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仇巡の残火行 (あだめぐりのざんかこう)― 信長への復讐譚  作者: 直助


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織田の名

 戦の音は、薄れていく。


 代わりに、

 別の動きが始まる。


 倒れた者が、運ばれる。

 歩ける者が、支え合う。


 血は、まだ乾いていない。

 だが、踏み分ける足取りは、もう急がない。


 市蔵は、その中にいる。


 名を呼ばれない。

 指示も、ない。


 それでも、

 外されることもない。


 誰かが、布を裂く。

 別の誰かが、水を運ぶ。


 呻き声が、短くなる。

 そのまま、消えるものもある。


 死体は、脇へ寄せられる。


 重ねられる。

 向きが、揃えられる。


 市蔵も、手を出す。


 掴み、引き、持ち上げる。

 力の入れ方は、迷わない。


 誰も、こちらを見ない。


 見ないまま、

 作業は進む。


 やがて、

 動きが落ち着く。


 焚き火が、起こされる。


 一つではない。

 いくつもだ。


 点々と、

 暗くなりかけた野に、灯が生まれる。


 市蔵は、

 近い火の一つに腰を下ろす。


 地面は、硬い。

 だが、座れないほどではない。


 器が、回ってくる。


 中身は、粥だ。

 濃くはない。

 塩も、強くない。


 それでも、

 温かい。


 市蔵は、黙って口に運ぶ。


 周りでは、

 言葉が戻り始めている。


「丹波の残り、これでだいぶ減ったな」


「逃げたのも多いがな」


「また集まるだろう」


 別の声が言う。


「だが、上は急いでる」


「急ぐ?」


「ああ。

 あのお方がな」


 少し、間が空く。


 火が、はぜる。


「……織田信長、だ」


 名が、落ちる。


 声は、低い。

 だが、隠してはいない。


「西も東も、片付けが早い」


「丹波が終われば、次だ」


「次は、どこだ」


「さあな。

 だが、呼ばれれば行く」


 誰かが、短く笑う。


「呼ばれりゃ、行くしかねえ」


 それで、話は進む。


 信長は、

 ここにはいない。


 だが、

 ここで起きたことは、

 その名へと、繋がっている。


 市蔵は、粥を啜る。


 味は、分かる。

 飲み込みも、できる。


 胸は、静かだ。


 腹も、騒がない。


 焚き火の向こうで、

 別の輪が笑っている。


 同じ火が、

 いくつも、野に浮かんでいる。


 市蔵は、

 その一つにいる。


 抜ける理由は、

 まだ、ない。



 焚き火は、落ち着いている。


 炎は高くない。

 薪が、音を立てずに崩れていく。


 周りには、

 もう話す者はいない。


 横になった者。

 槍を抱えたまま、目を閉じている者。


 市蔵も、地面に腰を下ろす。


 背中に、何かを当てる。

 石か、丸めた荷か。

 確かめない。


 夜気が、下りてくる。


 昼の熱が、ようやく抜ける。


 さっきの声が、残っている。


 ――あのお方。


 ――織田信長。



 この場にいない。

 それでも、

 ここで起きたことは、

 その名に繋がっている。


 市蔵は、槍を見る。


 穂先は、布で拭われている。

 赤は、薄くなっている。


 柄に、木目が走っている。


 その先に、

 今日、体があった。


 考えようとしなくても、

 浮かんでくる。


 ――木瓜。


 旗ではない。

 鎧の胸。

 背。

 袖。


 戦の最中、

 何度も視界に入った形だ。


 その下で、

 人が倒れた。


 その一つが、

 自分の前だった。


 市蔵は、

 目を閉じる。


 暗さは、すぐに来ない。


 焚き火の残りが、

 瞼の裏に揺れる。


 信長。

 木瓜。

 槍の先。


 順に並ぶ。


 意味をつける前に、

 次の形が浮かぶ。


 戻る場所は、

 もうない。


 だが、

 行く先は、

 見えている。


 それだけで、

 今は足りる。


 市蔵は、

 息を整える。


 深くは、しない。


 夜は、まだ続く。


 いつの間にか、

 焚き火の音が、遠くなる。


 木瓜の形も、

 輪郭を失う。


 市蔵は、

 そのまま眠りに落ちる。


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