波多野の命
城の門は、開いたままだ。
人が、また降りてくる。
一人。
また一人。
武器は持っていない。
鎧も、外している者が多い。
足取りが、重い。
顔は、やせている。
兵の前で、
槍が横に出る。
止まれ、
という形だ。
城の兵は、逆らわない。
地面に座る者もいる。
誰かが、武器を集めている。
刀。
槍。
弓。
地面に、並ぶ。
人の列は、まだ続く。
門の奥から、
また人影が出る。
今度は、鎧だ。
良い鎧だ。
周りに、数人ついている。
誰かが、小さく言う。
「あれだ」
別の声。
「波多野だろ」
市蔵は、顔を上げる。
波多野。
丹波の山で、
何度も聞いた名だ。
市蔵は、黙ったまま、
男を見る。
自分の名と、
同じ音だ。
男は、ゆっくり歩いている。
手には、縄がかけられている。
引きずられてはいない。
ただ、
歩いている。
城の兵は、もう出てこない。
門は、開いたままだ。
やがて、
人の動きが変わる。
城へ入る者が出る。
中を確かめている。
倉が開く。
米は、少ない。
桶が倒れる。
水が、流れる。
城の中の物が、
少しずつ外へ運ばれる。
槍。
弓。
鎧。
兵は、ばらばらに動く。
だが、
やることは同じだ。
市蔵は、立っている。
城は、上にある。
だが、
もう戦はない。
やがて、
声がかかる。
「並べ」
捕らえた者が、立たされる。
列ができる。
前と後ろに、槍がつく。
誰かが言う。
「安土だ」
別の声。
「連れてく」
城の門が、ゆっくり閉じる。
八上城は、
もう動かない。
列が、作られる。
前に槍。
後ろにも槍。
真ん中に、
縄の男たちが入る。
市蔵も、その列にいる。
城の門が、背中で閉じる。
山道に出る。
八上城は、もう見えない。
歩く。
列は、長い。
槍の音が、続く。
捕らえた者は、
黙って歩く。
逃げる者はいない。
山を下りる。
谷を渡る。
また山に入る。
何日か過ぎる。
列は、同じ形のまま進む。
足軽の声が、後ろで混じる。
「安土だってよ」
別の声。
「信長様の城か」
笑いが、少し出る。
「見たことあるか」
「ねえよ」
誰かが言う。
「山が城らしい」
「山?」
「丸ごとだ」
別の声。
「石で固めてるってよ」
誰かが鼻で笑う。
「寺か」
「寺よりでけえらしい」
列は、止まらない。
山道が続く。
誰かが、また言う。
「聞いたか」
別の声。
「何を」
「光秀様の母よ」
少し声が落ちる。
「人質だってよ」
「どこに」
「波多野の城だ」
別の声。
「だから降ったって」
誰かが言う。
「本当か」
「さあな」
誰も確かめない。
列は、歩く。
捕らえた男たちは、
前を向いたままだ。
しばらくして、
また声が出る。
「助かるらしい」
誰かが言う。
「誰が」
「波多野よ」
少し間が空く。
別の声。
「助命だってよ」
誰も笑わない。
列は、歩き続ける。
市蔵は、前を見る。
波多野。
その名は、
丹波で何度も聞いた名だ。
波多野の命は、
助かる。
市蔵は、
そう思う。
列は、止まらない。




