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仇巡の残火行 (あだめぐりのざんかこう)― 信長への復讐譚  作者: 直助


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血染の草履

 列が、動いている。


 朝ではない。

 昼でもない。


 刻は、はっきりしない。


 市蔵は、その中にいる。


 前へ進む。

 止まらない。


 止まる理由がない。


 誰かが、道を知っている。

 誰かが、先を見ている。


 だが、

 それが誰なのかは分からない。


 ただ、進む方向だけが揃っている。


 市蔵も、歩く。


 槍は、肩にある。

 重さは、変わらない。


 列は、長くない。

 だが、短くもない。


 前も、後ろも、同じ顔だ。


 歩きながら、声が混じる。


「この先らしい」


「村だ」


 短い言葉だ。


 理由は、言われない。


 誰も、聞かない。


 市蔵は、何も言わない。


 歩く。


 道は、細くなる。


 畑が見える。


 手入れされた土だ。

 荒れてはいない。


 畦が、まっすぐだ。


 誰かが、まだここで暮らしている。


 市蔵は、視線を上げる。


 屋根が見える。


 低い家並み。


 煙が、細く上がっている。


 普通の村だ。


 市蔵の足が、わずかに遅れる。


 気づく。


 違和感は、そこにある。


 抵抗の村ではない。


 砦でもない。


 逃げた国衆の拠点でもない。


 ただの村だ。


 誰かが、前で言う。


「囲め」


 声は、低い。


 それで、十分だった。


 列が、ばらける。


 左右に分かれる。


 家々の外側へ、回る。


 市蔵は、立ち止まらない。


 止まれば、押される。


 押されれば、前へ出る。


 そのまま、村へ入る。


 戸が開く。

 人が出てくる。


 顔に、敵意はない。


 困惑だ。


 市蔵は、立っている。


 見ている。


 それだけで、分かる。


 ここは——


 あの時の、自分の村と同じだ。


 声が上がる。


「何だ、お前ら」


 怒鳴りではない。


 問いだ。


 市蔵は、動かない。


 槍は、手にある。


 腕は、上がらない。


 分かっている。


 これから、何が起こるのか。


 ここで、


 あの時と同じことが始まる。


 市蔵は、息を吸う。


 浅い。


 吐く。


 長くはならない。


 音が、少し遠くなる。


 誰かが走る。


 声が、重なる。


 戸が開く。

 人が出てくる。


「何をしに来た」


 怒鳴りではない。

 問いだ。


 年を取った男だ。

 農具を持っている。


 武器ではない。


 市蔵は、槍を持ったまま立つ。


 男は、続ける。


「ここは百姓の村だ」


 声は、震えていない。


 ただ、言っている。


 市蔵は、動かない。


 腕が、上がらない。


 次の瞬間。


 横から、刃が入る。


 短い音。


 男の体が折れる。


 膝が落ちる。


 誰かが言う。


「何やってる」


 振り向く暇もない。


「行くぞ」


 それだけだ。


 声は、もう遠い。


 村の中へ、人が散る。


 戸が破られる。

 叫びが上がる。


 市蔵は、歩く。


 止まらない。


 止まる理由が、ない。


 前に、人がいる。


 若い男だ。


 鎧はない。

 手には、何もない。


 目が合う。


「やめてくれ」


 短い。


 市蔵は、止まる。


 一瞬だけ。


 足を引けば、

 横へずれれば、

 通り過ぎることもできる。


 戻れる。


 まだ、戻れる。


 だが。


 市蔵は、槍を引かない。


 肩が前に出る。


 腕が伸びる。


 槍の先が、入る。


 今度は、止まらない。


 布を裂く。


 肉を越える。


 そこで止まる。


 市蔵が、止めた。


 相手の体が、崩れる。


 手が、一度空を掴む。


 声が出る。


 短い。


 切れる。


 市蔵は、槍を抜く。


 抵抗は、ない。


 血が、ついている。


 袖にも。


 胸にも。


 温かい。


 市蔵は、動かない。


 やってしまった。


 分かっていた。


 そうなると、分かっていた。


 だが。


 分かっていたことと、

 起きたことは、同じではない。


 市蔵は、立っている。


 ここまで来た。


 木瓜の下に立った。


 復讐する側に、入った。


 だが。


 もう、違う。


 復讐する側ではない。


 復讐される側だ。


 木瓜の側だ。


 市蔵は、顔を上げる。


 その瞬間。


 音が、消える。


 誰かが走ってくる。


 女だ。


 手には、何もない。


 口が動いている。


 声は、聞こえない。


 市蔵は、槍を出す。


 穂先が入る。


 体が、軽く折れる。


 倒れる。


 市蔵は、もう見ない。


 歩く。


 戸口に、男が立っている。


 何かを言っている。


 男の腕が動く。


 市蔵の槍が、先に入る。


 男の背が壁に当たる。


 ゆっくり崩れる。


 市蔵は、槍を抜く。


 抵抗は、ない。


 足元に、小さな影が動く。


 子どもだ。


 逃げようとしている。


 市蔵は、立ち止まらない。


 槍が動く。


 体が止まる。


 それで終わる。


 市蔵は、歩く。


 次の家へ入る。


 戸は、すでに壊れている。


 誰かが先に入っている。


 棚が倒れている。

 椀が転がっている。


 静かだ。


 奥に、何かがある。


 小さい。


 床に、置かれている。


 草履。


 子どもの草履だ。


 市蔵は、立つ。


 動かない。


 見ている。


 そのまま、袖に手を入れる。


 触れる。


 そこにある。


 小さな草履。


 形が、少し歪んでいる。


 だが、確かにある。


 市蔵は、手を引く。


 袖の草履に、赤がついている。


 乾いていない。


 指に、触れる。


 市蔵は、動かない。


 外では、まだ火が上がっている。


 だが。


 音は、戻らない。


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