
そう言い残し老婆はタケシの心臓を大事そうに抱えながら去っていった。
タケシが発見されたのは、それから3日後のことだったという・・・。