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仇巡の残火行 (あだめぐりのざんかこう)― 信長への復讐譚  作者: 直助


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槍の先

 戦場は、輪になっていた。

 外側には、動かない者がいる。

 伏せている者。

 膝をついたまま、起き上がらない者。


 市蔵は、その外にいた。


 音だけが、先に届く。

 槍がぶつかる音。

 柄が割れる音。

 声とも、息ともつかない叫び。


 中へ入るほど、足元が悪くなる。

 土が柔らかい。

 踏むたびに、沈む。


 倒れた者を跨ぐ。

 避けているつもりはない。

 避ける余地がない。


 列は、もう形を保っていない。

 前も、横も、分からない。

 ただ、押される方向がある。


 槍が、左右から出てくる。

 引かれる。

 また、出る。


 刃先は、見ない。

 見えるのは、柄と、腕と、背中だけだ。


 誰が、どちらなのかは、分からない。

 分かる必要もない。


 木瓜が、目に入る。

 旗ではない。

 鎧の胸。

 背。

 袖。


 視界に、何度も入る。


 市蔵は、歩く。

 止まらない。

 止まる理由がない。


 足が取られる。

 前に、倒れかける。


 その拍子に、

 槍が前へ出た。


 突いた覚えは、ない。


 先が、

 柔らかいところに沈む。


 一度、止まり、

 さらに、わずかに入る。


 柄の奥まで、

 重さが伝わってくる。


 骨ではない。

 布でもない。


 水を含んだ土に、似ている。


 一拍遅れて、

 相手の体が崩れた。


 


 地面に、影が落ちる。

 槍先が、わずかに下がる。


 倒れた場所に、

 一つ分の空きができる。


 誰かが、

 そこへ入る。


 動きは、止まらない。


 


 相手は、仰向けになっている。


 兜はない。

 髪は短く、汗で額に張りついている。


 鎧は、古い。

 継ぎ当てがある。


 農具を持つ腕と、

 同じ太さだ。


 口が、少し開いている。

 声は、もう出ない。


 目が、市蔵の方を向いている。

 焦点は、合っていない。


 どこかで、

 見たことのある顔だった。


 思い出せるほどではない。

 だが、遠くない。


 槍を引く。

 引けた。


 抜けるとき、

 わずかな抵抗があった。


 音は、ない。


 手に、震えはない。

 息も、乱れていない。


 思ったほど、

 何も起きていなかった。


 ただ、

 倒れた者の場所に、

 自分の足が入っている。


 市蔵は、

 そのまま一歩、踏み出した。



 押し合いが、ほどけていく。


 槍が、下がる。

 下げきれず、地面に突かれたままのものもある。


 声の数が、減る。

 代わりに、息の音が残る。


 誰かが、離れる。

 それに、続く者が出る。


 市蔵は、立ち止まらない。

 止まる理由が、まだない。


 前に、木瓜がある。


 旗ではない。

 槍の穂先に結ばれた、小さな布。

 鎧の胸。

 肩。


 見える数が、増えている。


 木瓜の側に、人が集まり始める。


 呼ばれたわけではない。

 だが、そこが残る場所だと、分かる。


 地面に伏している者は、

 その内側には、いない。


 市蔵も、そこへ入る。


 槍を、地面に立てる。


 手が、離れない。


 離す理由が、まだ見つからない。


 周りを見る。


 顔は、どれも疲れている。

 血の色は、誰のものか分からない。


 目が合う。


 一人。


 年は、近い。

 鎧も、似たようなものだ。


 その男が、顎で示す。


 槍の先。


 市蔵は、目を落とす。


 穂先に、赤が残っている。

 乾ききっていない。


 男は、短く言う。


「前に出たな」


 声は、平らだ。

 驚きも、称えもない。


 市蔵は、何も返さない。


 返す言葉が、ない。


 男は、それで終わらせる。


 視線が、外れる。


 それで、済む。


 市蔵は、もう一度、槍を見る。


 さっきまで、

 何もなかった場所に、

 今は、重さがある。


 人を、殺した。


 その事実だけが、残る。


 胸は、騒がない。

 腹も、沈まない。


 ただ、

 もう一度同じことが起きても、

 止まらないと分かる。


 それだけだ。


 市蔵は、槍を持ち直す。


 列の中に、立っている。


 抜ける理由は、ない。



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