第42話 君を選ぶ理由
夕暮れ。
空がゆっくりと茜に染まっていく。
屋敷の庭。
静かな場所。
そこに――
リシア・フォン・アルヴェリアはいた。
花に水をやっている。
いつもと変わらない光景。
その背中に――
「リシア」
声をかける。
振り返る。
「レオン?」
少し驚いた顔。
でもすぐに柔らかく笑う。
「どうしたの?」
その笑顔が――
レオンの胸を締めつける。
(この人だ)
迷いはなかった。
レオンは一歩近づく。
「話がある」
リシアは少しだけ首を傾げる。
「そんな顔してるときは」
「大事な話ね」
図星だった。
レオンは小さく笑う。
「……ああ」
少しの沈黙。
風が揺れる。
レオンは息を整える。
「今日」
「王女殿下に」
リシアの手が一瞬止まる。
(……王女様?)
胸がざわつく。
理由はわからない。
でも――
嫌な予感がした。
レオンは続ける。
「告白された」
その瞬間。
時間が止まった。
リシアの中で何かが崩れる。
(……え?)
(今、なんて……)
頭では理解している。
でも心が追いつかない。
(王女様が……レオンに……?)
息が浅くなる。
でも――
顔には出さない。
必死に笑顔を保つ。
「……そうなんだ」
声が少しだけ震えた。
(やっぱり)
(そうなるよね)
(だってレオンは――)
優しくて
頭が良くて
誰からも必要とされて
(……私なんかより)
胸が締め付けられる。
逃げたくなる。
でも足は動かない。
レオンは言う。
「返事は」
一瞬止まる。
そして――
「まだしてない」
リシアの心が揺れる。
(……まだ?)
ほんの少しだけ
希望が灯る。
でも同時に怖い。
(なんで私に言うの……?)
(決まってるなら言わないでよ……)
レオンは一歩近づく。
「リシア」
真っ直ぐに見る。
逃げ場はない。
「俺は」
言葉を選ばない。
「お前が好きだ」
――――
思考が止まる。
(……え?)
(……なに?)
(今……)
鼓動が一気に早くなる。
理解が追いつかない。
レオンは続ける。
「王女に告白されて」
「はっきり分かった」
「自分の気持ちが」
一歩、また一歩。
距離が縮まる。
「俺が選ぶのは」
迷いなく。
「リシアだ」
リシアの視界が滲む。
(どうして……)
(なんで……)
(そんなこと……)
嬉しい。
嬉しいはずなのに――
怖い。
「……でも」
声が出る。
小さく。
「相手は……王女様だよ……?」
現実。
重すぎる現実。
「私はただの公爵令嬢で」
「レオンは……」
言葉が詰まる。
(巻き込んじゃう)
(きっと不幸になる)
レオンは首を振る。
「関係ない」
即答だった。
「どんな立場でも」
「どんな障害でも」
一歩踏み込む。
「全部ひっくるめて」
言い切る。
「お前といたい」
リシアの涙が溢れる。
(ずるい……)
(そんなの……)
(断れるわけないじゃない……)
レオンは静かに言う。
「添い遂げたい」
「リシアと」
その言葉は重くて
でも温かかった。
リシアは俯く。
涙が落ちる。
心の中で叫ぶ。
(ずっと……)
(ずっと好きだった……)
(でも言えなかった……)
(だって……)
(失うのが怖かったから)
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
「……本当に?」
レオンは頷く。
「本当だ」
リシアは震える声で言う。
「後悔しない?」
「王女様を断ったら」
「絶対に簡単じゃないよ……?」
レオンは少しだけ笑う。
「もう決めた」
「後悔しない選択をするって」
そして――
「その中心にいるのが」
一言。
「お前だ」
リシアはもう我慢できなかった。
一歩踏み出して――
レオンの胸に顔を埋める。
「……バカ」
小さく。
でも確かに。
「遅いよ……」
泣きながら笑う。
「ずっと待ってたのに……」
レオンはそっと抱きしめる。
「悪かった」
リシアは首を振る。
「ううん……」
そして小さく言う。
「……私も好き」
その言葉は震えていた。
でも確かだった。
「ずっと前から」
夕焼けの中。
二人は抱き合う。
世界がどう動こうと
関係ない。
この瞬間だけは
誰にも奪えない。
リシアは心の中で思う。
(怖い)
(でも――)
(この人となら)
(全部乗り越えたい)
そして静かに決意する。
(逃げない)
(王女様でも)
(どんな相手でも)
(私は――)
(この人を手放さない)
レオンの胸の中で
小さく呟いた。
「よろしくね」
未来へ向けて。
こうして
二人は――
同じ覚悟を持った。




