第27話 静かな距離
ヴァルディア公爵の提案から数日。
街は少しずつ変わり始めていた。
街灯魔道具の試験設置が始まり、工房には職人たちが出入りするようになった。
昼間は騒がしい。
だが夜になると、レオンの工房は静かになる。
その日もレオンは机に向かっていた。
魔法陣の設計図を広げ、細かい線を書き直している。
「うーん……」
少し考えて線を一本消す。
その時。
コンコン。
扉が軽く叩かれた。
「どうぞ」
扉が開く。
入ってきたのはリシアだった。
薄い上着を羽織り、少しラフな格好をしている。
「まだ起きてたんですね」
レオンは苦笑する。
「まあ、仕事なので」
リシアは部屋の中を見回した。
机の上には設計図が山のように積まれている。
「相変わらずすごい量ですね」
レオンは肩をすくめた。
「気付いたら増えてます」
リシアは少し笑った。
そして机の向かいに座る。
少し沈黙が流れる。
窓の外では、試験設置された街灯が静かに光っていた。
リシアがその光を見て言う。
「綺麗ですね」
レオンも窓を見る。
「ですね」
リシアは小さく笑う。
「レオンが作ったんですよ?」
レオンは照れたように頭をかく。
「まあ…」
リシアは少し真面目な顔になった。
「街の人、すごく喜んでました」
レオンは少し驚いた。
「本当ですか?」
リシアは頷く。
「夜道が怖くなくなったって」
「子供たちも外で遊べるって」
レオンは少し黙った。
そして小さく笑う。
「それなら良かった」
リシアはその横顔を見ていた。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
胸が温かくなる。
「……レオンって」
レオンが顔を上げる。
「はい?」
リシアは少し考えて言った。
「変わってますよね」
レオンは苦笑する。
「また言われた」
リシアは笑う。
「普通、こんな技術持ってたら」
「王都に行くと思うんです」
レオンは少し考える。
そして言った。
「ここ好きなんですよ」
リシアが聞く。
「この街?」
レオンは頷いた。
「静かですし」
「人も優しいし」
そして少し笑う。
「あと」
リシアを見る。
「リシアさんもいますし」
一瞬。
時間が止まった。
リシアの顔が少し赤くなる。
「え…」
レオンは普通の顔だった。
リシアは慌てて言う。
「そ、それは…その…」
レオンは首を傾げた。
「?」
リシアは視線を逸らした。
「そ、そういう意味じゃなくて…」
レオンは不思議そうに言う。
「いや、普通に」
「話しやすいので」
リシアは顔を隠した。
「……もう」
小さく呟く。
「ずるいです」
レオンは聞き返す。
「何がです?」
リシアは答えない。
そのまま窓の外を見る。
街灯が静かに街を照らしていた。
しばらく沈黙が続く。
リシアがぽつりと言った。
「レオン」
「はい?」
「もし」
少し言い淀む。
「もし、ですよ?」
レオンは頷く。
「はい」
リシアは言った。
「王都に行くことになったら」
レオンは少し考えた。
そして笑った。
「その時は」
「リシアさんも来ます?」
リシアは一瞬固まった。
「え?」
レオンは普通に言う。
「一緒に研究すれば楽しそうです」
リシアの顔がまた赤くなる。
「……本当に」
小さく言う。
「レオンはずるいです」
その時。
外で声がした。
「レオンー!」
職人の声だ。
「新しい魔石届いたぞ!」
レオンが立ち上がる。
「行きます!」
扉に向かう。
リシアも立つ。
そして小さく笑った。
「忙しいですね」
レオンも笑う。
「ですね」
二人は並んで工房を出る。
外では街灯の光が夜道を照らしていた。
その光の中を。
二人は並んで歩いていく。
まだ距離は少しある。
だけど。
その距離は――
少しずつ、近づいていた




