勝ち鬨の旗
出城の上に、旗が立つ。
木瓜だ。
風は弱い。
布が、ゆっくり揺れる。
さっきまでの声が、
少しずつ遠くなる。
槍が下がる。
地面に突き立てられる。
座り込む者がいる。
倒れたまま、動かない者もいる。
呻き声が、残る。
誰かが水を運ぶ。
誰かが、傷を押さえている。
別のところでは、
死体が引きずられる。
柵の外へ運ばれる。
出城の中の土は、
踏み固められている。
血が、黒くなり始めている。
市蔵は、立っている。
槍を持ったまま、
動かない。
やがて、
声が上がる。
「並べ」
大きな声ではない。
だが、兵が動く。
散っていた足軽が、
少しずつ集まる。
列になる。
市蔵も、その中に入る。
誰かが歩いてくる。
鎧の音が違う。
槍ではない。
指揮をする側の歩き方だ。
男が、一人ずつ見ていく。
顔を見る。
鎧を見る。
槍を見る。
何人かを指さす。
「お前、そっちだ」
別の列へ送られる。
また指す。
「そっち」
理由は言われない。
市蔵の前で、
男が止まる。
少しだけ、
視線が残る。
市蔵の槍を見る。
袖の血を見る。
男は、短く言う。
「骨はあるな」
それだけだ。
顎を動かす。
「こっち来い」
市蔵は、動く。
言葉は返さない。
男の後ろへ入る。
そこに、
十人ほどが集められている。
別の足軽が、
小さく言う。
「利三様の組だ」
声は、低い。
もう一人が、
鼻で笑う。
「あそこはきついぞ」
別の者が続ける。
「休みがねえ」
「死ぬまで働かされる」
小さく笑いが出る。
だが、長く続かない。
誰も、列を離れない。
市蔵は、立っている。
槍を持ったまま。
出城の上では、
木瓜の旗が、まだ揺れている。
戦は、
まだ続いている。
出城の整理が終わるころ、
空の色が少し傾き始めている。
市蔵たちは、また動く。
山の上へ向かう道だ。
土が削れている。
何度も人が通った跡だ。
上に、本丸がある。
列は、ゆっくり進む。
急ぐ様子はない。
前の足軽が言う。
「ここまで来りゃ、もう終いだな」
別の男が答える。
「出城が落ちりゃ、城は持たねえ」
「兵糧もねえだろ」
誰かが笑う。
「夜までだ」
それで話は終わるかと思ったが、
別の声が入る。
「そういや聞いたか」
「何をだ」
「安土よ」
少し、間が空く。
前の男が振り向く。
「信長様の城だろ」
「ああ」
声が低くなる。
「山を丸ごと城にしてるって話だ」
「石で固めてるってよ」
「石垣が、空まで続くって」
誰かが鼻で笑う。
「大げさだ」
「いや、本当らしいぞ」
別の男が言う。
「天守ができるらしい」
「天守?」
「七つも重なってるとか」
笑いが出る。
「寺かよ」
「寺よりでけえって話だ」
誰かが、ぽつりと言う。
「信長様だ」
それで、また声が止まる。
市蔵は、何も言わない。
前を見て歩く。
道が急になる。
木が少なくなる。
柵が見える。
本丸の外だ。
もう矢は飛んでこない。
中は静かだ。
誰かが言う。
「終いだな」
別の声。
「夜には落ちる」
それだけだ。
日が沈むころ、
城の中で声が上がる。
叫びではない。
動きの声だ。
門が開く。
人が流れ込む。
本丸は、長く持たない。
暗くなるころ、
戦はほどける。
やがて、
木瓜の旗が運ばれる。
長い槍の先だ。
土に突き立てられる。
布が開く。
夜の風に揺れる。
本丸の上に、
木瓜が立つ。
市蔵は、見ている。
槍を持ったまま。
城は、もう終わっている。




