第43話 王女の一手
王城。
静まり返った一室。
窓から差し込む光。
その中で――
セレスティア・フォン・アルヴェリアは一人、紅茶を口にしていた。
カップを置く。
「……遅いわね」
その時。
コンコン。
「入れ」
扉が開く。
現れたのは――
レオン。
部屋の空気が変わる。
セレスティアは微笑む。
「来たわね」
レオンは一礼する。
「お時間ありがとうございます」
「いいのよ」
軽い口調。
だがその目は鋭い。
「それで?」
「答え、聞かせてくれる?」
逃げ場はない。
レオンは一歩前へ。
「……結論から言います」
一瞬だけ息を整える。
「自分は」
「リシアを選びます」
静寂。
時計の音だけが響く。
セレスティアは動かない。
表情も変えない。
数秒後――
「そう」
ただ一言。
だがその一言に
すべてが詰まっていた。
レオンは続ける。
「王女殿下の想いに応えられず」
「申し訳ありません」
深く頭を下げる。
セレスティアはその姿を見ていた。
長い沈黙。
そして――
小さく息を吐く。
「顔を上げなさい」
レオンはゆっくり顔を上げる。
セレスティアは笑っていた。
「謝る必要はないわ」
「選ぶのはあなた」
「私はそれを尊重するって言ったでしょ?」
その言葉は本物だった。
だが――
それで終わる女ではない。
カップを手に取る。
「でもね」
一口飲む。
そして置く。
「悔しいものは悔しいわ」
正直な感情。
レオンは黙る。
セレスティアは立ち上がる。
ゆっくりと歩く。
レオンの前まで来る。
「ねえ」
顔を覗き込む。
「私が諦めると思った?」
レオンの目が揺れる。
セレスティアは笑う。
「言ったでしょ」
「欲しいものは取りに行くって」
一歩引く。
距離を戻す。
「安心して」
「あなたの選択は尊重する」
「無理やり奪ったりはしない」
だが次の言葉。
「でも」
空気が変わる。
「環境は変えられるわよね?」
レオンの表情が引き締まる。
セレスティアは楽しそうに言う。
「例えば――」
指を一本立てる。
「王都に呼び寄せる」
レオンの目が細くなる。
「あなたの研究」
「国家プロジェクトに格上げするわ」
核心だった。
「資金も人材も」
「今の比じゃない」
一歩近づく。
「断る理由、ある?」
これは誘惑ではない。
“戦略”だ。
レオンは静かに答える。
「……それは」
「王女殿下のためですか?」
セレスティアは即答する。
「違うわ」
「国のためよ」
一瞬の間。
そして――
「ついでに私のため」
微笑む。
レオンは息を吐く。
完全に読まれている。
セレスティアは続ける。
「もう一つ」
「リシア」
名前を出す。
「彼女、公爵令嬢よね?」
レオンは頷く。
「ええ」
セレスティアは窓の外を見る。
「貴族社会って面倒なのよ」
ぽつりと。
「婚約、縁談、家同士の繋がり」
そして振り返る。
「守れる?」
レオンは即答しない。
その一瞬を見逃さない。
セレスティアは言う。
「私は守れるわ」
断言。
「王女だから」
重い現実。
レオンの拳がわずかに握られる。
セレスティアは柔らかく言う。
「別に脅してるわけじゃないの」
「ただの事実」
そして一歩下がる。
「さあ」
「どうする?」
沈黙。
長い沈黙。
レオンはゆっくり口を開く。
「……それでも」
セレスティアの目が細くなる。
レオンは言い切る。
「リシアを選びます」
一切の迷いなし。
空気が張り詰める。
そして――
セレスティアは笑った。
楽しそうに。
「いいわ」
満足そうに。
「やっぱりあなたはそうでなくちゃ」
レオンは少し驚く。
セレスティアは言う。
「簡単に揺らぐ男なんて」
「興味ないもの」
そして踵を返す。
「でも覚えておきなさい」
振り返らずに言う。
「これは終わりじゃない」
一言。
「始まりよ」
扉の方へ歩く。
「私は諦めない」
「正々堂々、勝ちにいく」
そして止まる。
最後に。
「リシアにも伝えておくわ」
レオンの目が開く。
「逃げ場はないわよ」
扉を開ける。
光が差し込む。
「覚悟なさい」
そのまま去っていった。
静寂。
レオンは一人残る。
「……上等だ」
小さく呟く。
もう逃げない。
その頃――
屋敷では。
リシアが空を見上げていた。
胸の奥にある
不安と覚悟。
(来る)
理由はわからない。
でも確信があった。
(王女様は……)
(きっと来る)
その予感は――
外れない。
こうして
恋は
個人の想いから、権力の戦いへと変わった。




