第44話 それでも、隣に
夜。
屋敷のテラス。
月明かりが静かに差し込む。
そこに――
リシア・フォン・アルヴェリアがいた。
手すりに触れながら
ただ空を見ている。
(来る)
直感だった。
(王女様は、きっと――)
その時。
「ここにいたのね」
振り向く。
そこには――
セレスティア・フォン・アルヴェリア。
逃げ場はない。
リシアは深く頭を下げる。
「王女殿下」
セレスティアは静かに歩み寄る。
「顔を上げて」
優しい声。
でもその奥は鋭い。
リシアは顔を上げる。
二人の視線がぶつかる。
沈黙。
先に口を開いたのは――
セレスティアだった。
「聞いたわ」
短く。
「レオンのこと」
リシアの胸が強く打つ。
「……はい」
声が少しだけ震える。
セレスティアはまっすぐ見る。
「彼、あなたを選んだのね」
リシアは頷く。
「はい」
セレスティアは一瞬だけ目を伏せる。
そして笑う。
「いいわね」
その笑顔は美しい。
でもどこか寂しい。
「羨ましいわ」
リシアは言葉を失う。
セレスティアは続ける。
「でも」
空気が変わる。
「それで終わりじゃないのは分かってるわよね?」
リシアはゆっくり頷く。
「……はい」
セレスティアは近づく。
「あなた」
「守られる覚悟はある?」
その問いは鋭い。
リシアは一瞬迷う。
(守られる……?)
頭に浮かぶのは
レオンの顔。
優しくて
まっすぐで
少し不器用なあの人。
(守られるだけでいいの?)
胸の奥で何かが動く。
(違う)
ゆっくりと顔を上げる。
「……違います」
セレスティアの目が細くなる。
リシアは言う。
「私は」
一歩踏み出す。
「守られるだけの存在じゃありません」
声は震えている。
でも逃げていない。
「一緒に背負います」
その言葉は重かった。
セレスティアはじっと見つめる。
数秒の沈黙。
そして――
小さく笑う。
「そう」
どこか楽しそうに。
「やっぱり面白いわね、あなた」
その時。
足音。
「その話」
低い声。
二人が振り向く。
そこには――
レオンがいた。
「俺も混ぜてください」
空気がさらに張り詰める。
セレスティアが笑う。
「ちょうどいいわ」
レオンはリシアの隣に立つ。
自然な動き。
迷いはない。
セレスティアはその様子を見る。
「いい絵ね」
皮肉ではない。
本音だ。
レオンは言う。
「さっきの話、聞こえてました」
セレスティアは肩をすくめる。
「隠してないもの」
レオンは一歩前に出る。
「答えます」
その一言に空気が変わる。
「守れるかって話なら」
少しだけ笑う。
「完璧には無理です」
正直だった。
セレスティアの眉がわずかに動く。
レオンは続ける。
「王女殿下には敵いません」
事実。
否定しない。
「でも」
その目は強い。
「それでもいい」
セレスティアが静かに問う。
「……どういう意味?」
レオンは言った。
「守られなくてもいい」
一瞬の静寂。
リシアが息を呑む。
レオンは続ける。
「全部守りきれなくてもいい」
「傷つくかもしれない」
「失うものもあるかもしれない」
でも――
「それでも」
一歩、リシアに寄る。
「こいつと生きたい」
言い切る。
「もし」
一瞬だけ間を置く。
「最悪の結末が来るとしても」
視線を逸らさない。
「死を迎えるなら」
その一言は静かだった。
だが重い。
「リシアと一緒がいい」
風が止まる。
リシアの瞳が揺れる。
(……この人は)
(本気だ)
怖い。
でも同時に――
嬉しい。
胸が締め付けられる。
涙が溢れる。
「……バカ」
小さく呟く。
「そんな覚悟」
震えながら。
「一人で背負わないでよ……」
レオンが見る。
リシアは涙を拭う。
そして――
笑う。
「一緒にって言ったでしょ」
その手を握る。
強く。
「死ぬ時も」
少しだけ意地悪く。
「勝手に決めないで」
レオンは笑う。
「悪い」
セレスティアはその光景を見ていた。
長い沈黙。
そして――
ふっと息を吐く。
「……参ったわね」
本音だった。
「そこまで言われると」
肩をすくめる。
「さすがに割って入るのも野暮かしら」
でも次の瞬間。
目が鋭くなる。
「でも」
やはり王女。
「簡単には引かないわよ」
二人を見る。
「あなたたちがその覚悟なら」
一言。
「私はそれを上回る」
宣言だった。
「国も」
「権力も」
「全部使ってでも」
静かに笑う。
「勝ちに行くわ」
リシアは一歩前に出る。
「負けません」
震えている。
でも引かない。
レオンは隣で言う。
「受けて立ちます」
三人の視線が交差する。
誰も引かない。
夜は静かだ。
だがその裏で――
確実に何かが動いている。
恋はもう
個人の感情ではない。
運命を賭けた選択になった。




